凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
「――アズ……?」
長々と語られた異名に、意識は向かなかった。
意味を考えるだけ無駄だと感じたその言葉は、はじめから僕たちに理解させようとしていたとも思えなかった。
それよりも、意識を向けなければならなかったのは、魔王としての名前。
アズ……それは僕たちにとって、使命の最果ての名前ではない。
ほんの昨日まで――僕とリッカが帰るべき場所だった故郷の名前だ。
「それって……ユーリくんとリッカちゃんが育った村の名前、ですよね……?」
偶然だ、と信じ切ることは簡単だった。
僕たちが生まれ育った村は、本来“無かった”村だ。この世界においてイレギュラーであるリッカがいなければ、存在さえしなかった場所だ。
――仕舞い込んだ疑問を見透かしたように、その存在は微笑んだ。
「始まりと終わりは繋がり、巡るもの。この世界における“運命”とはそのように求められ、定義されました。勇者ユーリ、選ばれし使命の果て。その始まりに我の名があるのは当然のことです」
疑問を抱くのも、それに答えるのも当然であるかのように、二つは
気にすることはないとでもいうように、違和感は溶けていき……それでは駄目だと、その容認を否定する。
納得を跳ね除ければ、その存在は――魔王アズは、それでいいと頷く。
「理に抗うからこそ、あなたはあなた足り得る。そしてどうやら……他の二人も同じようですね? ただ、理の表面を撫でただけで受け入れるほど、素直ではないようです」
「っ……当たり前です! 全部の答えを知って、その先に歩いていくためにここにいるんですから!」
「善きかな――己を尊ぶ妥協の選択も愛しきものですが、己を貫き通す決意の選択は、いっそう輝いて見える……いつだって我は、その眩き命に感動せずにはいられない」
……それが、その感動が本心であることは、嫌でも分かる。
分かってしまう――真の魔王たる彼女には、僕の力が通用した。あの人型を鋳造したような、方向性のない無機質な在り方ではなかった。
感情を、情報として理解しているだけではなく、確かな感情を持っていた。
そうだと知れば、ますます気が滅入った。この場で抱くには不相応な感情だろうが……もうたくさんだった。
「観客気取りはいい加減うんざりだよ。僕たちは評価されに来たんじゃない。日常を取り戻すために来ているんだ」
「こうもなりましょう。幾千幾万の永劫、あらゆる命の躍動に歓び、あらゆる理不尽に嘆いた観測者の身なれば。とはいえ、運命に抗うあなたたちの終点として己を定義した以上、あまり感傷に浸るのもまた無粋ですね。日常を取り戻す――実に遠く……そして、儚い願いです」
「僕たちはそう思っていない。現に諦めずに、ここまで来た。後は、お前を倒して使命を終わらせる、それだけだよ」
「その通り。あなたたちは諦めなかった。そして今、かつて望まれた通りに、世界の完成に立ち会おうとしているのです」
歓喜を表すように、大きな翼がふわりと揺れ、あたたかな風が吹く。
まるで戦意を消し去ってしまうような、日常を思い出す穏やかな風――しかし、それは取り戻したいものではない、偽りの穏やかさだ。
そんなものに誤魔化されはしない。決然と魔王を睨み据えると、またも彼女は満足そうに頷いた。
「不具合は伝播し、より大きなイレギュラーを生む。本来修正すべき事象ですが、それもまた良し。多少“予測できない”方が可能性の幅も広がります」
「……僕、ついこの前、否定されたばかりなんですけど。『修正しなければ』……とかって」
「あの躯体は、より固い秩序を至高とするモノですからね。揺らぎとは想定された可能性でなければならない……
クイールが倒した魔王の器。アレとは異なる価値観を、彼女は口にする。
不具合はすべて修正すべしと望んだあの姿の魔王と同じ景色を、彼女は見ていない。だが、それは……決して、僕たちが望んでいる自由のかたちではなかった。
「大いなる自由、実に良し。我はそれを尊重しましょう」
「それなら、今すぐ僕たちを勇者の使命なんかから解放してほしい。世界の完成なんて、僕たちは望んでいない」
「ですね――そもそも、何なんですか? 世界の完成って。そればっかり聞かされて……実際にそれがなんなのか、具体的な内容を聞いてないんですけど」
