凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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生と死のカーテンコール/3

 

 

「ことの始まりは、妹様……あなたが十五歳の頃。アリスアドラ様によってネシュアの国枯らしが行われる、約二年前、ですかね」

 

 ぽつぽつと。目の前に書かれた記録を淡々と読み上げるように、イルミナは語り始める。

 ……いや、違う。そこではない。

 何故、イルミナはそれを知っている。私の始まりなど、私以外の誰も……アリスアドラでさえ、知らない筈なのに。

 

「それ以前から、あなたは妹様への仕打ちに強い怒りを抱いていた。国の発展のための、度重なる実験の犠牲。ええ、血のつながった兄として、許せることではないでしょう。しかし、父……ネシュア王に抗議は受け入れられなかった」

「っ……あなたは、兄様の何を――」

「妹様。オドマオズマから離れない方がよろしいかと。この方の傍にいる限り、私がどれだけ血迷っても、妹様に危害は加えられないでしょうから」

 

 ……なおも、私に残る力が脅威であると判断しているのか。向かってくるならば迎撃くらいは叶うことに気付いているのか。あるいは……他に理由があるのか。

 イルミナは私たちに近付こうとはしない。

 ナディアにも釘を刺し、動きを止めたことに頷いてから、言葉を続けた。

 

「――王子たるオドマオズマ様にはまだ、力がなかった。国はおろか、妹様の境遇ひとつ、変えることができなかったのです」

 

 かつての私の、苦い――きわめて苦い記憶。何も変えられなかった、弱き自分の記憶。

 それを語るイルミナの声色は、異質だった。

 千年もの間、物語を紡いでいた私には、今の彼女は不気味にさえ映る。

 物事を語る時、どれだけ無感動であっても、読み手はその光景を空想する。精度はどうあれ、その向こうに思いを馳せなければ、語り部にはなれない。

 だが、イルミナにはそれがない。

 私の“記録”を紡ぐ彼女は空洞そのもの。これでは蓄音機にさえ劣る、魔法音声にも等しいただの“音”だ。

 

 そして、それだけではない。

 彼女には実感がない。私の出来事を事実として受け入れながらも、そこに一切の関心を持っていない。

 疑問が沸き上がる。目の前の怪物に対しての、疑念が膨らむ。

 これはなんだ。もとからそういう機能しかない人形や、物言わぬ死者から作り上げたアンデッドでないのなら、なんなのだ。

 生物でありながら、一体何をすれば、ここまで――徹底的なまでに、無感動になれるのだろう。

 

「そして、その日オドマオズマ様は知ってしまいました。実験にかこつけて、妹様の体が欲望のままに貪られていることを」

「っ……」

 

 不気味さを私が感じていることなど気付いていないように、イルミナは淡々と語る。

 ……私にとって、恐らくは――最も大きな過ち。

 あの時に変えることができていれば、どれほど良かったか。追想への渇望を忘れた下種どもを、私が罰することができていれば、何かが変わったのではないかと。

 口いっぱいに広がる、この苦みを感じたのは、いつ以来か。

 そんな記憶(もの)……もう二度と、思い出すことはない筈だったのに。

 

「ともすればそれは、今度こそかれらの命運を断てるかもしれない不祥事です。これまでのような建前で飾り切れないほど、真っ黒な秘密であったといえるでしょう。ですが――」

「――――」

 

 ――その時ほど、感情に任せて術を紡ぐことは、いつ以来だっただろう。

 いや、まあ……それなりにあったかもしれないが、それでも、生前以来の激情に身を任せることなど、少なくとも今までなかった。

 ……生前を含めても、か。

 だって私はあの時、臆病風でさえない、どうしようもない私情で、ナディアを救えなかったのだから。

 

 放った呪詛は、私の体のかたちを留めていたもの。

 内側が腐り果てていくことを自覚しつつも紡いだ死の瘴気を、イルミナは落ち着いて数歩下がってから、いつの間にか持っていた細身の剣を振るって対処した。

 ……瘴気を斬った。魔力や風圧で吹き飛ばすのではなく、殺意を断ち切り、消し去った。

 剣に長じているとは聞いていた。だが、ここまでだったのか。

 死霊を断つ斬撃……それは、リーテリヴィアのような達人でなければ成し遂げられない離れ業だ。

 その絶技に歯噛みする。今の私では、イルミナの口を噤む手段は、存在しない。

 

