凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
ほんの数日前。ロスラウドへと赴く前の、ほんの小休止の中でのこと。
「ねえ、ナディア」
いつもの魔法の指南、その合間の休憩。
クイールが外で剣の鍛錬をしている様子を部屋の中から眺めていると、ホープにその話題を切り出された。
「ナディアって、お兄さんかお姉さん、いる?」
「――急にどうしたのです?」
突拍子もなく、ホープに投げられた質問を、表情を変えないことに努めながら受け止める。
思い出せば、複雑な思いを抱かずにはいられない相手。もう既に、縁が切れたと思っていた相手。
わたくしはその時、めいっぱいの努力で感情を表に出さないようにして、ホープに聞き返した。
「ヒルダがお兄さんいるんだけど、喧嘩ばかりなんだって。わたしもみんなも、兄弟いないから。そういうの分からなくって」
「なるほど……」
イリスティーラの屋敷は、聖都では有名な“幽霊屋敷”となっているようで、大人からは大層忌み嫌われているが、無邪気な子供たちは肝試しの舞台に選ぶこともままある。
屋敷の中に入れることはないが、庭までであれば、入り方さえ見つけてしまえば侵入は不可能ではない。
それを知ったのは、ユーリたちが風の試練に挑むため、ムルゼ霊山へと向かっていた時のことだった。
ほとんど家の外に出たことのないホープと一緒に庭を手入れしていた時、偶然やってきた三人。
かれらが、ホープにとって初めての、同年代の友人となった。
その中でも唯一のエルフであるヒルダ。他の三人よりも少し年上なこともあり、皆を引っ張る立場を確立させている少女。
あの子は家族との関係があまりうまくいっていないらしい。
気が強く、アンデッドであるわたくしに対し、最初は強い警戒を見せていたあの子だが、自分の事情もあまり語っていなかった。
どうやら、ホープは見事、ヒルダの懐に入り込むことに成功したらしい。
であれば――わたくしの友人でもある、あの子の問題を解消するためであれば仕方ないと、わたくしはやや葛藤しつつも打ち明けることにした。
「……ええ。わたくしにも、兄がいます」
「ほんと? 仲、いいの? ……あっ、じゃなくて、えっと」
目を輝かせて、すぐにその笑顔を曇らせてしまうホープ。
わたくしがアンデッドであることに思い至ったのだろう。本当に、聡い子だ。
「ふふ。昔は仲良しでした。ですが、わたくしももう長いこと喧嘩をしているのです。仲直りできる様子もありませんわ」
「……お兄さんも、
そのこともすぐに理解したようで、不安げに尋ねてくるホープに頷く。
まあ、喧嘩、というほど軽い話でもないのだが。何せ、もはや戦うしかない相手なのだし。
「今はホープや、クイールたちのような友人がいますが、かつてのわたくしはそういう、身近な人がほとんどいませんでした。そのうえ、嫌なこともたくさんあって……それはもう、憂鬱な毎日でしたわ」
「……そうだったんだ」
「そんな中で、唯一、わたくしに寄り添ってくれたのが兄様だったのです」
千年前を。個人の認識としては一年前にすらならない、ほんのちょっとした過去を回想する。
極力、今の彼に対する敵意、悪印象を忘れ去って。
――案外、それは簡単にできた。かつての、大好きだった“兄様”は、すぐに思い出すことができた。
「わたくしに嫌なことがあるたびに、自分のことのように怒ってくれて。つらくなって、隠れて泣いていたわたくしがどこにいても見つけてくれて。わたくしにとって、心の支えでした」
彼にも公務があるはずなのに、それを引き上げてまで駆けつけてくれたことを覚えている。
自分にも自由がほとんど無いにも関わらず、市井にまで赴いて、わたくしが喜ぶものを買ってきてくれたことを覚えている。
ネシュア近隣の固有種である灯火花を安定して咲かせる方法を、わたくしが偶然見つけた時。
まるでお祭りか何かのように、彼が喜んでくれたことを覚えている。
「それに……眠る時、よくお話を聞かせてくれました。大衆に人気の恋愛譚や冒険譚、果ては、兄様自身が考えた物語まで。あの頃のわたくしにとって、あれが一番の楽しみだったのです」
「お兄さん、作家さんなの?」
「いいえ。それを仕事にはしませんでしたが、物語を紡ぐことが好きな人でした。どんなに今が苦しくても、いつかきっと、幸せな未来がやってくる。そんな、甘ったるいハッピーエンドを好んでいました」
