凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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苦い記憶(とき)も、甘い瞬間(とき)も(3)

 

 

 人並みの幸せを、昔から求めていた訳ではない。

 むしろ、そんなものを欲しいと思い始めたのはごく最近。

 ユーリくんたちと出会って、イリスと和解して、ホープにママって呼ばれて。

 勇者の使命のその先を、少しずつ考えるようになってから。

 

 それまで、僕はそもそも、幸福がどうとかと考えるようなこと自体がなかった。

 だって、言うまでもなくそれまでの僕は、僕にとっての“当たり前”を生きていたから。

 

 自分のことを、不幸だと思ったことはない。

 小さな頃の境遇に疑問なんて持っていなかったし、イリスに指摘されても、僕にとってそれは普通だった。

 自分が他と比べて変わっているだなんて、物心ついた時から気付いていた。

 パパとママが僕を見る目には、いつも愛情以外のものが混じっていて。でも、僕は生まれつきおかしいから、それが普通だって受け入れた。

 僕が「パパ」、「ママ」って呼んだ時の、二人の苦笑いも、話しかけてくれる時の少し震えた声も、普通だった。

 一口噛み切るのに何分も掛けなきゃいけないようなパンだって、まずいと思ったことはない。

 布団のシーツを縫って作ってくれた服も、嬉しいとしか思っていなかった。

 だってそれが僕にとって普通で、そこになんの疑問も持っていなかったから。

 

「気味が悪いのよっ! あの子はどうして、あんな風におかしいの!?」

「落ち着け、あの子が起きるっ! 私たちの子なんだ。流石に何もしないわけには……」

 

 ……あれ。こんなの、聞いたことあったっけ。

 昔の家だ。僕はあまり座ったことのないテーブルで向かい合って、パパとママが言い合っていた。

 

「そ、そうだ。エルフの孤児院に預けましょうっ。リーテリヴィア様なら受け入れて――」

「滅多なことを言うんじゃない! あの子の状態を大聖堂のエルフたちに見せたら何を言われるか……」

「じゃあ、どうするのよ……! あの子はきっと、何かに憑かれてる……! 今はいいけど、きっといつか私たちの手に負えなくなるわ!」

 

 声を潜める努力の形跡はあるけれど、それでも大声になってしまうママ。

 それを諫めつつも、ママに同調したいという気持ちがありありと見えるパパ。

 ……覚えていない。いや、違う。そうじゃない。

 パパと、ママが、こんなことを言う筈がない。これは、何かのまやかしだ。魔王が、僕に幻を見せているんだ。

 目の前の光景を否定するように、首を振る。目を背けるように、部屋の外へと出て行って――

 

 ――――廊下には、昔の僕がいた。

 

「ああ、どうして……どうしてこんなことにっ! どれだけ駄目でも、なんの取り柄がなくても、普通の子であれば良かったのに! どうしてこんな普通じゃない子が!」

「静かにするんだ! ……気持ちは分かる。けど、生まれてきてしまったものは仕方ないだろう。いつか、普通の子になってくれることを――」

「そんなのっ、あり得る筈ないじゃない……! もし、あったとしても――私はあの子が怖いのよ!」

 

 呆然とした表情で、昔の僕は廊下に立っていた。

 部屋の中の二人に気配は悟らせない。そうするべきではないと、この時の僕は心得ていた。

 パパとママはどこまでいっても、とにかく普通の人で、だからこそちゃんと気配を断てば廊下にいても気付かれることはない。

 僕は――“そうした方がいい”と思ったのだ。言い合う二人の前に出ていかない方がいい。何も聞かなかったことにして、自分の部屋に戻って寝た方がいい。

 聞いたことは忘れよう。だって、そうすれば、まだパパとママの子でいられるから。

 どれだけ気味が悪いと思われていたって、パパとママは僕を捨てたりしない。自分たちが普通であるために、僕を自分たちの子としてくれる。

 普通である、と思いたいのは当然だ。人の大半は、自分が世間から外れることを嫌う。特別でありたいと思う人間なんて、ほんの一握りだ。

 パパとママは僕のせいで、普通から外れようとしている。この時の僕は、それに気付いてしまったのだ。

 

