凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
すっかり日も暮れて辺りが暗くなった頃。
熱された網の上で焼かれる肉やら野菜やらを前にして、僕たちは集まっていた。
「コップは行き渡ったかな。それじゃあ――乾杯っ」
――乾杯、と言葉を揃えて、それぞれのコップを打ち合わせる。
聞いたところによると、宴の際にはこうすることがしきたりであるのだとか。
カン、カン、と小気味良い硝子の音が立て続けに鳴った後、コップに満たされた果実水を飲む。
このような状況でなければ飲むこともないだろう果実水は、口に含んだ途端、僅かな酸っぱさととびきりの甘さを広げていった。
聖都の基準でもかなり高級なものであるとのことだが……それも納得できるものだ。村の近くで採れる果実では、どうやってもこんな味は出せないだろう。
「うわぁ……! こんなジュース、飲んだことないですっ。え、これ薄めたりしなくて良いんですか?」
「微妙に悲しくなること言わないでくれませんか。まあ、簡単に買えるものでもないのでしょうが……今夜くらいは贅沢に楽しむべきでしょう」
「そ、そうですよね……っ、よし、ホープ、たくさん楽しんじゃいましょう!」
「うん。これ、どれを食べてもいいの?」
「もちろん。ほら、これも焼けたよ」
目を輝かせるホープの持っている更に、ちょうど焼き上がった肉を乗せる。
それほど特別なことはしていない。野菜や果物、調味料で下味をつけた肉を焼いただけ。
けれど、そのシンプルさがかえってホープにとって新鮮だったのかもしれない。
「……、……あむ……っ!」
少しの間息を吹きかけて冷ましてから、恐る恐ると、戸惑いがちにホープは肉にかぶりつく。
大きめに切った肉は一口で食べきれず、だからこそ頬張れば口いっぱいにその味が満ちていく。
「――ほいひぃ……!」
もごもごと噛みしめながら満面の笑みを浮かべるホープ。どうやら、気に入ってくれたようだ。
次の肉の用意をしつつ、焼けたものをみんなの皿に乗せていく。
それが合図になったように、みんな思い思いに並べられた料理を食べ始めた。
「……うん。美味しい」
火を通して赤くなった海のエビは、村でたまに食べていたものより大ぶりで、押し返すような歯ごたえが心地良い。
前からこの味わいを知っていれば、旅の中で港町の市場にも立ち寄ったのだが。
まあ、今後悔を感じても仕方がない。これを見立ててくれたラフィーナに感謝するべきだろう。
そう思ってラフィーナを見てみれば、酒の注がれたコップを揺らしながら、大皿に盛られたベリーやイチジクをつまんでいた。
「……? 何よ」
「いや――早いね、果物食べるの」
「先に食べると体に良いのよ。ほら、あんたも食べときなさい」
「むぐっ……」
何を言う前に、ラフィーナにベリーを口に押し込まれる。
エビの旨味を拭う前に飛び込んできた甘酸っぱさで口の中が一瞬、混沌となった。
一度それを果実水で流してから、少しラフィーナに不満の視線を向けつつ、もう一つベリーを口に入れる。
「急に突っ込まないでよ」
「いいでしょ、たくさんあるんだから。それとも私のベリーが食べられないっていうの?」
「何その面倒くさい絡み方。ラフィーナ、もう酔ってるの?」
「あんたたちに対しては素面でこの接し方なのよ」
瑞々しいベリーをぷちり、と噛み潰せば、今度こそ好ましい甘酸っぱさが広がった。
森のキイチゴとは比較にならない。村の畑の隅っこで育てられていたそれよりも甘味が強い。
旅が始まって間もない頃、立ち寄った農村で買った果物を食べた時は、特にその味に感動したものだ。
どこで命を狙われるかも分からない、不安に満ちた旅の中で、それは数少ない安らぎの時間だった。
確かあの時は――あの村に立ち寄るのは、リッカに提案された記憶がある。
きっと、リッカにとっては何十、何百も繰り返してきたルーチンだったのだろう。僕の不安を、少しでも拭うために。
「リッカちゃん、これって……」
「ん……もう食べられる。ほら」
ふとリッカを見れば、焼いていた腸詰めをクイールとホープに差し出していた。
