凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
もしもそこにあるものが、苦痛と嫌悪だけでなかったら、どうなっていただろう。
何か、今の僕に変化が起きていたのだろうか。
もしも――もしもここで、たとえば、快楽を覚えていたのならば。
苦しくない、痛くないと自分に言い聞かせてその場をやり過ごそうとしていたのならば。
……ああ、きっと勇者としての僕は、ここで終わっていた。
もう二度と立ち上がることは出来なくて、この冷たい怪物に溺れてしまっていたのだろう。
ならば、これは良い選択? 抵抗できず、苦痛に震えるばかりであったことが、正解だった?
いいや――いいや。そんなことはない。これが最善だったなんて、死んでも思いたくない。
だってこんなに気持ち悪いのだから。ただ受け入れることが正しいなんて、そんな筈はない。
……あの時、一体この行為はどれだけ続いたのだろうか。
はっきり言って覚えていない。そして今も、それを冷静に考えることなど出来ない。
過去の再現。あの時の繰り返し。悪夢のはじまりで沸き上がる嫌悪を、可能な限り意識から外すことに集中しなければ、狂ってしまいそうだった。
この夜だけの失敗では終わらなかった。
これ以来、僕の夢に潜んだこの魔族は、眠るたびに悪夢の中で、抵抗するすべのない僕を貪った。
深い眠りにつくことは出来なくなって、彼に見つからない眠りの淵でふわふわと意識を泳がせることでしか、休めなくなった。
あまりに疲労が溜まって、うっかり眠ってしまった回数は数えきれない。元々、人間は眠らずに生きるなんて不可能なのだから。
イリスには言い出せなかった。ユーリくんにも、リッカちゃんにも、ナディアちゃんにも告げられなくて、結局僕は最悪な状況になるまで誰にも打ち明けられなかった。
ユーリくんたちの親切な協力者という人が、彼を僕の内から追い払う方法を教えてくれて、ようやくその悪夢は終わった。
満足に眠ることが、やっと当たり前になってきたというのに。夢の世界は決して悪いものではないと、認識を改めることが出来ていたのに。
ああ――気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
この時まで僕は、誰かと体を重ねるなんて、想像したこともなかった。知識としてさえ、割と曖昧だった。
けれどさすがに、本来これは誰かと愛を紡ぎ合うための行為だということくらいは分かっている。こんな――気持ち悪いだけのものでは決してないことだと。
嫌悪する相手ではない。心の底から愛する相手とすべきことだと。
うん……まあ、僕にそんな相手はいないのだけれど。
でも――でも、僕だって、そういう風に出来るのならば……
「……ぅ……ぁ……?」
――――その時、草木をばさばさと騒がせる風が吹いた。
とてもではないけれど、いつものように即座に状況を把握するなんてことは、出来なかった。
べたついた体が風で少しだけ冷たくなって。そこでようやく、思い通りに動く筈のない体を動かせることに気付いた。
過去の再現に、自由などないというのに、頭からのろのろと出された信号が、僅かに指先を揺らした。
あの時、こんな風に強い風が吹いた覚えはない。いや、吹いていたとしても気付かなかった。
何かが起きているのだ。そうでなければ――目の前にいた魔族が、僕の体を這っていた虫たちが、いなくなった説明がつかない。
「まったく。これだから劣等感を拗らせた愚か者は始末に負えない。如何に節度を学ぶ機会がなかったとはいえ、これではボクたちの品格も疑われるというものだ」
誰だろう、とそれを理解するまで少しの時間を要した。
意識をはっきりさせないと。今の状況を把握しないと。命に関わる事態だったら、困る。
ああ、でも……今更、僕の命がどうなったところで。
落ちぶれた悪夢を忘れていたから戦えたのに。こんな僕など、誰も求めていないだろうに。
だから、ここで殺されてしまうのならば、それはそれで仕方ない。ここからの僕は、ユーリくんたちの足手まといにしかならないだろうから。
