凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
秋の記憶を、覚えている。
季節の変わり目でもないが、少しだけ冷えた秋の日だった。
彼が風邪を引いた。気候の変化に弱い訳でもないエルフだが、その日、彼は体調を崩してしまった。
彼の両親はちょうど聖都を離れている時期だ。
私はいてもたってもいられなくなって、彼を看病に行ったことがある。
別に、大した高熱が出ていたということもない。エルフの体の丈夫さであれば、すぐに治ってしまえるほどのものだった。
けれど、当時心配性であった私は、彼がどうにかなってしまうのではと考えて、彼の屋敷に駆け込んだ。
――心配しすぎだよ、イリス。俺は大丈夫だって。このくらい、寝ていれば治るよ。
――だ、だって……リーテに、何があったらと思って……!
一人で屋敷の外に飛び出すのなんて、あの時が初めてだった。
道行く者たちとのすれ違いは怖くて仕方なかったし、繋ぐ手もなく駆けるのは心細かった。
それでも、彼に大事があるよりはよほどマシだと、ちっぽけな勇気を振り絞ったのだ。
――そっか……ありがとう。外、怖かったでしょ。
――ぅ……うん……それは、怖かった、けど……。
――それなら……俺も早く治らないとね。イリスが安心して、外を歩けないから。
――あ、ぅ……そ、そうだよ。だから……早く、治って、ね。
庇護されてばかりだった私が、あの時は彼の面倒を見る側だった。
彼の状態が悪かっただけに、そこに喜びなんてものはなかったけれど。
魔法を教えた時のように、ほんの少しだけ、普段の恩返しができた気がした。
冬の記憶を、覚えている。
雪の多い冬だった。ある程度の雪は許容する聖都にも、上空に雪除けの魔法が張られるほどの冬。
聖都の外、一面に広がる雪景色は、子供たちにとって玩具の宝庫に等しかった。
人間であれば、当然危険だろう。だが、子供とはいえエルフに近寄ってくるような魔族は、聖都の付近にはいない。
念のため大人が張った結界の中で、エルフの子供たちが遊びまわるのは、冬の聖都の慣習ともいえた。
だが――想定外だったのは、結界を張った中に、既にスノーマンがいたこと。
雪玉のような体が急に飛び出してきて、結界ですぐに逃げることもできず、子供たちはパニックになった。
その外見によらず強い力を持った魔族であるスノーマンは、雪から生まれ、雪に潜む、近付かなければ無害だが気付かずに近寄ってしまうと危険な大型の妖精。
結界を張った大人が子供たちを守ろうとするも、一人で敵う相手でもない。
そこで、何を思ったか――彼は大人よりも前に立って、戦い始めたのだ。
――ま、待ってリーテ! 危ないよ!
――俺が戦わないと、みんなが危険なんだよ。イリス、キミも離れて! みんなと一緒にいるんだ!
その時の、彼の背丈はまだ小さくて。私と同じくらいだったけれど。
みんなの前に立つその背中が、とても遠く見えた。
騎士としての資質なのだろうか。その姿こそが最も“彼らしい”ものであると、あの時の私は理解していたのだと思う。
だけど――だからこそ。
私は彼に、遠くに行ってほしくなかった。馬鹿なことだと自覚していても、その行動を止めることができなかった。
――リーテ……わっ、私も……っ!
――イリス!? 何を……!?
彼の剣のように、実戦的なものでは断じてなかった。
魔法は得意だったといっても、同年代の子供としては、というほどでしかない。
そもそもあれは、魔法といえるものだったか。
雪を丸めて、魔力で無理やり炎へと転換しながら投げつける。それは魔法というには、いささか単純すぎただろう。
ともかく、それはあの時の私にとって精一杯の、彼への援護で――初めて、私は彼と共闘した。
幸い、スノーマンは目立った強さを持つ個体ではなく、特に被害なく撃破することができた。
――イリス、大丈夫!? 怪我はない!?
――ぅ、うん……リーテも、よかった……本当に、よかった……!