ほんの少し前までのわたくしにとって、ハッピーエンドとはつまり、兄様が紡ぐ物語の結末だった。
人生には苦難が山ほどある。その中には、膝を屈してしまうほどの試練だって、当然ある。
しかし、諦めなければ。自分にできることを模索して、信念を貫き通せば、きっと最後には報われる。
どれだけか細くとも、道はどこかにあって、その向こうには必ず希望がある――そんな話を、眠る前にいくつも聞いた。
あの時は、兄が紡ぐ物語が楽しみで仕方なかった。楽しげに語る兄の表情が、好きだった。
「……わたしも、ハッピーエンドが好き。お兄さんの考えた話、わたしも聞いてみたいな」
「それは……難しい、ですかね。たくさんあって、どんな話をしていたか、わたくし自身もよく覚えていなくて。ごめんなさい、ホープ」
少しだけ、嘘。細かなところは覚えていなくとも、大まかな流れを覚えている話はたくさんある。
しかし、それを今更、誰かに聞かせられるのかといえば、否だった。
純粋な気持ちで、兄が紡いだハッピーエンドに繋がる物語を、今のわたくしが紡げるはずもないのだ。
そう、謝罪したが――
「……それじゃあ、お兄さんと仲直りしたら、わたしに聞かせて」
「…………え?」
ホープは少し首を傾げて考え込んだ後、大したことではないように言った。
「わたし、ヒルダとヒルダのお兄さんを仲直りさせる。きっと難しいけど、がんばってみる。もしそれができたら、ナディアもお兄さんと仲直りして」
……不意をつかれたとは、こういうことを言うのだろう。
その瞬間まで、一切なかった発想だった。兄と仲直りするなどと――そんな、不可能なこと。
どこまで――どこまでホープが、わたくしの事情を察しているかは分からない。彼女は賢い子だ。もしかすると、すべて理解した上での、わたくしへの言葉なのかもしれない。
子供にとって、それだけ“仲直り”とは取るに足らないもの。
いや、わたくしたちにとっても、困難だと錯覚しているだけで……案外、あっさり叶うものなのかもしれない。
「……仕方ないですね。ホープがそこまで言うのなら、努力はしてみましょう」
「ほんと?」
「約束します。とはいえ、期待はしないでくださいね。わたくし、こう見えて頑固ですので。向こうが非を認めない限り許せない性格なのです」
「うん、しってる。ちょっとしたことでもずっと根に持ってそう」
「えっ」
心外な評価を受けたものの――そんな約束を、ホープと結んだ。
実現する可能性のない約束。手の施しようのないその約束は――。
ああ――やはり無理なのだろうと、諦めと共に実感する。
期待などしていなかった。戦い、討つしかないと、わたくし自身もそう確信していた。
だって、彼に優しさが残っていたならば。愚兄があの頃と同じままの兄様であったのならば。
はじめから、わたくしをアンデッドとして目覚めさせたりしなかっただろうから。
「ナディアちゃんっ!」
「ええ、問題ありません!」
目の前に迫ってきていた亡者を、鈍器の如き銃身で殴りつける。
そのたびに、もう動かない心臓が抉れるような痛みに見舞われる。
ネシュアの民。まったくの本人ではないにしても、それを素として作られた亡者。それを打倒することに、何も思わないはずもない。
「まだ迷いがあるな、ナディア。人の上に立ち、人を統べる者に躊躇いがあってはならない」
「どの口が……ッ!」
真後ろから聞こえてきた声に振り返り、向けた銃身から魔弾を放つ。
近くにいた亡者の頭を引っ張り、盾にしてそれを防いだオドマオズマが振るった鎌を、銃身で受け止める。
惜しんではいられない――武装の自爆機能を起動し、爆発の風圧に乗って後退する。
武装術式の修復にはそれなりの時間がかかる。少なくとも、こうして消費してしまえば、この戦いで再度使うことは不可能だ。
だが、それで躊躇って敗北に繋がれば、後悔してもし足りない。
「あなたは何とも思わないのですか! ネシュアの民を、アンデッドにして操るなどと!」
「逆に聞くが、死者を操ることを厭うリッチがいると思うのかい?」
爆風を吹き飛ばし、灰を散らしながらオドマオズマが接近してくる。
大振りに振るわれた鎌からばら撒いた瘴気の群れに対しての行動は、出力した武装の杭を、手近の肉壁に突き刺すのみ。
杭から発された祝福が、瘴気を消し飛ばす。
