凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
俺の正しい記憶――正しいと感じていた記憶のはじまりは、玉座の間だった。
世界の方向性を確定し、運営するための柱から出力した似姿ではない。
長らくこの世界を統べる、魔王の本質たる姿が、そこにあった。
真実を照らす純白、その翼の輝きを前にして、俺のすべては洗われたのだろう。光を浴びる中で、俺という存在は四天王として相応しいかたちへと最適化された。
――『王剣』、リーテリヴィア。この名をお前に与えよう。騎士として聖都を守り、勇者の絶対的な試練となることを期待している。
それが俺の存在意義であると、理解するまでは早かった。
思考はたちまち洗われて、違和感など覚えなかった。それよりも過去に何があろうと、四天王としての俺には不要だった。
世界を完成に至らしめ、そしてその先においても――勇者の試練として立ちはだかり続ける光の剣。
そう在ることが俺のすべてだと信じていた。
一体何人の勇者の希望を断ってきただろう。
聖都の周囲は人間が出歩くにしても、比較的危険度が低い。行商人のような歩き方を学び、そして運にさえ恵まれれば、辿り着くことも不可能ではない。
使命に絶望し、しかし幸運にも聖都に至った勇者は大抵、絢爛なる街並みに目を輝かせ、一時の間絶望を忘れる。
旅の意味を損なわない程度であれば勇者も娯楽に興じることは許容される。
かれらは聖都で暫し人間らしい営みを楽しみ――そして、俺の試練に心を折られる。
それほど命の危機がある試練ではない。聖都という安全な都市で、俺に一撃与えるのみ。
何を思いつくか推測できないアリスアドラはともかくとして、俺の試練を超えられないようでは、オドマオズマやバラルバラーズの試練は到底成し遂げられない。
勇者たちは聖都で絶望を忘れ、聖都で絶望を思い出し、やがて聖都を逃げ出してどこかで旅を終える。
それを俺は、仕方のないものだと見過ごしてきた。
勇者の使命とは逃れようのないもの。すべては、世界の完成のための生贄だと。
父もずっと、これに耐えてきた。この当たり前を受け入れてきた。
これが聖都の四天王の使命。
誰もが、父を継いだ俺を受け入れた。
――リーテ、どうしちゃったの? わ、私……私だよ、リーテ! イリスだよっ!?
――……すまない。俺はキミを知らない。
……いいや。たった独り、過去から手を伸ばし、俺に縋る子がいた。
俺が四天王として在るために失ったものを、何よりも大切な宝であるように抱えて、俺を引き留めようとする同い年のエルフがいた。
彼女は聖都において名のある家の生まれで、かつての俺とつながりがあることは不思議ではない。
しかし、どれだけ訴えられようとも、その親交の証拠を見せられても、俺の深奥から浮き上がる記憶などなかった。
当然だ。それは、失った過去は、既に魔王によって“不要”だと断じられたのだから。
俺の記憶など戻らないことを、諦めた方が良いことを、俺は何度も伝えた。
そして、彼女の屋敷にあったらしい思い出のすべてを出し尽くした頃、ようやく彼女は過去に目を閉じて――未来へと歩き始めた。
――イリス。キミは何をしている。エルフの禁忌、忘れた訳ではないだろう。
――禁忌とか、知らないよ。私は、もう……エルフなんてどうでも良くなったんだ。
しかし――彼女が歩き始めた未来とは、到底許容できないものだった。
エルフにとって存在の改変は禁忌の中の禁忌。彼女がそれを知らない筈もない。
だというのに、その狂気の笑みに一切の躊躇いはなかった。
世界の何もかもに失望し、自分の存在などどうでもいいと笑う彼女を……本来、俺は聖都の長として、裁くべきだったのだろう。
禁忌を犯した良家のエルフがいるなど、聖都の秩序を乱すことにつながる。事実、彼女がふらふらと大通りを歩いていたことが広まり、あの時は大きな騒ぎになったことを覚えている。
……だが。
俺は彼女を手に掛けなかった。騎士たちにも、彼女を放置するように告げた。
彼女は聖都を害することはしない。だから、いないものとして扱えと。
それは必ずしも守られていた訳ではない。どちらかというと、彼女は数百年、腫物のように扱われてきた。
その扱いは面白いものではなかったものの、彼女は気にすることなく、ひたすら禁断に打ち込む。
理由は分からなかった。だが、原因が俺にあることを、俺は――心のどこかで確信していた。
俺に何かを思い出させようと、必死になる彼女。
聖都の長として多くの任を与った俺の余暇をどこからか聞きつけたか、毎回のように俺の前に現れては、まったく記憶にない“思い出”を見せようとしてくる彼女。
その痛々しい姿を、何百回と見てきた。
壊れたような笑みを浮かべて過去の“思い出”を差し出し、手応えがないとみるや、世界の終わりかのような表情で消沈する彼女を、いつもいつも、俺は見ていた。
