凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
「いって、て……ぁ……? オレ、一体なにやって……」
――哀れな被害者が、また一人増えたことを知る。
ここ最近のお仲間よりも、言葉は流暢だ。多少なり高位の魔族だろうか。
言語を解するか否かが基準になる訳ではないが、一つの指標にはなるものだ。高位の魔族は、ただ獣であるだけではいけないのだから。
……喋ることは出来ても弱い魔族もいるにはいる。
少なくとも私にとって、あの“人間ごっこ”の次に嫌いな生き物である。
「いらっしゃいませお客さまー!」
「一名様、入りまーす! おっきいですねーお客様!」
「お……!? な、なんだお前ら……フェアリー……!?」
喧しくて寝てもいられないと、薄目を開ける。
――でっか。一部じゃなくて全部が。
筋骨隆々。私を二人分積み上げたくらいだろうかと思うほどの巨体。
石みたいな乾いた色のぼさぼさ髪のそいつは……なんだろう。
ミノタウロス……に勝てるほどには、まだ流石に成長していないだろうし、トロル?
いや、トロルは喋る脳みそなんてない。これだけ大きくて、あの勇者と女が今の段階で倒せるレベルで、ある程度
まったく、磨かれてきた自分の推理力に呆れを覚える。
この魔族を人に近い体にしたらどうなるでしょうなんて、外にいた頃に口走ったらたちまち笑いの的だ。
それがどうだ。娯楽など何もない、ただ生きて、産んで、搾られるだけの道具の立場からすれば、数少ない頭を使う機会である。
ここ暫く、魔族の中でも低質な獣同然のものしか送られてこなかったし、久しぶりの大物だ。あの勇者もそれなりに成長したらしい。犠牲になったあのデカい……元の性別がどっちだったかは知らない魔族には同情する。
「お荷物おあずかりしますねー!」
「お荷物なんて持ってないですねー!」
「それではお部屋にご案内しまーす!」
「しょくしゅの間とすらいむの間がございまーす!」
「意味分かんねえ……ああうざってえ、離れろ! 潰されてえのか!」
……本当、同情する。
あの推定オークが一体何をしたというんだ。いやオークなんて碌な噂を聞かないが。
見ているとどうもスケール感が狂う。まるで羽虫に集られているようだ。
――私、ラフィーナの一番の失態にして災難が、この空間に叩き込まれたことであるのは言うまでもない。
その後なんて何が起きても変わらないと思っていたし、あの女の新しい工作の実験体になった時も、想像できる嫌悪感しか湧かなかった。
感情を操るサキュバスが、随分鈍くなったものだと自嘲していた私に舞い込んだ、新たなる災難がアレである。
フェアリー――精霊の下位種である妖精の中でもポピュラーな存在。
とはいえ私も、“外”では見たことがない。妖精のいたずらなどとよく言うが、そもそもその辺をうろついているような種族でもないのだ。
魔王軍の上層部には、自然の落とし子とも呼ばれるあの連中とは関わるなと考える方も多いとか。
……うん。私も同感である。こいつらはヤバい。
「いい加減に……、おい、なんだこりゃ」
「みぎてに見えますのはサキュバスのラフィーナちゃんでーす!」
「そして私はトノカでこっちはシナトでーす!」
元々、私がどうかしていたのだ。
新たに放り込まれた妖精二体。こんな小さな体だ。これから行われる凌辱など完全にキャパオーバーだろうと。
話し相手としても長持ちしないと考え、最初から見捨てようと思っていたが、しつこく周りを飛び回るのに観念して、少しだけ話した。
こいつらの不安感も少しは拭えるだろうと。不安なんて微塵も感じていなかったようだが。
最初から無理だと確信していたこの二人は――こうして今も元気である。
どういう訳か捕えられることも、魔力を吸われることもなく、この意外と広い部屋の中を飛び回って何が楽しいのか分からない遊びを繰り返している。
