凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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生と死のカーテンコール/1

 

 

 ネシュアで生きていた頃、兄妹喧嘩なんて一度たりともしたことがない。

 それもその筈、わたくしがどれだけ立場に不満を覚えても、兄様はわたくしを優しく宥めてくれたから。

 

 あれは、四歳か、五歳だったか。

 まだ幼く、思い通りにならなければすぐに不貞腐れていたわたくしは、兄様のようにお父様の仕事を手伝いたくて、駄々をこねた。

 思えば当たり前だ。たとえわたくしが兄様と双子であったとしても、お父様はわたくしには同じことをさせなかっただろう。

 お父様の地位をやがて継ぐのは兄様で、わたくしの“使い方”も、きっと決まっていただろうから。

 ともかく――わたくしだって兄様と同じ仕事をしてみたいと、泣いてしまったことがある。

 

 そんなわたくしの我儘は叶えられなかったけれど、あの日の夜、兄様はわたくしが眠るまで、頭を撫でてくれていた。

 それが嬉しくて、またやってほしくて、わざと駄々をこねた風を装うようなこともあったっけ。

 我ながら単純だ。けれど、それをどうしようもなく嬉しく思ってしまうほどに、わたくしは兄様のことが大好きだったのだ。

 

 ……あの頃は、こんなことになるなど、ただの一度も想像したことなんてなかった。

 兄様と命を懸けて戦う。そんなの、ごっこ遊びでさえ、やったことがない。

 心の拠り所だった兄様とは、何があっても、喧嘩などしないだろうと思っていた。

 その……わたくしが。

 

「ぉぉおおおおおおおおッ!」

「――――――――」

 

 今こうして、互いの全霊をぶつけ合っている。

 まさしく死力。ほんの少しでも油断すれば、あの屍肉に呑まれるだろう。

 けれど、恐れはない。怒りはあったが、わたくしの心は、波の立たない水面のように静かだった。

 

「おお! おおおおおおおオオオォっ!」

 

 振るわれる赤黒い腕は、鞭の如くしなり、叩きつけられた壁を容易く砕く。

 あれに殴られてしまえば、この外装の耐久では耐えるのも難しい。

 それでも、怖いという気持ちは湧いてこない。恐怖の話でいうのならば、先ほどまでの兄様の方が、ずっと怖かった。

 アンデッドを自在に操る手管、自由な発想でわたくしたちを追い詰める術策。どちらも、わたくしたちにとって一筋縄ではいかない脅威だった。

 だというのに、今の兄様といったらなんなのか。

 

「……兄様」

 

 ただ、力任せに屍の鎧を“操縦”し、その四肢を振るうのみ。

 そこになんの技術、どんな知恵が込められているというのか。

 こんなものは、決して兄様の戦い方ではない。

 

「これが成れの果てですか、兄様」

「そうさ。生者はやがて、悉くこうなる運命だ。見るに堪えないだろう? キミの姿だって、事情を知らぬ者が見れば、さして変わらないっ!」

 

 ……そうだろうか。そうかもしれないな。

 死の先の、白さえ超えた青い肌。アンデッドとして十分な加工を施した証。

 それだけではない。散々遊ばれた人形もかくやの縫合痕に、右肘から先の義手。

 こんな姿を見て、一体誰がわたくしを正常な人間だと思うだろう。

 聖都で暮らし始めてそれなりに経ったものの、未だに異様な視線を向けられることも多い。もちろん、聖都にあり得ざるアンデッドである点が主な要因だろうが。

 わたくしとて、人間の成れの果ての一つだ。それは否定しない。

 

「ネシュアの愚行は、この先の時代に容認されるものじゃない。キミはいずれ絶望するのだ。庇護する者がいなくなった後で、そういう時代が必ず来る!」

「かもしれません。ですが、それはわたくしたちのハッピーエンドの、ずっと、ずっと先の話です。エピローグよりもさらに向こうの後日談に、今から言及するのは野暮でしょう?」

「まだハッピーエンドだなんだと……! そんなものはまやかしだ。現実には都合のいい幸福など、存在しない!」

「……悲しいですね。兄様から、そんな言葉を聞くのは」

 

 動いてもいない胸の奥が痛む。

 昔の兄様とは違うと知っていても、そういう言葉を容易く紡げると分かっていても、痛いものは痛い。

 わたくしが抱く希望。その根底は、いつだって兄様から聞かされた物語の数々だったというのに。

 