絶望の果てに、自身を捨て去る選択を取った。俺が彼女をそこに堕としたなど、どれだけ鈍い自覚があっても理解できる。
彼女は、前を向くことができない。
かつての俺との過去を、何があろうとも引き摺り続ける。
それでも――俺には何も思い出せない。思い出す必要性を、感じられない。何故ならば、今の俺の在り方こそ、完成された『王剣』であるからだ。
俺はかつての俺ではないと、彼女を突っ撥ねて、関係の一切を断ってしまえばいい。それが最も正しい選択。
彼女が変わってから、向こうからの接触はめっきり減った。関係を終わらせる、良い機会だっただろう。
だが……。
――……また来たのか、リーテ。騎士の長は随分暇なようだね。
――キミがまともに生活を送っていれば、その必要もないんだがな。長年キミに付き合った分の反動だとでも思ってくれ。
……そうは、ならなかった。そうしては駄目だと、俺は思った。
彼女とは友人であった。どうあれ、長らく俺の記憶を取り戻そうと必死になる彼女に対し、俺が友誼を感じない筈がなかった。
しかし、それ以上に、彼女が根拠とする過去を――俺にとっては単なる“錯覚”を。
何か、尊いものだと思っていたのだ。
この場所に俺が立っていた理由はただ一つ。勇者が魔王に至るための、最後の障害としてだ。
本来の想定では、四天王が城の順路に一人ずつ配置される筈だった。
ホールに『天骸』が。中庭に『壊嵐』が。食堂に『狂宴』が。そして、玉座の間に至る大階段に『王剣』が。
試練を乗り越えた勇者を、今度こそ全力で四天王が相手取る。すべての四天王を超えた先で、勇者は魔王に相対する。
想定外だったのは、此度の勇者――否、勇者たちの大躍進。
独りではなく、魔族も含めたパーティを組み、幾度もの奇跡に助けられることで四つの試練を突破し、さらには各地に配置された魔王の“楔”さえ破壊せしめた。
その過程で『壊嵐』と『狂宴』を討伐した。楔の全滅と、四天王二名の喪失は、魔王をして完全な想定外だっただろう。
そうした活躍もあり、この城の防備は不完全だった。
本来、勇者を試す魔族で溢れ返る想定だったこの城は、いざ世界の完成に至るというこの状況において、実に閑散としている。
過去の勇者たちが、どうあれこの城に辿り着いていれば、多少はまともになっていたのだろうが、ただの一人も、ここに至った者はいない。
不完全な状態でこの城は最強の勇者パーティを招いた。
俺のすべきことは変わらない。この場所で玉座の間を守り、全霊で勇者と戦う。その筈だった。
「リーテ! リィーテェェ――――ッ!」
「ッ、イリス……ッ!」
果たして俺は、この状況を少しでも想定していただろうか。
――否だ。理性を捨てて、子供のように叫ぶイリスの姿を見ることになるなど、考えていなかった。
纏った色彩が牙を剥く。伸びた爪が不明を照らし、過去と
痛ましいと思うには、情が生まれすぎた。妄言だと吐き捨てるには、記憶は鮮明になりすぎた。
彼女が必死で取り戻そうと思うものの深さを、ここに至って、俺は理解しつつあった。
振るわれる爪は、捉えられる速度のほぼ限界にある。
対応することこそできているが、どれだけ俺の剣とぶつかり合っても、罅が入る予兆さえ見えない。
こちらの武器も、魔力の続く限り尽きることはない。あれと渡り合えるという自負はある。
どうあっても――先に限界を迎えるのは、彼女の方だ。
「ごほっ、ゴホ……ッ、が、はぁ……!」
俺を吹き飛ばした直後、その動きが止まる。
崩れかけた膝を、爪を壁に突き立てることで無理やり立たせる、その姿。
黒地の上に、好き放題に選んだ絵具をぶちまけたような、およそ統一感とかけ離れた色彩の装甲。
ナイフを巨大化し、伸ばしたような爪を両手の先に五本ずつ備えた威圧的な外見。
頭から突き出た角と見開かれた赤い瞳。大きく裂けて牙が剥き出しになったような口元からは、現在進行形で血が零れ落ちている。
外装というには、生物的すぎる。それはまさに、色彩の獣。
俺の知っている彼女とは正反対、あるいは、知っているそれの最果てにある――悍ましい狂気。
あの姿になってから、有効打を与えていないにも関わらず、その外装はあちこちが罅割れ、血に濡れていた。
「ぐっ、ぅう……うああああ……ッ、まだ、まだ、壊れるものか……! あと少し、あと少し、なんだ!」
「イリス、もうやめろ――キミはどこまで自分を捨て去る気なんだ!」
「キミを取り戻すためなら、いくらでも捨ててやるさ――それほどまでに、私にとってのキミは大きいんだ。キミがいなければ、生きていられないというほどにっ!」
その慟哭は、部屋中を震撼させる。
心臓が刻んでいた鼓動が、僅かに乱れる。人目を憚らず、“思い出して”と泣きじゃくる、いつかの姿を思い出す。
