凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
穴の底で強烈な殺意が膨れ上がる。
亡者たちが有する生への終着が爆発し、ただ感じているだけで寒気を覚えるほどになる。
それを感じない、つながらないと、強く意識する。そのままでは、この渇望の嵐に耐えられる気がしなかった。
つながりを断ち切る前に感じたのは、ヒュドラの毒液が撒き散らされてなお生み落とされていた亡者たちが急激に数を減らしていたこと。
オドマオズマが、この穴の底に満ちていた死の扱いを誤るとは思えない。つまるところ、これは彼が望んだ行動。
一体何をしているのかと思った直後、オドマオズマの魔力が爆発的に膨れ上がり、“何か”が急接近してくる。
「みんな、離れてっ!」
穴から後退し、その接近に備える。
転移した訳でも、飛んできた訳でもない。この勢いは、膂力に任せた跳躍だ。
もちろん、それまでのオドマオズマには、それを可能とさせる身体能力など持ってはいない。
しかしながら、接近してくる存在は、彼に間違いなく――しかし、まったく知らない姿で、僕たちの前にまで跳び上がってきた。
「っ、これは……!」
「チッ……あんな真似まで出来るのか!」
目の前に落ちたその巨塊を見て、果たして本当にオドマオズマなのかと、自身のつながりからの確信を疑った。
三メートルを優に超える背丈を前傾に倒す、何層にも重ねられた分厚い腐肉の鎧。
今にも剥がれ落ちようとしているそれらを土気色の鎖で無理やり締め上げて維持している、歪な巨人。
上半身に比べて小さな下半身も、まるで痩せ細った亡者たちが無数に組み付いて構成しているようで、見ているだけで吐き気が込み上げてくる。
周囲に埋もれた顔……のようなものに、オドマオズマの面影は殆どない。片方だけ残った目が、彼のそれであるというだけ。
これほどまでに、悍ましいものがこの世界に存在するのか。
「一体、どれほど……どれほど醜悪に堕ちれば、気が済むのですか!?」
「ゴホッ、ゴホ、ォ……ッ、何を言う。キミの友とやらも、同じじゃないか。無数の魔族を贄にして、勇者の外装を形作る。何も変わりはしない」
その姿に慣れていないのか、負担が大きいのか、言葉を紡ごうとする前に、喉から瘴気が零れ出る。
反響するような声は、より威圧的にロビーを揺らした。
リッカを、僕たちを嘲るオドマオズマに、ナディアは肩を震わせて激昂する。
「――あなたのその姿に、信念があるというのですか! リッカの苦痛を、リッカの決意を、それ以上愚弄するなっ!」
声を荒げたナディアに返ってくるのはやはり、掠れた嘲笑。
ナディアの言葉が彼の心に響くことはない。既にそこにいるのは、屍を集めて縫合した怪物だった。
「苦痛、決意、結構じゃないか。ならば私が纏うものはこの世界の歴史、ネシュアの妄念だ。アトラスの心臓と、母胎としての機能。そしてそこから生み出される無限の民が、尽きぬ私の鎧となる!」
――先ほどまで戦っていたあの空間の機能を、自身に纏わせたのか。
恐らく今のオドマオズマは、その機能を維持し、活性化させることに力を集中させている。
そうしている限り、どれだけあの腐肉を削っても再生する。
自身の身体能力を補った上で、これまでとまったく違う戦い方に移行する。緊急の手段とは思えない、彼らしい“外装”だった。
「ッ――――」
「失望するか? 醜悪と蔑むか? この悍ましい姿はネシュアの末路。大いに罵り、侮辱を叫ぶがいい! これがあの国の、自業自得の代償だ!」
――その叫びに、嘲笑だけではない、何かを見た。
混沌として、纏う怨念と混ざり合い、どれが本心なのかも定かではないオドマオズマの心の奥底を、一瞬だけ感じ取る。
ほんの一瞬、彼さえ自覚していないような、か細くも大きな感情。それは――怒りだったように思えた。
「――ああ。あなたは、そういうのですね。リッカを嘲り、引き合いに出した力が、ネシュアの自業自得などと」
沸々と、激情を滾らせたまま。しかし、返すナディアの言葉は、ひどく静かだった。
外装が砕けんばかりに握り込まれていた拳が、ゆっくりと解かれる。
そして、一歩、一歩と、腐肉の巨人に向かって歩みを進める。
足並みを揃えるため、前に出ようとした僕たちを、ナディアは手で制してきた。
「ナディア……?」
「ユーリ。リッカ。クイール。イリスティーラ。ラフィーナ。可能な限り、これを言うつもりはなかったのですが」
こちらを向かないまま、静かにナディアは、告げてくる。
「――ここはわたくしに任せて、先に行きなさい」
「ッ、ナディアちゃん、何を……!?」
――まだ、それを選択し、後を託すほど追い込まれた状態ではない。
