凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
びたり、びちゃりと、粘りけのある水音が辺りに響く。
業腹だが、荘厳だと言わざるを得ないこの大部屋において、あまりにも相応しくない音。
聞いているだけで気が滅入るそれを、今この場で頼るべき彼女が操るものであると、本来信じることは難しい筈だ。
それを――至極最悪な、怖気の走る光景とはいえ、私が自分の頭で受け入れられているのは、彼女の深淵を理解したゆえの“異常”なのだろう。
「――――……これは、なるほど。そういえばあなたたちは、悍ましい魔族を使い魔としていた。趣味が悪いとは思っていましたが……ここにきて、私に牙を剥くことになるとは」
少しの間、絶句していたオリヴィエは、苦笑しながら目の前の光景をそう評した。
「オマエが敵対することを選んだからこうなっている。違う?」
「いいえ。絶対的に正しいですとも。絶対的に正しく、そして勇者の仲間としては不適格だ。これでは、正義が私の方にあるといっても、過言ではなくなってしまいます」
「これは私が選んだ、私の戦い方。敵であるオマエと、正義だの悪だのを論じる気はない」
私でさえ肯定せざるを得ないオリヴィエの言葉を、リッカくんはにべもなく一蹴する。
こうしている間にも、あちこちに空いたリッカくんの冥界へ繋がる孔から、使い魔が這い出てくる。
時間を稼ぐほどに有利になるというのに、自分から話を長引かせるつもりはないらしい。
「残念です。あなたの歪み……その心の深奥まで、暴いてみたかったのですが」
「どうせ理解できないけど、願い下げ。オマエなんかに知られると思うと――虫唾が走る」
ざわり、とリッカくんの不快感に呼応するように、周囲の使い魔が騒めいた。
声を上げた訳ではない。それらが放つ悪意が、部屋を軋ませたのだ。
どこに体の中心があるのかも分からない触手の大群が、一斉にオリヴィエへと向かっていく。
「ふっ……」
圧倒的な物量を前にして、それでもオリヴィエは怖気づくことがない。
一体その余裕がどこから来るものなのか。その一端を、私は次の瞬間目にすることになった。
オリヴィエの周囲一帯、空間に走る無数の亀裂が触手の群れを絡め取る。
あれはなんだと思っている内に、オリヴィエが亀裂の檻の中で拳を握り込めば、動きの止まった触手たちはバラバラに引き裂かれ、その場に落ちた。
「……リーテ。今のはなんだい? 土を絡めた魔法とも理屈が違う。あんなのは見たことないぞ」
「魔法に関してはキミの方が造詣が深いだろう。キミが見当もつかなければ、俺に分かるものでもない。だが……」
反撃とばかりに伸びた閃光を、リッカくんは再度の瞬間移動で回避する。
その直後にリーテが動いたと思えば、壁に反射してこちらへ飛んできた光を、彼は剣で叩き落していた。
「リーテ……!」
「っ……この程度動くくらいならば問題ない」
無理に動けば治癒に差し障る。停止していた傷口から、またも血が零れたことに、リーテは焦りもしない。
ただ警戒を怠らず、戦いに目を向けるのみ。こちらには視線も向けずに、言葉を続けた。
「……オリヴィエの特異性は知っている。属性の援けに頼らずとも、他者の力を模倣する術――俺の操る光を学んでいることには気付いていたが、あのような即興さえ実現するとはな」
なおも殺到する触手の群れから逃れるようにリッカくんに向けて滑り込んだオリヴィエが振るった剣を、リッカくんは危なげなく受け止める。
しかし、筋力の差は外装をもってしても補えない。
瞬時に後退して剣を受け流し、反撃しようとしたリッカくんを――同じように目にも止まらぬ速度で踏み込んだオリヴィエが捉えた。
「時の操作……? あれはリッカくんだからできることだぞ」
「凄まじい能力だ。オリヴィエが模して、実現しているあれは、理屈は異なるのだろう。結果として同じことができるというだけだ」
「……どうしてあの男がそんな能力を持っていることを黙っていたんだい?」