俺がかつてその兆しさえ掴めなかった、失っていた過去を――振るわれた爪が掘り起こして、俺という存在と結びつけていく。
初めての出会いを見た。
親の背中に隠れ、怯えがちにこちらを見る、同い年のエルフの女の子。
多分その頃、俺も彼女も、互いが特別な存在になるなど予想もついていなかったのだろう。
けれど、両親以外のすべてを恐れているような小さな女の子を見て――その警戒を拭って、楽しいことを共にしたいという気持ちはその時点で存在していた。
怯えるよりは、笑っていてほしかったという些細な欲求が、彼女に対する俺の、初めての感情だった。
過去が鮮明になり、後から実感が零れてくる。
失われたもの、もう蘇る筈もないものが、少しずつ暗闇の向こうから戻ってくる。
不明を照らす、大いなる力。魔王でもなければ不可能だろう、奇跡の実現。
これが、彼女がバルハラの力を借りてまで叶えたかった願い。彼女のハッピーエンドの条件。彼女が数百年燻らせていた、たったひとつの願い。
「クイールやホープは、確かに私の希望だ。私が前を向いて、歩けるようになったきっかけだ。けれど、それでも――」
「ッ――――」
だが、俺は『王剣』だ。水の四天王として、魔王を守る使命を与えられた、エルフの長だ。
使命感がより眩しい輝きで、再構築されたものを覆い隠そうとする。そしてそれを、俺自身も肯定していた。
何があろうと、俺はまだ、その在り方を損なう訳にはいかない。真に倒されるまでは、四天王としての使命は終わったと確信するまでは、すべてを排除する光の剣でなければならない。
「それでも必要なんだ。私のハッピーエンドには、キミの存在が!」
やめろ――それ以上喋るな。抗おうとするな。死に急ごうとしないでくれ。
俺は止められない。『王剣』として完成された俺は、世界さえ脅かし得る存在を前に無抵抗であることなど許されない。
振るった剣が、爪の一本を叩き割る。砕け散った光剣の破片の魔力を操れば、その一つ一つが新たな光剣を形成していく。
串刺しにせんと射出したそれらすべてを――血液混じりの色彩が紡いだ障壁が、防ぎ切った。
「キミといつも一緒にいたあの頃に戻りたい……キミとまた、幸せな未来を歩いていきたい!」
そんな未来は、やってこない。何故ならば、ここから先の未来は、魔王によって完成されたものになるのだから。
そこに選択肢を差し込むことだけが、俺たちに許された希望だった。
ただ一つの自由を、俺は秩序に使った。それ以上の自由など、俺たちの未来には残されていない。
だから……もう無理はしなくていい。
これ以上傷つく必要はない。
これ以上、傷つけさせないでほしい。
体は動く。動いてしまう。血の涙を流して迫る彼女を、敵として迎撃してしまう。
降り注がせた光剣がいくら突き刺さっても気にせず、突っ込んでくる彼女に、これ以上近付かないでくれと願う。
光槍から放った閃光が足を穿つ。
けれど、止まることはない。振り上げられた片腕を、剣が切り離しても、残った爪を広げて彼女は俺の目前まで至る。
「魔王の支配が終わって、平和になった世界で――キミと一緒に生きたい」
『ファイナライズ、レディ』
爆発した色彩そのものが、巨大な鉤爪となる。
相手を害するためのものではない。それは、戻らない時間を取り戻すための希望。
その眩い輝きに、理性が警鐘を鳴らす。
あれは受けてはならないものだと、四天王としての俺の直感が叫ぶ。
しかし同時に――色彩が思い出を絵画にしていくように、記憶が掘り起こされていく。
奇跡が次の奇跡につながり、生まれてから四天王に任命されるまでという、俺の空白が埋まっていく。
それは、思い出してはいけないものだと。魔王への忠誠が体を動かす。
……その忠誠は一体、どこから。
疑問が一瞬、頭の中を真っ白にして。
「――――大好きなんだ。愛しているんだ。だから、何度でも言うよ」
『カオス・エクスプロージョン』
爪が振るわれる。その言葉が、俺の深奥へと沁み込んでいく。
すべてがつまびらかに、掘り起こされていく。
断片的な一つ一つが、連続したものになるほど蘇っていた俺の記憶の、それでも空いていた箇所が埋まっていく。
水の四天王ではない。
『王剣』のリーテリヴィアではない。
聖都の結晶樹に花が咲いた、あたたかな春の日。
祝福を浴びて生まれた、リーテというエルフの――。
『イリスティーラ』の幼馴染である、『リーテ』の遺失していた過去が完成される。
些細な――そして幸福な、春の記憶を思い出す。
「…………一緒に帰ろう、リーテ」
「――――ああ。そうだな、イリス」
深く、深く、突き刺さっていた爪が消えていく。妄執が解けて消えていく。
取り戻せば、何よりも大切なものだったと、実感できた。
……だが。
爪が抉った自身の穴を自覚する。あまりにも大きな喪失を自覚する。
外装が解け、血に塗れた
…………ああ。
……俺は……どうやら、間に合わなかったらしい。