凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
ああ――また夢か、と状況を理解するまでは早かった。
寝ていた覚えはない。聖女ヨハンナの本体と戦っている最中、迷宮の構造が乱れて、それに巻き込まれたのだったか。
気を失って見ている夢にしては、現実感がありすぎる。あくまでも、感覚の話だが。
主観的に過去を追想するだけの夢だ。こうして体を動かしていても、自分の意思で行動を変えることなど出来ない。
まるで、舞台を演じる役者にでもなったような気分だ。このタイプの夢は大抵、性質が悪いと相場が決まっている。
「リーテ……その……元気、出して?」
「……うん。大丈夫だよイリス」
……チッ。よりにもよって、この時か。
夢というものは本当に残酷だ。縋っている過去、もう取り戻せない過去を、さもここにあるかのように再現する。
気付かなければ、目覚めるまでは幸福なのだろう。
夢だと自覚してしまうと、ただただ終わることを待つしかない拷問だ。
どれだけその光景を得難いものだと感じていても、そのうち失い、目覚めてしまうものでしかないのだから。
「おじさん……魔王様にお仕えしていたんだよね? 何か……悪いことがあったんじゃ……」
「……分かんない。元々、父さんは働きすぎだったんだ。聖都の仕事だけでもいっぱいいっぱいなのに……無理はしないでって、いつも言っていたのに」
そこは、聖都の中心である大聖堂の裏庭。
私と彼は、今にも雨の降り出しそうな曇り空の下で、並んでベンチに腰かけていた。
今にも泣きそうな顔で、しかし必死でそれを堪えている彼は、私の幼馴染だった。
「……り、リーテ。泣いてもいいんだよ? 今なら、他の騎士さんたちも、いないから」
「ううん……もう泣かない。誰も、父さんの息子に、そんな弱い姿は求めていないんだ」
彼の父――先代の水の四天王であるリトラリヴィアの訃報が届いて数日。
その遺体は魔王の配下によって聖都に運ばれた。
何百年もの間、聖都の長として君臨し続けた偉大なる父の最期を、彼は見届けることが出来なかった。
死因は今でも分かっていない。目立った新しい傷はなく、毒なども検出されていないが、種によって様々な力を持つのが魔族である以上、それらは大した手掛かりにもならない。
結局、過労で亡くなったのか、何者かに殺されたのかは謎のままだ。
「聖都の長の座が空席になったら、みんなが不安がる。一日でも早く皆に認められて、俺が長を継がないと」
これは、リトラリヴィアの葬儀の後の出来事。
彼は葬儀の間、決して涙を見せることなく、様子を心配する騎士たちにも毅然と返答していた。
彼はまだ騎士として未熟。如何に才能に恵まれているとはいえ、父から教えを受けている最中だった。
今の時点で、並の騎士を寄せ付けないほどの力を持っていても、騎士の長――聖都の長として認められるには、この先数年の鍛錬でも足りないだろう。
それまでの間、彼はエルフたちの期待を受け、その重圧に耐えながら強くならないといけない。
本来、子供が背負う責任ではない。彼の父も、長を任せるのは何十年も先を想定していたに違いない。
だが、そんな期間、長の座を空席にしておく訳にもいかない。
彼はこの時、悲しさや寂しさで崩れ落ちそうな膝に力を入れて、立つことを決意したのだ。
「イリス……俺、強くなるよ。今よりもずっと。父さんよりも――歴代の長よりも、ずっと。どんな魔族にだって、負けないくらい」
重責を肯定した今の彼にとっては大言壮語。
本来、エルフとは魔族の中でも“賢い”種族なのであって、強大な力を持つ種族ではない。
加えて、聖都に住むエルフは本来の最たる適性である、自然と結びつく魔法を捨て去り剣を手にした、根本的に破綻した種族だ。
ゆえに聖都で最強のエルフになることと、あらゆる魔族に負けない力を持つことはイコールではない。その二つの到達点には大きな隔たりがあることなど、木っ端の騎士ですら知っている。
