凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
敵であるというのに。戦うしか道はない筈なのに。
その迷いは、僕の胸さえ痛くなるほど、伝わってきていた。
――理解してほしいという痛み。
少数の犠牲で他のすべてが幸せになる。それはきっと、その“少数”に関係のない者たちからすれば望外の条件なのかもしれない。
不意の事故はなくなる。未知の災害はなくなる。不幸な病も、理不尽には訪れない。
決まりきった生活を続け、平穏を確約される。ああ――僕たちからしても、理想の日々だ。
それを世界すべてが享受するためにも、その犠牲を受け入れてほしいと、彼女は胸を痛める。
――過去を想う痛み。
かつて記録派が抱いた悲願の成就を、かれらが目にすることはなかった。
世界の完成は目の前にある。けれどそれを誰よりも望んだ者たちはもうおらず、完成された世界に生きることもできない。
過去の信念を知り、それを受け継いで、淡々と世界を紡いできた。ゆえに、孤独に在り続ける彼女は慟哭する。
――――否定したくないという痛み。
けれど、それでもという想いが、今の彼女にはあった。
感情がなければどれほど、この計画は楽だっただろう。もっと無慈悲に、もっと無感動に、彼女は世界の完成を実現させたに違いない。
犠牲を受け入れるには、彼女は優しすぎた。その心は、僕たちに寄り添いすぎていた。
僕たちが歩んできた道のり。ここに至るまでの決意。ハッピーエンドの向こう側へと辿り着きたいという悲願。
彼女はそれらを否定したくないと思ってしまっている。明日へと踏み出そうとする僕たちの背中を、押したいという気持ちがある。
かつて記録派の悲願を受け入れたように、今の僕たちの願いも受け入れなければ間違いだと、彼女は苦しむ。
それが彼女の性質であれば、どこまでも魔王には向いていないと思う。
彼女は優しすぎた。世界を完成させようというには、感受性があまりにも高かった。
どちらの夢を優先すべきなのかという迷いは、僕たちが寄り添えるものではない。だからこそ、ぶつけるしかなかった。
世界の完成などという悲願よりも、僕たちの明日という悲願の方が強い想いであると。
この想いは否定させない。なかったことにはさせない。必ず、僕たちは辿り着いてみせる。
だから、過去に縛り付けようとするその計画は邪魔でしかないのだと、僕たちは全力で抗い続けて。
――そしてその結果が、苦しみの中から絞り出したかのような、魔王アズの言葉だった。
「……見て見ぬふりなど、できましょうか」
戦いともいえない戦いは続いていた。
天井を吹き飛ばし、満天の星々が見下ろす玉座の間で、ひたすらに僕たちはその信念をぶつけていた。
バルハラの力が通用すると知ってから、何百、何千と刃を届かせたものの、その傷は残っていない。残していたい惜しみながらも、彼女はそのすべてを消失させていた。
そして反撃は一切ない。僕たちは傷一つ負っていない。
魔力の消耗と、周囲の様子。この戦いが始まってから変わったのはそれくらい。
それでも決定的に、彼女の意思には変化が起きていた。
「ここまでです、勇気あるものたち。希望に満ちたものたち」
彼女の手が下ろされる。その目から、涙が零れ落ちる。
失意ではなく、感動をもって、彼女は静かに、それを宣言した。
「え……?」
「世界の完成は、放棄します。あなたたちの使命をここに解き、その身の自由を約束します」
その声は震えていた。万感の想いに満ちていた。未練がありながらも、その意思は確かなものだった。
迷いと苦しみから導き出したその選択を理解できたのは、僕だけなのだろう。リッカも、クイールも、ラフィーナも、ひどく困惑していた。
「い……いきなり何を言い出しているんですか? 今度は何を企んでいるんですか!?」
「何も……何も企んではいません。世界の完成は果たされるべきことではないと我は感じた。この計画は無為に閉じられるべきものだと我は感じた。それがすべてです」
「ッ、そんな心変わりに納得できる訳がない!」
「ええ、そうでしょう、転生者リッカ。あなたは特に。この計画のために、あなたは苦しみ続けていたのですから」
ひたすら繰り返される苦痛。その終わりを、リッカは唐突に宣言された。
納得できる筈がない。リッカはその理不尽に屈さず、その果てでの復讐をこそ原動力としてきたのだから。
きっと、魔王アズもそれは理解している。そしてそれを、否定するつもりもない。
「我を憎むのは当然のこと。いつか応報をと、その執念があなたを突き動かしてきた。なれば、その暗き想いをぶつけられることは受け入れるべきでしょう。しかし……あなたの仇敵として振る舞うことは、もう我にはできません」
「……なんなの。そんな気紛れに、また付き合えって?」
「気紛れ……気紛れ、なのでしょうね。どう謗られようとも、仕方のないことです。ですが、それでも我はもう……あなたたちの輝きを、見てしまった」
きっと、魔王アズの……大女神とかいう存在の本質は、そちらなのだろう。
理不尽のなくなった世界。災厄の起きない世界。それは確かに、彼女の望むことなのだろうが、それ以上に――それ以前に。