「俺の記憶が正しければ、ほんの少し前まで俺とキミたちは敵同士だった筈だが。キミたちに情報を与えられる機会はどこかにあっただろうか――やめてくれ、イリス。傷が広がる」
理不尽だと自覚している不満を零せば当然のように返ってくる正論に、思わずリーテを抓ってしまう。
リーテと比較すれば、当然脅威としての質は下がると判断していたオリヴィエが、彼とはまったく異なる厄介さを有しているとは。
ユーリくんか、クイールか、どちらかがいれば真正面から打ち破れる力だ。だからこそ、戦力の限定された今の状況が口惜しい。
二人のように相手の異質性を無理やり覆す勢いは、リッカくんにはない。手札の枚数で相手を押し潰すタイプであるからこそ、一枚一枚の爆発力では、オリヴィエを圧倒するには至らないのだ。
私が共闘すれば劣勢は覆せる――しかし、それは机上論に過ぎない。事実、スティーライザは内部の回路が焼き切れて動かせないし、魔法も上手く紡げる気がしない。
見ているしかできないのか、何か、私に貸せる力はないのか。
そんな焦りを、やはりリーテは共感しようとはしなかった。
「……狼狽えるな、イリス。言っただろう。心配する必要はないと」
「っ……その自信が意味不明だよ、リーテ。仲間が着実に追い込まれているんだ、不安になるに決まっている」
「それは当然だが、それでも彼女を信じ、見ているべきだと言っておこう」
「……どうしてキミはそこまで……」
今のオリヴィエが命運の尽きた存在だというのなら……それに関しては、リーテの言葉を信じても良いだろう。
あの男とのまともな会話など一度もないし、リーテの方がよほど知っている筈だ。
だが、それとは別に――リッカくんがそのオリヴィエに勝ることを、リーテはどうして確信できるのか。私には、それが分からなかった。
問いの言葉は、最後まで紡ぐ前に、オリヴィエの剣とリッカくんの杖がぶつかり合う音に掻き消されてしまう。しかし疑問は伝わったようで、リーテはようやくこちらに視線を向け、答えてきた。
「彼女だけではない。キミを含めた、キミたちというパーティの力を、俺は信じている。キミたちの可能性、キミたちの非常識、キミたちの理不尽……そういう絶望に抗うための力は、キミたち全員に共通したものだろう」
――実に正しい、私たちへの評価だった。
私に関してそれが当てはまるかといえば自信はないものの……その通りだ。
そして、その可能性の始まりは。私たちの物語が始まったきっかけは――他でもない、あのリッカくんなのだ。
「それに、彼女の破天荒さで、俺はかつて痛い目を見ている。ならば、信じるほかあるまい?」
「……それもそうか。わかったよ、もう何も言わない」
リーテの回答に、複雑な思いで首肯する。
確かにそうだ。リーテは一度、リッカくんの行いによってとんでもない目に遭っているし、なおも影響が皆無という訳ではない。
彼はなんでもないように言っているが……あの時、私がどれだけ苦労したか。
誰も想像できない、あんなことをやってのけたのだ。ならば、ここで彼女の勝利を疑うこともまた、馬鹿馬鹿しいと。
彼がそこまで信じるならば、私だって、仲間として信じない訳にはいかないじゃないか。
思わず苦笑が零れた直後、リッカくんが再度動きを見せた。
「――まったく……どこまでも悍ましい。低俗にも程がある」
私とリーテの会話が聞こえていたのかは定かではないが、その時の戦法の変化……いや、拡張は、“破天荒”と言わざるを得ないものだった。
リッカくんを蔑むオリヴィエの周囲を蠢く生物は、触手だけではなくなった。
かれらが纏う粘液が隆起したかと思えば、そこから自立して辺りに飛び散り始める液体の塊。
触手と粘液の隙間を這い、飛び回る、大小さまざまな虫の群れ。
頬を伝う冷や汗は、仕方のないものだろう。こんな光景、冥界の底でだって見られないぞ。
……いや、訂正しよう。リッカくんの冥界では日常茶飯事か。あれが辺りで蠢く死後など、ぞっとする話じゃないか。
