凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――花のような笑顔を思い出した。
私が何より大切にしていた筈の、小さな笑顔を。
冷めた子供だったという、自覚はある。
物語に価値など感じない。だって、どこまで行ったところであんなもの、誰かの妄想に過ぎないではないか、と。
作り物に一体、どんな感動を抱けば良いのか。
誰かに踊らされているのと同じ。不愉快には感じても、面白いとは思えまい。
そんなものを書いている暇があれば、その下らない妄想力を使って、ネシュアに貢献する斬新な技術の一つでも開発してみろと、陰で悪態をついたこともある。
本も、演劇も。創作というものを、私はひどく冷笑していた。
けれど――ある時。
泣いているあの子を見て、慰める手段がどうしても思いつかず、私は仕方なく、記憶していた物語を聞かせることにしたのだ。
さして特別感のある話でもない。
書庫にでも向かえば探すまでもなく見つかるような、ごまんとある三流の冒険譚。
どの物語も違いなど感じていなかったから、多分、適度に話しやすいものを選んだのだろう。
とある村に生まれた少年が、幼馴染の少女を伴って魔王を討つための旅に出る。
旅の中で多くの苦難を乗り越えて、分かりあった仲間たちと共に、ついに魔王を倒して世界に平和を取り戻す。
凡作、かつ荒唐無稽だ。力になんのゆかりもないただの人間が魔族と戦えるほど、世界は都合が良くない。
妄想するにしたって、もっとまともな話があるだろうと思ったものだ。
そんなものを聞かせて、悪影響がないか、ほんの僅か不安に感じたものの……あの子は利巧だ、きっと大丈夫だ――だがそれでは、言い聞かせる意味もないのではないか――だとすれば、この物語の下らなさを話し合えば涙も引っ込むだろう、と。
兄ゆえの悩みを痛感しながら、私はあの子を部屋に招いて、その頭を撫でながら、物語を諳んじた。
――――兄様っ、面白いです! その先は? 男の子はどうなるんですか!?
……そうして私は、つらいことなど忘れたように朗らかに笑う妹を見た。
その旅路に目を輝かせ、何が起きるか分からないとワクワクし、心の底から、先の定まった物語を楽しむ妹を見た。
あの子の境遇は知っている。
王の方針の下、技術革新のための理不尽に苦しめられていたことを知っている。
耐え難い苦痛で、すっかり笑うことの減ってしまったあの子の笑顔。なんの憂いもないその表情を見たのは、いったいいつ以来だっただろう。
くだらないと思っていた物語で、あの子はほんの一時であっても、苦痛を忘れることができたのだ。
価値観が変わったのは、それがきっかけ。
空想であっても。私が価値を感じられなくても。
今はあの子の境遇を変えることが、今はできなくても。
現実から逃れて、希望を夢見ることはできるのだと――。
……何故だろうな。いつからだろうな。
私にとって物語とは、あの子の希望のために紡ぐだけのものだった筈なのに。
それ以上の価値なんて見出していなかった筈なのに。
私はいつから、歪んでしまったんだっけ。
「――――さまっ! 兄様ッ!」
回想の向こうに――その答えを見出す前に、現実が私を引き戻す。
さて、何があったか……妙に思考がふわふわとして、思い出すのに時間がかかった。
その数秒、感じていたのは、体の重さと、体の軽さ。
矛盾した異常な状態に違和感を覚え、無意識のままに、身体修復の魔法を使う。
ただの癒しでは機能しなくなって久しい体を修復しようとして――なんの効果も出ないことに気付く。というよりは……魔力がどうにも練られない。何千回と使ったことのある魔法を、組み上げることができない。
いいや、問題ない、こんなこともあろうかと、非常時の対策は取っている。
あらかじめ組み上げた術式を、それぞれの指先に備えている。そこに魔力さえ到達させれば、発動できる状態になっている。
加工、整備のための魔法は、左手に……。
……、……ああ、なるほど。それさえ、私には許されていないか。
魔力を届かせるための指は残っていない。残った右手には、修復のための術式は刻まれていない。
つまるところ――私は敗北したということだ。
「兄様ッ!」
思い出した――戦っていたのか。
ようやく、目蓋を開く。妹が、私を見下ろしていた。
「…………あぁ、キミか……ナディア」
なるほど、こういう結末かと、奇妙な感慨のようなものを抱く。
私を倒すのは、勇者ではなくかつてのネシュアだったもの。それも、何より私自身が蘇らせた妹だったとは。
因果応報、とでもいうのだろうか。
今更、そんなありきたりな結末、この世界にあるものなのか。
「ええ。兄様……気付かれたようで、何よりです。ですが……」
ナディアの表情は、どこか必死そうで。
それを平静に取り繕って、得意げな笑みに変える。
どちらも、ナディアが浮かべる表情だとは思えなかった。
……けれど、ああ――少し癪ではあるが、似合っている。昔よりも、よほど少女らしい表情じゃないか。
「――わたくしの勝ちです、兄様」
「……そうみたいだ。まったく……反抗的になったものだよ」
「そこは“強くなった”と評価するところですわ。わたくし、こんなに成長しましたの。ネシュアの外に出て、たくさんの新しい経験をすることで」
なんて、誇らしげな態度だろう。
私にとっては、自立したことを誇る、妹の子供らしさに映る。それがどうにも、嬉しく感じた。
