凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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生と死のカーテンコール/2

 

 

 ――花のような笑顔を思い出した。

 私が何より大切にしていた筈の、小さな笑顔を。

 

 冷めた子供だったという、自覚はある。

 物語に価値など感じない。だって、どこまで行ったところであんなもの、誰かの妄想に過ぎないではないか、と。

 作り物に一体、どんな感動を抱けば良いのか。

 誰かに踊らされているのと同じ。不愉快には感じても、面白いとは思えまい。

 そんなものを書いている暇があれば、その下らない妄想力を使って、ネシュアに貢献する斬新な技術の一つでも開発してみろと、陰で悪態をついたこともある。

 本も、演劇も。創作というものを、私はひどく冷笑していた。

 

 けれど――ある時。

 泣いているあの子を見て、慰める手段がどうしても思いつかず、私は仕方なく、記憶していた物語を聞かせることにしたのだ。

 さして特別感のある話でもない。

 書庫にでも向かえば探すまでもなく見つかるような、ごまんとある三流の冒険譚。

 どの物語も違いなど感じていなかったから、多分、適度に話しやすいものを選んだのだろう。

 

 とある村に生まれた少年が、幼馴染の少女を伴って魔王を討つための旅に出る。

 旅の中で多くの苦難を乗り越えて、分かりあった仲間たちと共に、ついに魔王を倒して世界に平和を取り戻す。

 凡作、かつ荒唐無稽だ。力になんのゆかりもないただの人間が魔族と戦えるほど、世界は都合が良くない。

 妄想するにしたって、もっとまともな話があるだろうと思ったものだ。

 そんなものを聞かせて、悪影響がないか、ほんの僅か不安に感じたものの……あの子は利巧だ、きっと大丈夫だ――だがそれでは、言い聞かせる意味もないのではないか――だとすれば、この物語の下らなさを話し合えば涙も引っ込むだろう、と。

 兄ゆえの悩みを痛感しながら、私はあの子を部屋に招いて、その頭を撫でながら、物語を諳んじた。

 

 

 ――――兄様っ、面白いです! その先は? 男の子はどうなるんですか!?

 

 

 ……そうして私は、つらいことなど忘れたように朗らかに笑う妹を見た。

 その旅路に目を輝かせ、何が起きるか分からないとワクワクし、心の底から、先の定まった物語を楽しむ妹を見た。

 あの子の境遇は知っている。

 王の方針の下、技術革新のための理不尽に苦しめられていたことを知っている。

 耐え難い苦痛で、すっかり笑うことの減ってしまったあの子の笑顔。なんの憂いもないその表情を見たのは、いったいいつ以来だっただろう。

 

 くだらないと思っていた物語で、あの子はほんの一時であっても、苦痛を忘れることができたのだ。

 価値観が変わったのは、それがきっかけ。

 空想であっても。私が価値を感じられなくても。

 今はあの子の境遇を変えることが、今はできなくても。

 現実から逃れて、希望を夢見ることはできるのだと――。

 

 ……何故だろうな。いつからだろうな。

 私にとって物語とは、あの子の希望のために紡ぐだけのものだった筈なのに。

 それ以上の価値なんて見出していなかった筈なのに。

 私はいつから、歪んでしまったんだっけ。

 

「――――さまっ! 兄様ッ!」

 

 回想の向こうに――その答えを見出す前に、現実が私を引き戻す。

 さて、何があったか……妙に思考がふわふわとして、思い出すのに時間がかかった。

 その数秒、感じていたのは、体の重さと、体の軽さ。

 矛盾した異常な状態に違和感を覚え、無意識のままに、身体修復の魔法を使う。

 ただの癒しでは機能しなくなって久しい体を修復しようとして――なんの効果も出ないことに気付く。というよりは……魔力がどうにも練られない。何千回と使ったことのある魔法を、組み上げることができない。

 

 いいや、問題ない、こんなこともあろうかと、非常時の対策は取っている。

 あらかじめ組み上げた術式を、それぞれの指先に備えている。そこに魔力さえ到達させれば、発動できる状態になっている。

 加工、整備のための魔法は、左手に……。

 ……、……ああ、なるほど。それさえ、私には許されていないか。

 魔力を届かせるための指は残っていない。残った右手には、修復のための術式は刻まれていない。

 つまるところ――私は敗北したということだ。

 

「兄様ッ!」

 

 思い出した――戦っていたのか。

 ようやく、目蓋を開く。妹が、私を見下ろしていた。

 

「…………あぁ、キミか……ナディア」

 

 なるほど、こういう結末かと、奇妙な感慨のようなものを抱く。

 私を倒すのは、勇者ではなくかつてのネシュアだったもの。それも、何より私自身が蘇らせた妹だったとは。

 因果応報、とでもいうのだろうか。

 今更、そんなありきたりな結末、この世界にあるものなのか。

 

「ええ。兄様……気付かれたようで、何よりです。ですが……」

 

 ナディアの表情は、どこか必死そうで。

 それを平静に取り繕って、得意げな笑みに変える。

 どちらも、ナディアが浮かべる表情だとは思えなかった。

 ……けれど、ああ――少し癪ではあるが、似合っている。昔よりも、よほど少女らしい表情じゃないか。

 

「――わたくしの勝ちです、兄様」

「……そうみたいだ。まったく……反抗的になったものだよ」

「そこは“強くなった”と評価するところですわ。わたくし、こんなに成長しましたの。ネシュアの外に出て、たくさんの新しい経験をすることで」

 

 なんて、誇らしげな態度だろう。

 私にとっては、自立したことを誇る、妹の子供らしさに映る。それがどうにも、嬉しく感じた。

 私がアンデッドにした、私が破滅させた妹に……そんな感情抱いてはいけないだろうに。

 しかし……そうか。

 成長したのか、キミは。

 