「――ですが、オドマオズマ様。あなたは果たせなかった。何故って……ふふ。なんとも青く、初々しい感情です。私から口にするのは、憚られるほどに」

「……であれば、黙ったらどうだい? ナディアのためにもならないことだと、分かるだろう」

「なりません。これは、あなたの末期の告解なのですから」

 

 心にも思っていない、それらしいものを出力しただけのような笑みが零れる。

 そこで笑うべきだ、と設計された人形の如く。

 だが……氷のように静かだからこそ、相手をより、嘲笑っていると感じた。

 

「……話せる筈もなかったのでしょう。妹様の尊厳を壊しかねない秘密を、たった一人の味方であったオドマオズマ様が突き止めた。それを妹様が知ってしまえば、きっと立ち直れないほどに傷ついてしまう、と」

「……え……?」

「ええ――妹様を想うがゆえに、妹様を救えなかったのです。結果として、ずるずるとその秘密を引き摺るしかできなかった」

 

 ……間違いではない。それは、私の生涯で最大の過ちだ。

 私は結局、父にも、他の誰にも明かすことができず、そしてナディアの弱音を聞くこともできなかった。それまでの兄を、続けるしかできなかった。

 自分が誰かの欲望の捌け口になっているなど、誰が知られたいと思うのか。

 

 ナディアは弱気で、泣き虫な子だった。

 そんな目に遭っていると知られれば壊れてしまうことなど、兄である私が一番よく知っていた。

 だから、私は……それを私の内に秘めることにした。そう、してしまった。

 あろうことか、ナディアがあの愚物たちに辱められる現状を、黙殺してしまったのだ。

 ああ――だが……。

 

「……兄様……今のは……」

「――いやはや。てっきりすべて知り尽くされていると思ったが、拍子抜けだ。きれいにまとめられた脚本を、趣味で改変してしまったかのような落胆だよ」

 

 妹思いの恥など、なくていい。この世になくて良いと、棄却したものだ。

 第一、そんなものが私の“本心”であったのならば、ナディアの憎悪が濁ってしまうではないか。

 

「あの時、ナディアをどうにもできなかったのは事実だ。理由? そんなもの、言うまでもない。ネシュアの自業自得を、言い逃れできなくするために他ならない」

「ふむ……? それでは、妹様への愛は、そこになかったと?」

「その時にたとえあったとしても、二年の後には消え果てていたのだろうさ。だから私は、アリスアドラを利用したんだ」

 

 末期に何か、ナディアに答え合わせをするとして。必要なものは過程ではない、結論だ。

 ネシュアの裏切り者となった時、私が一体何を思っていたのか。

 これから先の、ナディアの旅立ちに必要な過去(もの)は、それだけでいい。

 

「未来のためではなく、技術の進歩のために現在をいくらでも犠牲にする。そんなエゴに支配された支離滅裂な国の惨状に、王さえもが気付かない。その愚かさに失望したのさ、私は」

 

 それは、本心でもあった。

 イルミナのいうような告解ではない。ナディアへの勝利の報酬が虚言では、私も納得できないから。

 そんな風に自身を繕う。まだ、何かを“演じる”ことのできる私に呆れつつも、それこそが自分であると受け入れる。

 悪しき演者にして脚本家。四天王オドマオズマ。

 私は、それでいいのだ。

 

「私の失望が極まった時、それを察知したように、アリスアドラは私の前に現れた。彼女は私の失望に共感し、そして囁いた。こんな国、終わらせてしまえ、とね」

「兄様……」

 

 もともと、その頃にもなれば、私にはネシュアへの愛着などなかった。

 あの国には情熱しかない。それに好感さえ抱けないほどに、そのほかのものが決定的に欠けている。

 未来への進歩のために、すべてを捨てられるか。

 私はその思想には頷けなかった。

 その代わりに私に囁かれたのは――“完全なる世界”のために、すべてを捨てられるか。

 悲劇のすべてが脚本通り。私の知らない悲劇など存在しない。悲劇に歯噛みするのではなく、悲劇を創造し、悲劇を嘲笑う側になる。

 それでいいではないか。我慢しつづけた私には、その権利がある、と。

 

