凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
ともかく、オークは倒した。これでこの山道は安全になっただろうか。
周囲を見渡しても、他の外敵となる魔族は見当たらない。
手を貸してくれた少女も魔道具を腰のホルダーに仕舞い込んでいる。彼女から見ても、即座の危険はないということだろう。
「リッカ。魔法、解除するよ」
「ん……」
まだ、どうにも理解が追いついていないようで、リッカは曖昧に返してきた。
この魔法を維持するための魔力の消費も小さいものではないらしい。
あまり今のリッカに無理をさせる訳にもいかないだろう。
魔法を解除すれば、スーツが魔力に分解され、リッカの身体が再構成される。
足が地面に触れるや否や体勢を崩しかけたリッカを支える。その苦しげな表情で、先程までのリッカの状況を思い出した。
「リッカ、大丈夫? 何かされたんじゃ……」
「……大丈夫。少し疲れただけ。何もされてない」
そうは見えないが……リッカの声色だけは、真実のものだった。
とはいえこうして離れていた間、魔族に拘束されていたという事実は、楽観視できるものではない。
先の話を聞いてしまっては、尚更だ。
「……少し診ておこうか? ネクリナのことだ。彼女に気に入られたなら何をされていても不思議じゃない」
「……キミ、医者なの?」
「医者の真似事もできるってだけさ。人間の肉体よりもスライムは再生しやすく、人間の精神よりも妖精はおおらかだ。少量で十分効く」
「ごめん、任せられない」
「キミら元から気が触れているし副作用も無いに等しいと思うんだけどなあ」
またとんでもない材料で治療し始めようとしていた少女から、拒絶の意味合いを込めて一歩距離を取る。
“それ”をどうしたものかは知らないがそんな材料を使った薬を投与されたことが不安で仕方ない。
「…………――――魔族、っ、ユーリッ」
「っと。リッカ、とりあえず大丈夫。害は……なくはないけど」
「なら全然大丈夫じゃないっ!」
リッカは少女を見るや否や、強い敵意を向け始める。
友好的に……一応は見える彼女でもやはり、リッカにとっては許容できない存在か。
いや、リッカからすれば目が覚めたら魔族が近くにいた状況。この反応も仕方ないのだが。
「ふむ。下ではともかく、オークとの戦いではキミにも多少なり恩を売ったと思っているが……ふうん?」
そんな敵意を大して気にもせず、応じるようにリッカの顔を覗き込んだ少女の表情が、一瞬、硬くなる。
視線の交差はほんの数秒。すぐに少女は、小さな笑みを浮かべて下がった。
「……なるほど。やめておこうか。確かに真似事では、キミを診るのは難しそうだ」
「――待って。リッカに何かあったの?」
「ユーリ」
リッカの制止があっても、追及せずにはいられなかった。
何かを察したならば、教えてほしい。リッカが答えられないことであれば尚更。
もしもリッカの体に何かあれば、この先の旅がどうこうという話ではなくなる。
リッカを信頼したい。リッカが大切だからこそ、今のリッカに起きていることを知りたい。
だが、少女は首を横に振った。
「分からないさ。私には分からないんだよ。強いて言うなら、私はこれでも慎重で、臆病なんだ。それでどうしようもない後悔をしても、改善できないほどに。開けてはいけない扉についての直感には、自信がある」
つまりそれは、明かしてはいけないリッカの秘密だと。
少女の悟ったものがなんだったのかは、僕には分からない。
だが、少なくとも、少女が口を噤むべきだと判断したものであるようで――それを知らないことに、悔しさのような、苛立ちのようなものを感じる。
「まあ、技術面については追及したいのだが。主にあんな戦闘を実現させるための魔力面について。なあキミ、互いの研鑽を共有しようじゃないか。そのスーツの発展に役立つ知恵を授けられそうなのだが」
「魔族は信用しない。だけど魔力の由来については、見たいなら見せてもいい」
「あ、これも避けた方がいいやつだ。だがね、勇者の力になれると思うよ。私は別に魔王軍に内通している訳でもないし、同じ技術者としてだね」
「……ユーリ。この魔族、何?」
「え?」
ちょっとした無力感が頭の中を渦巻いている間に、何やらリッカと少女が言い合っていた。
いや、言い合っていたというよりは、多分リッカが一蹴しているだけか。少女の方に嫌悪感はなさそうだし。
というか“誰?”から“何?”に変わっている。
話したことで素性不明のエルフの少女への敵意はより増してしまったらしい。
「えっと……さっきオークに落とされた時、下にあった洞窟で助けてもらったんだ。エルフの……そういえば、名前って?」
「物凄い今更だね」
特に自己紹介の流れにはなっていなかったため、ここまでずっと、名前の知らないエルフの少女だった。
『残響』の時の騎士とは外見から感じられる雰囲気はまるで異なる。
研究者気質の、やはり雰囲気そのものに“暗さ”を伴うエルフ。先代勇者と深い関わりのある魔族。
「私はイリスティーラ。長いし、イリスでいい。聖都に住んでいる、ちょっとばかり知識欲を拗らせたことではみ出し者扱いされているエルフだ。よろしく、えー……ユーリくんと、リッカくんだったね」
差し出してきた手を握ろうとして、リッカに手を引っ込められる。
