凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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苦い記憶(とき)も、甘い瞬間(とき)も(4)

 

 

 暗闇の中を、ふらつく足で必死に走る。

 そうしなければ、過去に追いつかれてしまう気がして。

 魔王と戦っているはずの現在(いま)に早く戻らないと。追いかけてくる過去から逃げ切って、まだ先にある過去から目を逸らして。

 今追ってきているものは、特に思い出したくないものである気がした。

 いや、こうして見ている回想なんて、どれもこれも、出来れば二度と思い出したくないものであるのだけれど。

 

 幼い頃の記憶。パパとママから貰っていた愛情は、正しいそれではなかったと再確認する機会。

 イリスと仲良くなって、イリスの家で大半を過ごすようになった時の記憶。

 パパとママの安堵の表情。だんだんと、七日に一度、パパとママに会いに行くことが、楽しみではなくなっていったこと。

 

 ……僕が、勇者になった時の記憶。

 生まれた時から他者と違っていた。僕には、誰もが持つべき色がなかった。

 たった一つあった、自分の特別性に確かな理由が付いたあの時、僕にあったのは絶望ではなく希望だった。

 僕は勇者だから、人とは違った。僕は勇者だから、普通ではなかった。

 生贄にも等しい役割が、僕にはどうしようもなく誇らしくて。

 イリスにどうにか旅の許可を貰ってから、パパとママに報告に行った。

 僕が普通ではないことには理由があった。自分を勇者だと知った今ならば、パパとママも僕を認めてくれて――もっとちゃんと、家族として向き合えるのではないかと。

 冷静に考えてみれば、なんと馬鹿馬鹿しい妄想だろう。そんなこと、ある訳がないのに。

 パパとママは言葉の上でだけ、心配してくれた。けれど態度は隠しきれていなくて、その頃になれば、さすがに僕にだって僕が“いなくなる”ことを歓迎していることくらい分かった。

 それでも、今生の別れになるという感覚はなかった。

 きっとまた、使命を終えて再会することができる。結局、どこまで行ってもパパとママが僕を認めてくれることはないだろうけど、使命を終わらせさえすれば、その“おかしさ”は世界を変えるほどのものだったって、割り切ることができる。

 

 

 ――――それから、一度目の帰郷では二人に会うことはなくて。いや……とてもではないけど会えなくて。

 

 

 ――――次にパパとママの姿を見たのは、二度目の帰郷でイリスとひと悶着あった後のことだった。

 

 

 勇者として旅に出てから、二度めの聖都への帰郷まで、実に十年もの月日が経っていた。

 そんな実感は未だにない。というか、僕からすれば十年経っていない。一つの迷宮の中をさまよっている間に、外が勝手に十年経過していただけなのだから。

 僕は自分の番に使命を終えることが出来なくて、十年経ったことで、新たな勇者が選抜された。

 百代目勇者のユーリくんと、その旅を支えるリッカちゃん。

 初めて出会った時、二人はずいぶんと追い込まれていた。正直もう、見ていられなかったくらい。

 勇者としての僕の立場がどうなるかも分からなかったけれど、とにかくその時の僕は二人を助けずにはいられなかった。

 あの出会いは――二人が迷宮の出口にいたことは、運命だったのだと思う。

 

 

 ナイトラクサのヴァンパイア二人により、今にも旅が頓挫してしまいそうだった二人に同行して、火の試練の発令を見届ける。

 連れ去られたリッカちゃんを助けに、ユーリくんと共にネシュアに赴き、始まった土の試練。

 そこでユーリくんの勇者としての覚醒を目にして、ナディアちゃんを救出して。

 それから聖都への帰省が決定した。

 イリスとの再会は苦いものだったけれど、ユーリくんたちの助けもあってどうにか和解することが出来た。

 ホープとも会えて、ようやく僕は、家族らしい“普通”の日常を、味わうことになった。

 

 

 ……それだけでいいじゃないか。

 今いるこのホロゥの地に、ユーリくんとリッカちゃんが最初に向かっている間の、ほんのちょっとした休息期間。

 それは僕にとって得難い日常だった。もう二度とないのかなとさえ思っていた安らぎの時間だった。

 少なくとも、今の僕はそう解釈している……だというのに。

 

 

「お母さん、早く! アイスが売り切れちゃうわ!」

「ふふ……そんなに急がなくても大丈夫よ。ゆっくり行きましょう、ヒマワリ」

 