あらゆる答え合わせが叶うのであれば、もはやそれを隠しておく必要もないはずだ。
クイールの問いに、魔王アズは穏やかに、懐かしい光景を回想するようなあたたかい声色で――理解の埒外にある答えを口にした。
「――
「っ……」
またもはぐらかされたと、そう思い眉根を寄せたが……冗談だとばかりに彼女はくすくすと笑みを零す。
「……はじまりは些細な――本当に些細な願いでした。記録を使命としながらも、その日の記録のための指が動かなかった怠惰。本来、世界にどんな変化も起こさない望みだったでしょう」
「些細な願い……?」
「その日の記録が、何もせずに仕上がってくれれば良いのにと……そんな願望。その訴えを、我は聞きました。いつ以来だったでしょう、一つの世界の声を聞くのは」
記録派――世界のすべてを観測することを命題とした、“知りたがり”の巣窟。ナディアはそう評していた。
もしかすると、かれらはそれまで淡々と、起きた出来事を文字に起こすことしかしていなかったのかもしれない。
大きな成果もなく、細々と活動する者たちだったのかもしれない。
「久方ぶりの生きた声ですからね、我は嬉しくなって、その望みを叶えました。“もしもその人間が、今日この日も労を惜しまず記録を残していたら”と――記録を主題とする人々が、それを啓示と受け取ってしまったのは、少しだけ予想外でしたが」
しかし、たった一つの怠惰、たった一つの気紛れが、奇跡を呼んだ。
覚えのない記録が世界に刻まれたその時、かれらは本当の始まりを悟ったのだ。
「それから、その人々の長が望みました。世界に起こる事象、そのすべてを記録するすべを、と。我は叶えました。ほんの小さな足掛かりですが……それを可能とする力の一端。
「……想像結晶技術」
「そう呼ばれていますね。その頃、まだこの世界は“外から未知を招く”域には達していませんでした。我は、旧き魔族の間に伝わるその力を、人々に与えました。願いを叶える力、求めたものを実現する力……これを基に、人々は造り上げたのです。これだけの一片で一つの事象を語ることができる、上質な記録媒体を」
彼女は小さな手で、“これだけ”を示す。
手帳よりもなお小さい塊。そこに常軌を逸する記録を書き込める技術――記録派にとって、それは革命だったのだろう。
「この出来事をきっかけに、かれらは認められていきます。主題から零れ落ちた“おまけ”に過ぎない技術は、人間にとって実に革命的なものでした。すべてを見ようとするものたちは……未来を見るものたちと、過去を見るものたち、かれらと同じ、国の先頭に立とうとしていました」
決戦派、追想派。ネシュアにおける技術革命の筆頭たち。記録派は一歩遅れつつも、そこに名乗りを上げた。
……そこまでであれば良かった。ただ起きたことを記録するだけであれば、今のこういう世界にはならなかった。
だが――かれらは止まらなかった。命題を広げ、その先へと踏み出した。
「とはいえ、かれらの前途は多難でした。過去の記録はできても、未来の記録をするすべがない。過去は有限ですが、未来は無限です。未来視という力は、この世界にはありません――不明の先を照らす方法が、かれらにはありませんでした」
「……未来なんて。なんで、そこまで……」
「過去を記録するだけではかれらの至上には届かないのです。かれらがやがて辿り着きたかったのは、世界の恒久的平和。一切の事件も事故もない、凪のような平穏。善き世界をと望むならば、誰しもが抱く願いです」
本当に実現するのならば、美しい願いだろう。
世界の平和。僕たちはそれを望むほど、大きな存在ではないけれど、もしもそれが実現したならば素晴らしいことだと思う。
僕たちが、明日から先にあってほしいと思うものだって、穏やかな日常なのだから。
「であれば、未来の観測は必要不可欠。過去のすべてを詳らかにすることで、世界の法則を理解し、未来を演算することであらゆる災厄を未然に防ぐ……かれらはそんな風に、完全なる世界を確立しようとしました」
「そんなの……無理じゃないですか? 天災とか、そういうのを止められるっていうのならわかりますけど……人も魔族も、とにかく一人ひとりがやることを対処するなんて」