「……キミと戦うとはね。生前、思い描いたこともなかった。……そうだね、キミは、強くなった」

「……」

 

 皮肉なものだと、私も笑みが浮かぶ。

 しかし、それはナディアにとっては愉快ではなかったようで、神妙な顔になった彼女は、そっと――青白い左手で、私の胸を掴んできた。

 

「……どうしてですか、兄様。どうして兄様は、あんな……ネシュアを、わたくしを、裏切ってしまったのですか……?」

 

 その疑問を解消せずには勝っても勝ちきれないと、ナディアは問いかけてくる。

 最早、生前になんら執着など持っていないのは伝わってくる。

 だが、それでもその一点だけは、私に理由も聞かずに受け入れるなどできないのだろう。

 あれをきっかけに、ナディアの現実は一度終わった。

 ネシュアは滅亡を迎え、人も魔族に抗する力を持つ時代も終わりを告げた。

 

「あの優しかった兄様が、なんの理由もなく、魔族の側につくとは思えません……教えてください、兄様っ!」

「……優しかった、か」

 

 そうだろうな。私は……私だけは、ナディアに優しくあろうと。

 ッ……、私は。

 

「は……はは。優しくあろうとした。だが……それだけだった。それだけ、だったんだよ」

「兄様……?」

 

 別に、私は耄碌した訳ではない。かつての自分をすべて喪失したとも思っていない。

 こうなってから徹底していた情熱も、かつてからその片鱗はあったものだ。

 ただ一つだけ、違うことがあるとすれば。

 あの頃の私はどうしようもなく弱かった。世界を変えるほどの度量はもちろん、国を変えるほどの才覚もなかった。

 もしも、私が覇王の卵であれば、何かが――。

 ……いいや。変わらなかったか。どうせなにも、変わらなかったのだ。

 

「……ナディア。キミはあの時、何があったのかを知らなくていい」

「ッ、この期に及んで何を言うのですか!?」

 

 必死になるのは当然だ。胸倉を掴まれ、揺さぶられれば、口から息ですらない空気が零れる。

 だが、どれだけ怒りを向けられようと……私は答えるつもりもない。

 

「キミは、ただのナディアになったのだろう? なら、ネシュアの汚点を知る必要なんてないんだよ」

 

 あれは私が血迷い、魔族に組み入っただけ。

 それ以上のことなど、ナディアが知って、この世に残らずとも良い。

 私がここで敗北したのならば……大人しく消えてしまえば、謎は永遠に謎のままだ。

 

「今更、そんな言い逃れを……ッ!」

 

 その通り、言い逃れ。

 残すものを自ら選んで消えることができるのは、死にゆく者の特権だ。

 だから――――

 

「――そうですよ。それではあまりにも、妹様が可哀想というものです」

「――――――――」

 

 だから、これで終わりだと、自分勝手に締め括ろうとして。

 その、私なりのカーテンコールを阻む、静かな声が聞こえてきた。

 

「――誰です!?」

「ここがすべての決着の場であるのならば、敗者にはすべてを語る義務がある。語り部、脚本家として、そのお約束(ことわり)に従うのは当然ではありませんか? ――オドマオズマ様」

「……イルミナ。一体何をしに来た?」

 

 抑揚のなく、感情の出し方を忘れてしまって久しいかのような、聞くに堪えない声色。

 欲望を貪ることを生き甲斐とするサキュバスにあるまじき、私さえその本質を知らない存在。

 イルミナ……アリスアドラが己の側近として選んだ、変人たちの中でも、最も無欲に見えるサキュバス。

 

 まさか……ここで現れるか。

 ジルとネリネ、そしてアリスアドラが死に、エヴァネスは招集があったにも関わらず行方知れず。

 そしてこのイルミナは、城の中にいることは分かっていたが、誰が命令することもなく、何をしているかも不明だった。

 ここに出てくる理由はなんだ? この女は……何を考えている?

 

「あなたは……いつからここに……?」

「普通に、この先から来ましたよ。お二人は戦いで気付かなかったようですが」

「ッ、先に行った皆は――!」

「ご安心を。いずれも健在でした。かれらには何もせず、こちらに下りてきたのですよ。私は、こちらの結末の方が気になったので」

 

 この局面で、散歩にでも来たかのような呑気さで、イルミナは言う。

 あの言い分では、勇者ユーリたちとも会っていたのだろう。

 だが、かれらには手をかけず、こちらにやってきたのか。この舞台を観劇し、そして口を出すために。

 

「……何をするつもりだい?」

「何をするつもりだと思いますか?」

「さあね……キミは特に底知れない存在だった。ともすれば、アリスアドラよりも。ずっと本質を隠し通し続けて……何が目的だったんだい?」

「私の底など、あなたやアリスアドラ様に比べれば。ですがだからこそ、その底を漁られずに終わるのは、誰もが納得できる結末と言えましょうか」

 

 ――いいえ、いいえ、と。

 イルミナは首を振る。当事者ではないくせに、そのようなことはあってはならないと否定する。

 

「告解が必要でしょう? オドマオズマ様。望まずとも、受け入れねばならない自業自得――ああ、なんと」

 

 イルミナが私の前で初めて見せた、感情らしい感情は、憂いだった。悲しみだった。そして――。

 ……なるほど。ここまで秘してきたか、彼女はこの本質を。

 静かなわけだ。目立たぬわけだ。無欲なわけだ。

 アリスアドラは知っていたのか――無論、知っていたのだろうな。

 

「――なんと、甘露なのでしょうか」

 

 極めて悪趣味……いや、そう呼ぶにはいささかばかり深淵すぎると、趣味の悪い自覚のある私だからこそ、言い切れる。

 あれは先天的に――そういう、破綻した生物なのだと。

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