 

 ……それだけでいいって言ったのに。どうして、これを思い出してしまうのだろう。

 忘れていれば、それきりだった。使命が終われば、聖都に住んでいる限りまた会うこともあるかもしれないけれど、その時はその時。

 そんな現実逃避すら、この回想は許してくれなかった。

 気にする必要なんてないのに。僕はもう、今が幸せで。使命を終わらせてから先に待っているだろう日常が楽しみで。

 

 うん……本音を少しだけ零すのであれば。

 あれは――キツかった、なぁ。

 色々な感情が胸の内を渦巻いたのを覚えている。けれど、僕は結局、何をするでもなくその場を去ることを選んだ。

 

 

「……? ママ、どうしたの?」

「――――ううん、なんでもないです。さっ、お買い物を終わらせちゃいましょう、ホープ」

 

 

 お互い、別の幸せを手に入れている。

 向こうはもう、僕のことなんてすっかり忘れているのだろう。

 それならば、後は僕が忘れてしまえば、それで終わり。なんの縁もなくなって、僕と“あの人たち”は他人になる。

 気にしない、気にしないと、言い聞かせる。けれどどうしても割り切ることが、僕には出来なかった。

 僕と同じ色の髪の、はつらつとした女の子。“お母さん”の手を引っ張って急かす、僕にはない“普通”を持った女の子。

 どうして僕は、ああなれなかったんだろう。

 何かが一つ違っていれば、あそこにいたのは僕だったのかな――いや、でもそうだったら、ホープにもイリスにも会えなかったから。

 勇者にもなれず、今ある幸せのすべてがなかったから。

 

 

 ――吐き気を催す激しい動悸を、意識から外そうとする。

 耳を塞ぐと、より体内で反響する感覚が強くなって、茹るような熱さと肌寒さが混在する気持ち悪さを錯覚した。

 込み上げてくるものを飲み込んで、その光景から目を逸らす。

 だってもう、見なくて良いじゃないか。わざわざ回想する必要が、どこにあるのか。

 こんな記憶を思い出すことを、誰が望むというのか。僕も、あの二人も、そんなことは求めていない。

 奥底に押し込んで、忘れたふりをしていればいいのだ。そのくらい、出来なくてどうする。

 僕は勇者だ。自分から手放したものに、未練なんて持たない。過去なんて顧みなくても、僕は前を向いて、歩いて行ける。

 

 

 忘れるという機能は、ものを考える生き物に許された特権だ。

 僕は、これまでにあった何もかもを背負うなんて出来ないと思ったから、忘れることを選んだ。

 まるでそれが悪いことであるかのように、次から次へと、なんで思い出させようとしてくるのか。

 それは、いらない過去なのだ。忘れていれば、誰も不幸にならない過去なのだ。勇者の背景(パーソナル)として、一切必要がないものなのだ。

 

 

 だというのに――ああ、追い付いてきたのか。

 長いこと立ち止まりすぎた。気付けば、後ろから追ってきていた回想は、すぐ傍にまで迫っていた。

 嫌気がさす。今度は僕に何を思い出させようというのか。

 正直、皆目見当もつかない。当然だ、忘れているのだから。

 きっとどうしようもなく、下らない記憶なのだろう。今の僕には相応しくない、吐き気を堪えきれないような記憶なのだろう。

 諦めの心地で、それを迎え入れる。どうせここから逃れることなど出来ないのだから、さっさと思い出して、また忘れればいいのだ、と。

 

 

 

「ひ、ヒィ……っ! た、助けてくれ! 見逃してくれッ!」

 

 

 

 ――――――――。

 

 

 

「魔が差したんだ! こんなところに人間が来るなんてなかったから! 俺は人を襲ったことなんてない! 今回が初めてだ! 本当だよ!」

 

 

 

 ――――――――――――――――。

 

 

 

「……見逃してくれるのか? ッ、わかった、約束する! 二度と人を襲わねえ! もう懲り懲りだ!」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――ああ、そうか。

 

 嫌なことを思い出せっていうのであれば、当然これが入ってくるに決まっている。

 客観的にその光景を目にして、そんなことを冷静に考えてから。

 込み上げてきたものを堪えきれずに、その場で嘔吐した。

 

 二度と思い出すまいとしていたのだ。

 こればかりは、掘り返してなるものかと意固地にさえなっていたのだ。

 だというのに――何故今更、この現実を直視しなければならないのだろう。

 