わたくしには何も及ぼさない病の瘴気だが、ユーリたちにとっては通常の攻撃よりも厄介な代物だろう。
「何より、これに罪悪感を覚えるようであれば、私はキミをアンデッドになどしていないさ!」
「く、ぅ……!」
鎌の黒々とした刃を、ナイフで咄嗟に防ぐ。
さらにナイフの放電機構を作動させるも、鎌を伝って電撃が届く前に、彼はそれを手放す。
行動のたびに、外装に組み込まれた演算装置が新たな最適解を見出そうとする。しかし、それに応じた行動に、即座に移れる訳ではない。
放たれた蹴りを受け止めることは叶わず、吹き飛ばされた先で、ユーリたちに受け止められた。
「助かりました――ッ、ユーリ!」
「ッ!」
ユーリたちがわたくしを抱き上げ、飛び退くと同時、その場に突っ込んできた巨大な蛇身。
ヒュドラ――かつてのネシュアの時代でさえ、伝説に謳われる程度で、実在を疑う者さえいた強大な魔族。
その牙が突き刺さった肉の足場が、たちまち腐り落ちていく。
まともに受ければ、一瞬にして極大の苦痛と共に死に、掠っただけであれば、一秒を永遠にさえ感じさせる苦痛の中で死ぬ。
そんな、この世界で最大の毒を有するという魔族の亡骸は、リッチたる彼の切り札に相応しい。
「気を付けたまえ。ここにいるのは私だけではない。私ばかりに集中していれば、その毒は死者さえ殺すぞ?」
演劇を眺めるように言葉を投げてくるオドマオズマ。
ヒュドラの魔族としての格は、四天王にも劣らない。純粋な戦闘能力でいえば、彼をも凌駕するだろう。
あの猛毒に、死してなお健在な再生能力。それを相手取るには、この肉の戦場は狭すぎる。
「くそ、きりがない……クイール、再生する前に首を全滅させてしまえ!」
「任せて――くださいっ!」
再生速度が凄まじいのであれば、さらにそれを超える速度で敵を仕留めればいい。
当然の帰結ながら、実現させるのは極めて難しい。それでも――実現させられるほどの速度を、クイールは備えている。
時の流れにさえ追いつく神速。狭い戦場であれば、まさしく縦横無尽。
目の前にあった大蛇の首が瞬時に断たれる。切断面から零れた毒液に触れないように離れている内に、他の首がまとめて飛んだ。
酸よりも酷い毒の雨は、リッカが展開した箱のような結界によって防がれる。
内と外を隔てる、冥界の応用――これを突破することは、死を招く毒では不可能だ。
「見事。九の首を同時に断つのは、ヒュドラを討つ唯一の手段だ。それさえ可能とは、人間業とは思えない」
しかし、それを実現してなお、オドマオズマに危機の意識は表れない。
何故なのか――その理由は明白だった。
頭部のなくなった首が起き上がり、同時に再生が始まったのだ。
「アンデッドの良いところはね、術者の腕と手間次第で、どんな細工もできることだ。死者に死は訪れない以上――首をすべて落とされたヒュドラが停止する道理もないだろう?」
ああ――道理だ。腹立たしいほどに、模範的なアンデッドだと言えるだろう。
生きていた頃の弱点をそのまま残しておく必要などどこにもない。
「っ、なにその……“ぼくのかんがえたさいきょうのまぞく”……っ」
「……っふふ」
こちらを悪辣に追い詰めることに特化した彼のやり方に苛立ちが募るが――思わずとばかりにリッカが零した言葉に意識が持っていかれた。
相変わらず、独特の感性の表現は実に的確だ。
その上で、どこか小馬鹿にしたニュアンスも感じさせる一言に、苛立ちも吹き飛んだ。
「――ありがとうございます、リッカ」
「何が……?」
「いえ、あなたがこの場にいてくれてよかったと」
「だから何が……?」
困惑を隠せないリッカに苦笑する。別に、知らずとも良いのだ。わたくしがまた、リッカに助けられたというだけの話だから。
確かに強敵だが……そう、あれは所詮、“ぼくのかんがえたさいきょうのまぞく”だ。
その発想はオドマオズマのもの。彼の限界であるのならば、わたくしはそれを越えなければならない。
簡単な話ではないけれど――死した彼を、今を生きるわたくしが超えられない道理はないのだ。
【ぼくのかんがえたさいきょうのまぞく】
・ドラゴンさえ脅かす強大な毒を持つ
・九本の首による物量戦を得意とする
・牙の毒はもちろん、体液も猛毒のため、不用意に傷つけるだけで危険
・圧倒的な再生力を持ち、首を断っても即座に再生する
・首を同時にすべて切り落としても再生する