僕としては、これまで旅の中で出会った魔族では一番話が出来るとは思うのだが、やはりリッカはそうではないようだ。
「うんうん、手を取らないのは正解だ。リッカくん、キミの方が危機意識はあるらしい。そこもまた不思議だが……」
「気安く名前を呼ばないで」
「……ふふ。ミミックよりよっぽど危なっかしいな。どこに触れれば地雷じゃないのかも分からない」
リッカの態度に肩を竦めた少女――イリスティーラは、今度こそ離れていく。
その途中でもう一度魔道具を手に取り操作しながら、その動きに警戒する僕たちに振り向いた。
「こっちに真っ直ぐ行けばカルエテの町だ。聖都はそのすぐ先にある。しっかり休んでおくといい。キミたちは聖都をゆっくり楽しむ心境じゃないだろうからね」
『ヴァンパイアコード、レディ』
行き先を示してくれた後、音声を発した魔道具を、イリスティーラは自身の腕に向けた。
先の凄まじい光線を想起するが、起きた現象は小さな光が走り、彼女自身に吸い込まれただけ。
リッカと共に疑問の視線を向けていれば、彼女は苦笑してまた魔道具を仕舞った。
「それじゃあ、また縁があれば。用があれば訪ねてくれてもいい。イリスティーラの工房は肝試しの舞台として有名だから、聞けばすぐに分かる筈さ」
一体どんな場所に住んでいるんだという更なる疑問をこちらに植え付けて、イリスティーラは去っていった。
リッカのように、魔力に分解されたかと思えば、コウモリの群れに再構成され、夜空の向こうへと飛んでいく。
……二回、動きを見る限り、あの魔道具は別の魔族の性質を再現するものなのだろうか。
彼女曰くドラゴンのブレス。そして今のは、夜の支配者たるヴァンパイアの力、という風に。
「今の魔道具……いや、いくら何でもそんな汎用的な術式構築ができる筈……」
「……教えてもらう?」
「……いい。魔族は信用しない。あのまま朝日を浴びてしまえばいい」
「えぇ……」
確か――ヴァンパイアは日に弱いのだったか。
かなり上位の種族であり、その弱点も眉唾であるともいうが……それが本当だったとしても、まだ夜明けまでは時間がある。
その結末を彼女が迎えるとも思えない。
そこまでイリスティーラが間の抜けている性質ではなさそうなことはリッカも察しているだろうし、つまるところそれは単なる悪態だろう。
リッカの敵意や恐怖は、多分消えない。どれだけ魔族側に害意がなく、友好的であってもだ。
唯一の例外のように、幼い頃から見知った仲であれば、もしかしたらがあったかもしれないが、無意味な仮定に過ぎない。
どうあれ、今のリッカが認める魔族はカルラただ一人なのだ。
「……でも、リッカ。本当になんともないの?」
「――うん。だから、大丈夫だって」
「正直に教えてほしいんだ。お願い、リッカ」
もう、他に誰が聞いている訳でもない。
やっぱり駄目だ。リッカの様子は、そのまま黙過できるようなことではなかった。
「……ユーリ」
「……あのエルフ。イリスティーラに聞いたんだ。僕の一つ前の勇者について――その人が、どれだけ強くて。ほんのちょっとの油断で、どれだけひどい目に遭ったか」
「っ」
ビクリと、リッカの体が震えた。
僕と殆ど変わらない……最後に測った時は、ほんの少しリッカの方が背が高かった。
そんな彼女が、今はひどく小さく思えた。
「僕の思い違いかもしれないけど、リッカは全部知っていたんだと思う。魔族がどういう存在で、魔族を相手に油断するのが、どういうことか」
「――――」
「だから――ごめん、リッカ。リッカだけに、そんな怖さを背負わせて」
それに一人で耐え続けるリッカにとって、埒外の重荷だったと思う。
背負えていたと思っていた。リッカの無理を、一緒に戦うことで支えてあげられていると思っていた。
ほんの少し荷物を預けてくれていただけだとは知らず、同じ重みを背負った気になっていた。
――そして、これからも。
こうして一緒に旅をしている以上、リッカに常に付き纏う危険性。
同じ重みを背負うことは絶対に出来ない。どこまでも、僕の自己満足であるだけだ。
……だからせめて、その苦しさを知っていなければならない。
僕が負けるということが、何を招くのか。
それがリッカを守るという意思になる。リッカの気を、少しでも楽にできる。
「……ごめん、ユーリ。何もされていないっていうのは嘘」
顔を伏せていたリッカは、ぽつりと零した。
それを聞いて冷たくなる背筋を温めるように、背にリッカの腕が回された。
「でも……悪いことじゃない。少し、手を貸してもらっただけ」
「手を貸して……?」
「ん……だから、安心して、ユーリ。信じて」
そう言うリッカの笑みは、どこか儚くて、作ったものではあったけれど。
ほんの少しだけ……昔を思い出させる何かがあった。
溌剌としていた頃の、何を言いだすか分からない、僕とカルラを振り回していた頃のリッカを。
結局、“何”があったのかを聞き出すことは出来なさそうだが――僕の不安を、拭う笑顔だった。
「……分かった、信じる。じゃあ、この話は終わり。少し休んで、山道を抜けよう」
「……ありがと、ユーリ」
ここで懸念を呑み込むという選択が、正解だったのかは分からない。
だけどこの夜、僕とリッカの中で、少なくない何かが変わったのは間違いない。
どちらにとっても――良くも、悪くも。