凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
「イリスくん、そしてリーテ。誕生日おめでとう」
穏やかな、春の記憶を覚えている。
もう、それほど誕生日に祝われて喜びを感じるほど、子供ではなかったけれど、その日は例年以上に盛大だった。
私も高揚せずにはいられないほど。
集まった全員が好き放題に食べても食べきれないほどの料理が並ぶテーブルに、私もリーテも、目を輝かせていた。
「いやはや。予定を空けられて良かった。私が二人のパーティに出られたのはいつ以来だったかな」
「リトラくんはお仕事に真面目すぎるのよ。うちの旦那だって、この日くらいは毎年研究を切り上げているのに」
「……うむ。悪かった。普通の日もなるべく帰るから横腹を殴るのをやめてくれ。……まあ、妻の言う通りだ、リトラ。誕生日ほど、子の成長を実感できる日はないぞ」
「ふふ、そうだね。私も今、それを噛み締めているよ。二人とも、こんなにも大きくなっていたんだなぁ」
その年の誕生日は珍しく、リーテの父が――リトラリヴィアがパーティに来られていた。
リーテの反応はいつも通りを装っていたけれど、それでも嬉しさを隠しきれていなかった。
せっかくだからとめかしこんだ私たちを見て、リトラリヴィアは、ひどく優しい笑みを浮かべていた。
私の母はパーティが始まるまでにもう十分だというほど私たちを抱きしめていたし、父はいつもの仏頂面ながら何度も何度も、私たちを見て頷く。
皆、私たちの成長を心から喜んでくれていると、それはもう十分すぎるほどに伝わってきた。
「そういえば、二人とも、結局昼は何をしていたの? なんだか、部屋に籠っていたみたいだけど」
温かい喜びに満ちていたパーティの中で、ふと、私の母が聞いてきた。
その日、私とリーテは朝から、部屋に籠り切りだった。
昼食の時にも母に聞かれていたものの、まだ内緒だと言っていたのだったか。
完成するまで、秘密にしておきたいというのは、やはりまだまだ未熟だったからか。それとも、もしも失敗した時に追及されたくなかったからか。
「う、うん! あのね……これをリーテと作ってたの」
「見て。結晶樹の栞なんだ」
リーテと一緒に、懐から取り出したそれを見て、皆が感心の声を零したことを覚えている。
――二枚で一対になる栞だ。
聖都を囲む結晶樹。その低いところにあった、小さな花がいくつか咲いている部分を切り取って、押し花にしたもの。
結晶樹の花はそれほど珍しくもないものの、探すのが大変だ。大半が高いところに、人の背丈より少し小さい程度の花が咲くから、小さいものは特に。
それに、切り取ったら切り取ったで、適切に加工しないとすぐに枯れてしまう。
魔力の注ぎ方や、魔法薬への漬け方など、その工程の複雑さは下手な魔法構築を超えるだろう。
聖都中心区の工芸品を扱う店ならば売っているかもしれないものの、決して安くはない代物だ。
それを見て、母は手を叩いて喜んだ。意味不明なほどのはしゃぎようだった。
「あらあら、対の栞! それも結晶樹の! ねえあなた、リトラくん! イリスってばいつからこんなにおませさんになっちゃったのかしら!」
「……キミ、その反応はいささか年寄りくさ……ぅぐっ」
「そうかそうか。いやはや、本当に子供の成長とは早いものだ」
訳知り顔で頷くかれらの発言の意図はまるで分からず、私とリーテは顔を見合わせ、首を傾げた。
あの時は知らなかったが――二つを分けた、対の品を持つことがどんな意味なのかを本で読んで、なんだか無性に恥ずかしくなったことを覚えている。
不明な感情は当然のものだった。何故ならば、あの時私は自分の感情を自覚していなかったのだから。
ただ、リーテといることが心地良かった。いつまでも続いてほしいと思うほどに。
二人が共にいる証の宝物が欲しかった。これ以外にもいくつかあるけれど、二人で作ったといえるものが欲しかった。