……いや、どういう訳かも何も、小さすぎて魔力も大して持っていない種族だ。つまり、使い物にならないということだろうが。
ならあの女も何故こんなのを放り込んだのか。あれと進んで話す気などないが、正直追及したい。
なんなんだこの二人。普通こんな部屋にいれば一日と経つ前に気が狂うだろう。
それが未だに精神的にも弱った様子がなく、笑顔で私や他の連中に話しかける始末。
あの女とはまた別の変なのが常にこの部屋にいるという状況は、はっきり言って私たちの精神に悪い。
笑うことも、はしゃぐことも出来ない私たちの前で、それすら楽しいかのように遊び回っているのだ。まるで私たちの認識がおかしいかのように。
この二人に気をやられて、完全に駄目になった“同業者”は決して少なくない。
碌に喋ることも出来ない連中にも当然影響はあるし、それなりの間、話し相手になってくれていた金爪もこの二人の異常さがトドメだった。
断言しよう。慣れてしまえば私たちを拘束する使い魔より性質の悪い存在である。
無邪気さこそが妖精たちの最大の凶器であるとはよく言ったもの。
使い魔たちよりも魔族を壊すペースに優れたこの二人は、あの女の協力者だと言われても頷ける。
べたついた触手も、体を内から外から冷やすスライムも気が滅入るが、フェアリーに比べればやることが単調なだけ耐えられる。
あの女が魔族たちをひたすらここに叩き込むその狂気の根幹は知ったことではない。知ったことではないが、“これ”は色々と違うだろうと言わざるを得ない。
絶対あの女としても想定外の筈だ。大方衝動的に放り込んだはいいが使い道のなさに困って放置しているのだろう。
ざまあみろ、早くどこかへやってくれ。こいつらが飛んでいるくらいならまだ倍の数を産まされる方が気が楽だ。ほんとお願い。
「苗床かよ。趣味が悪ィ……待て、なんだこの体!?」
「いまさら気付いてももうおそーい!」
「ここではきものをぬいでくださーい!」
「うるせえぞチビども意味わかんねえよ! 一体何が起きてやがんだ……」
「あなたはりっかりかに敗れたのだー!」
「この部屋ではりっかりかこそが秩序。りっかりかこそが神。あがめるのです」
……こいつら、なんであの女の名前知ってるんだ? というかあの女そんな名前だったっけ?
そもそもアレを崇めたところで向けられる目は変わらないしより仕打ちが苛烈になるだけだろう。
いや、落ち着け。妖精の戯言なんぞに突っ込むな。
どうせ脳を経由して放たれている言葉じゃない。深く考えるだけ愚かだ。……妖精って脳みそあるんだろうか。
「誰だよりっかりかって……オレは誰にも負けちゃいねえよ。さっきまで寝てた筈だぞ」
「呑気にねてたら不意打ちで招待されるとは」
「うっかりすぎて草がはえる」
「オレ、今ほど殺意が湧いたのは初めてかもしれん」
いいぞ、そのまま怒りを爆発させてその二体を片付けてほしい。
どこの秩序や常識が許可しなくとも今回ばかりは支持しよう。正義はあんたにある。
「えらべ、しょくしゅかすらいむか」
「選択権はおまえにはない」
「じゃあ選べねえじゃねえか! 待て逃げんな!」
……最初で壊れなかったら、アレは相手にするなって助言してやろう。
打てば響くというタイプは初めてだ。フェアリーたちもさぞ嬉しいことだろう。
大腕をぶんぶんと振り回す推定オークは清涼剤だった。
きゃっきゃとはしゃぎながらそれを躱すフェアリーたちがいなければ満点である。
「――――」
ほんの少し、不謹慎にも和んだところで――この部屋の主がふらふらとやってきた。
浮ついた気分が最下層まで急転直下する。
また歪んだ精神性でもって新たな“おもちゃ”にこの部屋の常識を叩き込むのだろう。結構な趣味だ。
「――――」
……? 俯いたまま、ふらふらと歩きながら、ぼそぼそ何か呟いている。
あまりに存在感が無さ過ぎて、フェアリーたちも気付いていない。
この女がおかしいことは今に始まったことじゃないが、いつもと違うな。故障したか?
