凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
小さな扉を通った先は、薄暗い部屋だった。
明かりの魔道具は消えており、釜戸にともった火だけが光源となっている。
「ここって、厨房……?」
「はい。とはいえ、専門の料理人もいませんが。先ほど私が食べていたものは、自分で作ったものです」
「……」
どうやらここを最後に使ったのはイルミナらしい。
何かの煮える鍋や調理器具がそのまま放置されている様子は、彼女の料理への興味のなさを如実に表している。
……駄目だ。他はともかく、それだけは見て見ぬふりは出来ないと、ともる火を囲むように、リッカの力による箱状の結界を形成する。
そうすれば、たちまち燃えるための空気を使い果たして、火は消えた。
「おや……」
「火事の心配がないにしたって、不始末は良くないよ。それに、鍋も火にかけすぎ。何を煮ていたのかも分からなくなってる」
「ユーリくん、絶対今そこ突っ込むところじゃないです」
そう指摘されても、こうも食材を粗末にされれば文句の一つも言いたくなる。
相当の火力で、かなりの時間放置していたのだろう。鍋の中身はぐずぐずになって、溶けた食材は元がなんなのかわからない。
もちろん、目的があってそこまで煮込む料理があることも理解しているが……イルミナがそのためにここまで放置しているとも思えない。
「まあ、良いではないですか。あなたたちが口にする訳でもなし」
「そういう問題じゃない。こんなに食材を粗末にするなんて……」
『あんた、この城に来て一番怒ってない……?』
何に怒っているのかわからないといった風に首を傾げるイルミナに不満は残るが、深呼吸をして抑える。
ラフィーナだけではなく、リッカからの呆れも感じられる。さすがに、この感情をここから先に持ち込む訳にもいくまい。
「えっと……案内を続けても?」
「……うん。お願い」
「ユーリくんが何かをぐっと堪えている……」
どうにか落ち着きを取り戻し、先導して歩くイルミナについていく。
火を消したことで真っ暗になったため、魔道具の照明をつけ、イルミナは部屋の反対側まで歩いていった。
厨房として十分な広さを持った部屋。
扉は僕たちが入ってきた一つだけ。しかし、反対側の壁……不自然に離れた場所にあるかまどの上の壁に、細かな術式が刻まれていた。
イルミナはそれに手を伸ばし、術式を書き換える。
僅かな操作をすることで、意味のなかった術式は一つの意味を持つようになり、辺りに変化をもたらしていく。
「……隠すつもりのない仕掛け……何が目的?」
「本来、不可視の術式なのです。ですが、私が案内する以上それも不要でしょう?」
元々、火をつけるものでさえないようだ。かまど……に見えていたそれが下がっていくのと同時、術式の刻まれていた壁が横に開いていく。
隠し通路……かすかな明かりに照らされた下り階段が、その先に続いていた。
「足元に気を付けて下さい。そう長い階段ではありませんが、ずっと整備していないので」
イルミナはそう僕たちに忠告し、先に下りていく。
警戒を隠さず、こちらに目を向けてくるクイールに首肯を返し、ゆっくりとイルミナに続く。
外装による視覚の補正で、暗さによる悪影響はないものの、確かに階段はごつごつとしていて下りにくい。
隠し通路になっていたことからも、あまり日常的に利用される想定のものではないことは確かだ。
「一体、何があるんでしょう……」
「わからない。けど、碌でもないものだっていうのは確実」
リッカの身も蓋もない物言いに苦笑するクイール。
とはいえ、クイールもまた同意だろう。この先に何があるにしろ、僕たちにとって都合の良いものである筈がない。
先を行くイルミナでさえ、それを肯定した。
「確かに、見ていて気分の良くなるものではありませんね。私は悪趣味だと感じました。人間としては、もしかすると歓迎すべきものなのかもしれませんが」
「歓迎……?」
「正確には、あなたたち以外の人間、ですね。さあ、着きました。ここです」
真意の掴めないイルミナの言葉を頭の中で繰り返している内に、階段の一番下まで辿り着く。
