凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
吹き飛んだ騎士が、大広間の長テーブルを破壊しながら倒れ込む。
誰が座っていたものでもない席に置かれていた杯が引っ繰り返り、辺りに何かが混じった、混沌とした臭いの酒が飛び散った。
果実の匂いがしたのはほんの一瞬だけ。先ほどここに来た時は分からなかったのが不思議なほどの強烈な香りが、部屋に立ち込める。
「これは……!」
「あぁ……杯の内にある間は、香りも魔力も、外に出ないようになっているんですよ。私たちの嗜む酒は、少々変わっていますので」
いつの間にか隣にいたイルミナが、無事なテーブルの方へと歩いていき、杯を手に取って口に含む。
あれは……およそ口に入れるものとは思えない。しかし、極上の嗜好品であるかのように、イルミナはその空虚な表情に僅かな笑みを浮かべた。
「――余所見をするなど、ずいぶんと余裕だな」
「ッ」
そちらに意識を向けていれば、起き上がったエコーの剣がこちらに迫る。
魔剣でそれを受け止める。隙は少ないが、剣を引き戻すよりも先にエコーの懐に潜り込んだ。
この動きに、エコーは対処しきれない。叩き込んだ拳は、鎧の腹部をしっかりと捉える。
「ぐ、ぅ……っ」
やはり――強力な魔族ではあるものの、油断せずに立ち向かえば、十分に戦える相手だ。
エコーの特異性は、恐らくあの分身のみなのだろう。
個体としての力は逸脱していることはなく、この外装であれば渡り合うことができる。
「……まだだ。私は膝を折る訳にはいかない。お前たちを……あの子たちに近付かせはしない」
さすがにこれだけで倒れたりはしないか。
さしてダメージを負った様子も見せず、崩れたテーブルに手をかけて立ち上がる。
しかし……エコーの意識、感情は混沌としていながら、少なくともその言葉は、あの子たち――キリカとイヴのことを想ってのもの。
オドマオズマの命令を受けての、義務的ではない動機を感じる。
「……キミにとって、あの子たちはなんなの?」
「答える必要はない。お前たちには、関係のないことだ」
僅かな焦燥を、感情の嵐から見つけ出す。
感情が十も二十も重なり合ったような混沌の中でも、こうして前に立って集中すれば、その内にある強い想いを拾うことはできる。
エコーにとって、あの二人はただ守るだけの存在ではない。
「お前たちはただ、ここで倒れればいい。かつての勇者たち、そのすべてのように、使命を果たすことなく潰えることこそ、お前たちが世界に果たせる最大の貢献なのだ」
「貢献……?」
「そうだ。この世界を正しく完成させようと、少しでも思うのならば、お前たちはここで死に、あの子たちに託すべきだ――っ」
……引っかかる言い方だったが、それを頭の中で整理するよりも前に、再びエコーは剣を突き出してくる。
やはり……先ほどの戦いとは異なる必死さが、今のエコーからは感じられる。
まるでこの場所、この局面こそが、彼の最後の砦であるかのように。
その事情は分からないが、それでも――僕たちにだって譲れない想いがあるのだ。
「悪いけど、僕たちは“次”に譲るつもりなんて、少しもない」
「っ、何も知らない勇者が……」
「知らないよ。僕たちの使命に関すること、この世界のこと、ここに来たって知らないことだらけだ。でも、たとえその全部を知っていたとしても、何も変わらない。僕たちは、ハッピーエンドを掴み取るために、ここまで来たんだから」
魔王が何を考えていても。キリカとイヴが何を求められた存在なのだとしても。
あの二人に使命を託すつもりはない。僕たちは魔王を倒し、この使命を終わらせる。誰でもない、僕たち自身のために。
そうしなければ、僕たちに平穏は訪れない。僕たちのハッピーエンドはやってこない。
だから、立ち塞がる者たちがどんな信念を持っていようと、僕たちはかれらに道を譲る訳にはいかないのだ。
「その通りですっ! 今更、こんなところで転んで失敗するとか、どんなに悔やんでも悔やみきれないじゃないですかっ!」