そんな風に諦めようと、このまま閉じこもってしまおうとした。
しかし、ほんの少しでも冷静になろうとしたのが間違いだった。
感覚が鮮明になっていき、不快感が沸き上がる。五感が耐えられる限界を超えて、心臓を掻き毟りたくなるほどの嫌悪に襲われる。
何よりもまず、口に広がるこの世のものとは思えないほどの苦みを吐き出そうとして、上手く咳き込むことが出来ず、顔を傾けることで滴り落ちるのを待つことしかできなかった。
なんなんだ、これは。イリスが作る飲み薬だって、こんなに気持ち悪いものじゃないのに。
「ゆっくりでいい。吐き出して、浅く呼吸をしたまえ」
聞こえてきた言葉に縋るように、息を零す。
不快感は増すばかり。その夢を鮮明に認識してしまうことで、頭が締め付けられるように痛くなる。
べたついた体をゆっくりと起こす。夢の中断という初めての現象に困惑は残るけれど、その理由を求めて顔を上げる。
かつて、ホープを助けてくれたサキュバス――エヴァネスが、そこにいた。
「ぁ……」
それだけではない。
ここは僕の夢の中。サキュバスがいることは、まだ理解ができる。
けれど、どうして――どうして、リッカちゃんがここにいるのか。
どんなことがあったかって、もう知られているのは受け入れたけれど。
この光景だけは、誰にも見られたくなかったのに。
「立てるかい? この夢から、覚めることは出来るかい?」
「……っ……たてない、です。起きたくない、です」
嘘と本音が、半分ずつ。本当は目を覚ましたい。こんなところ、すぐに出て行って、また思い出さないように忘れ去りたい。
それでも……幸せを知ってしまった後にもう一度ここに叩き落された以上――戻れる気がしなかった。
僕は完璧な勇者でなければならないのに、その心の柱が、今度こそぽっきりと折れてしまったようだった。
「……考えないようにしていたんです。悪夢なんて、思い出さなければいいって。どうしようもないほどに、幸せだったから、こんなこと……最初からなかったんだって」
その現実逃避で、僕はこれまで、勇者としてやってきた。
手にした幸せを手放したくなかった。
ホープとの暮らしも、みんなとの日常も。それさえあれば、過去にあった嫌なことなんて、なんのことはないと一蹴できる自信があった。
――こうして回想して、そんな筈もないと思い知らされた。
過去はどこまでも追ってくる。逃げ切ったつもりでも、気付けばすぐ背後にまで迫っている。
もう一度忘れるためには、一体どれほどの幸せを感じればいいのか。無理だ――だって、これ以上ないほどに幸せだと感じられていたのだから。
限界の先なんて存在しない。幸福だって、同じことだ。
だから僕はもう、この悪夢を忘れられない。手にした幸福も、同じものは戻ってこなくて、勇者として立ち上がることも、もう出来ない。
「なんで、今更思い出さなきゃいけないんですか。もう、いいじゃないですか。僕は立ち直れていたのに。こんなの、理不尽です」
そんな恨み節、この二人に零しても仕方ないなんてのは、僕だってよく分かっている。
けれど、あんまりじゃないか。
まるでそれは、魔王がもう僕を勇者とは認めていないみたいな。僕はもうゲームオーバーだと告げているみたいな理不尽。
僕は戦えたのに。これを思い出さずにいれば、僕は幸せな勇者のままだったのに。
「ああ――なるほど。キミは忘れられていたんだね。痛みや苦しみからは逃げることが出来る。キミはそれを実践して、勇者で在り続けられたんだ。なんとも、強い子じゃないか」
「少なくとも……今は違います。忘れることなんて、その場しのぎに過ぎないんですよ。それを知らずに克服した気でいた時点で、僕は強くなんか、ないんです」
彼女が僕を立ち直らせようとしているのは、本当なら素直に感謝したい。
その励ましが、今は痛かった。彼女の言う強い僕なんて、今ここにはいないのだから。