二人揃ってへとへとになって、雪のカーペットに倒れ込んで。
勝利を喜び合うなんてことは出来ずとも、二人で情けなく笑い合って。
その後、理不尽にも互いの両親にこっ酷く叱られた。あの時はそうするしかなかったのに、子供が無茶をするなと。
それから、雪で冷え過ぎて、当然のように風邪を引いたんだっけ。今度は、二人揃って。
覚えている。覚えている。たくさんの記憶を思い出せる。
まるで過去が無限にあるかのように、浚えば浚うほど、取り戻せない眩しい記憶が蘇ってくる。
たった一つ思い出せば、また歩む力になれる。当分の間、また彼を想うことができる。
クイールやホープという家族が増えても。この一年で不思議な縁を紡いだ友人たちと語らっても、決して消えない彼への想いを、確かなものにすることができる。
そんな思い出が、尽きることなく浮かんでくる。
ああ――これは、なんて幸せなことだろう。
どれもこれも、輝かしい記憶。当たり前だと思っていた宝物。
過去の幸せに浸っていれば、胸はあたたかくなる。空虚なあたたかさに満ちていく。
それだけでは嫌だった。私は、過去に浸るだけではなく、過去を取り戻したかった。過去を
みんなと目指すハッピーエンドに――その光景があってほしかった。
だから私は。
だから私は。
だから、私は――――。
「ひどく、寒いと……そう思わないか、リーテ」
「イリス、キミは――」
骨が氷になってしまったようだった。こんなにも、内側が冷たいと感じたのは初めてだ。
これが冥界の力。これが冥界の冷たさ。これが、世界の原初の力。
なるほど、この深奥は私が理解できるものではない。だけど、無理やりに振るえば、奇跡に手が届き得る代物だ。
「この冷たさで、この混沌で、私の悲願を叶えるんだ。キミを取り戻して、私は……私はァ!」
一つ、大きく息を吸って、強く踏み込む。
リーテの姿が、一瞬で目の前にまで近付いた。
今までの外装では決して実現できなかった速度、そして、芯から冷たくなった脳は、その動きを完全に把握する。
振るった腕は、咄嗟に迎撃しようとしたリーテの光剣を真っ向から粉砕した。
それと同時に、爪から飛び散る、絵の具のような混沌の泡。
理不尽の力。不明を照らし、無を繋ぐ、奇跡の糸。泡が弾けるたびに、私の望みへの道を創っていく。
「っ……やめろ、イリス! そんなことをしても意味はない! それはキミの手には余る力、キミを加速度的に破滅に近付けていくものだという自覚はないのか!」
「ああ、知っているよ。知っている。体が徐々に、凍てついていくんだ」
戦いながらも、彼は必死な表情で、私を心配してくれる。
ああ――嬉しい。こんな姿になってしまった私を、まだリーテは……!
冷たくなった心臓が、締め付けられるように痛い。けれど、耐えられる。きっと私の悲願は、あと少しで。
「凍てついて、燃えて、灰になる。限界の先は、そういう結末なんだろう。だけど……その前に私は、終わらせる」
「――キミがどういう想いを持っていようと、何を思い出させようと、俺は剣を捨てる訳にはいかない。俺は『王剣』だ。魔王のために振るわれる、輝ける剣――」
「魔王のものじゃない! キミは私のリーテなんだよッ!」
沸き上がる怒りが冷えてしまうよりも前に、激情に任せて爪を叩きつける。
光を盾にして防ぎ、後退しようとするリーテに、無理やり腕を伸ばして掴みかかる。
忘れていたとしても。『王剣』になってしまったとしても。もうわかっているのだろう、自分への、私の想いは。私が、何を求めているかは。
だったら逃げようとするな。私から離れるな。
「あの時……アデラキテラに攫われたキミが戻ってきて、私を忘れていた時。私がどんな気持ちだったかわかるかい? ――“キミは誰だ”って言われた時の空白、紡いだ絆がゼロになったと悟った時の絶望! そこから――!」
掴んだ手が光の直撃を受けて悲鳴を上げる。
外装が砕け、変質していた手が穴だらけになって血がばら撒かれ、たちまち再生していく。
取り戻した爪で、もう一度腕を掴む。見開かれたリーテの瞳に映る私の、禍々しい貌は、魔族ということさえ憚られよう。
だが――ああ、私の執念を表したものだとすれば、相応しいではないか。
「そこからすべてが始まったんだ! 絶望の日々が! キミと話して、絆を紡ぎ、胸があたたかくなることが! 嬉しく思ってしまうことが! どれだけ虚しかったと思う!」
「……イリス」
全身が凍てつく中で、目元がじわりと熱くなる。
零れていくものは、いつもであれば誤魔化していたかもしれないけれど、今はそんなことはどうでも良かった。
「けれど……っ、これが最後だ。キミを今度こそ取り戻す。そうすることでようやく私は、みんなのハッピーエンドに並び立てるんだ」
どれだけ思い出してくれただろう。戦う前と今とで、どれほどリーテの想いは変わっただろう。
何百年も、何一つ成果を出せなかったのに、たった一日で悲願にこれだけ近付けた。
これが奇跡の力。ここまで無為を積み上げてきた私に与えられた最後の機会。
ユーリくんたちは、必ずやり遂げる。
であれば、私もともに辿り着かなければならない。いいや――ともに辿り着きたい。
私だって……私だって――ハッピーエンド同盟の一員なのだから!