「――覚えていますか、兄様。幼いころ、わたくしに、色々な話を聞かせてくれたこと」

「……覚えているとも。私はあの頃から、物語を紡ぐのが好きだった。キミを喜ばせるために、多くの物語を覚えたものだよ」

「ええ、わたくしのため――わたくしのために、いつも兄様は楽しい物語を話してくれた。暇をしている時には、わくわくする冒険譚を。泣いていた時には面白おかしい笑い話を。そして時には、市井で流行する恋愛譚を」

 

 覚えている。覚えている。覚えている。

 忘却してしまった細かな部分は脚色せざるを得ないが、それでも大筋を変えずに、自身の言葉に乗せて歌い上げることが出来るほどには、記憶に残っている。

 かつてはそれが、わたくしにとっての希望だった。

 兄様が空想するハッピーエンドに、わたくしも夢を見たのだ。

 

「“めでたしめでたし”をわたくしに教えてくれたのは、兄様でした。ですがわたくしは、本当のハッピーエンドを体感したことがない」

「何度でも言おう。夢物語なんだよ、ナディア。紡ぎ手次第でなんでも叶う世界だ。私たちが生きて、死ぬ現実とは違う。現実は苦痛と汚濁に溢れている。こんな風にね!」

 

 かつての小さな幸福を回想していれば、唐突に兄様は現実に引き戻してきた。

 眼前の肉の塊が膨れ上がり、無数に伸びる腐肉の腕の群れが大挙して襲い掛かってくる。

 ――これが、受け入れるべき現実だというのか、あなたは。

 どこで変わってしまったのだろう。わたくしに見せていたあの穏やかな笑みは本物だったというのに。

 

「……っ」

 

 包み込んでくる腕の数々に対処はしない。締め付けられるような窮屈さは感じるものの、それらはわたくしにも外装にも触れていない。

 少し前に魔道具を通して起動したのは、この外装の“とっておき”ともいえるコード。

 他のように、武装を出力するものではない。むしろ、外装の装甲を展開し、弱所を晒すように変形させるもの。

 もちろん、捨て身でも血迷ったということもなく、勝ちへの布石。

 ヨハンナが、わたくしのためにと実装してくれた、この決戦のための機能。

 

「これは……!」

「ええ。わたくしたちの天敵であるべき(もの)です」

 

 触れようとしたそばから焼け爛れていく、細腕の群れ。

 灰以下のものになって散っていくそれらにはもう、意識は向けない。

 有効であることを確信したわたくしがすべきは、握り込んだこの拳を、兄に叩きつけることのみ。

 

「ぐっ、ぅ……!?」

 

 肉塊と化した兄に、平凡な物理攻撃などさして効果をなさないことなど分かり切っている。

 しかし、そんな常識とは正反対に、拳を当てた場所からは白い煙が上がっていた。

 

「……冗談みたいな話だ。祝福を纏うばかりか、それを放出して防壁とするアンデッドがいるなんて」

「でしょう? 時代は変わったのです、兄様。ならば、あの頃あり得なかったものが現実となっても、何も不思議はない」

 

 外装の魔力を祝福に転換し、放出し続けることで実現される、死への強力な抵抗力。

 ただでさえ、この外装は死に抗うためのもの。その基本骨子は祝福で編まれているが、その性質をさらに際立たせた切り札。

 消費は相応に激しい。だが、彼と戦うには全力でなければいけない。

 ……問題は、リッカによって耐性を得て、聖都に満ちるそれに慣れても、肌を祝福の嵐が駆け巡る状況は好ましくないこと。

 ヨハンナはわたくしに限界が訪れる前に機能が停止するセーフティを実装したと言っていたが……そうなれば、どの道バッドエンドだ。

 ならば、この聖なる不快感に耐えて、勝利を掴み取ることこそが、わたくしに課された条件。

 皆で辿り着くハッピーエンドにおいて、わたくしが果たさなければならない最大の試練。

 

「だが……いつまで保つかな。過ぎた力だと思い知るがいいさ。私たち死者とその光は、相容れないものなのだとね!」

 

 噴き上がった怨念の塊がこちらに殺到する。

 わたくしへのダメージなど期待されていない。この黒煙の目的は、こちらの目晦まし。

 外装で視界が補正される前に、巨大な拳が迫る。それを片手でいなしつつ、もう一度、殴りつける。

 相手の方が何倍も大きな拳。これが生者同士の戦いであれば、こちらが何百回殴りかかったところで、傷などつく筈もない。

 だが、これはアンデッド同士の戦いだ。おまけに片方は、あろうことか祝福の鎧を身に着けている。

 殴られれば徐々に向こうの体は朽ちていき、こちらから殴っても朽ちていく。一方で、こちらも纏う祝福は無害な訳ではない。

 

