凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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導く翼(前編)

 

 

 時計塔の中には、古ぼけた姿見が置かれていた。

 僕たちを映してはいるものの、しかしその鏡像はぼやけていて、なんらかの魔法が掛けられていることは一目でわかる。

 

「そこがホロゥへの入口になっている。ボクの知る状態と変わっていなければ、砂漠の中心――“楔”の前に出る筈だ。あれが目的だろう?」

「……今更聞くのもなんだけど、いいの? 僕たち、その楔を壊そうとしているんだけど」

 

 アリスアドラの言葉が正しければ、あの柱は誰かの理想を実現させる力を持つ。

 エヴァネスがその役割を知っているのであれば僕たちに譲る理由はないと思うのだが。

 そんな疑問に対して、エヴァネスは一切惜しむ様子も見せず、首を横に振った。

 

「別に構わないよ。ボクにはね、わざわざ世界に新たな理を差し込んでまで叶えたい願望などない。ボクはボクとして生まれた時点で、この上なく理想的なのだからね。キミたちとしても、不要な戦闘を行うよりはいいだろう?」

「……それは、まあ」

「うんうん。それに、誰かに願いを叶えてもらうなど情けない。実現させたい理想があれば、自らの手で叶えるべきだ。ネリネのあれは……アリスアドラ様も甘やかすべきではなかったと思うんだがね」

 

 なるほど……エヴァネスはそういう価値観なのか。

 願望を叶える手段があるからといって、自分の努力を欠かすことなどあり得ない。その機会に甘んじることは、本質を損なう怠惰だと。

 恐らくそれは、サキュバスとしては異常な価値観だ。

 アリスアドラも、彼女のそういった性質を特別と見出したのかもしれない。

 

「さて、ともかくだ。気を付けて行ってきたまえ。帰りはどうなるか知らないけど、こちらに戻ってきても契約満了だからと敵対する気も――ん?」

 

 とりあえず、エヴァネスと敵対せずに済んだのは幸運といえよう。

 ホロゥの楔を壊すためにも、不必要な消耗は避けておきたい。それに、向こうにどんな妨害があるかも分からない。

 警戒しつつ、その鏡へと歩き出そうとして――不意に、鏡の揺らめきが強くなった。

 

「これは……っ!」

「っ、みんな――!」

 

 まるで、こちらが踏み込もうとしたのを察知したかのように、揺らめきが広がって、時計塔の内部を包み込む。

 

「チッ……アデラキテラの置き土産か……!?」

「違う、時計塔にも、鏡にも、罠はなかった。これは、ポータルの向こうからの干渉。私たちを引き寄せているだけだけで、悪影響はないけど――」

 

 素早く事象を分析したリッカは、その意識を転移先へと向ける。

 僕もまた、手を引かれるような感覚の中で――何かを感じる。これは……“助けて”――?

 

「ホロゥへ向かっているのが正しいのであれば、待ってみようか。私たちを逸れさせる意図もなさそうだしね」

「それでいいんですかね……まあ、そうするしかないんでしょうけど。とりあえず、包囲されている可能性も考えて備えておきましょうか」

「いや、ちょっと待ちたまえ。ボクも巻き込まれているのだが? ホロゥまで同行するつもりはなかったのだが?」

 

 誰かが助けを求めて、明確な意思をもって僕たちを引き寄せている。

 ホロゥで一体、何が起きているのか。あの砂漠地帯には、人々が住むような場所もなかった筈だが――そんなことを考えていれば、向こう側の風景が近付いてきて。

 

「……これは」

「……ここが……ホロゥ、ですか?」

「そう、だけど……正確には――」

 

 降り立ったのは、柔らかい砂の上ではなく、硬い石畳の上。

 どこまでも続くような砂漠が広がっている訳でもなく、視界には暗がりに立ち並ぶ本棚が、延々と続いているのみ。

 その場所を知っている。確かに、ホロゥの中にある施設だが、目的としていた楔を通り過ぎた場所だ。

 

