凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
僕たちが住んでいた村から聖都イグディラまでは、決して到達不可能なほど距離がある訳ではない。
道中の危険さえ度外視すれば、の話だが。
だから、村にいた頃は聖都の話なんて、外からやってくる、勇気ある行商人から聞いたくらいだった。
子供だった僕たちを楽しませるための作り話だと思っていた聖都の様相は、真実だった。
村を囲む森を出て、広がる平原と聖都側の土地とを隔てる山を越えればそれはすぐに分かる。
この世界で最も植物らしくなく、それでいてこの世界で最も美しい植物。
それを世界の土台たる世界樹の一端と考える者さえいる、透き通って輝く結晶樹。
大地から伸びる無数の幹が上方で複雑に絡み合い、巨大で煌びやかなドームを形成する。
そして、僕たちが住む村どころか、イネアの町やカルエテの町が一体いくつ入るのか分からないほど広大な内部に築かれた大都市こそが聖都イグディラ。
人とエルフが共存し、誰しもが選択肢を持って好ましい生き方を選ぶ、“世界で最も異常な都市”である。
「――ついたね」
「……ん」
結晶樹という天然の城壁。
その隙間は一ヶ所を除いて魔力障壁が塞いでおり、血迷った外の魔族の襲撃を防ぐ。
たった一ヶ所開いた場所だけが聖都に出入りするための門の役割を持っている。
もっとも――外を自由に歩ける魔族でも、行商人でもない人間が外からやってくるということなど、殆どないようだが。
何かの用があって人間が外に出る時はエルフに護衛を頼むとかなんとか。
そういうことで、そのエルフを連れている訳でも、商人と分かるほどの大荷物を運んできた訳でもない僕たちは、さぞ異質に映るのだろう。
その“門”の前までやってきた僕たちに向かって、門衛らしき魔族が駆けてくる。
……明らかに体躯に合っていない重厚な鎧と大槍をがしゃこんがしゃこんと鳴らしながら。
「と、と、とま、とまとまとま止まるでありますっ!」
「え?」
「……」
なんとなく、昔リッカが作った蓄音の魔道具が壊れた時を思い出す。今リッカ舌打ちしなかった?
何故か僕たちより緊張した様子でやってきた魔族はズレた兜で顔の半分近くが隠れている。
門衛……うん、多分門衛なのだろうけど、これでいいのだろうか。
たとえば悪意を持った魔族がやってきた時、どうにか出来るような気がしない。
その様子を見てか、もう一人、立っていた軽鎧の魔族も歩いてくる。
「こ、こここここより先はせせ聖都イグディラらであります! 申し訳ないでありますが遠路はるばるいらっしゃった目的をををををを」
「……ルーク、少し……いや、大いに落ち着け。お前はどうして人見知りが過ぎるのに門衛など請け負ったのだ」
「ふぇ、フェン先輩ぃ……こ、これでも改善した方でありまして……先輩と一緒であればそろそろいけるかなと……」
「相手を見ずに応対することを改善とは言わん。よく相手を見ろ。“遠路はるばるいらっしゃった目的”など聞かずとも分かるだろうが」
「…………勇者、でありますね」
漫才でも見せられているのだろうか。
どう反応していいか分からない二人の魔族のやり取りを前にして、リッカと目を合わせる。
呆れと苛立ちが伝わってきた。苦手な魔族の謎のやり取りで立ち往生させられてはこうもなるだろう。
緊張と混乱の中でこちらの素性を把握したらしい、小柄な方――ルークの様子に溜息をつき、長身の女性、フェンと呼ばれた魔族がこちらに向き直る。
「ようこそ聖都イグディラへ、今代の勇者――ユーリ殿。そちらは同行者であり、あなたの協力者で間違いないか?」
「――う、うん。間違いないよ」
「よろしい。普段ならば手続きがいるが、勇者一行は例外だ。ここに辿り着き次第、聖都中心、大聖堂に案内するよう仰せつかっている。そこで試練の内容や滞在について説明する流れだ」
“後輩魔族”とは打って変わって、迷いのない声色。
冷静にして実直。その振る舞いに隙は見えず、よく分からないもう片方とは対照的に、雰囲気から格上であることが窺える。
「また、聖都は人と我らエルフが共存することで成り立っている。外から来た者には理解し難いかもしれないが、どちらも同じく聖都の民だ。人と変わらず接してもらって構わない」
そう言いつつ、“先輩魔族”は兜を外した。“後輩魔族”も慌ててそれに続く。相変わらず、がしゃがしゃと音を立てながら。
どちらも尖った耳と金の髪、そして青い瞳。どうやらそれは多数のエルフに共通する特徴らしい。
であればあのイリスティーラは……とふと考える。
“先輩魔族”とも、その肩ほどまでの背丈しかない“後輩魔族”とも、そして『残響』の時のオリヴィエとも異なる雰囲気を持つあの少女は本当にエルフなのかと。
「私はフェン。そして――」
「る、るるるルークであります!」
「……こっちがルーク。二人とも、四天王リーテリヴィア様率いる騎士団に所属するエルフだ。よろしく頼む」
「――知っているみたいだけど、僕はユーリ。それから……」
「……」
「……こっちがリッカ。出身の村から、一緒にここまで来た」
なんというか、対照的な挨拶になった。
互いに同行者を紹介し合う形となり、女性エルフ――フェンと苦笑が重なる。
隠すことのないリッカの敵意をものともしていない辺り、こういうことに慣れているのか、或いは侮られているのか。
――外見は僕たちとさして変わりない年齢に見えるエルフの少年、ルークはリッカの圧に露骨に動揺し、視線を泳がせていた。
「では、ルーク。ユーリ殿とリッカ殿を大聖堂までお連れするように」
「は、はいっ! ――はい!? ぼ、ぼ僕がでありますか!?」
「お前がだ。そろそろ聖都の外の者ともまともに関われるようにならないと困る」
「ででですが、僕がゆ、勇者殿をお連れするなど……!」
「お二方を待たせるな。サキュバスどもの目がどこにあるか分からん――くれぐれも油断するなよ」
「ひゃい!」
“先輩魔族”たるフェンの圧と、覚えのないだろうリッカの圧に挟まれている。
その混乱に微妙な気持ちになりながら待っていること暫く。待ちくたびれて二人の横を通り抜けていこうとするリッカを引き留める時間も終わったらしい。
「そ、そ、そそそそそれでは僕につつ付いてきてほしいでありますっ!」
「……早々にすまない、お二方。暫しこの子に付き合ってやってくれ」
「はぁ……」
「……」
多分、騎士団なる組織の中でも教育とか研修とか、そういうものがあるのだと思う。
軽く頭を下げてから、フェンは門衛の役割に戻っていく。
そしてルークはより動きを硬くして、がしゃがしゃと聖都へと入っていった。またリッカ舌打ちしなかった?
