凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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苦い記憶(とき)も、甘い瞬間(とき)も(1)

 

 

 降り立ったその空間は、かつてのそれとはまた異なる様相の迷宮となっていた。

 倒れた本棚と、積み重なる本の山。まともな足の踏み場などほとんどなく、それでいて薄暗い空間は外装による視力の強化をもってしても、遠くまで見渡すことは出来ない。

 何か手掛かりを求めて、一歩踏み出そうとする。

 当然のように、本に触れた。踏まないことを心掛けて進むのは不可能で、一冊の本をつま先で小突き、それに支えられていた本が崩れる。

 

「ッ!」

 

 バサバサと音を立てる本から突如殺気を感じ、飛び退く。

 空中に力場を生成してそこを踏みしめると、それを追うように開いた本から無数の半透明な手が伸びてきた。

 

「このっ!」

 

 魔剣でその手の群れを切り払い、隙が見えたと同時、銃砲形態へと切り替えて魔弾で本を消し飛ばす。

 しかし――それでは終わらない。その攻撃の魔力がきっかけとなり、着弾地点の周囲にあった本が仄暗い光を放った。

 

「これは……」

「まともにやっていたらきりがない……ユーリっ」

「分かった――!」

 

 本から何かが飛び出すよりも前に、起動した本を特定し、それだけを僕たちと“つなぐ”。

 それはコッペリアが使うものとは似て非なる、見えないつながり。僕の内の在り方を強く認識して、無理やり本の群れとのつながりを創りだす。

 引き寄せて、宙に浮いた光を放つ本。起動していない本からそれらを引き離したうえで、もう一度魔剣を振るう。

 抵抗はなく、本はバラバラになって散っていく。他の本が動き出すことはなく、空間に静寂が戻ってきた。

 

『よく分かんないけど、その本壊しちゃって大丈夫なの?』

「どうせここにある本なんて、見せかけのもの。関わっても放置しても私たちに害しかない、迷宮の罠だから」

 

 ラフィーナの疑問を受け、うんざりとした声色で、リッカは本に対する悪態をついた。

 かつてこの迷宮に訪れた時、試練で襲い掛かってきた魔族たちは、あの本から現れた。

 常識的な本でないことは分かり切っていたが、あの本はもしかすると、この迷宮における試練が形となっただけのものなのかもしれない。

 本そのものに意味合いはなく、ただ、回顧をもって挑戦者を試すためだけに機能する。

 過去を具現化するという性質から、過去を記録する本の形をとっているのだろう。

 

『まあ……あの時みたいなことが起きないよう、早めに片付けた方がいいか。またカルラが出てきても困るしね』

「……どうだろう。私たちに対して、同じ試練の形式になっているかな」

 

 もしも、あの時と同じことが起きた場合――今度こそ、大丈夫だとは思うけれど。

 幻とはいえ、カルラを攻撃できるかと言われれば、自信がなかった。

 ここはもう僕たちに対する試練の迷宮ではない。同じことが起きるかも、不明なのだが。

 

「とにかく、合流しないと……ユーリ、誰か探せる?」

「そうだね、やってみる――」

 

 この場で見通せる範囲には誰もいない。今の僕たちのような、戦闘による魔力の放出なども感じられない。

 魔王は……空間が掻き回されると言っていたか。言葉の通りであれば、あの場にいた者たちはこの空間の中で、ランダムな場所に飛ばされてしまったのだろう。

 一体この空間がどれだけ広いのかも分からなければ、誰がどこにいるかも分からない。

 それでも、自分の力を強く認識して、集中すれば見えてくるものがある。

 みんなとのつながり――たとえ世界の外にいても感じられる以上、同じ空間のどこかにいる仲間を見つけられない筈もない。

 

「――――見つけた。近くにクイール……イリスティーラにナディア、エヴァネスは遠いね。ひとまず、クイールと合流しよう」

 

 見つけたつながりに向けて駆け出す。足場となる魔力の力場を延長し、混沌とした迷宮の上方を駆け抜ける。

 つながりを掴み、自身を引っ張り転移する手法は――多分、使えないと判断する。

 自分だけならばまだしも、リッカやラフィーナと共にいる現状では、二人の存在を連れてこのつながりの路を通ることが出来る確証がなかった。

 

『……いまだによく分かってないけど……便利ね、その力』

「うん。これが僕の力で良かったよ。自分ひとりで強くなれる力じゃあ、ないけど」

 

 この力の使い方を自覚させてくれたフミナに、改めて感謝する。

 あの場で光明となるだけではない。これは、如何に離れ離れになっても、誰かとのつながりを確約する力だ。

 これは自身を完全な勇者とする力ではないけれど、僕は自分の本質として、この力が芽生えたことは誇らしい。

 ……その分、勇者の完成――理想形であるクイールへの羨望もあるのだが。

 

