凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
別に私は、自分のことを清廉潔白な魔族だなんて思ったことはない。
どうあれサキュバスなんてそんなものだ。生きるために他者の精を啜る必要のある種族である以上、無害な生命であることなんてできる筈もない。
だからまあ……たとえばあいつらに邪悪だとか言われても、ちょっと腹立つだけで認めざるを得ないだろう。
私の生まれた集落では、人間は共有財産だった。人間が牛や豚を飼うのと同じ。有体に言ってしまえば家畜である。
サキュバスの集落なんて大体はそんなもの。生きるために必要なものは人間でなくとも良いけれど、人間の精が一番体に馴染むように、サキュバスはできている。
あの集落の人間は比較的、平穏に暮らすことができていたと感じる。
何故って、たくさんの人間が供される訳ではなかったから。
アリスアドラ様が目をかけていた集落ではあったから、上質な人間は送られてきたけれど、その代わりに数が少なかった。
人間が限られている以上、分け合わないといけない。欲を張って吸い尽くしてしまえば、集落中の敵となってしまう。
だから大切に扱われていた。半ば集落の一人の住民として、受け入れられていた。
そんな集落で、周りの子供たちがみんな“食欲”が旺盛だったから、なんとなく控えめにならざるを得なかった。それが、私の今の性格の始まりだったと思う。
自己主張したくないとか、そういう訳じゃない。
私だって、一端の名誉欲はあった。そうでなければ、アリスアドラ様に仕えようだなんて思わないし。
名を上げたいと思ったから、他の連中と一緒に、アリスアドラ様の催す夜会に参加した。
あの方に近付こうと思う連中は、皆この不定期の夜会を目指す。
聖都のエルフのように、大げさな叙勲式を行うなんてことはない。
夜会であの方の狂気に触れて、壊れずに済んだ者は、自然とあの方の配下として扱われることになるのだ。
まあ……そうなったとしても、大半のサキュバスはアリスアドラ様の視界に入ることなどないのだが。
それを理解して、見当違いの研鑽を積む者もいる。それを理解せずに取り入ろうとする平凡な者もいる。
あの方に評価されるには、まともではいけないというのに。
あの頃の私はそんなことは知らなかった。というか、アリスアドラ様に取り入ろうなんて気持ちも、それほど強くはなかった。
あの方の役に立てればそれは最高だけれど、どうすれば良いかなんて分からなかったから、私なりに自分の価値を高めようとしていた。
その結果が、サキュバスとして淫気を高めるのではなく、剣を磨くことというのが、私の異常性だった。
剣を振るうことは基本的な鍛錬ではあったけれど、それを真面目にこなす者なんて皆無。だって、サキュバスは剣を持つ種族ではないのだから。
「あっははは! 見てよ! 落ちこぼれラフィーナがまた剣振ってる!」
「一日千回、だっけ? バカだよねえ、聖都のエルフじゃあるまいし、何が楽しくてあんな鍛錬してるんだか!」
「やめてあげなよ、ラフィーナは剣に恋しちゃってるんだから。あんまり冷やかすとかわいそうだよ」
わざと聞こえるようなクスクス笑いなど日常茶飯事。聞いていて心地が良い筈もないけれど、別に、気にするほどでもなかった。
それよりも、やるべきことをこなすだけだ。
いくつもある鍛錬の、誰も守る気のない、あってないようなノルマ。それを私は愚直にこなし続けた。
その中でも剣が一番サキュバスとして異質だったから、揶揄われる対象になっただけ。
いくら笑われても、私は愚直であり続けた。
サキュバスとしてまともになろうとしても――真面目に固まってしまった性格が、今更変化を許さなかった。
「――確かに、サキュバスとしては、まともではないかもしれませんね」
……そんな私に、イルミナ様はずっと付き合ってくれた。
あの方はとても忙しいから、いつも鍛錬の場にいるということはないものの……イルミナ様といる時は、誰も馬鹿にしに来ないから、静かに鍛錬に集中できた。
「たまに“かっこいいから”って、手に取ってくれる者もいるのですが……たいてい、すぐに飽きてしまうのです。ラフィーナ、あなたのような者はとても稀ですよ」