 ……口を噤んで、小さな僕は自分の部屋へと戻っていく。

 家の入口に一番近い、小さな部屋。三歳の頃に与えられた自分の部屋。

 ――もうクイールは一人で寝られるよね、と一人前を認めてもらって、ベッドとおもちゃを移動してもらった時、その特別感を嬉しく思ったからだ。

 この時に気付いた色々なことを、僕は忘れるようにした。

 そんなに早く自分の部屋を与えられた理由も、パパとママの本心も。それで元通り。この日の夜は、何もなかった。

 そう、自分に言い聞かせて、ほどなくして僕は眠れた。次の日からの接し方も、変わらなかった。

 

 昔から、何をどうすれば良いかというものを、感覚で理解することが出来た。

 器用というわけではない。立ち回りの巧さで言えば、僕はへたくそだったと思う。もしもそこが器用だったら、僕には友達がたくさんいただろうし。

 簡単な計算問題が解けるとか、そういうくらいであれば、パパとママも喜んでくれただろう。……いや、僕の属性のことで気味悪がられるのは避けられなかっただろうけど。

 初めに僕がパパとママに、異物を見るような目を向けられたのは、魔道具の不具合を指摘した時だったっけ。

 その日パパが買ってきた魔道具を、この部分が古くなってるって指さして。実際にその指摘が正しかったかは知らないけれど、魔法のまの字も教わっていなかった頃の僕がそれを言うのはおかしかったと思う。

 

 きっとそれは、パパとママに「すごい」って褒められたいがための行動だった。

 それだけではない。褒められたくて、色々と頑張った。僕に気付けること、僕にできることを、やってみせた。

 四歳とか五歳とかそのくらいの子供には、絶対に出来ないことを。普通を求めるパパとママには信じられない、あまりにも普通ではないことを。

 褒めてくれたことは一度もなかった。いつもいつも、パパとママは少しの間黙り込んでから、部屋に戻りなさいというだけだった。

 僕はそれを……そうだ。まだ足りないって解釈したんだっけ。

 本当は分かっていた。こんなこと、しない方がいいって。けれど、やっぱり子供は親に褒められたいもので。

 あの言い合いを見て、パパとママの本心を疑いようがないほどに知ってしまっても、僕はやめなかった。負けず嫌いな、子供らしい意地っ張りだったと思う。

 パパとママにとっては、きっと毎日が厄日だったに違いない。

 

 ……なんでこんなこと、今更思い出したんだろう。

 そもそも、僕は何をしていたっけ。これは、夢?

 いや……そんな訳がない。僕は、魔王と戦っていた筈だ。こんなことを回想するような状況ではない。

 目を覚まさないと。忘れていた過去を思い出すことが必要なのだとしても、それは今ではない。このままでは、きっとユーリくんとリッカちゃんに迷惑をかける。

 だから、掘り返さなくてもいい。

 それは僕が、“思い出さなくてもいい”“必要ない”って自分に言い聞かせて、記憶の奥底に仕舞い込んだものだから。

 

 

 

「あー、キミたちがクイールの両親であっているかい?」

「なっ……え、エルフ!? く、クイール! 一体なんで連れてきたんだ!」

「……? わたしのお友達だから……」

 

 …………、……ぅ、あ。

 

 しばらくの間、これ、なんだろうと考えてしまって。

 ふと思い至った記憶に、喉の奥がきゅうっと詰まったように錯覚した。

 それは、二度と掘り返すつもりのなかった記憶。だって、思い出さなければその時の“味”なんて知らないままだったから。

 苦しかった覚えはない。つらかった覚えはない。僕はこの時、分からないふりをしていた。

 そうすれば、ここから先は楽しい思い出になるから。楽しい日々を始めるのに、苦い出来事をきっかけにしなければいけないなんて、決まっていないから。

 

「と、友達!? クイール、外で何を……っ! ……ど、どんなご用件で……私たちは、特に何も――」

「ああ、私は別に、大聖堂のエルフでも騎士隊の所属でもないよ。大層な役割なんて持っていない、一般エルフだ。別に畏まる必要もない」

 