目を輝かせながら受け取った二人。それを食べようとする前に――リッカはタオルを持ち出して、ホープの口元に付いたソースや油を拭った。
「…………すごいものを見た気がする」
「……幻覚じゃないかしら。夜だし、そんなこともあるかもしれないわ」
それが、あまりにも奇妙な光景で、思わず目を瞬かせた。
これまでリッカは――ホープに対して、交流を意図的に避けるようにしてきていた。
信じられるものがごく僅かだったリッカとしては、ホープもまた、心から信じられるものではなかったのだろう。
けれど、きっとクイールの深奥に触れたことによる相互理解を通して、警戒するものでもないと、ようやく決心がついた。
クイールなりの“歩み方”として、リッカはホープを受け入れられたのだ。
「あいつがあんな風に変わるなんて思いもしなかったわ。あんたたちに協力することを決めた時も、どうせどこかで限界迎えてくたばるだろうなって考えていたし」
「やっと、リッカの絶望がなくなったんだと思う。今のリッカは希望を持っている。もう、何があっても立ち止まらない」
「あんたがそういうんなら、そうなんでしょうね。ま、ここまで付き合ってきた甲斐があるってものよ」
ラフィーナは果物に満足したのか、皿に盛られた肉を小さく切って口に運ぶ。
先ほどの僕と同じことにならないだろうかと思ったものの、しっかりと酒で味を拭い去っていたようで、特に抵抗もなく食べている。
……なんだろう、なんだか、負けた気がした。
「……昔から、真面目過ぎるって笑われていたの。奔放なサキュバスに生まれて、あれこれ考えず欲望のままに生きることが、私にはどうにも出来なかった」
「……ラフィーナって、どこで生まれたの?」
「なんてことのないサキュバスの集落よ。今回の旅では近付くこともなかった田舎。まあ、アリスアドラ様が目をかけていた集落だったらしいから、仕えるまでは簡単だった分、恵まれた生まれではあったわね」
酒で舌の回りが良くなってきたのか、ラフィーナはこの際だから、とばかりに話し始めた。
ラフィーナがその性質で苦労したというのは、他のサキュバスの性質を見てみれば分かる。
アリスアドラや、元はミツカイだったというジルはともかく――他のサキュバスは自身の欲望を前面に出し、それ以外とは明確な優先順位を定めている場合が多かった。
「この性格で後悔したのは、あんたたちと関わってから。あんたたちに負けた時には、自分の真面目さでアリスアドラ様に見初められた運命を呪った。あんたたちに付き合うって決めた時は、罪悪感で断れないことを恨んだ。あんたたちに諦めてほしくないって思った時は、なんで絆されてんだって腹が立った」
「……」
「どう思う? 自分を散々苗床に使ってきて、知らない記憶を植え付けてきた、どれだけ殺しても飽き足らないくらいムカつく人間が、希望を持てていることに――私は喜んでいる」
そう、本来であれば僕やリッカは、ラフィーナにとって憎悪の対象でしかない筈だった。
協力を要請するために、リッカに旅の記憶を渡された時も、有無を言わせないものだったのだろう。
どんな会話があったかは定かではない。けれど、間違いなくそこに至るまでにラフィーナの意思はなくて、リッカはラフィーナが抱くであろう罪悪感や仲間意識に付け込んだ。
ようやく選択の自由が与えられた時には、もうラフィーナが断れる状態ではなくなっていたのだ。
そうして、嫌々付き合い始めたラフィーナは、僕たちが知り合った中でこれ以上ないほどに、面倒見の良い性格だった。
というよりも、一度関わってしまえば、後から抜けられない性質なのだろう。
戦闘に限らず多くの場面で、ラフィーナの助言や心配りが役に立った。心が壊れそうになったリッカを、支えてもらったことだってある。
歪な契約から始まった、歪な関係性は、旅を通して少しずつ変わっていった。
ラフィーナもまた、僕たちの目指すものを受け入れ、信じてくれるほどにまで。
「笑い話よね。真面目さだけが唯一の取り柄で、それがアリスアドラ様の視界に入るきっかけだった私が、アリスアドラ様を裏切って、あんたたちと一緒にこうして宴を楽しんでいるとか」