種族として向いていない力を極め、誰にも及ばないところへ独り辿り着こうとする無謀ぶり。
その決意は、子供らしい空元気だ。
――だからこそ、その真っ直ぐな目は、その先にいる者の心を打ったのだ。
彼は本気だった。父の死に悲しんでいる自分に、今すぐにでも別れを告げようとする姿は、その年齢からすればあまりにも不相応だった。
こんな突然の別れ、一年やそこら、引き摺って当然だ。
リトラリヴィアがどれほど彼を愛し、聖都を愛し、その上で聖都のすべてから愛されていたか。その人格を知る以上、騎士たちも、そして聖都の民たちも誰も急かしたりなどすまい。
だというのに、彼は涙も見せずに、自分を奮い立たせる。
この時――目の前にいた
「そっ……それなら……わ、わた、し……っ! 私が、リーテを、支えるっ」
「え……?」
……ああ……そうだった。そうだったな。
その姿を見て感じたのは、胸を焦がすような熱と、もやもやとした暗い不安。
前者には知らないふりをした。そうしなければ、この先の言葉を紡げなくなる気がした。
そして後者は、彼が眩しかったから。その言葉をいつも通りに受け止めていれば、彼が手の届かないほど遠くに行ってしまうと思った。
周りに誰もいなくなった後の孤独など、この時の私は知らなかった。
父も母も健在だったし、遊び相手を求めれば、いつもそれを悟ったように彼がやってきていたから。
けれど、彼が辿り着こうとする先で、何者も隣に立つことのできない孤独が待っていることは、分かったのだ。
「私が、リーテの傍にいる……どんな時でも、一緒にいるっ。私、強くはなれないけど……勉強して、頭良くなって、リーテをずっと支え続けるから!」
「イリス――」
「だから…………ぁ」
そんなことを恥ずかしげもなく言ってのける度胸が、長続きするわけもなくて。
込み上げてきた言葉をすべて紡ぎ終えるよりも前に我に返り、途端に元通りになる。
そうなれば、いつも通り――否、いつもよりもひどい状態に早変わりだ。
「ぁ……」だの「ぅ……」だの、言葉にならないうめき声を上げ始める幼馴染に対して、暫し唖然としていた彼は――優しい笑みを向けてくれた。
「ありがとう、イリス。イリスが傍にいてくれるなら、なにも心配はないね」
「ぅ……うん……っ!」
それは、あの時の私なりの、精一杯の決意だった。
あまりに突然で、受け入れられる方がおかしいというのに、彼はそう言って、手を握ってくれた。
その手の温かさを覚えている。
どれだけ険しい道であろうとも、こうして手を繋いでいれば、乗り越えられる。そんな確信を抱いたことを、覚えている。
――これは始まりの記憶だ。
幸福の始まり? もちろん、そんな筈はない。もしもそうであれば、今の私はいないだろう。
今の私を構成する、重要なピースであることは間違いない。この日、私の“幸福”は一度完全に消失したのだから。
「ヒヒ、なんともまあ、甘酸っぱいやり取りじゃないか」
その声は、現実からの呼び声のようだった。
世界は子供たちの淡い夢物語など、受け入れないのだと。
「銅貨三枚にもなりゃしない芝居だが、暇潰しにはなったよ。口挟むのも躊躇われたが……あたしも仕事があるからねぇ」
「だ、誰……?」
カラスの如き黒衣で体中を覆った、こんな聖都のど真ん中にまで立ち入るなど出来る気のしない不審者。
湛えた魔力は私と彼を合わせたそれよりもなお多く、強大な魔族であることは明らかだった。
尖った嘴のついた仮面の向こうの表情は見えないものの――どうせヤツのことだ。
この時も、怯える私たちをせせら笑っていたのだろう。
「アデラキテラと、そう覚えておくれよ。まだガキでも、百年後には客かもしれないからね。まあ、それはそれとして、だ。今は仕事をやらせてもらおうか」
「ッ、近寄るな――ぅあ!?」
「リーテ……!」
対抗の選択肢は、選ぶことさえ許されなかった。
アデラキテラが軽く手を翳しただけで、抗おうとしていた彼は手足を拘束され、アデラキテラのもとへと引き寄せられた。