「キミも分かっているんだろう? それは毒だと。慣れることは出来ても、無害にはならないと!」

「ええ、理解しています。けれどわたくしは、この輝きの下に生きていくと決めたのです。そこが、わたくしの友たちのいる場所なのですから」

 

 懐に入り込み、また拳を振るう。

 肉の塊が窪んでその奥から伸びてきた骨の槍を、ギリギリで躱す。

 その根元を蹴りつければ、辺りの肉もろとも解れて、崩れ落ちていった。

 

「いいかげん……下らない夢から覚めたまえ! 幻想は幻想であるからこそ価値がある!」

「いいえ、それを実現する力は誰にでもある――力を尽くせば、価値ある現実に出来るのです!」

 

 本来引き出せる速度の限界を超えて、幾度も拳を叩き込む。

 その手応えは、やはりない。いくら繰り返しても、殴打による破壊が起きることなどない。

 だが、確実に肉は崩れていく。少しずつ、ほんの少しずつ。

 そして、崩れた肉は辺りの再生能力によって補填されようとするも、その速度は鈍い。祝福を受けた影響で進む自壊の方が早いほどに。

 

「努力じゃあどうにもならない! 天災は唐突にやってくる。キミが一時の幸福を得たところで、いつかそういう崩壊がある! それがこの世界なんだ!」

「先ほど言った通りです――ハッピーエンドの先に苦悩が待つのなら、それさえ、わたくしたちは乗り越えて見せましょう! どんな天災、どんな危機でさえ!」

 

 そう――屍を纏うその術は、現在進行形で兄様を滅びへと導く。

 望めば解除も出来ようが、そうしている内は、わたくしの祝福も相まって、加速度的に崩壊していく。

 だが、そうだとしたら、最後の最後で逃げるすべも万全だろう。彼はそういう男だ。

 ……逃がしはしない。ここで決着をつけないと、わたくしは前に進めない。

 

「世迷言を――!」

「これが世迷言なら、世界の方が変わるべきなのです! いいえ――変えて見せます!」

 

 その時、わたくしは何を思ったか、振るわれた巨大な拳に対して、自身の拳で立ち向かうことを選んだ。

 気が昂って、自分の意地をどうしても貫きたくなったための愚行。

 だが、腕を引き戻せない以上仕方がない。全力で振り抜くのみと決意して、その一秒後。

 破裂音の後に続く激痛で、痛み分けを悟る。

 先に砕けたのは、こちらの右腕の装甲だったのだろう。亀裂から放たれた眩い光が、向こうの右腕を引き裂き、弾けさせる。

 肩から肘までの広範で感じる痛みに叫びそうになる。だが、ここで止まってはいけない。

 

「ナディア――――!」

 

 既に向こうの左腕は振り上げられている。今後退するのは悪手だ、ここまで来たら、突っ込むのみ。

 それがわたくしの――わたくしの決意の証。

 

「どんな困難だって、ぶち破る……それが――ッ!」

 

 飛び散った祝福を、左腕に束ねる。

 武装を出力している時間はない。だから、今放っている祝福(もの)を素材に、この一瞬で組み上げる。

 複雑な形状ではない。シンプルに、思いついたものを。それでいて、わたくしの全力をぶつけられる三角錐を。

 

 振り上げられた巨大な腕がわたくしを圧し潰すよりも前に、その胸の中心に叩き込む――!

 

「――わたくしたち、ハッピーエンド同盟です――――!」

「ッ」

 

 突き刺した武装が唸りを上げて回転する。

 希望のない死を否定する、祝福の嵐が巻き起こる。

 

 ……拳がわたくしの直上、頭をかち割る直前で止まっていたと気付いたのは、回転の速度が最高潮に達した後。

 ほんの数秒吹き荒れた、輝ける嵐が、残っていた肉塊すべてを吹き飛ばす。

 そして、嵐が急停止すると同時、外装が解れた。

 痛む右腕を見れば、義手に取り付けられていたデバイスに罅が入っていた。やはり、先の迎撃は軽率が過ぎたか。

 

 一気に疲労の重みを感じるようになった生身を晒しながら、前を向く。

 弾けた肉片が、さらに細かく散っていく、最悪な光景のその向こう。

 黒い外套の兄様が投げ出されて、軽い音と共に床に落ちたのが見えた。

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