「……楔がある場所の地下にある、回顧の迷宮。ヨハンナやバルハラと出会った場所だ」

「なんだって……?」

 

 あの楔の近くにある入口を進んだ先の、地下の大図書館。バルハラが見たというすべてが収まった世界。

 確か……魔王によって操られたヨハンナ共々、バルハラを封じた空間だったか。

 ここは正直、僕たちにとって苦い思い出の方が強い。

 この迷宮の試練はあまりにも悪辣で、僕たちはすべてを乗り越えるという意味で踏破することは出来なかったのだ。

 

「……ヨハンナ。何が起きているかわかりますか?」

 

 振り返っても姿見はなく、空間の揺らぎも見られない。

 手掛かりを求めて、ナディアが小さな鳥の姿の魔道具を取り出して尋ねれば、ヨハンナは首を動かして周囲を見渡した。

 

『本体へのアクセスが拒否されている。緊急パスワードは……受け付けないか。当機の本体が消失していないことは確かだが』

「場所は分かる? もしくは、ここが迷宮のどの部分なのか、とか」

『前者を肯定。当機には本空間の地形情報はインストールされておらず、現在地の特定は困難。しかし、本体の位置情報は受信可能』

「この本棚の本は――」

『触れないことを推奨。バルハラの蔵書など、開いたら何が飛び出すか知れたものではない』

 

 ヨハンナはこの空間内で、殆どを眠った状態(スリープモード)で過ごしていたのだったか。

 内部を知らなくて当然だ。とはいえ、ヨハンナの本体の場所が分かるのは助かった。

 恐らく、ヨハンナの本体はバルハラと同じ場所にいる。ここで何かが起こっているのならば、バルハラを訪ねるべきだろう。

 

「ここのどこかにバルハラがいるということだね。リッカくん、キミが連れていたのは――」

「もういない。構成要素を武器にして、もう分体も残っていないことを確認済み」

 

 冥斧バルハリオン――あれは、バルハラが僕たちへの(はなむけ)として送ってくれた武装だ。

 思えば、この迷宮で手に入れるべき武器があれなのだろう。二度目のナイトラクサで、ようやく僕たちはそれを受け取るに相応しい存在になれたのかもしれない。

 とはいえ、リッカに送られたバルハラの分体はもうおらず、ヨハンナのように助言を受けることももうできない。

 正直、意見を聞けたからといって、バルハラがそこまで頼りになる気もしないが……ともかく、ヨハンナを信じて進むしかない。

 

「よくわかんないですけど……何かが起きているんですよね。それなら、行きましょう。ここを出る方法を見つけないと、楔も壊せませんよね」

「そうだね。よし……ヨハンナ、案内してくれる?」

『肯定。地形情報は常時更新するが、万全な案内は難しいことを理解されたし』

「待った待ったちょっと待った。なんで普通に進もうとしてるんだい? もう少し疑問を消化しようとか、ボクが付いてきてしまっていることに対してのコメントとかないのかい?」

 

 ヨハンナの案内に従い、慎重に進もうとしたところ、エヴァネスから待ったがかかる。

 そういえば……エヴァネスは今、何が起きているか知っているのだろうか。あの鏡に巻き込まれた音は想定外のようだが、魔王の側の魔族として、情報を持っているかもしれない。

 

「エヴァネス、キミは分かる? ここで何が起きているか」

「分かると思うかい? そもそもボク、ここがどこなのか理解していないのだが? え、なんで砂漠のど真ん中に出ないことをそんな簡単に受け止められるんだい?」

 

 ……そんなことを言われても。確かに不思議なことではあるのだが。

 

