凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
望んだものほど、手に入れるのは難しい。
それは、私たちのパーティの誰もが嫌というほど思い知っていた。
聖都の民が当たり前のように享受する平凡な日常さえ、一度望んでしまえば、実現はいくつもの難行の先へと離れてしまう。
かれらが手に入れたい日常。帰りたい当たり前。それに比べれば、私の悲願など大したものではないと、そう自分を安心させようと言い聞かせている節はあった。
その認識自体は、間違いないかもしれない。私の終着点に辿り着くために、必ずしも魔王を討たなければならないとは限らないのだから。
けれど――やはり、悲願だと思ってしまえば、遠いものだと。
手を伸ばせば伸ばすほど、離れてしまうものだと。
私は最後の最後に、それを痛感していた。
『カーバンクルコード、ドラゴンコード、レディ』
周囲にばら撒いた、赤い宝石状の結晶。
宝石とは古来より魔法において優秀な触媒となる。魔石と同様、豊富に魔力を蓄えた宝石を放り投げられれば、単発ながら強力な魔法の発現を警戒するだろう。
だが、目の前の男はそれらには目もくれない。
ただ真っ直ぐこちらを見据え、光の剣を振るってくるのみ。
「ッ、ぁあ――――!」
目をかっ開いて、その斬撃の起こりを全力で認識し、体を動かす。
何も特別ではない、ただの斬撃でさえ、まともに受ければ致命傷になり得る。
一瞬一瞬に、いくつもの“死”が存在する。その攻撃の意味をまともに考えている余裕などない。そんなことに思考を割いていれば、こちらから攻めることさえままならなくなる。
回避し、距離を開き、いくつも合わせてようやく一秒になる隙に、因子を呼び起こすためのコードを打ち込む。
放った熱線は、彼に掠ることもなく躱されるが――その先にあるのは、ばら撒いた結晶の粒。
それが、熱線の火の属性を強化し、反射する。そして、さらに別の結晶に飛び込んでいく。
「ふっ……!」
放った時よりも、もっと触れてはならないものになった筈なのに。
しかし、彼は対処に躊躇うことはない。多数の光の剣を発生させ、自身と熱線の間に次々と突き立てることで、あまりにも雑に即興の防壁を構築する。
ああ――わかったよ。これも通じないというのなら、次だ。
キミと違って、手札の枚数には自信があるんだ。
『モスコード、サラマンダーコード、レディ』
広範囲に散布された、毒の鱗粉。
並の量ではない。さながらそれは霧のように視界を薄っすらと覆っていく。
彼が新たに、両手に剣を生成する。あの斬撃に振り払われてしまえば、あっという間にこの霧も吹き飛ばされてしまうだろう。
だが、それよりも前に、一手打たせてもらう。
引き金を再度引く。銃口から放つ息吹は、先ほどの熱線ほどの威力はなく、しかし燃え広がることに特化した炎だ。
火球によって着火した魔蛾の鱗粉は、隣の粉に、また隣の粉にと、凄まじい勢いで熱を広げていく。
「ッ!」
大部屋に満ちる爆発。
その火炎の向こうに消えていく彼の姿を、しかし視力を強化して目で追い続ける。
ただこの爆発に巻き込んで終わり、では駄目だ。もとよりこの程度、彼にとって大したダメージにはならない。
そもそも……傷ついてほしいとも思っていない。私の目的は、もっと別のところにある。
「そこだ……!」
外套に火鼠の力を浸透させ、火への耐性を付けた上で、爆発の内に飛び込む。
熱さも衝撃も感じない。その向こうで手にしたいものを思えば――このくらい、なんでもない。
辺りに光の障壁を構築して爆発を防いでいる彼を見据え、混沌にきらめく刃を引き出す。
触れているだけで、自分が吞み込まれてしまいそうなほどに深い、混沌の海。
ああ、望むところだ――使いこなして見せようじゃないか。
「リーテ――!」
振り抜いた刃は、深く斬りつけることは出来なかった。
しかし、その肌を浅く傷つける。私の執念、私の悲願を注ぎ込む。