「……“これ”がどれだけ悍ましくて、低俗かなんて、私が一番よく知っている。けど、これ以上醜悪に思う必要もない」
油断なく立ち位置を変えながら、オリヴィエは忙しなく剣を振るいつつ辺りに青い炎をばら撒いて、圧倒的な物量の差に対処している。
なおもリッカくんの優位に覆ることはないものの、リッカくんに焦りは見られなかった。
オリヴィエの言葉に、淡々と返しながら、リッカくんはゆっくりと彼から距離を取って。
「――オマエにとってもすぐに、これが日常になる」
「何を……ッ!?」
――三種に増えた使い魔を危なげなく凌いでいたオリヴィエは、今度こそ驚愕に目を見開くことになった。
ヤツの背後に、ひっそりと忍び寄っていた者は、私の知らない存在ではあったが――リッカくんの“隠し玉”だとは、すぐに分かった。
「貴様は――――」
「――あはっ、反応おっそ! 聖都の騎士って、そんなんでもなれるんだ?」
無数の使い魔たちの騒めきに紛れて、いつの間にかこの空間に現れ、私も気付かないうちにオリヴィエに迫っていた、幼い姿の魔族。
赤い瞳を爛々と輝かせる、青白い肌の少女。
彼女が振るった鋭い爪をオリヴィエは咄嗟に躱そうとして、一瞬の油断が使い魔の接近を許した。
この状況においては、一つ見誤ればそれが致命的なものになる。
動きが鈍り、少女の爪がオリヴィエの脇腹を裂く。エルフからすれば決して深い傷とはいえなかったが、たったそれだけで、状況は劇的に動いた。
「――――ぐ、ぅ……! ガ、ァ、アアア……ッ! な……これは、毒……!?」
「せいかーい。末席も末席だけど、あたしもあの家の生まれだもん。毒くらい使えるでしょ」
「馬鹿な……っ、毒血の……!」
あれは、まさか……ナイトラクサでユーリくんたちが出会ったというヴァンパイアの片割れか。
先日訪れた時に二人が倒した片方とは違う、もう一人のヴァンパイア。
詳しく話を聞いたことはないが、恐らくは――リッカくんの冥界に囚われていた存在。
それが、毒血……あの最高位の魔族の一角たるクイーンヴァンパイアを輩出した一族の末席だって?
「ていうかさぁ、お姉ちゃん。毒が欲しいんなら、そこらの虫でいいじゃん。なんであたしを使うわけ?」
「……せっかく使ってあげるんだから、黙ってやって。……ユーリなしで戦うのなら、私よりあなたの方が強い」
「ふーん。今日はなんだか正直じゃん。普段からそんな風にいればいいのに――」
軽口、というには互いに憎悪が大きいやり取り。
当然だ。あのヴァンパイアからすれば、リッカくんは自身を絶望に叩き落とした存在。
対してリッカくんは、ナイトラクサに良い思い出がないという。想像でしかないが、碌な目に遭わなかったのだろう。
リッカくんと向き合い、睨みつけるヴァンパイア。
その背後で、蹲っていたオリヴィエが、周囲に寄ってきた使い魔たちを薙ぎ払い、剣を振り上げて迫っていた。
――危ない、と叫ぼうとして、咄嗟に声は出なかった。
「ッ!? ――ガ、ハ……ァ……!」
「生憎だけど、あたしの毒って便利なんだよねぇ。自分からどれだけ離れてるとか、近付いてきてるとか、そういうの分かるの。毛嫌いしてたけど、もっとちゃんと使うべきだったかなぁ。そうすれば、お兄ちゃんにも勝てたかもなのに」
ヴァンパイアは面倒くさそうに振り返りつつ、片手で剣を受け止めて拳を叩き込む。
……あれがヴァンパイアか。人型魔族の中で最強を自称する種族なだけはある。
どのような方法で彼女を説得したのかなど定かではないが、戦闘と並行してリッカくんは協力を取り付けていたのだろう。
他力本願、とは笑うまい。決定的に相手を貶めて、確実に追い込む。それがリッカくんの、本来の戦い方なのだ。
「……ここまでだな、オリヴィエ。お前の錯乱は俺の責だ。恨むがいい」
オリヴィエに聞こえるかも分からない小さな声で、リーテは呟く。
彼の言うように錯乱なのか、それともあれがオリヴィエの素の姿だったのかを、私は知ろうとは思わない。