声は僕たちの後ろから。そしてその直後には、剣をこちらに押し込もうとしていたエコーの背後に、黄金を纏ったクイールがいた。
光にも匹敵するのではないかとさえ思わせる速度を急停止させるように、聖剣を床に突き立てて固定しながら、身を翻してエコーの横腹に蹴りを叩き込む。
その動きに合わせようと、自然と体が動く。魔剣の形態を切り替えて、吹き飛んだエコーに向けて放った魔弾は、激しい爆発を巻き起こした。
「ぐ、ぅあ……ッ」
爆発に呑まれ、弾ける騎士の姿――しかし、倒したという手応えはなかった。
それもそのはず、彼が放った魔力が反響して、既にこの大広間に、彼の分身は現れ始めていた。
「ナイスです、二人とも! ……けど、これくらいで倒せれば、苦労はしないですよね」
がしゃり、がしゃりと金属が打ち合う音が、大広間のあちこちで響く。
まったく同じ姿の騎士がいくつも並ぶ。それでも、四天王ほどの脅威ではないが――このままでは、勝利もやってこない。
先ほどのように、彼が撤退することは考え難い。ここで決着をつけるつもりなのであれば、あの騎士の分身を破らなければならない。
「……お前たちは所詮、ほんの数人の集まりでしかない。出来ることなどたかが知れている。“無数”という名の理不尽には、いずれ屈するしかないのだ」
――混沌とした感情が、より増幅し、わけが分からなくなる。
周囲にいる騎士は十、二十と増えているが……辺りに渦巻く感情は百にも二百にも感じられた。
まだまだこれが限界ではなく、もっと数が増えていくというのならば、まさしく“無数”と言えるのかもしれない。
それでも……怖いとは感じない。
「無数っていうには、全然足りないですよね。さっきまでの戦いの方が、ずっと“無数”でした」
「……それもそうだね」
クイールの強気な冗談に同意する。
僕たちにとって何よりも印象の強い“無数”というのは、オドマオズマの操る死者の群れ。
あれに比べれば、この騎士たちは“無数”には程遠い。
僕たちにとって、決して勝てない相手ではない。……数だけが、かれらの武器なのであれば、だが。
「行くよ、クイール!」
「はいっ!」
崩れたテーブルを乗り越えて、魔剣を振り下ろしてそこに立っていた騎士を叩き切る。
周囲の騎士たちが大挙して押し寄せてくるが、僕自身はそれに対処する必要はない――かれらに背を向けて、魔剣を振るい魔力を束ねる。
形成した黒球の狙う先は、部屋の反対側で数を増やしながら、こちらに向かってこようとする騎士の群れ。
力の限り球を蹴飛ばす。力を解放するのは、騎士の群れに着弾したその瞬間。
そして、攻撃によって晒した隙を、僕自らが埋める必要はない。
「それ――それっ!」
僕の周囲で風が巻き起こる。それは警戒すべき風ではない。僕たちが信頼すべき、背中を押す風だ。
神速が駆け抜けた後に吹く風。つまり、それを僕たちが感じた時には、既に彼女の聖剣は振るわれている。
「っ!」
「ぐぁ……!」
「ぬう――――!」
ほんの一秒にも満たない時間で、一体何度振るわれたか分からない聖剣の輝きが辺りに散る。
騎士たちの反響する魔力が塗り潰されて、眩しい輝きが僕たちを照らす中で、クイールは僕たちの隣に降り立った。
「……お代わりはもう、求めていないんですけどね……」
部屋の反対側で爆発した球体。そこにいた騎士たちは吹き飛ぶものの、まだかれらの姿は尽きることはない。
「――どれだけ数を増やしても、僕たちは諦めない。言っておくけど、根競べをするつもりなら、骨が折れると思うよ」
黒い粒子を零しながら目の前に立つ騎士に向けて言葉を投げる。
挑発交じりではあったが、本心でもある。何があっても諦めないという根性は、僕たちの武器の一つだ。
「……確かに私は、お前たちの絶望足り得ないのだろう。お前たちは強くなりすぎた。であれば、増長するのも無理はない。ハッピーエンドがどうだと、希望を持っても仕方ない」
体勢を低くして、剣を構える騎士。彼の姿にも、また諦めはなかった。
彼の言葉は、僕たちの諦めの悪さを認めたものなのかもしれない。だが、それはそれ。彼が道を譲る理由にはならない。