「異常が起きているのなら、手掛かりを追っていくのが一番だと思うんだけど」

「ユーリくんとリッカちゃんが知っている場所だっていうのなら、さっきみたく子供になって知らない町に飛ばされるよりは良いかなって」

「ユーリたちにとって想定外は日常茶飯事です。わたくしでさえ、さほど動揺しないくらいには」

「まあ、そういうわけだ。私たちと一緒に来るのなら、キミもこのくらいの想定外は慣れてもらった方がいい」

「キミたちに付いていくとは一言も言っていなかったのだが!?」

『エヴァネス様、こういう、妙に思い切りの良い時のかれらに突っ込まない方がよろしいかと。胃と頭が連動したような未知の痛みに見舞われるので』

「それは病院に行った方が良いんじゃないかなラフィーナ!?」

 

 とはいえ、今の状況は想定外。

 そもそもエヴァネスにはここまで付いてきてもらう予定ではなかった以上、僕たちに付き合わせるつもりもない。

 この事象に魔王が関わっているのだとすれば、安易に協力を申し出ることもできまい。

 

「ごめん、キミに付き合わせるつもりはないよ。ここで待っていて、エヴァネス。外に出られる手掛かりがあれば、キミにも伝えるから」

「え? ……むう……それはそれで矜持にもとるような……」

「私が言うのもなんだが、キミもまあまあ面倒な性格だね」

「――ええい、分かったよ! 付いていくとも! 乗りかかった船だ。ここでキミらを送り出したら、キミらのボクへの印象がコメディリリーフで終わりそうだからね!」

「手遅れでは?」

 

 半分自棄になったように、エヴァネスは叫ぶ。

 ナディアの小さな呟きは幸い聞こえていないようだ。

 

「それで、もう少し詳しく教えてほしいのだが……ここがどこだって? あのバルハラに所縁のある場所なのかい?」

『肯定。魔族が台頭するきっかけになった事件の折、バルハラはこの場所に封じられた。言うなればこの地は、バルハラの冥界と呼称するべき場なのかもしれない。あの者が死者の魂を迎え入れることなど、未来永劫あるまいが』

「厄ネタの臭いしかしない場所だね。まあ、いいさ。行くと決めたのならば躊躇う道理もない。どの道、そうしないと出られないのだし……む?」

 

 まるで、自分の付き合いの良さに呆れるように肩を竦めたエヴァネスは、何かを感じ取ったように鋭い眼差しに変わる。

 そして――その直後に、僕たちは気配ではなく、聴覚でそれを感知した。

 ――羽音。大きな音が一つと、それを掻き消す軽い音の群れが多数。それが重なって、こちらに近付いてくる。

 

「あれは……っ」

 

 暗がりの向こうから迫る、星のような輝きの群れ。

 その先頭にいる――追われているのは、極彩色の奇妙な衣服に身を包んだ、黒髪の女性。

 

「ベガ……!」

「っ、勇者――く、あ……ッ!」

 

 かつて、この迷宮に訪れた時、僕たちの案内人となってくれた魔族。

 こちらに気付いた瞬間、追跡していた背後の魔族らしき“何か”が――矢のように彼女の翼に突き刺さり、バランスを崩す。

 この迷宮において、彼女が襲われる。明らかな異常事態だった。

 

「リッカ!」

「ん……分かった」

 

 本来、リッカにとっては助ける対象ではない。しかし、この状況においてこれ以上ないほどの手掛かりだ。

 失墜してくるベガとすれ違うように、外装を構築しつつその群れへと向かう。

 

『ユニゾンリンク! U-リッカ!』

 

 烈火を滾らせ、翼へと変える。強い輝きをもって空へと飛翔すれば、正体不明の群れは新しい獲物を見つけたとばかりに、一斉に視線を向けてきた。

 大きな単眼と、正面へと向いた鋭い角。金属を擦り合わせたような羽音を立てる、人の半分ほどの大きさを持つ虫。

 肢らしき部分は細い触手となっており、威嚇するように震え、羽音の中でも目立つ水音が聞こえてくる。

 