『いいのよ。ユーリはそれで。誰かに頼って力を借りて、何だかんだで上手くいく。それがあんたの勇者らしさってやつでしょ。今回だって、エヴァネス様を口説き落としたように』

「そうだけど……やっぱりそれ、人聞き悪くない?」

『将来、機会があったら“貢がれ勇者”で語り継いであげるわ。感謝なさい』

「お願いだから本当にやめて」

 

 この場で揶揄われるだけならばともかく、そんな呼称で広められでもしたら笑えなくなる。

 ラフィーナが冗談で言っていることは分かっていても、それを想像してしまい寒気を覚えた。

 今は揶揄っているだけだとしても、掘り下げようとすれば本気にしかねない。

 そんな予感を覚え、黙り込んで加速する。

 数分も走れば、クイールはすぐに見つかった。

 

「クイール! 大丈夫――」

 

 延長していた力場から跳び下りて、クイールの顔を覗き込む。

 僕に向いた感情ではない以上、あまり精細に感じ取ることが出来ないが、あらゆる感情が内側で完結しているような。

 眠っていて夢を見ているのならばともかく、こんな場所で立って、そんな状態になっているなど普通では考えにくい。

 クイールの目は寝惚けたように薄っすらと開かれていが、少なくとも、僕たちを認識している様子は見られない。

 

「これって……」

『……もしかして、前のあんたたちの試練みたいな感じになってんじゃないの? あの時、元々は二人とも、体感的には別々に戦っていたんでしょ?』

 

 確かに……あの時、この迷宮の試練では、襲い掛かってくる魔族に対して僕とリッカはそれぞれの感覚で対峙していた。

 僕は外装を使い、戦うことが出来ていたが――リッカはなすすべもなく、襲われるしかなかった。

 試練は迷宮をおとずれた個々に対し、記憶を掘り起こして実施される。個々の試練に、他者は本来干渉することは出来ない。

 今のクイールはあれと同じ状態なのだろうか。

 

「そうだとすれば……ユーリ、あの時と同じように、合流できる?」

「……難しいと思う、けど」

 

 あの時、僕は“別の試練”を受けていたリッカとのつながりを強く意識することで、試練によって僕たちが引き剥がされることを防いでいた。

 一つの試練が終わり、次の試練が始まるまでの間に強くつながっておく必要がある以上、あれと同じことは出来ない。

 強いて可能な方法を提示するとすれば――。

 

「……もしかすると、僕一人なら行けるかも。土の試練の、リッカの秘密を知った時みたいに」

「っ……」

 

 管理人によって連れていかれた先の空間で、僕はリッカの深奥に触れた。

 あれと同じことが出来たとすれば、僕一人であれば、クイールが陥っている試練に飛び込むことが出来るかもしれない。

 だが、問題は……それが果たして必要なことか。

 外装を纏った状態で辿り着けない以上、戦力としては最低限にしかならない。そんな状態でクイールを助けられるか。そもそも――クイールは助けが必要な存在なのか。

 

「……手段があるのなら、行ってみた方がいい。私の時みたく、困っているかもしれないから」

「――そうだね」

 

 少し思案してから、控え目に背中を押してきたリッカ。

 もしもクイールが一切困っていなかったならば、その時はその時だ。

 試練を手伝って、足手まといにならなければいい。躊躇してここで足踏みしていても、何にもならない。

 幸い、周囲に転がっている本も少なく、それらが起動する様子もない。

 ひとまず安全な場所だと判断し、外装を解く。

 

「よし……この状態なら――」

 

 クイールの前に立つ。物理的な距離は関係ないけれど、イメージが掴みやすくなる気がした。

 彼女とのつながりを認識し、それを手繰り寄せ――

 

「……ん――」

「え?」

 

 と、そのタイミングでクイールの瞳に光が灯り、瞼がぱっちりと開かれた。

 

「わあぁ!? ゆ、ユーリくん!?」

「クイール、気付いたんだね」

 

 どうやらちょうど、体感していた試練が終わったらしい。

 飛び上がったクイールは周囲を見渡して、首を傾げた。

 

「あ、あれ……? 僕、さっきまで……って、そっか。今のは夢みたいなものなんですね」

「うん。この迷宮の試練なんだ。クイールがどんな過去を体感していたかは分からない。何かあったらと思って、干渉してみようとしたところだったんだ」

「そうですか……ご心配をおかけしました。僕はなんともありませんよ。まさかリーテさんと戦うことになるとは思いませんでしたけど」

「リーテリヴィアと……?」

「はい。さっきまで戦っていたみたいなリーテさんじゃなくて、水の試練の、縛めがある状態の、です。多分これって、過去に戦った相手ともう一回戦うみたいなものじゃないですか?」