「だが、どの道お前たちは、この先で絶望することになる。であれば、余計なことをする前に――」
「この先に何が待っているにしても、折れるかどうかはその時に決めるよ。今ここで、先がどれだけ絶望的かなんて考えても仕方ないし……何より、旅に出る前より絶望的な訳がないしね」
勇者に選ばれて、リッカと共に旅に出た時。
精一杯の勇気を振り絞って、リッカに手を引かれて、きっとやり遂げられると自分を誤魔化して、生まれ育った村を出た。
カルラとの再会は叶わないとどこかで諦めていた。どこを向いても絶望ばかりな旅の始まり。
あの時以上の絶望なんて、どこにもない。
信頼する仲間がいて、内には燃える勇気があって、ほんの少し先の希望を夢見ている。
この先にいるのは魔王だけだ。魔王も、四天王もいて、知らない魔族がどれほど待ち受けているかも分からなかったあの頃とは違う。
もう絶望する時間はとうに過ぎたのだ。
「ま、そうですね。僕は旅の中で色々とありましたけど……ユーリくんたちに感化されちゃました。今じゃ絶望とか感じている暇はないんです。明日の平穏とか、明後日の幸せとか、そういうのを考えていた方がずっと楽しいんですもん」
「……異常だ、お前たちは。何を言っているのか、まるで理解できない。平穏だと? 幸せだと? 希望だと……? そんなものを勇者が抱くような余地、この世界には……」
「だから、魔王を倒して勇者の使命を終わらせようとしているんだ。そうやって僕たちは、日常に戻る。もう、使命に振り回されるなんてごめんだよ」
混沌とした感情の嵐の中でも、彼が困惑しているのは理解できた。
希望、幸福。そういったものが、自身にとってあまりにも遠いものであるかのように。
「……使命を、終わらせる。日常に戻る。それは、それでは……私は、一体――」
呆然と、なのだろうか。動揺を隠さずに、エコーは声を零す。
剣を落とすことはしないまでも、構えを解き、透明な髑髏の面を震わせて、感情を掻き混ぜる。
……これまでに見たことのない、奇妙な様子だ。僕たちにとっての“当たり前”の決意は、彼にとってはそうではなかったらしい。
「そうよね。あなたたちは理解できないわよね。あなたたちの気持ちも、痛いほどに分かるわ、エコー」
その時、第三者の声に意識が向く。
ここまで上がってきたのだろう。キリカとイヴを左右の、半透明の手を繋いで、ふわりと浮くコッペリア。
今の彼女には、エコーに向けた儚い悲しみと同情、そして共感があった。
「――コッペリア。どういうことだ。この者たちは、なんだ。これでは私は、私
初めて、エコーという騎士の“個”がぶれた。
渦巻く感情の嵐は、探り難い曖昧さを未だ持っていれど、その奥から、明確な恐怖が表面に浮かんできていた。
「恐れてはだめよ、エコー。あなたたちが焦がれてやまなかったものを、この子たちは掴もうとしているだけ。あなたたちの集大成が、想定の一つ前だっただけなの」
「あり得ない……っ、正しい勇者は、すべてサンプルでなければならないのだろう。そうでなければ、私たちは……」
がしゃん、がしゃんと鎧を鳴らして取り乱す騎士を悲しげな表情で見つめるコッペリア。
彼女はやや躊躇いがちに、僕たちに言葉を紡ぐ。
「仕方ないのよ。あなたたちも、もしここまでに躓きがあったら、あの子たちの一部になっていたかもしれない。あの子たちとしては、そうなって然るべきだったんだから」
「エコーの、一部……?」
「ああ、そうはいっても、中に勇者が入っている訳じゃないわよ? ……ある意味じゃあ、もっと悪辣なものなの」
嫌な想像を、コッペリアは即座に否定する。
だが、安堵したのは一瞬だけ。悲しげな瞳の奥に確かな慈しみを浮かべて、彼女は続きを口にした。
「……かつての勇者。いつかの勇者。もしもの勇者……あるいは、勇者ではないサンプルも含めて。この世界の完成に向けて、幾度となく繰り返された苦しみ。……オドマオズマ様は、それを混ぜ合わせたのよ。魔王様から賜った、名前のない妄執の群れ。その、すべてを」