いつだってこの時の出来事を想起できるような、あたたかい思い出が欲しかった。
色褪せてしまっても、覚えている。忘れる筈もない。
私の意思を動かしていた原動力は、いつだって――リーテへの想いだった。
「……夢から覚めた気分だ。長い、長い夢から」
「そう、だね。長かった……本当に長かった。死ぬまで覚めない、永遠の悪夢だと……そう、絶望した時もあった」
冬の盛りのような、凍てつくような寒さの中で、私はずっと渇望していたあたたかさを感じていた。
室内なのに、雪さえ幻視する信じられない寒気を、それでも苦と感じないのは、求めていたものにようやく触れられているからか。
自分から流れていく熱を止められない。体温が徐々に落ちていく。
そんな中で私が抱く万感の想いはあまりにも場違いだったけれど、仕方ないと受け入れるほかなかった。
だって私は、この時のために、今まで走り続けていたのだから。
「けれど……やっと、キミに届いた。キミを、取り戻すことが、できた」
「長い苦痛を、味わわせてしまったな。きっと、たくさん悲しませてしまったのだろう。俺は、実に愚かだった」
「ううん、いいんだ。ここまでやってきたことが、無駄じゃなかった。今、ここにキミがいる。リーテ……私は、それだけで、いいんだ」
ああ、苦しい道だった。多くのものを失った。
犠牲にしてきたものを数え始めたらきりがない。二度と繰り返したくはない道だった。
けれど、その結果としてここに辿り着けた。何を捨て去ってでも取り戻したいものが、ここにある。
「……もっと俺を恨むべきだ。あとほんの数秒、俺がすべてを取り戻すのが早ければ、キミも、俺も……」
「言うなよ。言わないでくれ。……分かっているさ。それでも今は……幸せを感じていたいんだ」
理解していない訳がない。自分の体のことなのだから。
最後のぶつかり合いで、リーテが喪失していた記憶のすべては繋がった。不明だった過去は、ついに照らされた。
しかし、その決死の一撃は、彼に深すぎる傷を刻み――そして同時に、彼の反撃もまた、的確に私の心臓を貫いていた。
それに全身傷だらけだ。片腕は切り落とされ、あちこちを串刺しにされ、そして自業自得の傷も数えきれない。
死に瀕すれば、それを掬い上げるために治癒力も上がるものだが……やけに治りが遅い。
――限界の先に踏み出し過ぎた自覚はあった。
それに躊躇いがなかったからこそ、私は遥か遠くにあった悲願を掴み取ることができた。
けれど、意を決して飛び出せば、もう引き返せないのは自明の理。振り返った時、生きるための“当たり前”はもう見えないほどに離れてしまっている。
体が如何に治ろうとしても、それが叶わない場所に至る方が早い。それを、私は自覚していた。
「……幸せ、か。俺は後悔ばかりだよ、イリス。せっかく、何もかもを取り戻したのに。キミがどれだけ大切な存在かを、思い出せたのに。こんなところで、終わりたくないのに」
「……ああ……そうだね。後悔がないといえば、嘘になる。平穏を、キミと共に生きていたい。それに……ふふ……皆で、生きて帰ると、約束したんだがね」
一番大きな後悔は、それだった。
最後の瞬間、そんなことは頭から消えていた。そのくらい必死にならないと、この結果には至らなかった。
だからこそ、こうして冷静になって、罪悪感が生まれる。
我儘の末路がこれか。もうこれ以上は、クイールの考えなしをとやかく言えないな。
皆が信じて送り出してくれたのに、私はここで一足早く、取り戻したかけがえのないものを抱いて勝手に満たされようとしているのだから。
「だけど、まあ……仕方ない。これ以上は、欲張りなんだよ……」
もしかすると、少しばかりかれらは私のことを引き摺るかもしれない。
そんな感傷は不要だが、そういうものを避けて通れない、純粋な子たちなのだから。
それでも――かれらは前を向く筈だ。そこには、必ずしも私がいないといけない訳ではない。