 玄関先で、あの頃の僕の隣に立つ、普段より多少はちゃんと白衣を着たイリス。

 対するは意味が分からないという面持ちで僕やイリスを見るパパとママ。

 ……この頃の僕は、一日がとても楽しかった。初めての友達の家に毎日のように遊びに行っていた。

 

 言うまでもなく、その友達がイリスである。

 

 出会った日のことは忘れようもない。何も建っていない空地に、術式の小さな綻びを見つけて、そこから覗き込んだ先にあった屋敷。

 不思議に思ってそれを見上げていたら、急に二階の一室の扉が開かれて、おかしな色の煙を吐き出した。

 その煙の中にいたのが、イリスだった。

 あの時の呆けた顔が、なんだかとても面白くて。

 すぐに部屋に引っ込んで、いなくなってしまったからその日は話せなかったし、次の日には術式の綻びはなくなっていたから、会うことも出来なかった。

 次に会えたのはそれからしばらく経った後。

 ようやくその屋敷の正しい入口を見つけて、入ることが出来た。何も着ずに、庭で日差しを浴びていたイリスと会うことが出来た。

 ……本当に、意味の分からない状況だったな。

 イリスを知っている今では、あんなことしていてもおかしくないと思えるけれど……なんであの時、僕はイリスを不審者と判断せずに、近寄って行ったのだろう。

 いや、あの頃からむやみに好奇心旺盛だった自覚はあるのだが。

 

「一応、自己紹介はしておこうか。私はイリスティーラ。研究者の真似事をしている」

「は、はぁ……? そ、それで、どういったご用件で……? クイールが何かあなたに粗相を……?」

「いいや。まあ、日中に入り浸られてはいるが……少なからず、この子の発想には助けられているよ」

「なっ……クイール――よりにもよって……っ」

 

 ……この時、イリスからある提案を受けて、その許可を得るために僕の家に連れていってほしいと言ったんだっけ。

 僕はそれに嬉々として応じた。

 パパとママにも、イリスのことを紹介しないとって、ワクワクしていた。

 なにせ、友達を紹介するなんて初めてだったから。それはとても“普通”のことで、パパとママも喜んでくれるかもしれないって。

 ……けれど、パパの焦りの表情は変わらない。思わず出かけた言葉をそこで呑み込んで、僕を一瞬睨みつけた。

 

「ん? この子にエルフの知り合いが出来ることが問題なのかい? 確かに、年齢は何百と離れてはいるが」

「っ、い、いえ……この子が迷惑をかけていなければ、良かった。その、この子は少々、変わっているものですから……」

「そうだね。とはいえ、それで助かったのは事実だ。だからこそ、キミたちに頼みがあってね」

 

 何を言われるのか、とパパとママの表情は険しくなった。

 エルフと人との、絶対的な差。聖都は魔族と人間が共存する都市だといっても、魔族を恐怖する人は少なからず存在する。

 パパとママはそんな人だった。

 イリスの気分次第では自分たちが如何様にもなると、理解していた。

 

「この子を私の家に泊める許可をいただきたい。私の研究を手伝ってもらいたいんだ」

「え……」

 

 イリスの頼みに、パパとママは顔を見合わせた。

 一体何を言っているのだろうと、胡乱なものを見る目になった。

 

「もちろん、うちに泊めている時は私が保護者だ。何か起きても、キミたちにはなんの責任もない」

「――――」

 

 ……別に、悪い思い出ではない。

 だって、これがきっかけで僕は基本的に、イリスの家で寝泊りするようになった。

 イリスのことをもっと知って、イリスとはただの友達とかではない、それ以上の関係になるきっかけだった。

 だから、嫌なことを思い出させたいのだとしたら……これはそんなに、適した思い出ではない。

 その筈だったと、思うのだけど。

 

 ……この時のパパとママ、こんなに嬉しそうな顔をしていたっけ。

 まるで、厄介払いが出来たかのような、長年の願いが叶ったかのような。

 こんな……ひどく安堵したような表情だったっけ。

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