「いいや、キミは強いとも。普通はね、一度たりとて立ち上がれないんだよ。それを抱えて生き続けるというのは、死ぬよりも辛いことだ。キミはそこから、幸せを感じられるところまで快復した。これは偉業とも呼べることだよ」
「……随分と、僕を買ってくれているんですね。ボク、あなたに情けないところしか見せていないのに」
最初は、今と同じように、夢に囚われて――あろうことか、ユーリくんたちと敵対してしまったとき。
そして今回も、魔族の魔法で子供になっていたり、こんな姿を見られたり。
少なくとも、僕は彼女の前では、勇者らしくはいられていない。
「アッハハハハハ! 言っておくがね、多少道化に甘んじた程度でボクの審美眼を誤魔化せると思わないことさ! キミが自身を卑下しようとも、ボクが保障しよう。キミはもっと自分を誇っていい人間だよ」
「……そうですか。覚えておきます。……話が終わりなら、出ていってくれませんか。ちょっと今は、自分を誇るとか……無理なので」
そんなことを、大して親しくもない魔族に言われたところで、立ち直ることなど出来ようか。
いや……親しい相手にはもっと、この場にはいてほしくないのだけれど。
そういう点では……二人がやってきたのは、まだ幸いだったかもしれない。
リッカちゃんも、僕とはまだ距離を置いていて――こんな姿を見たところで、心は動かないだろうから。
僕はもう、リッカちゃんの秘密を知っている。
ここに至るまでに、何度も何度も味わった苦痛。
数えきれないほどの繰り返しと比べれば、僕の悪夢なんて、大したものではないのだろう。
「……ふむ。であれば、ここで諦めるのかい? ユーリたちも、キミが立ち直ることを信じていたようだけど」
普段なら、僕を奮い立たせただろう、エヴァネスの前向きな発言が――今はどうしようもなく、腹立たしかった。
「っ……勝手にそんな、信じられたって困るんですよ!」
ほんの少しも、彼女は今の僕の苦しみを顧みてなんてくれない。
無理やり忘れて、この悪夢から覚めたところで、今の僕をブレダリオンが認めてくれる筈がない。
勇者ではない僕なんて、足手まとい以下の存在でしかないのだ。二人が今ここにいるだけ、時間の無駄でしかない。
「これまでだって、僕はイリスの薬で精神を安定させていられたんです! それがないと、勇者であることさえ出来なかったんです! そのくらい、僕にとっては苦しい
こうして犯された後、聖都の――イリスのもとに戻るまで正気を保てたのは、奇跡でしかない。
そうしてイリスに薬を貰って、僕は勇者としての自分を維持できるようになった。
今だって変わらない。幸せを感じられるようになっても、ふとした拍子に不安が膨らんでしまう。
それは、もしかすると、僕の本来の性質なのかもしれないけれど。
どの道、こんなもの、また思い出してしまった以上――忘れられるとは思えない。
「何度繰り返したって、苦しいし、痛いし、死にたくなるんですっ! ――リッカちゃんみたく、慣れることだって――――!」
――そして、決して口にしてはいけないことを言ってしまったと気付いたのは、手遅れになってから。
そんなこと思っていた訳ではない。何か、なんでもいいから言葉を返そうと思って。
リッカちゃんの方が、ずっと、ずっと長い間、苦しんできたのに。
「……ぁ」
慣れる訳がない。リッカちゃんだって、何度繰り返しても、決して和らぐことのない苦痛なのだ。
言葉を途中で止めても遅い。リッカちゃんは聞いてしまっている。
背すじが冷たくなり、リッカちゃんを見上げる。
勇者としての自分だけではない。積み上げてきた関係さえ、たった今、自分から手放してしまったのだという確信をもって。
「……」
――リッカちゃんの表情は、それまでと変わらなかった。
僕への嫌悪も、悪意もない。
その表情のまま、リッカちゃんはゆっくりと、こちらに歩み寄ってくる。
「っ……り、リッカちゃん、僕――」
「……」
言い訳、謝罪、なんでもいいから口にしようとして、その前にリッカちゃんは――
「…………え?」
全身べたついた僕の手を取って、引っ張り上げて。
そのまま躊躇いがちに、僕を抱き寄せた。