動揺を押し隠し、冷静にそう諭そうとして……ナディアが自棄になった訳でも、狂気を発した訳でもないことに気付く。
むしろナディアは、オドマオズマとの戦いが始まってから、最も冷静になっていた。
はっきりと聞こえるほどの深い呼吸であらゆる感情を押し込めて、なおも、そう提案していた。
「ふふ……お約束とは、こうして口にしてみると、どこか高揚しますね」
「……ナディア、ふざけないで――」
「ふざけてなどいませんわ、リッカ。なにも、死にたくて言った訳ではありません。これはわたくしが背負うべきもの。そう感じたのです」
――ネシュアの過ち、その果て。目の前にある惨状もまた、それに連なるものであると、ナディアは定義する。
ナディアが背負う必要などないもの。それでいて、背負うべきであると、自らに定めたもの。
かつての兄がネシュアの末路を背負うのであれば、自分もまた、今を生きる者として立ち向かわなければならないと。
「どうせここから先で、もっと悍ましい愚行の末路と向き合わねばならないのです。ネシュアの醜態に吐き気を催すのは、その時に取っておきなさいな」
『……もうとっくにお腹いっぱいなんだけど……』
「なら、腹ごなしに行きなさい。ここでこれ以上、彼と付き合うのは時間の無駄です。魔王を倒せば、すべてが終わるのですから」
記録派が成した何かの真実が、まだこの先に待っている。
僕たちが全力をかけて倒すべき敵は他にいて、戦うだけ不毛ともいえるあの巨人にこれ以上力を使う必要もない。
だから、早く先に行けと、ナディアはそう言っている。
確かに、周囲に亡者の満ちた数分前とは違う。あの巨人が相手であれば、たった一人で戦うことも不可能ではないかもしれないが……。
「……」
――ナディアと同じように、一つ、大きく深呼吸をする。
ここで拒否し、最後まで共に戦うことは簡単だ。簡単ではあるが、それを何より、ナディアが求めていないと――この場の誰もが理解していた。
そしてまた、死ぬつもりがないというのも、真実。
ナディアには勝算がある。あるからこそ、これ以上ここで付き合うことを、時間の無駄と断じた。
……ならば。
「……ナディア。この先で待ってるよ」
「ええ。手早く片付けて、追いつきますわ。……ありがとうございます、ユーリ」
クイールとイリスティーラを促す。躊躇いがあったものの、二人もまた、頷いた。
「絶対、絶対追いついてきてくださいね! ナディアちゃん!」
「油断するんじゃないぞ、ナディア……!」
『あんたに何かあったって、ホープに伝えるのは嫌だからね!』
口々に言葉を残し、ロビーにある階段を駆けていく。
ナディアは振り向くことはない。僕たちは信じるだけだ。すべてに決着をつけ、生きて追いつくというナディアの意思を。
「……ナディア。またあとで」
小さく零したリッカの言葉が届いたかは分からない。
だが、背中を向けながらも、ナディアは軽い調子で手を振っていた――夜、それぞれの寝室に戻るかのような気楽さで。
遠ざかっていく足音が聞こえなくなるのを待とうとして、すぐに諦める。この外装の収音機能は実に優秀だった。
思いのほか、雰囲気が緩くなってしまう。わたくしにとって、重要な大一番であるというのに。
まあ、いいか。適度に締まらない方が、わたくしたちらしいというもの。
かれらとの、そういう空気が、わたくしは大好きなのだ。
「――もういいのかい?」
「ええ。お待たせしました。珍しく空気が読めるのですね、兄様」
もう、みんなは聞いていないだろうと、眼前の怪物をそう呼ぶ。
どれだけ経っても。そこにいるのが悍ましい肉塊だったとしても、やはりその呼び方で、胸の奥は温かくなる。
仕方がない。既に過去のものとなった関係性。それでも、心の拠り所であった存在なのだから。
「度々キミたちを茶化していた自覚はあるが、私は本来、空気が読める性質なのだよ。それはキミもよく知っているだろう?」
「そうでしたわね。……いつだって兄様は、わたくしの光でした。どれだけ苦しくても、痛くても、泣いていたら兄様が駆けつけてくれた」
それを覚えていたのかと、少しだけ驚いた。
てっきり、そんな記憶は忘れ去ってしまって、すっかり人でなしになってしまったものかと思っていたが。
怪物へと変わってしまい、面影の殆どないその体。唯一、かつてと同じ瞳は、場違いなほどに柔らかく感じた。
「だからこそ、信じたかったのです。まだ兄様は、わたくしの知る兄様であると。ですが――」
「ああ。私は変わった。自らの脚本を現実と出来る力を手にして、人の域を超えた。あの日から私は、人間たちの敵となった」