なけなしの興味が、さりげなく耳をそばだてさせる。
何となくその呟きを聞いてみたかったがために。
「――――た、――した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した――」
……何を失敗したのか知らないが、私は聞いたことを後悔した。
壊れた蓄音機の如く一定の音声を吐き出し続ける女はいつも以上に混沌とした感情に満ちている。
取り返しのつかない間違いを犯してしまったような――いや、この部屋自体がその間違いに該当する気がしなくもないが。
一体何をやらかしたんだ、こいつ。
「あんなところに、あんなのがいるなんて。まだ順調だった、順調だったのに、このままじゃ駄目」
どうやら音声のレパートリーが追加されたらしい。
後悔に焦燥、苛立ちに……また憎悪か。偶にはその感情を捨ててみたらどうだろうかと、思わずにはいられない。
感情全体の何割を占めるかは時々で変わるものの、あの女の魔族への憎悪はいつも変わりない。
本当に……一体、何をされたんだか。
そもそも、今更の話だが。私が出向いた時点でそんな感情を拗らせているなんてことあるか?
大して魔族と関わりがある訳でもない小村の娘が、ここまで魔族に強い感情を向ける理由が分からない。
考えられる理由としては、あの……いや、やめよう。あの女だけで手いっぱいだ。“あっち”について考えたくない。
とりあえず、死ぬほど不機嫌であることは伝わってくる。つまり、今のあれに手を出すのは自殺も同じということだ。
「あ、りっかりか!」
「おかえりくださいませご主人さまー!」
なるほど、あの二体、死にたかったのか。
死にたくても殺してはもらえないが、今ならもしかするとがあるかもしれない。
何事もチャレンジあるのみか。そればかりは、あの二体の好奇心を見習うべきだろう。
「知らないままでよかった。そうじゃないと、ユーリが無茶しすぎる。まだ、せめて、私が知っているところまでは、私が先導しないと」
妖精たちの言葉がまるで聞こえていないかのように、女は呟き続けている。やっぱりあいつの名前、りっかりかじゃなかったよな?
「テメエがりっかりかって奴か――人間? 人間がこの苗床の主なのか?」
「そーだよー。ここがりっかりかの楽園なのだ」
「ちなみに出口はないので悪しからず」
「……大丈夫。今度こそ、今度こそ。ユーリと、最後まで。守り切る、私が、守り切らないと」
「おい、聞いてんのか人間。さっさとここから出しやがれ。それからオレの体を戻――」
推定オークの言葉は、それ以上続かなかった。
尋常ではない速さで伸びてきた触手の群れがその巨体を絡め取り、随分と増えた化け物たちの海に引きずり込んでいく。
力での抵抗は無意味だ。この部屋ではどんな力も意味を成さない。怪力も鋭い爪も、あの女に傷一つ付けられないのだ。
……あの群れの大半、私が産んだんだなと思うと、改めて寒気がする。
後から来る連中に、申し訳ないという気持ちは湧かないが。私とて、産みたくて産んでいるわけではないのだから。
「……」
顔を上げ、何を見ているかも分からない虚ろな瞳を揺らしながら、人間もどきは部屋の奥へと歩いていく。
纏わりついてくる妖精たちを邪魔だとばかりにスライムが拘束する。
あの二体からしてみればそれさえ遊び気分なのだが。暫く捕まっているだけでそれ以上がないのだから理不尽である。
女が向かう先は――ああ、くそ。本当に、最悪だ。
「……ユーリは私が守る。だから、これからも、私を助けて、カルラ」
……答えも返ってこない相手に対して、掠れた声を零し続ける女。
聞こえてなんていないだろうに。声を届かせたいらしいアルラウネは触手の山の更に奥だ。
こんな狂った茶番、間近で聞かされる身にもなってほしい。
互いに一方通行の感情で済ませず、この女も、あいつの言葉の一つでも聞いてみればいいのだ。
それでこの、良く分からない関係を破綻せずにいられたら大したものだ、まったく。
「カルラ……カルラ……」
「――離せ! 何しやがるテメエら! やめろ、この――っ――!」
「冷たいね、シナト」
「うん。これを産むラフィーナちゃんたちは、大変だ」
ああ、不協和音。
こんな場所じゃなければ美味しく感じる愛情と、程なくして聞こえてきた絶叫と、それから他人事極まりない雑談。
この苦痛を分け合う仲間も皆無な状況で、一手に聞かされる私はなんなのか。
自嘲しつつも、聞いていられないとどうにか眠ろうとして目を閉じる。
一切混じり合わない不快な声がひしめく中で――ブブ、と、軋むような虫の羽音を聞いた気がした。