「は、はいっ。全然上達はしませんけど……」
「続けることこそ肝要なのですよ。そうすればいずれ、あなたの剣のかたちも見つかるでしょう」
私が目指したものは、イルミナ様の剣だ。
静かで真っ直ぐな、迷いない剣。初めて見た時から、それが憧れだった。
聖都のエルフには憧憬はないものの、それに近いイルミナ様の剣を、私は目を輝かせて見ていた。
剣技と一口に言っても、目指すものによってその性質はまったく別物になる。イルミナ様の剣は、相手の体を見ない――断つべきその深層を真っ直ぐに見据えて斬るものだ。
長ずれば魂さえ断つと――そう教えてもらった。イルミナ様がサキュバスの性質に適した技として、編み出したものであるらしい。
「イルミナ様は……どうして、剣を?」
それを聞いたのは、いつまで経っても、自分の技術に進歩らしい進歩が見えないことにやきもきしていた頃だった。
なんとなくの疑問。目標とする方の動機を知れば、何か掴めるのではないかと、望み薄という自覚のある問い。
イルミナ様は、少しだけ言葉を選ぶように目を閉じてから、答えてくれた。
「……サキュバスらしくあるため、でしょうか」
「サキュバスらしく……?」
「はい。私はもう、随分と長いこと欲を持てずにいるのです。他者の心の機微も、最後に味わったのはいつのことか」
思わず、耳を疑った。確かにイルミナ様はサキュバスらしくない――欲に動かされない誠実さを持った方だ。
その真摯な性質は誇り高いものだと思っていたが……イルミナ様自身からすれば、そうではないようだった。
心の深奥に潜ること。心の機微を舌に乗せること。それは、サキュバスの嗜みですらない、本質そのもの。
普通であれば、サキュバスという種族がそれを損なうことなどないというのに。
私が驚愕から言葉を失っていれば、イルミナ様は口の端を僅かに上げるだけの笑みを見せた。
「生まれつきではないんですけどね。長く生きれば、そういう悩みも生まれるものです……あなたもいつかそのような、ままならない悩みに向き合わないといけない日が来るでしょう」
「……そう、なんですか?」
「ええ。アリスアドラ様の背を追うならば、いつか、必ず。あの方は……そういう方なのです」
あの時、イルミナ様の言葉の意味を、私はまるで理解していなかった。
アリスアドラ様を崇敬する気持ちはイルミナ様も同じ。だが、その中でも、複雑な感情を持っていることを察することができたくらい。
経験を積めば、その一端でも分かるだろうかと思ったが……結局答えが出る前に、私に転機が訪れた。
イルミナ様が口利きしてくれたようで、アリスアドラ様と話すことが叶い、ユーリの初戦試験官として選ばれたのだ。
そう、よく悪くも転機。出立した日を境に、私は二度とイルミナ様の教え子として帰ることはできなくなった。
アリスアドラ様が“どういう方”なのかも結局聞くことが出来ないままにユーリたちはあの方を倒してしまい、答えは得られないものだと思っていた。
かつて残された謎。
それを――――その一端を、私は垣間見ていた。
「一体、何を……!?」
「はしたない姿を見せてしまいました。ああ……そんな恥さえ、甘露を引き立たせる。これが純粋だった頃の私……真実、生娘のようではありませんか」
突然の行動に愕然とするユーリを見て、イルミナ様は恍惚とした笑みを浮かべていた。
あの方が……あんな表情をするなんて。これまでの印象とまったく一致しない姿に、理解が追い付かない。
ただ一つ、分かることは……イルミナ様がこの魔剣に歯を突き立て、齧り取ったこと。
魔剣に自身を宿らせている私であるからこそ、その衝撃は直に伝わってきた。まるで私がいる空間そのものが軋み、罅でも入ったようだった。
私たちの反応は、イルミナ様にとってさぞ望み通りのものだったのだろう。
頬を染めて、唇を舌でなぞる。イルミナ様の、サキュバスらしい振る舞いは、本来私も目を輝かせるべきものなのに――ひどく不気味に感じられた。
「私に憧れを向けてくれているラフィーナの前で話すのも躊躇われますが……昔、“やんちゃ”だった頃があったのですよ。“雑食家”……そう呼ばれていたジルよりも、見境がなかったかもしれません」
「イルミナ様が……雑食家……?」