「……行こうか、リッカ」
「……」
いつもとは違う方向で不機嫌になっているリッカと共に、ルークに付いていく。
結晶樹を超えればそこは、この世界屈指の大都市。
大通りを挟んで左右に立ち並ぶ建造物の数々に思わず圧倒される。
そして少し見渡すだけでも、人が多い。それに混じって当たり前のようにエルフも歩いているのが、この聖都が異常とされる理由。
すれ違い、目が合ったエルフの中には立ち止まって反応を返してくる者も少なからず存在する。
ある程度力を持った魔族なら、勇者かどうかは一目で分かるのだったか。
“ある程度”がどの程度なのか不明だが、普通に暮らしているらしいエルフでもそのレベルに至っていることが、この場所が紛うことなき“四天王の御膝元”であることを証明している。
大通りをまっすぐ歩き始めて暫く。
通りの隅に集まっていた子供たちの中から一人、人間の男の子が駆けてくる。
「ルークっ!」
「おっと、トーマ。今は任務中ゆえ、遊ぶならまた今度であります」
――先程までの様子とはまったく違う。男の子に対応するルークに、緊張など微塵も感じられない。
フェン曰く人見知り……その影響は凄まじいようだ。
「えー。いーじゃんよ。一緒にイリスの工房行こうぜ」
「またそんなことを……祟られても知らないでありますよ」
「祟りなんて信じてるのルークくらいだぜ? その心配はないってイリスのねーちゃんも言ってたし」
その男の子から出てきた言葉には、聞き覚えがあった。
イリスティーラの工房、つまりは本人曰く肝試しの舞台である。
「イリスティーラの言葉を真に受けてはいけないのであります。あいつが優しいのはトーマたちが人間だから、でありますよ」
「んじゃ危なくないじゃん。行こうぜ」
「僕はエルフであります。さ、僕は仕事に戻るでありますよ。遊びに行くならあそこ以外にするであります」
「……」
「……」
「……はっ!?」
男の子の頭に手を乗せ、送り返してからルークは思い出したかのように肩を震わせる。
「も、もも申し訳ない! え、えっと、あの子は聖都で生まれた子供でありまして……」
「うん、それは分かるけど……あー、『イリスの工房』って?」
この際だから尋ねてみれば、ルークはたちまち苦々しい顔になる。
彼女の存在は、少なくとも彼にとっては好ましいものではないらしい。
逡巡の後、ルークは再度歩き出してから話し始める。
「……い、イリスティーラという者の住居であります。色々と……わ、我々エルフの価値観的に禁忌とされる実験を繰り返しており、避けられているのでありますよ」
「実験……?」
「つまり、存在の改変と混乱、でありますな。む、むう……これ勇者殿に聞かせて良いものか……も、申し訳ない。失礼ながら僕から話すのは憚られるゆえ、容赦していただきたく……」
だんだんと声を小さくしていくルーク。
……はっきりとしないが、エルフの種族的な問題ということなのだろうか。
あの男の子は特に彼女を恐れている様子はないため、人間とエルフで評価が分かれているのかもしれない。
単に避けられているというだけなら……許可なく得体の知れないものを人に打ち込む辺り分からなくもないのだが。
「ごめん、少し気になっただけなんだ。何か事情があるなら構わないよ」
「ありがたいであります……こほん、み、見えているでありますか? あれが大聖堂……勇者殿が試練を受ける場でありますよ」
話をそらすように、ルークは前方に見えてきた巨大な建物を指す。
大聖堂……この聖都における、規模の大きな教会とのこと。
つまり聖都の魔王軍が本拠とする場所であり、ほんの少しの油断も許されない場所であることを意味する。
十年前、あの場所で、先代の勇者も試練を成し遂げたのだろう。
その勇者の素性を知っている訳ではない。だが、きっと勇者として相応しい存在だったのだと思う。
僕は先代と同じではない。一人でなんでも出来ないし、どこまでも平凡だ。
では、試練を突破もできずに終わるのかと問われれば――否だ。
僕はリッカを頼る。そして、その上でリッカを守る。
「……と、ところでですね、勇者殿?」
「何?」
「あー……えー……その。お連れの女史の敵意と言いますか、さ、さ、殺気が……」
「……ごめん。えっと……ごめん」
――それはそれとして、この相手を選ばないリッカの敵意は不要な衝突を生まないだろうか。
リッカにとって、それは仕方のないことだろうし、指摘しようとは思わないが。