私がアンデッドにした、私が破滅させた妹に……そんな感情抱いてはいけないだろうに。
しかし……そうか。
成長したのか、キミは。
「……キミと戦うとはね。生前、思い描いたこともなかった。……そうだね、キミは、強くなった」
「……」
皮肉なものだと、私も笑みが浮かぶ。
しかし、それはナディアにとっては愉快ではなかったようで、神妙な顔になった彼女は、そっと――青白い左手で、私の胸を掴んできた。
「……どうしてですか、兄様。どうして兄様は、あんな……ネシュアを、わたくしを、裏切ってしまったのですか……?」
その疑問を解消せずには勝っても勝ちきれないと、ナディアは問いかけてくる。
最早、生前になんら執着など持っていないのは伝わってくる。
だが、それでもその一点だけは、私に理由も聞かずに受け入れるなどできないのだろう。
あれをきっかけに、ナディアの現実は一度終わった。
ネシュアは滅亡を迎え、人も魔族に抗する力を持つ時代も終わりを告げた。
「あの優しかった兄様が、なんの理由もなく、魔族の側につくとは思えません……教えてください、兄様っ!」
「……優しかった、か」
そうだろうな。私は……私だけは、ナディアに優しくあろうと。
ッ……、私は。
「は……はは。優しくあろうとした。だが……それだけだった。それだけ、だったんだよ」
「兄様……?」
別に、私は耄碌した訳ではない。かつての自分をすべて喪失したとも思っていない。
こうなってから徹底していた情熱も、かつてからその片鱗はあったものだ。
ただ一つだけ、違うことがあるとすれば。
あの頃の私はどうしようもなく弱かった。世界を変えるほどの度量はもちろん、国を変えるほどの才覚もなかった。
もしも、私が覇王の卵であれば、何かが――。
……いいや。変わらなかったか。どうせなにも、変わらなかったのだ。
「……ナディア。キミはあの時、何があったのかを知らなくていい」
「ッ、この期に及んで何を言うのですか!?」
必死になるのは当然だ。胸倉を掴まれ、揺さぶられれば、口から息ですらない空気が零れる。
だが、どれだけ怒りを向けられようと……私は答えるつもりもない。
「キミは、ただのナディアになったのだろう? なら、ネシュアの汚点を知る必要なんてないんだよ」
あれは私が血迷い、魔族に組み入っただけ。
それ以上のことなど、ナディアが知って、この世に残らずとも良い。
私がここで敗北したのならば……大人しく消えてしまえば、謎は永遠に謎のままだ。
「今更、そんな言い逃れを……ッ!」
その通り、言い逃れ。
残すものを自ら選んで消えることができるのは、死にゆく者の特権だ。
だから――――
「――そうですよ。それではあまりにも、妹様が可哀想というものです」
「――――――――」
だから、これで終わりだと、自分勝手に締め括ろうとして。
その、私なりのカーテンコールを阻む、静かな声が聞こえてきた。
「――誰です!?」
「ここがすべての決着の場であるのならば、敗者にはすべてを語る義務がある。語り部、脚本家として、その
「……イルミナ。一体何をしに来た?」
抑揚のなく、感情の出し方を忘れてしまって久しいかのような、聞くに堪えない声色。
欲望を貪ることを生き甲斐とするサキュバスにあるまじき、私さえその本質を知らない存在。
イルミナ……アリスアドラが己の側近として選んだ、変人たちの中でも、最も無欲に見えるサキュバス。
まさか……ここで現れるか。
ジルとネリネ、そしてアリスアドラが死に、エヴァネスは招集があったにも関わらず行方知れず。
そしてこのイルミナは、城の中にいることは分かっていたが、誰が命令することもなく、何をしているかも不明だった。
ここに出てくる理由はなんだ? この女は……何を考えている?
「あなたは……いつからここに……?」
「普通に、この先から来ましたよ。お二人は戦いで気付かなかったようですが」
「ッ、先に行った皆は――!」
「ご安心を。いずれも健在でした。かれらには何もせず、こちらに下りてきたのですよ。私は、こちらの結末の方が気になったので」
この局面で、散歩にでも来たかのような呑気さで、イルミナは言う。
あの言い分では、勇者ユーリたちとも会っていたのだろう。
だが、かれらには手をかけず、こちらにやってきたのか。この舞台を観劇し、そして口を出すために。
「……何をするつもりだい?」
「何をするつもりだと思いますか?」
「さあね……キミは特に底知れない存在だった。ともすれば、アリスアドラよりも。ずっと本質を隠し通し続けて……何が目的だったんだい?」
「私の底など、あなたやアリスアドラ様に比べれば。ですがだからこそ、その底を漁られずに終わるのは、誰もが納得できる結末と言えましょうか」
――いいえ、いいえ、と。
イルミナは首を振る。当事者ではないくせに、そのようなことはあってはならないと否定する。
「告解が必要でしょう? オドマオズマ様。望まずとも、受け入れねばならない自業自得――ああ、なんと」
イルミナが私の前で初めて見せた、感情らしい感情は、憂いだった。悲しみだった。そして――。
……なるほど。ここまで秘してきたか、彼女はこの本質を。
静かなわけだ。目立たぬわけだ。無欲なわけだ。
アリスアドラは知っていたのか――無論、知っていたのだろうな。
「――なんと、甘露なのでしょうか」
極めて悪趣味……いや、そう呼ぶにはいささかばかり深淵すぎると、趣味の悪い自覚のある私だからこそ、言い切れる。
あれは先天的に――そういう、破綻した生物なのだと。