その自称はイルミナ様にはあまりにも似合わなくて。
けれど、それを証明するように、あの方は魔剣の刃を喰らった。
そして果たして際限があるのかというほど、あの腹に貯め込まれた剣が、かつてのイルミナ様の本質だとでもいうのか。
「ええ。精を、肉を、命を……それでも物足りず。目に映るものすべてを貪り尽くさねば気が済まない。かつての私は……なんとも強欲でした」
その瞳の“輝き方”を、私は知らなかった。
過去の享楽に想いを馳せる。その様子は、エヴァネス様やジル様――私の知るどのサキュバスとも違うもの。
「そのさまは、さぞ醜悪だったのでしょう。アリスアドラ様でさえ看過できないほどに。なんとも……なんとも身勝手な共感です。自らの国枯らしを棚に上げて……ふふ。本当に、あの方は」
おどけたような微笑み。そこに、今までのような“わざとらしさ”はない。
一切の戦意が喪失し、その昔話に思いを馳せて。
けれど寒気は収まらない。住む世界が異なる相手を前にしているような異物感は消え去らない。
戦うつもりはなくとも、イルミナ様は戦闘行動を“出力”できる――ユーリは先ほどまでの交戦でそれを察することができていた。
「ッ!」
イルミナ様は違和感を覚えさせない、何気ない仕草で腹から新たな剣を取り出して振るう。
それにしっかりと対応したユーリに安堵するも――直後の行動は私も、ユーリたちにも想像できなかった。
魔力同士がぶつかり合って荒れ狂う小さな嵐の中を、体中が傷つくことを厭わずに突っ込んできたイルミナ様。
咄嗟にナディアを庇おうとするユーリの判断は間違っていない。正しいからこそ、イルミナ様の思い通りになった。
――バキッ、と鳴り響いた音は、魔剣の破損に続いて、これまでの戦いではあり得なかったもの。
これまでダメージの超過によって術式を維持できず、外装が解除されることはあった。
しかし、このように装甲に罅を入れ、削り取られるなどなかっただろう。
つまるところ――この魔剣のように、イルミナ様はナディアを庇ったユーリの腕に噛みつき、その手甲を喰らったのだ。
「このっ……!」
想定外の事態に即座に対応し、炎を纏わせた足先でイルミナ様を蹴り飛ばしたユーリ。
しかし、有効打にはならなかった。壁に叩きつけられたイルミナ様は、口元から炎を零しながらも、ユーリの外装を咀嚼していた。
「比類なき決意、不屈たる勇気の味……舌を、喉を、胃の腑を熱く焼き焦がす美味……! ああ、やはり、あなたという勇者は素晴らしいもので構成されている……!」
「っ……先ほどからあなたは何なのですか!? 真面目に戦う気がありまして!?」
思わずナディアが問う。
攻撃は注意を逸らすための牽制に過ぎない。
喰らうことこそ本命とばかりのイルミナ様は、当然の訴えだと自覚しているように頷いた。
「勇者ユーリが肯定してくれたんですもの。なれば私も魔族らしく、かつての獣に立ち返るほかないでしょう?」
「ユーリ、あなたが余計なことを言わなければ!」
「僕のせい!?」
「ああもう、言い合ってる場合じゃないでしょうが!」
多分、ユーリの言葉はイルミナ様にとって、ある種の救いに近いものだったのだろう。
ユーリは何気なく、一つの決意、一つの意地として口にしたのかもしれないが、それはイルミナ様が恥と封じてきた過去を解き放つに足る言葉だったのだ。
そしてこれが、かつての――アリスアドラ様に出会う前の、イルミナ様。
物理攻撃に対しての耐性は相当なものだろう、ユーリの外装を容易く破壊するイルミナ様の歯。これはただの攻撃ではない。
イルミナ様が魔族として生まれ持った特異性――。
「っ、ふふ……仲の良いこと。その絆も、その愛も、すべてがご馳走のよう……いつ以来でしょう。こんな風に、誰かを壊すのは……!」
「壊、す……?」
「ええ。かつての私にはそれしかできず、それが唯一の、私を満たせる味わいでした。――受け入れてくれるのでしょう? 私に、壊されてくれるのでしょう?」
失敗を悟る。今のユーリならば、リッカがいなくともイルミナ様を超え得ると、そう考えていた自分の過ちを理解する。
相手の拠り所を感じ取る嗅覚。それを的確に喰らうことを可能とする特異性。
意思、決意、それに絆さえ例外ではない。
――あの方は、ユーリの天敵だ。