見届けることはできなくとも、私は信じるさ。かれらはきっと、すべてを乗り越えて、ハッピーエンドに辿り着くって。
「文句はずっと先で、かれらが冥界に来た時にでも、聞くさ。うん……それまで、勝手をやらかした、言い訳でも考えながら待っていよう」
「……そうか。今から俺が何をできる訳でもない。イリスがそう決めたのなら、仕方ないな」
皆、怒るだろうな。文句というか説教は、さぞ長くなることだろう。
まったく……ままならない。かれらが歩むこれからの続きだけを、土産話に聞きたいのだが。
ここに、そういう要求を残しておくだけの力もない。さすがに、受け入れるほかないだろう。
「……もしかしたら、先に行くかもしれない。リーテ――最後まで、こうしていて、くれるかい?」
「……もちろんだ。俺が死ぬまで、こうしているとも」
互いの熱を一番感じられる、この状態で、熱が引いていくことを実感する。
それは幸せであり、苦痛だった。リーテには、きっと私よりも長く、それを感じさせてしまうことになる。
けれど……離れたくない。最後の最後まで、彼のあたたかさを感じていたい。
「……愛しているよ、リーテ」
「……ああ。俺もキミを、愛している、イリス」
私の終わりは、もっと失意の中にあるものだと思っていた。
願いは叶わず、遠くにある彼を想いながら消えていくものだと。
それと比べれば、ずっと上等だ。これ以上など望めまい。
だから――ここが私にとっての、百点満点のハッピーエンドなのだ、と……そう受け入れて、意識の遠くなる感覚に身を委ねる。
その、まどろみの中で――――。
「いやはや――お粗末。今時、市井で騒がれる恋愛譚でも、そのような結末はないでしょうに」
まどろみの中で――私はやけにはっきりと、その声を聞いた。
「ネシュアの兄妹も、見ていられぬほど滑稽であったようですが、あなたたちの末路はそれを上回る。それでは聖都の民も呆れるというものでしょう」
「……何故、ここにいる……オリヴィエ、お前には、俺がいない間の、聖都の守護を任せた筈だが」
浮かれた熱が引いていく。恐怖を煽るしかない、死の冷たさだけが残る。
何も結果は変わらなくとも、私たちの終わりを穢すためだけに、その言葉は投げられた。
「何故もなにも。私はあなたの側近ですので。もしもあなたが仕損じた時、備えが必要でしょう。それに……」
いつの間に、そこにいたのだろう。
リーテの側近、オリヴィエ。聖都を守る騎士たちの中でも、要職にあったエルフ。
確かに、ここまで姿は見ていなかった。リーテと共にいなかったことを、疑問に思っても良かったのかもしれない。
リーテの命令を忠実にこなし、その穏やかな気性から民にも慕われる騎士の鑑……そんな、一般的な印象とは正反対の、目の前の喜劇に対する嘲笑。
その本性らしきものを――リーテさえも、知ることが出来ていなかった。
「勇者に与する者が、満たされて死ぬなどと。それでは、格好がつかないではないですか。この世界における末路は、救いなき絶望と、浅ましき欲望に満ちていなければならないのに」
「お前は……そうか。盲点だった。聖都に、あのような施策を肯定する者がいようとは」
「世界の完成を知る者の中で、あなただけが異質だったのですよ。秩序ありき世界を、などと――面白みがないにもほどがある」
話が分からない。理解することを、頭が拒む。
あるいは、もうそのような機能が停止してしまっているのかもしれない。
あのエルフが何を考えているにせよ、私とリーテの結末は変わらない。それを情報として、かれらに残していくこともできない。
今の私たちにできることは、彼を気にせず……この終わりを、自分なりに受け入れること。
そうするだけで良かったのに――あたたかさが、離れていった。
「……リーテ……?」
「すまないな、イリス。あのままでいると約束したが……己が管轄の、始末は付けなければ」
私を離して、立ち上がったリーテは、今にも倒れそうなほどに血を流しながらも、乱入したエルフに向かい合っている。