――過去は薄れ行くもの。それでも、出会いは色褪せることなく、覚えている。
取り立てて特別でもないはじまりだった。
親同士で繋がりがあったのだ。たった一代の“やらかし”で今では見る影もないものの、私もかつてはそこそこの家格の令嬢だった。
同じ年に生まれたエルフということで、当たり前のように私たちは引き合わされた。
あの頃の私は人見知りで、家族以外の誰と喋ることもままならない小娘だった。
そんな私の手を、彼は引いてくれたのだ。自己紹介だって済ませていないというのに、まるで親しい友のように。
その時から、すべてが始まった。
最初から彼にあらゆる信頼を向けていた訳ではない。警戒……というよりも不安から距離を置こうとする私に、彼は諦めずに付き合い続けてくれた。
何故なのか、なんて知らない。今も私は、人付き合いは苦手だ。彼がどんな思いだったのかなんて、分かる筈もない。
「今のは……っ」
甘く、苦い過去に浸ることも、今の状況では許されない。
爆風に乗って軌道を変え、再度彼に接近するも、彼は反射的に剣を振るい、私の追撃を防ぐ。
困惑や混乱は彼にとってそれほどの障害にはならない。如何な精神状態であろうとも、振るうべき剣に迷いは込められず、だからこそ完全無欠な『王剣』として在り続ける。
ならば私は、それを崩す。変わってしまってから先のすべてを忘れてしまうことになっても、そこから前のすべてを思い出してもらうために。
「これは、俺の過去……? っ、待て、イリス! キミは一体何をしようとしている……っ!」
「うるさい、黙れ。すべてを思い出した訳じゃないんだろう? だったら大人しく、受け入れたまえよ!」
我ながら、無茶苦茶なことを言っている。だが、自嘲さえ湧いてこない。
それほどまでに必死だった。リーテに付け入る隙が出来たことで、もっと、もう少しと欲張ることで精一杯だった。
そうだ――まだ一撃。たった一回だ。
「動くな、リーテ!」
「くっ……正気を失っているのか、キミは……!」
ああ、そうかもしれない。今の一撃だけで脳がピリピリと痺れるくらいには、今の私は希望に浮かれているのだろう。
ほんの少し、力を借りただけでこれだ。
混沌の力というのは、一端だけであっても、私たちのような存在の手には余る。
まだ数秒だというのに、思考を蕩かし、自分がどこかへ行ってしまいそうな浮遊感を覚えてしまう。
その感覚に身を委ねてしまえば、さぞ最高の快楽が待っているのだろう。それは確信だった。
「言っただろう。狂気に堕ちたのなんか、何百年も前の話だ。キミを取り戻して、ようやく私は正気に戻れるんだ」
だが、そこに浸る訳にはいかない。一瞬立ち止まればそこにある誘惑を振り切って、苦難の向こうへと手を伸ばす。
ここで至上の悦びに堕ちてしまっては、なんの意味もない。
私は――私たちは、明日の日常を、当たり前の些細な幸福を手にするために戦っているのだ。
「ッ」
動揺に付け込み、退避しようとする彼の影を掴んで、また一秒を稼ぐ。
そう来るとは思わなかったのだろう。目を見開き、対処に遅れの出た彼に向けて、ナイフとなったスティーライザを投げつける。
簡単に直撃など叶わない。混沌の刃は、肩を軽く掠めるだけに留まった。
いや、それでいいとも。たったそれだけでも、深い混沌は奇跡を起こし、失ったものを縫い合わせ――修補する。
「ぐ、ぅ……」
刃でつけた傷から、私の記憶を注ぐ。彼との絆を、もう一度紡いでいく。
向こうの家族と共に、聖都近くにある村のヒマワリ畑を見に行った日。明るい色は苦手だったのだが、あの日みた一面の真っ黄色には感動したものだ。
私が彼に魔法を教えた日。日がな一日引き籠って、本や術式と向かい合っていた私の方が得意だったから、彼に基礎を教えてあげたのだっけ。
初めて喧嘩をした日。鍛錬に打ち込み過ぎて、碌に休んでいなかった彼と、生まれて初めて本気の言い合いをした。
取り戻したい日常は、いくらだって存在する。