「り……っ、リーテを、離して……っ!」
「そりゃあ無理だ。いいかい? これはビジネスなんだよ。金を貰って、この小僧を連れてきてくれって依頼を受けた。これでやっぱりやめましたなんて言ったら、信用ガタ落ちさね」
なけなしの勇気を引っ張り出して詰め寄っても、性悪の老いぼれが心変わりをしよう筈もない。
私の懇願さえ、下らない見世物であるかのように嘲笑うばかり。
彼をどうにかアデラキテラから引き剥がそうとするも、力でさえ、及ばない。
「それにだ。これは魔王様直々のお達しなんだよ。あんたの一存じゃあ、世界を変えられなんてしないのさ。まあ諦めるこった」
「――イリスっ!」
パチン、と空気の鳴るような音を立てて、私の前から――彼とアデラキテラは消えた。
「リーテ――リーテっ!?」
どこへ消えたのかなど、私は知らない。
これは私と彼との今生の別れになることなどなかった。彼はそれから暫くして、戻ってきた。
けれど――
「……キミは、誰だ……?」
「り……リーテ……? なに、言ってるの……?」
――――それまで積み上げてきた
あの日私は、自分という存在が本来歩むための正しい道を踏み外した。
今までの自分など不要になって。自分でもどこが到達点なのか分からない、無明の道を歩み始めた。
今更、そこに後悔などない。そうせざるを得なかっただけ。
あの時の私は、そうでもしなければ狂い果てていた。狂ってしまわなければ、何者でもないナニカへと堕ちていた。
……わざわざ夢として思い出すまでもない。
それは私の根幹だった。今の彼にも、そしてクイールにさえ話していない、私がエルフの誇りを捨てた理由。
すべて覚えている。この下らない記憶を、忘れようと思ったことなど、ただの一度もなかったとも。
「……チッ」
ゆっくりと目を開いて、苛立ちに任せて傍に積み上げられていた本を蹴り飛ばす。
そうしてから、ここが碌でもない魔本の巣窟だったと思い出し警戒するが、幸いなことに一冊も起動はしなかった。
そして、数秒遅れて、虚空に浮いていた一冊の本が落ちてくる。
鬱陶しい魔力の残滓……どうやらこの本が、今の夢を見せてくれていたらしい。
余計なことをしてくれたものだ。銃口を突き付けて引き金を引けば、いとも容易く穴が開き、パラパラと灰になって消えていった。
「……さて。みんなはどこにいるのだろうね。こんなもの、いちいち付き合っていられない」
先ほどはこの上を飛んでいた。
上空から見たこの領域は、背の高い本棚が並ぶことで迷宮を形成していたが、今は嵐の後のように悲惨な状態だ。
本棚は好き放題に倒れ、収められていた本も辺りに散らばっている。どれが危険な魔本なのか知れたものではない。
……飛んでいこうか。これを避けながら歩いてクイールたちを探していれば、何日かけても見つかるまい。
煩わしさを感じて、術式を腕に打ち込もうとした時だった。
本棚一つ隔てた向こうに、気配を感じたのは。
「――――――――」
姿を捉えることも、声を聞くこともなく、気配だけで誰かを特定することは難しい。
難しい――のだが。
もしかすると、今の夢で無意識に感傷的になったことで、感覚が敏感になっていたのかもしれない。
ふらつきながら、しかし一歩一歩は確かな足取りで、それは本棚の陰から姿を現した。
いつも通りの悪態は――不思議なほどに、出てこなかった。
「…………イリス」
何を期待しているのだろう、私は。
こんな、迷い込んだ者を脅かすことしかできないような、悪辣な迷宮で、奇跡など起きる筈がないというのに。
現実はそんなに都合が良くはない。どこまでも残酷なのが、この世界だというのに。
「……夢を見た。覚えている訳ではないが――ひどく、懐かしい気がする夢を」
それ以上喋るな。聞きたくない。期待させないでくれ。
私はもう諦めたのだ。これ以上の絶望などいらない。
「イリス、教えてくれ。あの光景は、俺が失った過去なのか」
だというのに――どうして、いまさら時計の針は動き出してしまったのだろうか。