なんてことのない、一つの扉。とてもその先に大きな秘密があるとは思えないそれに、躊躇いもなくイルミナは手を掛ける。
……躊躇っていても仕方がない。扉を引いてその先に入っていったイルミナに続いて、足を踏み入れると――
「……また、雰囲気が変わりましたね」
ネシュアからこの城まで、雰囲気が一変するような場面はいくつかあった。
ここはその中でも、ひときわ独特と言える。
なにせ、視界にあるものは未知の塊だ。風化した都市とも、思い描く通りの城とも違う、知識の範疇にない内装。
ずいぶんと大型の魔道具……いや、魔法機械がいくつも鎮座し、それらの小さな駆動音が折り重なって重厚な不協和音を生むその部屋は、決して居心地が良いとは思えない。
「私はこの部屋にあるもの、その目的のすべてを理解している訳ではありません。それについては、より専門の者から聞いた方が良いでしょう。ほら、あそこに」
そんな部屋の中で、一つの異物――何もかもが異物のように感じるが――を、イルミナが指さす。
宙吊りの体勢で浮きながら、魔法機械の数々に目を向けている一人の魔族。
これで、会うのは三度目だ。ほんの数日ぶり。予告されていた再会に、感慨はなかった。
「……コッペリア」
「――ぁぁ。来たのね、来てしまったのね。いいえ、それでいいの。だってだって、あなたたちはハッピーエンドを目指すんだもの。なら、必ずここに辿り着くって、ええ、コッペは信じていたわ」
コッペリア――妖精たちの劇団に参加していたポルターガイスト。
独特の生態……もとい、性格が強く印象に残っていたが、今の彼女はこれまでとは少し違う、落ち着きを見せていた。
……いや、耐えているだけか。よく見れば、その半透明な細腕はぷるぷると震えているし。
「あなたたちの到達、その成長をお祝いしたい気持ちはあるけど……それは我慢ね、我慢。今日だけは自重するわ。だってあなたたちは、真実を知りに来たんだもの」
どうにも微妙な空気が拭えないのを察して、気分を切り替えるようにくるくると回るコッペリア。
やがて落ち着いたようで、半透明な瞳がこちらを向いた。
「いらっしゃい、勇者ユーリ、勇者クイール。それから、もう一人いるのだっけ? とにかく、コッペの工房にようこそ」
「工房……?」
「ええ。けど、工房といっても人形作りのそれじゃないのよ。そっちは色んな町の教会にあるから。ここはもっと、別のことをするための場所なの。ぁぁ――ここまでいくつか妨害のために自動人形を使ったけど、もういないから安心して。そもそも、この城にはそんなにたくさん配備していないの」
確かに……コッペリアが“工房”と呼んでいる割には、この部屋には教会に置かれているような人形がいない。
人形を操るだけがポルターガイストの力ではないにしても、これでは魔族としての真髄も発揮できないだろう。
それに、コッペリアからは、僕たちと戦う意思は感じられなかった。
「少しだけ配備していた分も、まあ、言ってしまえば義理みたいなもの。コッペとしては、これ以上はあなたたちの障害にはなりたくないわ。だって、ねえ?」
「“ねえ?”って言われても……」
要領を得ないコッペリアに、本題に入るように促す。
周囲にある魔法機械はどれもこれも、正体不明なものばかり。リッカが解析を進めようとしているも、構造の分かるような術式は内部に埋め込まれているようで、上手くいっていない。
イルミナは状況を見守るように、壁に背を預けて目を薄く開いている。
「言っておくけれど、コッペはあなたたち勇者への悪意はまるでないの。あなたたちはコッペにとって、尊ぶべき対象。自分で言うのは恥ずかしいけれど……慈愛だって持っているのだもの」
「……結局、キミはなんなの? 僕たちを支援してくれるのは魔王の命令だからって納得できるけど……そんな感情を持たれる理由が分からない」
勇者は十年に一度の生贄でしかなく、基本的には無関心の向きの方が強い。積極的な魔族からしても、玩具以上のものではないという。
そんな中で、魔族が勇者に慈愛を向ける理由がないというのに、コッペリアの感情は偽りなきものだった。
哀れに思う訳でもなく、まるで自分の子供であるかのような愛は、果たして理由があるものなのだろうか。