そんなことをする必要はない。何故、私に背を向ける。せっかく、一緒に行けると、そう思っていたのに。
「待っ、て、行かないで……リーテ……っ」
「ああ言っていますが? まあ……もう一度背を向ければ、どうなるかはわかり切っているでしょうが。まったく……ささやかな幸福を踏み躙ることの、なんと甘露なことか」
「……俺は気付くのが遅れてばかりだな。恐るべきは彼女の手管か……いつからだ、オリヴィエ」
「言葉の意味が分かりかねますが……どうあれ、その気狂いを手放したならば、そのまま眠るがよろしい。世界を受け入れない者には、似合いの末路でしょう」
手を伸ばそうとしても、もう体は動かない。
幸せは、ほんの一瞬だけ。結局は、そういうことなのか。
リーテとは離れたまま、もう僅かな残り時間を削り切って――彼の背中を見たまま終わるのか。
「せめてお前を微睡みから覚ましていこう。俺がいなくなる以上、聖都にはお前が必要だ」
「いつまでもおめでたい思考だ。では、あなたが無念に溺れるさまを、見届けさせていただきましょう――」
辺りの声さえ、聞こえなくなっていく。
……嫌だ。これでは、孤独に死ぬのと変わりないじゃないか。
だったら――死にたくない。こんなの、認めたくない。
そこでようやく、“助けて”という弱音を、誰に向けてでもなく零しそうになって、しかし声は出ることがなく――――
「やっぱり、こっちにきて正解だった。あなたのことだから、どうせ変なことになってるって」
死ぬ手前、意識が完全に途切れるための一滴が、零れることなく停止する。
喪失が止まったことで、ようやく治癒がまともに動き出す。ゆっくり、本当にゆっくりとだが、傷を治そうとする力が、働き始める。
「ここまでボロボロになってるとは思わなかったけど……まあ、間に合ったから結果オーライか。……生きてる、よね?」
「…………――、―……――……?」
渾身の力を込めて零した声は、しかし言葉になっていなかった。
何が起きた、と目を動かして、状況を認識しようとしていると、傍に誰かが転がってきた。
片方残った腕を伸ばし、その手に触れる。リーテのあたたかさだと、すぐに分かった。
「くっ……何が……キミは……勇者ユーリと共にいた……! 一体、どうして……」
「別にあなたのことはどうでもいい。でも、あなただけ死んだらイリスティーラのハッピーエンドが果たされない。命を助ける以上――もう敵対しないことは約束してもらう」
どうにか顔を上げれば……リーテの代わりに、私たちに背を向ける、黒い姿が視界に映った。
尖った帽子にローブ、そして杖。おとぎ話の魔女を模したような黒い外装。
彼女一人だ――ユーリくんの姿さえ、そこにはない。だというのに――!
「待て……どのみち、俺たちはもう……」
「死を否定する冥界の力。生に縋らせる時の力。今死んでいないなら、この二つを使って延ばせない猶予はない。私は忙しいから、あとは自分たちで治して。魔族なんでしょ?」
ああ――――なるほど。私はまた、彼女に助けられたのか。
この最後の最後に、彼女には借りを作りっぱなしだな。これはいつの日か、返してくれと言われたときが大変そうだ。
「……余計な邪魔立てをしてくれましたね。魔王が定めた世界の完成、その意味さえ理解していない人間如きが」
「文句があるのは、こちらも同じ」
オリヴィエに向き合いながらも、彼女は私とリーテを保護するように防護結界を張る。
逃れられなかった筈の死が動きを止め、生だけに満ちた空間が、私たちを生かそうとする。
……私のハッピーエンド、か。彼女がここまで、私なんかの願いのために動いてくれるなんて。
「私たちは全員で生きて帰るって決めた。オマエなんかに――私たちのハッピーエンドを邪魔する権利があると思わないで」
これだけされれば……もう命を捨てて何かをしようなんて、思わないさ。
何千回絶望を繰り返していようとも……リッカくんもまた、私が眩しいと感じる、人間だということだ。