どれだけ過去になったとしても、振り返ればすぐに思い出せる、一つ一つが、今の私からすれば眩しすぎる記憶。
「……どれも、知らない記憶だ。だというのに、ひどく胸に馴染む。ならばこれは、本当に俺の過去なのだろう。俺とキミの間に、かつてあった出来事なのだろう」
「リーテ――」
「――だが」
「ッ!」
彼の言葉に、ほんの僅かに気を緩め、次の瞬間振るわれた光の剣に、今度は私の対処が遅れた。
咄嗟に身を翻し、被害は外套を切り裂かれるだけに留まるが、当然のように追撃が来る。
私の真上に生成された剣が落ちてくるのをどうにか避け、床に突き刺さったことで飛び跳ねた瓦礫を、瞬時の判断で蹴り飛ばす。
飛んで行った瓦礫が、先ほど投擲したスティーライザの引き金を叩き、入力しておいたコマンドを撃ち出した。
そのコマンドを受け止めて、変質した体を全力で動かす。
突き出された光の槍はギリギリ、横腹を掠め、さらに追撃の蹴りを叩き込まれ――しかし、とどめとばかりに降り注いだ剣の雨を、バンダースナッチの因子で身軽になった体で躱しきった。
「果たしてそれは、今必要なことなのか。俺を討つ以上に、そこに気を回すとは、ずいぶんと余裕があるな、イリス」
「ごほっ、づ……っ……」
息を整えながらも駆けることでスティーライザを回収し、さらに因子を調整することで再生能力を確保する。
槍が穿った横腹からは、焼けるような痛みが広がっている。
外装の防御力も、彼からしてみれば紙切れか。まあ、それも当然だろう。
この外装はあくまでも、私の因子の調整に特化させたもの。真正面からの殴り合いなど、想定していないのだから。
「俺は水の四天王。『王剣』のリーテリヴィアとしてここにいる。キミの幼馴染としてここにいる訳ではない」
冷たく告げられる言葉に、仮面の内側で下唇を噛む。
分かっている――分かっているとも。たとえすべての記憶を取り戻したとしても、彼はそこに分別をつけ、責務を全うする男だ。
私がやっていることが成功したとして、問題を一つ解決しても、魔王の前に立ち塞がる最強の砦を打ち崩すことにはならない。
「それとも、失われた記憶すべてを思い出させれば戦意を喪失すると、キミはそう信じているのか。であれば止めるつもりもないが――まともに俺を倒すよりも、遥かに高い壁だな、それは」
「っ……」
右手を輝かせ、再び光の剣を構築して、握り込む。
すべてが変わってしまう前から持っていた、彼に発現した独自の属性。
戦闘に特化した、騎士としてこれ以上ないほどに適したそれは、敵として相対した時、極めて厄介な力となる。
武器として発現させるだけがその真髄ではない。あの力の本質は、もっと別のところにある。
「しかしながら、実力が不足していながら、そのような戦いを選ばれるというのは、あまりいい気分にはならないな」
――次の瞬間、空いた左手が向けられて。
全力でその場を飛び退くも、強く瞬いた輝きが膝に突き刺さった。
「が……ぁ――!」
「俺の戦いを知りながら、あまりにも動きが悠長だ。先手を打てたからと、気を緩めたか?」
狙えば必中の、光の矢。
彼の思考の速度を超えない限り、逃れられないその一撃を今まで使わなかったのは手加減か。
いや――それが、彼の正々堂々の形だったのだろう。
であれば、今のは警告。ここ暫く見ていなかった、不機嫌な表情を浮かべる彼を見上げつつ、傷を再生させながら体勢を立て直す。
「イリス。キミが勇者たちのように、信念を持っているのならば、死力を尽くして俺という試練と向き合うがいい」
「……っ」
そうでなければ、きっと――彼は、私の命さえ奪う。
ここに立つ以上、彼は『王剣』。魔王の騎士として振る舞うし、私に手を抜くこともない。
なれば、手段を選ぶなというのは当然なのだろう。
私の願望を優先している余裕などない。そんなこと、理解している。
……だが、それでも。
やはりまだ、諦めようという気には、なれなかった。