「変に思われている自覚はあるわ。けれどね、仕方のないことなの。コッペはあなたたちの生き様が喜ばしい。死んでしまえばどうしようもなく悲しくって、使命の成就を前にしている今を、胸が苦しくなるほどに誇らしく思っているわ」
言いながら、コッペリアは一つの魔法機械に向けてふわりと移動する。
そして、その近くにあったペンなどの小物を浮かせると、それらを使っていくつもあるボタンを複雑に押していく。
駆動音の中で、カタカタとボタンを素早く叩く音が小気味良く響く。
「ここの機械は、それぞれが別の働きを持っているの。その中でも、これの役割はすごく重要なんだ。――あ、壊してもバックアップはあるから無駄よ?」
「そんなことする気ないけど――――ッ」
言いかけて、機械の中心に発生したものに思わず息をのんだ。
機械の上にある大皿に集った魔力の属性、その金色は、自然に存在しているものではない。
「それ、僕たちの中の、勇気の属性……!」
「これを駆動させているマガジンに込められているのよ。まだ覚醒はしていないけれど、どの勇者にも適応している訳でもない、言うなれば“無色の黄金”」
僕の中にある勇気と、クイールの中にある勇気。
そのどちらとも異なる性質――いや、誰かとの区別になるための、性質すら生まれていない。
勇気の属性ではあるものの、まだ何の特異性もなく、勇者の証ですらないそれは、機械の大皿の上に集まることで、結晶へと姿を変えた。
「……想像結晶」
「その名前を知っているのは驚きよ。これは、魔力を想像結晶に変える機械。まだなんの意味もない魔力を使って、可能性の素材を構築するの」
「一体、なんのために……」
想像結晶。僕たちの外装を構築するために使われている素材。
それに、ナイトラクサで一度失われた僕の肉体を再構成するためにも使ったものでもある。
だが、それ単体ではなんの効果も持たない結晶に過ぎない。
色々と応用方法はあるようだが、結晶をどうするかという方向性が決まっていなければ、あったところで意味のない素材だ。
ここまで大掛かりな機械を使ってまで作る必要なんて……。
「……あら」
僕が投げた問いに答える前に、コッペリアが何かに気付く。
彼女が視線を向けた先は、また別の魔法機械。
床と天井に接続された細長い円柱状のそれの内側が唸りを上げながら動き、何かが上ってくる。
「……エレベーター?」
「これが……?」
リッカの出した単語には、聞き覚えがあった。
バルハラのいた回顧の迷宮に赴くための機構……地下深くの迷宮へと潜っていく機械がそんな名前だった筈だ。
ということは……何かがそれに乗って、どこかからこちらに向かってきている?
「よく知っているわね。この少し下にもう一つ部屋があるのよ。この工房と連動した部屋なんだけど……」
コッペリアが話し終える前に、チン、と場違いな音が鳴って、エレベーターが開いて。
中から出てくるものを警戒する間もなく、
「コッペ。今日の勉強、終わったよ」
「わ、私も……こ、今回はね、満点だと思う……!」
――真っ白な、二人の子供だった。
シミ一つなければ柄もない簡素な服に身を包む、双子に見える男の子と女の子。
ミツカイのように枯れた雰囲気はなく健康的。
そうあれと生まれたわけではなく――まだ“個”という色が定められていない、なんの色もついていない無垢な子供、という印象を持った。
「あら、すごいじゃない。あとで採点しないとね」
「う、うん…………ぁ、あれ?」
白でありながらもさまざまな色に錯覚する不思議な虹彩の中心、その瞳が、こちらに向けられる。
男の子の方は、疑問と好奇心。女の子の方からは、怯えが感じられた。
しかし、そんな感情以上に――固く、固く、僕たちと結ばれている、きわめて強いつながり。
そして同じものを感じたのは、僕だけではないらしい。
「あの、この子たちは……? なんで……なんでこんなに、僕に……僕たちに、似ているんですか……?」
クイールの困惑に、僕も頷いて同意する。
それは、僕たちと同じ、勇者の証。まだその方向性は定まらない……いや、そうではない。
――勇者の証を持ちながら、その子たちは、まだ勇者ではないのだ。