「でも、ラフィーナが協力してくれたおかげで、僕たちは今ここにいる。それは間違いない。ラフィーナだって、ハッピーエンド同盟の一員だよ」
「その名称は未だにちょっと賛同しかねるんだけど」
ともかく――今はラフィーナもまた、僕たちのパーティの一員として欠かせない存在だ。
ラフィーナが僕たちを信じてくれるのならば、僕たちもそれに恥じないように歩み続けないといけない。
そうしてハッピーエンドに辿り着くことこそが、ラフィーナへの返礼になるだろうから。
「……ラフィーナは」
「んー?」
ラフィーナがコップの中身を飲み干し、瓶を手に取ったタイミングで、ふと尋ねる。
今になって疑問に浮かんだ、しかし大切なことを。
「ラフィーナは、僕たちの使命が終わったら、どうするの?」
「……」
――少しだけラフィーナの手が止まり、注いでいた酒を零しかける。
零れかけた分を慌てて飲んでから、どことなくやり辛そうに眉根を寄せ、溜息をついた。
「……あんまり考えないようにしていたのよね、それ」
「ラフィーナ――」
「あんたたちとは違って、私にはこれから先、何をしたいって希望はない。あんたたちに付き合っていただけだからね。アリスアドラ様を裏切った以上、故郷に帰るなんてありえないし」
ラフィーナにとって、その選択は過去に積み上げてきたものすべてを切り捨てるにも等しいものだった。
サキュバスたちのカリスマたるアリスアドラを討ったことを軽く受け入れられるのは、それこそエヴァネスのような超然とした価値観を持つ者くらい。
他の殆どのサキュバスからすれば、ラフィーナの選択はこれ以上ないほどの罪なのだろう。
「……」
「ごめん、なんて謝ったら今度こそ本気で張っ倒すわよ。いえ、それとも“犯すわよ”の方がサキュバスらしくていいかしら。リッカの脳も破壊できるし一石二鳥ね」
「言わない。言わないから本当にやめて」
「思いのほかトラウマになってたみたいね、あれ」
きっかけを作ったのはこちらだが、脅すにしても性質が悪い、とラフィーナを睨む。
当のラフィーナはどこ吹く風だった。
「どうするかなんて、終わってから決めればいいでしょ。あれがしたいとか、これがしたいとか、今考えて今叶うって訳でもないんだし」
「それは、そうだけど……」
「それにあんたが気にすることでもないわ。どこでこの後を生きるにせよ、あんたたちとの関係は勇者としての使命が終わるまでなんだから」
「っ……」
もちろん、それは当たり前だ。
そこから先で、ラフィーナが僕たちと関わる必要はない。
僕たちが使命を果たしたら、僕たちとラフィーナは他人に戻る――当然のことではあるが。
「……なんなのよ、その顔は」
「うん――少し、寂しいと思っただけ」
仲間として結ばれたつながりの固さは、僕にとって何よりも他者との“絆”を実感させるものだ。
ラフィーナとの関係は、他の誰との関係よりも歪なもので、だからこそ意識すればより目立って感じられる。
すべてが終わってから、これを手放すのだろうかと考えれば、寂しさも覚えてしまうだろう。
「……ああもう。やりにくいわね。あんたその顔するのやめなさいよ」
よほどひどい顔をしていたようで、それを隠させるように、頭に手が置かれる。
ほんの数秒。ラフィーナに頭を撫でられていると自覚した時には、その手は既に離れていた。
「別に、すぐにいなくなるんじゃないんだから。あてもなくさまようほど無計画な性質でもないし、それに……――あんたたちといるの、居心地良いしね」
「え……?」
小さく、呟かれたその言葉。
ラフィーナは二度言う気はないようだった。酔いが回ったか、或いはそれ以外の要因か――頬を赤く染めながら、そっぽを向いていた。
「……嘘言ってないことくらいは、あんたなら分かるでしょ?」
「……うん」
それきり、会話は途絶える。その言葉が嬉しかったから、僕も何を言うこともなかった。
全部が終わった後も、ラフィーナとの関わりは続く。恐らくは、どちらかが縁を断つことを宣言しない限り。
ならば心配することもない。絆の一つも消えることなく、ハッピーエンドのその先も、穏やかに過ごすことが出来るだろう。