「だから――――ッ!」
あと一歩、向こうへと踏み出す。それだけでいい。
リーテに触れている爪が、彼が失っていたすべてを取り戻していく。
ああ、そうだ。すべてを――私が忘れた些細な思い出まで、すべてを取り戻してくれ。そうして、うっかりな私を苦笑しながら、話して聞かせてくれ。
そういう、なんでもない当たり前をもう一度、一緒に過ごしたいんだ。
だから、魔王が植え付けた、『王剣』などというくだらない役割など、塗り潰してしまえ。古い記憶、尊い記憶で、忌まわしいすべてを消し去ってしまえ。
「……ずっと一緒だったんだな。俺と、キミは。イリス……キミと幼馴染であるという記憶を、このきらめく記憶を……魔王は取り上げたのか」
「そうだ。実に忌まわしい話だよ。けれど、これからは――!」
「……ああ――これは『王剣』には不要な記憶だ。魔王の剣として在るには、確かに尊い過去など必要ないものなのだろう」
ほんの一秒の苦渋――そこに芽生えた期待は、まだ早いと“待った”をかけられる。
私の戸惑いを他所に、リーテは光で爪を弾き、そして私を蹴り飛ばすことで強制的に距離を開いた。
「リーテ――ッ、ぐっ……!?」
その衝撃ではなく、もっと自業自得な何かが原因で、ビシリと――私の内側にあるものが壊れる。
それを引き金にしたように、体中で違和感が爆発する。
「……それが代償だ。無理に力を使い続ければ、戻れないところまでいってしまう。もう既に、キミの体は限界だ」
「ぁ……っ……」
理解できる。この感覚は、私にしか存在しないもの。
自分に埋め込んだ無数の因子が、次々に自壊して、消失していく。
私自身は耐えられていても、他の魔族の因子が混沌に呑み込まれていく。
いいや――私が耐えられている訳でもない。
じわり、じわりと“終わり”へと向かっていく感覚。
「この記憶は尊いものなのだろう。だが、俺の価値観を変えるには至らない。俺は『王剣』。玉座を守る光の剣。その命を放棄することなどできない」
「っ、くそ……っ!」
膝から先がなくなったように、力が入らなくなる。
体が崩れて、階段を転がり落ちる。爪で堪えようとするも、腕もうまく動かない。
いやだ……これでは、彼が遠ざかる。遠く、高くに、リーテが離れてしまう。
「……キミでは俺に及ばない。俺は四天王――キミの願いを、どこまでも残酷に否定する立場だ」
「で、も……だって……!」
「必死になるキミ、駄々をこねるキミというのは新鮮だが、俺はこの道を譲らなければ、キミに手を差し伸べることもない。諦めてその外装を解け。そうすれば、まだ死ぬことはない」
「……っ」
――それでも、まだ。だからこそ――リーテは、私を心配してくれる。
どれだけ体に限界が来ていても、心はまだ尽きていない。むしろ、その喜びが、新たな薪となって、活力を燃やす。
体に動けと命令しても動かない。だから、無理やり動かす。原理も分からないけれど、そうすれば痛みを超えて、体が動く。
自分を見失わないように、しっかりとリーテを見据える。
視界に罅が入ろうと。霜のようなもので視界が滲もうと、彼を見逃す訳にはいかない。
みんなのように、幸せのために死力を尽くす。
それくらい、私にもできる。まだ、悲願への道は完全に閉ざされてはいないと、自分に言い聞かせる。
「……死ぬ気なのか、キミは」
「……死んでキミを取り戻せるなら、悪くないかもしれないね」
現実になりつつある冗談を口にすれば、少しだけ余裕ができる。
あと少し、あと少しの筈なんだ。
少しくらい自分を失っても構わない、それに足る、大切なものを取り戻すことさえできるのならば。