まだ、完全にそうではなくなった訳ではない。けれど、二度と戻ることは出来ない。
あの頃に戻るには、彼は魔族に染まり過ぎた。
「そして、キミも同じだ、ナディア。死者は人には戻れない。アンデッドはどこまで行ってもアンデッドだ。心臓は動かず、熱を持たず、呼吸さえまやかしでしかない。キミのそれは、生者の真似事に過ぎない」
「……」
ユーリたちと共に、この時代を生きる。その望み自体が間違ったものであると、彼は冷たく指摘する。
理解している。そんなこと、誰よりもわたくし自身が理解している。
生きるという前提そのものの権利がわたくしには存在しない。千年前、エルフであるイリスティーラさえ生まれていない遥か昔、わたくしは命を奪われた。
「これは妹への、心からの忠告だよ。ナディア、空しい真似はやめるんだ。数十年先の、かれらの人間としての死を待つまでもない。ほんの数年後、成長するかれらを見て、キミはひどく苦しむことになるだろう。それに、キミが耐えられると、私は思えない」
種族の異なる者との関わりにおける、最たるテーマ。
聖都で共生する人間とエルフでも、何百年という寿命の隔たりがある。
人間の孫の代まで数えたとしてもエルフにとっては大した加齢ではない。それゆえの苦悩もあるという。
わたくしもまた、そうした宿命に縛られた。アンデッド――それも、聖都の祝福で朽ちることもない、異質な存在。
一体、寿命はどれくらいなのだろう。一体どれだけの間、この体は持つのだろう。
兄様がああ言う以上、少なくとも、人間の寿命よりは長い。だからこそ、成長しないわたくしとのギャップは、必ずどこかで現れる。
「……もしも、わたくしがこうして、皆と旅をする前に聞かされていれば、選択を躊躇うこともあったのでしょうね」
けれど……もう、そんな風に悩む段階は通り過ぎた。生きるという選択に対する苦悩は、一晩とて続かなかった。
「それは魔族の常識なのでしょう。そこに苦悩しながら生きるのが、本来の在り方なのでしょう。ですが――わたくしの友は、誰もかれもが“常識外れ”なのです」
だって、そんなことを気にしていても仕方ないと思うほどに、わたくしの周りにはおかしな者たちが集まっている。
一番まともな友であるトーカでさえ、並外れた度胸と幸運の持ち主だ。
そんな友たちに囲まれて、常識を考える? そんなこと不可能だ。
「それなら、わたくしだってそんなことに苦悩はしません。誰かが本当に行き詰まった時、全員で問題に立ち向かう。それで良いのです」
「実に行き当たりばったりな行動理念だな。問題の先送り、愚かしい現実逃避だ。それで本当にどうにかなるとでも?」
「なりますよ。わたくしたちが力を合わせれば、不可能なんてありませんから」
何かに悩んだら、口に出せばいい。その時になったら、どんな理不尽だって跳ね除けて、奇跡を掴み取ろう。
そんな規格外を可能とし、そんな規格外を躊躇いもしない集まり。
だからわたくしは臆面もなく、死者でありながら己を生者であると定義できる。
誇りをもって、『ハッピーエンド同盟』の一員であると、叫ぶことができるのだ。
「改めて宣言しましょう、兄様。わたくしはこの時代で生きます。大好きな友の皆と、人として、新たな日常を手に入れます」
「……やはりキミは、夢見がちなお姫様のままだな。そうしたいのであれば、皆と共に私を討つべきだったろうに」
「それはそれ、これはこれ。今の所信表明と、これから果たすことは別の話です。何より、今のあなたは、わたくしがこの手で倒さなければ、気が済みません」
ほんの少し先の理想に辿り着くためにも、今ここで、わたくしは兄を倒す。
あの、悍ましいネシュアの化身を打ち倒し、今度こそ過去に決別する。
「さあ、再開です、『天骸』のオドマオズマ。いいえ――――――、」
「――――!」
口にしたその言葉に、埋もれかけた目が大きく見開かれる。
ざわざわと、巨人を構成する肉が蠢き、動揺を示す。
その反応に言いようのない寂しさを覚えながらも、右腕のデバイスに指を置く。
いつもは武装を出力するためのコマンドを打ち込むデバイス。だが、今回ばかりは違う。
ヨハンナがつい先日に追加で実装した、この外装が持つ切り札を、起動する。
『5 - 5 - 5 >> [Accept] >> [DECODE]』
正面の装甲が割れ、側面へと展開する。
装甲は腕や足へと重点的に集まっていき、数々の武装を振るうに適さない状態へと変化していく。
デバイスの駆動が徐々に高速化し、外装の表面を循環する祝福が淡く発光を始める。
出力の上限を維持し、身体機能を大幅に強化する決戦仕様。
これをもって、わたくしは、自身の最大の障害を打ち破る。未来へ向かい、生きるために。