一つ確実なのは、ついにリッカくんは、魔王に至るための最後の障壁を破るということ。
「ッ、離れろ、下等生物ども……! 軽々しく私に、近付くことなど……!」
それでも、最後まで油断ならない。
オリヴィエは魔力を周囲に迸らせて、使い魔たちを吹き飛ばす。
闇雲に振るった剣はすっぽ抜けて、それを気にせず徒手でオリヴィエはリッカくんに向かう。
役目は終わったとばかりに、ヴァンパイアは冷めた目でそれを見つめるだけ。手を出すつもりはないらしい。
そしてリッカくんも、それを必要とはしていない。
『ファイナライズ! アクセプション!』
接近するオリヴィエに背を向けたまま、リッカくんは静かに魔力を高める。
そんな相手に近付くなど、聖都の騎士ならばあり得まいに、毒の苦痛で判断能力も鈍ったか。
「おのれ、人間風情が――!」
「もう、そういう言い分にはうんざり。まあ……侮ってくれる分には、助かるけど」
『リッカ・エクストライクッ!』
「――――――――!」
素早く振り返り、足先に轟く魔力を込めた回し蹴りが、的確にオリヴィエを捉える。
弾けた魔力は周囲の使い魔たちも巻き込んで爆発を引き起こし――それが止んだ時には、オリヴィエはそこにはいなかった。
『オリヴィエ』
【属性】水/鏡
【攻撃力】■■■■■■■■
【防御力】■■■■■■■
【素早さ】■■■■■■■■■
【魔 力】■■■■■■■■■■
【精神力】■■■■■■■■■■
【種族】エルフ種
現在の常識において、エルフという種族は聖都を主な活動地とする魔族を指す。
色白の肌と、金の髪、長い耳を持つ魔族。魔力、身体能力、そして知恵。いずれも魔族として高水準なかれらのルーツは深い森にある。
元々、エルフとは自然と共に生きる種族だった。
しかし、その内の一定の派閥が、より他種族との広いつながりを求めて、自然の恩恵を手放す代わりに社交性を得たのが、このエルフたちの始まりだ。
かれらは、後に聖都と呼ばれることになる都市で暮らし始め、森とは異なる祝福を学び、長い年月をかけて人間や、その他の種族に受け入れられた。
やがてかれらの中から、特に剣に秀でた者たちは、その都市で騎士として、秩序を守る役割を負った。
エルフの騎士。現代においては聖都の象徴にして、民の憧れを集める者たち。
かれらは聖都の平和を第一に考え、そのために研鑽を続ける努力の徒である。
【『湖面』オリヴィエ】
オリヴィエは先代の騎士の長たるリトラリヴィアの頃から、有力な騎士として確かな立ち位置を持っていた。
リトラリヴィアは彼を信頼し、次の長となる息子の教育係を務めた。
彼は最強となる器ではなかったものの、その特異な性質を受け入れ、磨いたことによる器用さで右に出る者はいなかった。
その性質の真髄は、鏡という属性による、他者の模倣にある。千変万化のこの属性により、本質を理解せずとも多くの力を倣うことができる。
彼のことを猿真似だと、ドッペルゲンガーのなり損ないだと嗤う者もいたが、彼はこの力を誇りに思っていた。
器用貧乏でも良い。多くを学ぶことこそ、自身の役割だと静かに笑った。
時が立てば、そんな彼の穏やかな気性を、聖都の誰しもが理解し、敬うようになった。
騎士の長よりも民に近いことから、彼に憧れを抱く者は多かった。
――そんな彼には、ある噂があった。
時折、その笑みに影が差すことがある。ひどく冷たい目をすることがある。他者の苦悩に、笑みを深めることがある。
無論、オリヴィエはそのような騎士ではない。彼は清廉潔白な存在だと、聖都の誰もが知っている。
特に彼の部下である騎士たちは憤った。その噂を否定するために奔走した。
それは邪悪な淫魔の行いだ。彼の行いとはまるで違う、と。
【リッカの評価】
「……どっちが本性かなんてどうだっていい。私は“いつか”を覚えている。それだけ」
【リーテリヴィアの評価】
「……俺が生き延びたとして、彼の訃報を聖都の民に伝えるのは心苦しいな。だが、彼を弔い、その誇りを貶めないのが、俺にできる償いか」