「その通り。生ある者の思考を把握し、その過ちのすべてに対処するなど不可能です。未来永劫、そのような世界を確立できるのだとすれば、それは既に滅びを迎え、世界が縮んだ後だけでしょう」
地震や嵐――そういった災害ならば、どういう状況で起きるのか、どうすれば防ぐことができるのかを研究し、危険を回避することができるかもしれない。
僕は詳しくはないが、聖都などの大都市では夏の嵐への対策もあると聞く。
だが、かれらが望むのは、それだけではない。人が起こす過ち、人に起きる理不尽、そうした事象にまで備えるのは不可能だ。
目覚めたばかりのナディアの認識に僕たちとのギャップがあったように、生まれた場所、育った時代、人の考え方はそういうもので大いに変わってしまうのだから。
魔王アズの言うように、人々のすべてを管理できるほどに、世界の規模が小さくなった訳でもない。
「すべてを観測し、すべてに対処するなんて不可能。では、どうするか。何をすれば良いのか」
であれば、結局記録派の悲願が叶うことはなかったのか。
……そうではない。かれらは、叶えたのだ。本来想定されていなかった、願いのかたちを。
「解を見出したのは、かれら自身でした。人の機微は複雑怪奇。何もかもを予測できないのならば、すなわち――すべてを記録した通りに“運営”すれば良い」
「――――――――は?」
――たったそれだけとはいえ、声を零すことができたのは、リッカだけだった。
僕とクイールは、声さえ出なかった。彼女が何を言ったのかを理解するだけで精一杯だった。
「曖昧な明日を。未知の一年後を。不明の十年後を。未踏の百年後を。自らが灯した明かりで照らすのではなく、歴史そのものを創造する。何が起きるか分からないという、世界の大前提たる揺らぎを失くす。自分たちが望む通りにしか動かない世界を創る。それがかれらの結論でした」
「……何もかもが、思い通りになる世界、ってこと……? そんなの――なおさら、出来る訳がない」
不可能でしかないものを不可能だと断じる。
ようやく紡ぐことができた、そんな当たり前の否定に、魔王アズは微笑みながら否定を返してきた。
「いいえ――出来るのですよ、勇者ユーリ。我が齎した力は、想像を実現させるもの。確たるシナリオさえ刻んでしまえば、そのように運営が可能となるのです」
誇らしげに、彼女は小さな両手を広げた。
示しているのは、この玉座の間だけではない。巨大な城でもない。
「ですが、それは確かに、不可能でもあった。……人の歴史の黎明から現在までをすべて記録し、遥か続く未来までを運営し続けるには、無限にこの記録都市を広げ続けなければならない。地下に限界が来て、空を舞台にここまで広げて――支配できるのは、たった一年だけでした」
ロスラウド……想像結晶で構成された都市。オドマオズマが言うには、黎明から終末までを記録するに足る記録都市。
あの言葉は正確ではない。これだけの規模でさえ、一年間を運営することしかできない。
ならば――。
「かれらの歴史の末期。最後の最後に、その発想は生まれました。たった一年で十分だ――たった一年を、この世界に必要な物語にしてしまえば良いと」
――それが、かれらの結論。
あまりにも極端な、理想の世界の成就。
「前提の歴史は既に紡がれている。たった一年の未来の方向性は定められた。ならばあとは、その未来の可能性が固まるまで、試行を繰り返せばいい。あらゆる選択肢を刻み終えるまで待てば、世界は完成する」
「……何を。それじゃあ、まるで……」
「
その瞳は、今の一瞬、どこへ向けられたのだろう。
天井……その向こうの空。いや、それよりも向こうにあるどこか。
そこへ向けた微笑みの意図は、僕たちには分からないものだった。
「ロール・プレイング・ゲーム。勇者が仲間を連れて、魔王の打倒を目指す物語――その
――この世界、あなたたちの旅路。
――この物語に触れたものが、直感的に“どんな世界”だと思うのか。
――あなたたちがいるのがどんな世界で、あなたたちは何を求めて、この旅を始めたのか。
――ほら。
――この世界の
【凌辱エロゲ世界】
リッカの繰り返しの果て、最後の旅に触れるあなたたちが、最初から認識していたこの世界の在り様。
“ゲーム的”な設定の解説は、これまでにも何度かあったはずだ。