「甘い誘惑だったよ。元より、サキュバスの誘惑に抗えるように、人間の精神はできていない。アリスアドラの声を聴いているうちに、私はネシュアのことなど、どうでもよくなった。ネシュアを捨てて、彼女の手を取ることを選んだのさ」

「……そうして、兄様はアリスアドラの……ネシュアに入った魔族すべてに課せられる縛めを、解いたのですね」

 

 ネシュアは人の手になる技術国家だった。

 魔族の干渉による想定外が起きないよう、入国する魔族を限りなく人に近付ける魔法があった。

 解くには魔法の技術のほか、この国における強い権限が必要なもの。

 私が平民であれば、手の届かない魔法だっただろう。だが、私は王族だった。

 血族が裏切る筈もない。その信頼を、私は嘲笑うことに決めた。

 

「それで起こったのが国枯らしだ。アリスアドラは国のすべての欲望を己が一点に集め、飲み干した。誰が逃げる間もなく、ネシュアは一夜のうちに枯れ果てた」

「……兄様。一つ、聞かせてください」

「なんだい?」

「……兄様が魔族となったのは、その前ですね」

「ああ。私はその前にリッチになった。アリスアドラが魔王に会わせてくれてね、私を配下に加えてくれたのさ」

 

 ただのアンデッドになるなら難しくない。だが、死の支配者ともなると、話は別だ。

 だが、私はそうなりたかった。すべての死の上に立つ存在に。

 そうでなければ、ならなかった。

 何故って? ……くだらない理由だ。それこそ、ナディアになど、知られなくても良いものだ。

 

「だから私は死してもその後に残り、ネシュアは滅んだ。それがすべてだよ、ナディア。――満足したかい、イルミナ」

 

 告解が所望だというのなら、これで終わりだ。

 私に残された時間も少ない。私がこうして自分の口で語ってしまった以上、イルミナが何を言おうと戯言にしかならない。

 ナディアに伝えるべき真実は、これくらいでいいだろう。

 

「……満足、ですか。オドマオズマ様の過去はさぞ、私の腹を満たすと、そう思っていましたが……」

 

 ……だから、後はこの怪物を、どうにかすればいいだけ。

 

「――少しも。ご馳走を取り上げられてしまった気分です。いえ、それを万全に味わえたところで……この分では、満たされることはなかったのでしょう」

 

 思い通りの脚本にならなかったのだ。そうなった時、脚本家がどうするか。

 簡単だ。脚本通りに修正しようとするか、その不満を爆発させるか。

 イルミナは、後者か。これは、まるで……思い通りになるということに慣れていないかのような癇癪の数秒前。

 まったく――普段からそちらを前に出していれば、幾分分かりやすく感じただろうに。

 

「であれば、せめて。少しでも、新しい味を舌に乗せたいものです。良いですね、オドマオズマ様?」

 

 ああ、そうなるだろう。そこだけは、分かりやすい素人の感情だ。

 であるからこそ、その企みは防ぎやすい。何をしようとしているか、手に取るように伝わってくる。

 

「あなたの“宝”を奪えば、さぞ……」

 

 だから私は、体を動かす。碌に動かない体を、それでも動かす。

 もしも納得のいかない結末になった時、最後に一花咲かせるために仕込んでいた糸を強く引く。

 跳ねた体が、前に飛び出す。

 ナディア目掛けて振るわれた、魂断ちの剣。

 それをありったけの呪詛で捉え、私の方へと引き寄せる。

 

「――――――――」

 

 するり、するりと体を突き抜けていく刃。

 貫くのは構わない。だが、引き抜かせはしない。

 その剣は死を断つもの。そうあれかしと振るわれるならば――生きると決めた者を斬るのは、違うだろう。

 

「――にい、さま……?」

「さぞ、その苦痛は甘い、と……そう思ったのですが」

「怪盗の真似事なら似合っていないならやめたまえ。私の“宝”……キミ如きに奪わせはしないよ」

 

 魂の芯が、砕けて、溶けていく。

 だが……この“宝”だけは、譲れはしない。

 少なくとも――――この女には、ね。

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