「――ヒヒハハハハハッ! 油断したな、勇者様よぉ。そんなんでよく試練を終えられたもんだぜ」

 

 大きな複眼のような膜、その奥にある瞳は感情らしい感情を映さないけれど、僕を明確に嘲笑していた。

 ギチギチと牙を鳴らして、捕えた“獲物”を心の底から嘲っていた。

 

 ああ――これを受けながらあの時の僕は、戸惑っていたのだ。

 

 立ち寄った村で、少し歩いたところにある森に大きな虫が集まっているという話を聞いた。

 今のところ影響はないけれど、やがて虫たちが群れを作り、村を脅かさないとも限らない。

 いつものように、僕は勇者としてなんとかしようと、森に入って、可能な限り虫たちを倒した。

 その中で出会ったのが、彼だ。

 色々な虫が混じって、奇跡的に人型を形成できたような、寒気のする姿の魔族。

 甲殻が溶けたような肌は熱を持っていなくて、嫌悪感しか抱けない不気味な冷たさを持っていた。

 

「ああ? 何を呆けた顔してんだ? ――おいおい、まさか分かってねえのか? 今の自分がどんな状況なのかって?」

 

 虫たちをけしかけて、背後から迫ってきたその魔族の気配は、なんとなく分かっていた。

 そういう不意打ちが好きな魔族はよくいる。一人でいる人間を仕留めるのならばそれが一番手っ取り早いということなのだろう。

 だからこそ、行動は読み易くて。その上、そこまで強い力も持っていなかったから、さほど注意すべき相手でもなかった。

 いつも通り、可能な限り苦しませずに倒そうとした時――彼は、体中をギリギリと震わせながら、命乞いをしてきたのだ。

 

「こりゃあとんだ箱入り娘だ! いや……それでも通用するくらい、あんたは強いんだろうよ。ああ、分かるぜ。人間とは思えねえ勘と反射神経だった。けどまあ、おつむがいくらか足りなかったな」

 

 それまで、そうしてくる魔族がいなかった訳ではない。

 人間を糧としか見ていない魔族も、僕たちと同じように生きている。それを学べるくらいには、僕の旅は実りあるものだった。

 だから、人を襲わないと約束するのなら、見逃そうと決めた。別に僕だって、いたずらに命を奪いたくはないのだし。

 ……そんな余裕があるくらいには、僕の旅は順調だった。

 ――――順調だったから、この世界における“当たり前”を、知らなさ過ぎた。

 

「キヒヒッ……まあ、あんたは運がいいぜ。俺はあんたを殺しやしないし、一生逃がさないなんてこともねえ。明日の朝には解放してやるさ。そうしたら、また旅に戻りゃあいい。感謝してくれよ? こんな失態が勉強代で済むなんて、滅多にないんだぜ?」

 

 見逃すことを決めて、油断していたなんてことはないのだけれど。

 彼はそこからの更なる不意打ちで、僕の上を行った。気付けば、蠕虫のような無数の尾が、僕の体を捕えていた。

 魔族との戦いで、捕まってはならない。そうならないように立ち回ることが、人間が魔族に抗うすべだ。

 ゆえに、そうなった時点で詰み。僕はここで死ぬのだろうか、と。

 そんな考えさえ甘かった。

 

「ヒハハハハハッ! いやあ、愉快愉快! どんなクズでも、生きてみるもんだなぁ!」

 

 ――――その日、僕は処女(はじめて)を失った。

 僕の中で何よりも思い出したくない記憶。否定したくとも出来ない、やり直しもできない後悔。

 

 ……あれ。いつの間に、この回想(ゆめ)は僕自身の主観になったのだろう。

 気付けば僕に、醜悪な魔族が迫ってきていた。

 抗うことは出来ない。だってこれは、あの時の記憶を再現しているのだから。

 便乗するように這い寄ってくる虫たちも、僕を嗤っている気がした。

 嫌だ――気持ち悪い。たちまち考えが纏まらなくなってくる。こんな現実、知りたくなんてなかったのに。

 

 不快感と恐怖に溺れる寸前、ふと思う。

 最悪の出来事。それだけであれば良かったのに。この出来事は今となっては、別の意味も持っている。

 

 ――これは、今の幸せ(ホープ)が生まれたきっかけなのだ。

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