 

 クイールは足元に落ちていた、表紙の色褪せた本を拾い上げる。

 リーテリヴィアとの戦いを再現させた本なのだろう。既に役割を失ったようで、もう脅威は感じられなかった。

 

「僕が勇者に選ばれて、最初に戦ったのはリーテさんですから。リーテさんの格好も水の試練の時のでしたし、分かりやすかったです」

「そっか……クイールは聖都出身だもんね。早速試練に挑むのは……どうかと思うけど」

 

 そういえば、イリスティーラから聞いたことがある。

 水の試練――リーテリヴィアに一撃与えるという、たったそれだけのことが試練として成立するほどの難行。

 クイールは水の試練において、あろうことかリーテリヴィアとの真っ向勝負を選択し、制限時間ギリギリでそれを成し遂げたという。

 それは勇者に選ばれてすぐ。まだ魔族との戦いの経験すらない時の話だったのか。

 

「とりあえずやってみようって感じだったんですよね。そしたら、夢中になっちゃって。気付いたら、試練も終わっていたんです」

『勇者ってのは始まりからどこかしら、頭のネジが飛んでないといけないのね』

 

 ラフィーナの軽口は遺憾ではあったが――それに対する文句も出てこないほど、クイールはとんでもない存在だった。

 魔族と戦う経験もなかった頃に、四天王に挑む。エルフが身近である聖都の民だとしても、十分に異常と言えた。

 ポラリスは同じ聖都の勇者ながら、ついぞ水の試練は終えられなかったという。試練を二つ終えられるほどの存在でありながら、だ。

 

『って、待ちなさいクイール。あんたの初戦試験官は? ちゃんと十年前に担当がいたことは記録に残っていたわよ?』

「ああ、いましたよ。聖都を出てからの初戦、ってことになりますけど」

 

 勇者に選ばれて、旅に出てから最初に戦い、勇者として相応しいか見定めるという初戦試験官。

 僕たちの時はラフィーナだったその役割は代々、アリスアドラが自ら選びだすという。

 クイールの時も、当然存在していたのだろう。しかし、彼女の場合――初戦は“旅に出る前”に経験していたというだけで。

 

「さすがに、旅立つ前に試練を一つ終わらせるっていうのは、誰からしても予想外だっただろうしね……」

『そもそもサキュバスは本来、気軽に聖都に入れるものじゃないのよ。だから当時の担当の方も待っていたんでしょうけど……』

「色々とイレギュラーだった自覚はあります。試験官のサキュバスにも文句言われた記憶が……なんでもう証が灯っているのかって」

 

 過去、使命を果たせずとも、試練をいくつか終わらせた勇者は少ないながら存在する。

 しかし、旅立つ前に一つ終わらせるのは前代未聞だっただろう。実質、聖都の民しか行えない偉業なのだ。

 

「まあでも、そんな調子だったのは最初だけです。旅の途中は大変でした。町に立ち寄らないと、おいしいものも食べられませんでしたし」

「そういえば……食べられれば良かったんだっけ」

「あはは……食べられる時はちゃんとしたものを食べられるように努めていたんですけどね」

 

 今の時代、満足に旅を続けられる者など、ほぼいない。

 リヒトやトーカたち――危機をある程度自力で対処するすべを持つほどの行商はさらに少ない。

 勇者にはきっと、かれらほど精神的余裕を持って旅ができる者もいなかったのだろう。そんな余裕を持とうとしていれば、すぐに足をすくわれるから。

 

「正直、今から戻れる気はしないです。頼れる仲間もいて、おいしいご飯があって、楽しい日常もあって……あとはホープがいれば、もう完璧だってくらい。いや、ホープを旅には連れていけないから、仕方ないんですけどね」

「……そっか」

「はい。とはいえ、ずっとこの旅を続ける訳にもいきませんもんね。あと少しで全部終わるんですから。そのためにも、頑張らないと!」

 

 頬を叩き、クイールは気合を入れる。

 そうだ――使命の先の平穏、使命の先の幸福のために、僕たちは戦っている。

 この旅に得難いものを感じているのはクイールだけではない。けれどこれは、いつか終わらせなければならないものだ。

 僕たちは立ち止まっている訳にはいかない。そして――

 

『良い動機、良い気概だ。それでこそ、【当機】(ワタシ)の完成に最も貢献した勇者たち。絶望の中に希望を見出す――そうでなければ、この世界の勇者は務まらない』

 

 ――あの存在から、逃げる訳にはいかない。

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