「これは……」

『私は見たことないわね。リッカ、あんたは?』

「分からない。ただの虫型魔族じゃない……虫というより、まるで……」

 

 リッカが言い終えるより前に、逸った一匹がこちらへ迫る。

 その角を躱し、魔剣で叩き切れば――残った数百もの群れが金切り声を上げ、向かってきた。

 一匹ごとの力は大したことはない。あまり知恵も持つ種族ではないのだろう。

 だが、虫型魔族の真価は膨大な数。かれらが一体何者なのかは不明だが、これ以上数が増える前に迅速に片付けるべきだ。

 

『ファイナライズ! アクセプション!』

 

 一度加速しながら飛び上がることで距離を開ける。

 それを追って、一斉に突っ込んできた虫たちに対して、魔剣を変形させてその銃口を向ける。

 

『アドラ・エクスバスター!』

 

 圧倒的な魔力の奔流が齎す反動は、気付けば幾分小さく感じるようになっていた。

 これも、魔剣の扱いに慣れたゆえか。

 赤黒い砲撃は虫たちの抵抗を許さず、その一切を消し飛ばしていく。

 羽音は消え去り、遠くから追加の群れが迫ってくる様子もない。ひとまず、安全と判断し、皆のもとへと下りていく。

 

「二人ともっ、大丈夫ですか?」

「うん、平気」

 

 そちらに群れが来た時のために備えてくれたクイールに言葉を返して、外装を解く。

 ベガの怪我は浅いようだ。ゆっくりと立ち上がり、彼女は怪訝な表情を向けてきた。

 

「あなたたちは……どうしてここに……」

「僕たちとしても想定外だったんだ。この迷宮の入口にある楔に用事があったんだけど、この迷宮の中に飛ばされて……」

「……そう、ですか。今この領域は極めて歪み、外界との境界が曖昧になっています。転移の座標がずれることもあるでしょう」

 

 軽く話を聞いただけで、こちらの事情を僕たちよりも把握したらしい。自身の傷を癒しつつ、ベガは息を整える。

 

「そちらの皆様は、あなたたちの仲間ですね。私はベガ。“導く翼”を仰せつかった、この『北辰廊』の司書です」

「ベガ、さん……? えっと、魔族、なんですよね?」

「はい。■■■■■(■■■■■■■■)型の魔族として……今の言葉、聞き取れました?」

「いえ、全然……なんというか、頭が理解を拒んだような……」

 

 リッカと視線を交わす。リッカもまた、首を横に振った。

 音としては、聞こえていた筈だ。しかし、その意味を頭が受け入れられなかったような、脳を素通りした感覚があった。

 

『この者たちの在り方は外界の生命とはまた異なる領域にある。世界に個として成立する前の、曖昧な概念。それがこの『導蝕教本』だ』

「ッ、ヨハンナ様……っ、ご無事で……!」

『何があったかは聞かせてもらうが、ふむ。今のこの領域の不安定さを考えれば、その状態は遠からず意味の消失を招く。ゆえに、『導蝕教本』、おまえの存在をローカライズする。動くな』

 

 声を上げたヨハンナに、ベガは目を丸くするが、それに反応することもなく、ヨハンナは彼女の前に浮き上がる。

 何をしようとしているのか――尋ねる前に、ヨハンナは鳥の姿の目の部分を光らせ、ベガを僅かに照らした。

 解析の魔法……だろうか。いや、それよりも穏当で、あたたかい。ベガという存在を構成していた“不明”が、僅かに薄れたような。

 

『――これでおまえも正しく自己の種族を定義できる。やってみるがいい』

「は、はぁ……では、改めて――私はベガ。硝子の導師(SHANTAKS)型の魔族として、主に編まれた存在です」

 

 聞き覚えのない種族でもって、ベガは自身を定義する。

 硝子のような透き通った翼が、この世界に受け入れられたことを示すように、きらりと輝いた。

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