彼女は生命の輝きをこそ善しとする。それこそが、彼女にとって何よりも好ましいことなのだ。
「あなたたちの誰もが、強く輝いている。明日へと踏み出すために……ハッピーエンドを目指して、眩く輝いている。我は……その生き様を、尊い生命の躍動を……否定など……」
「……僕たちの願いは譲れないものだよ。けど、
思わず問いを投げてみれば、魔王アズは苦しげに一瞬、口を噤む。
本来、比べられないものなのだろう。彼女の中で、順位を付けることなどできないものなのだろう。
どちらを優先するのではない。どちらも尊ぶのが彼女の在り方なのだろう。
だからこそ、僕は尋ねた。どんな選択をしたにせよ、中途半端な気持ちで、僕たちの使命の終わりを――リッカの繰り返しの終わりを宣言してほしくはなかったから。
「……願いはどちらも尊いものです。ですが、どちらかを尊重するのならば……それは、今を生きるあなたたちの願いでしょう。どちらが大きな願いか、という話ではありません。ただ、我は……あなたたちの軌跡を、あなたたちが紡ぐ未来を、否定したくないのです……っ」
気紛れで、優しすぎる存在。常に、世界に生まれる新たな希望を目にしたい。その希望すべてが、無為にならず実を結んでほしい。
彼女はすべての願いを愛さずにはいられない。過去の願いのために、
多分、彼女は……僕たちとは理解し合えない存在だ。一側面の希望ではわかり合うことができても、その根底から理解することはできない存在だ。
だからこそ、彼女は自分で世界を救うことができないのかもしれない。
平等すぎるからこそ――どんな世界さえ、彼女を受け入れることができないのかもしれない。
「……たとえば、私たちの後で……“私たちの幸福を許さない”って願いが生まれたら? 私たちの願いを否定する願いが、後から生まれたら?」
そういう性質であるならば、当然リッカの懸念は無視できないものになる。
直接的に他者の希望を奪う願いは彼女も実現させようとはしないだろう。
だが、間接的な願いであれば、いくらでも彼女に“響きやすい”願いを思いつくことはできる。
彼女の存在に気付いた者が、そうした願いを持った時。既に成就した僕たちの願いよりも優先されるのではないか。彼女の性質からすれば、十分にあり得る事態だ。
「……否、とは言えません。我はそういう存在だと、我自身が知っています。後の我が、あなたたちを不幸にしてしまう可能性、それを今の我が望んでおらずとも」
それを自覚しているのだろう。魔王アズは、表情を暗くしながらも、頷いた。
「ゆえに、あなたたちは我を裁くべきなのです。我がこれ以上何も叶えられないように。気の済むまで我に苦痛をぶつけ、そして最後には滅ぼすべきなのです」
そう言うや否や、彼女が纏う性質が変化していく。
僕たちとは隔絶したような存在感とは違う。ありふれたものに、自ら近付いていく。その大いなる気配が散逸していく。
どういう理屈かは分からないが――今の彼女は、魔剣や聖剣を使わずとも、攻撃を届かせられる存在になった。
「後悔のないように、どうか全力を尽くしてください。あなたたちの旅を締め括る、最後の攻撃になる筈です」
涙を指で拭い、戦いを始める前と変わらない笑みを浮かべて、魔王アズは腕を広げる。
なんであろうと受け入れるという、彼女なりの清算の意思。
クイールはそっと聖剣を下ろし、こちらに目を向けてきた。僕もまた、リッカに身を委ねていれば――その意思で動き始めた体は、魔剣を床に突き立て、魔力を高め足先へと束ね始める。
「……リッカ」
『あんた……』
「……本当なら、泣き叫んで後悔してほしかった。ずっとその時を焦がれて、私は支えにしてきた。けれど、それは叶わない」
リッカは落胆を隠さない。こんな穏やかな終わり方など、リッカは望んでいなかっただろう。
だが、今更魔王アズに“魔王らしく振る舞え”と望んだところで、それが叶うことはない。
ならばせめて、これで終わらせよう、と。
それがリッカの答えだった。
「……すみません、転生者リッカ。我は――」
「そういう謝罪は求めていない。何から何まで……期待外れだった」
リッカが望んだ復讐はこれで果たされる。ただし、到底理想通りとはいかない、低い点数で。
ハッピーエンドは手に入る。ただし、例えようのないもやもやを抱えたままで。
複雑な心地を振り払う。どうあれ、この一撃を誤る訳にはいかない。ここまでの過程を、半端な決着で結ぶ訳にはいかない。
「……付き合わせてごめん、ユーリ」
「今更だよ。いくよ――リッカ」
ハッピーエンドと復讐を目指した、リッカの道のり。僕はとことん、その道を行くリッカを支えていくと決めた。
だから、全力でこれを終わらせる。ここから先で、気持ちを整理する時間はいくらでもある。
このもやもやは今は晴れないかもしれないけれど、解決しない問題であるのならば、後回しで構わない。
今すべきは、この旅を――この使命を終わらせることだ。
「――――ええ。本当に、期待外れ。どこまで堕ちても女神は女神、魔王にはなれないってことかしらねぇ」
気配はなかった。その一瞬、魔王アズの気配で満ちていた空間で、その存在を察知する手段は、きっとなかった。
その場の誰もにとっての不意だった。誰もが感知していない、認識の間隙だった。
空白を縫うように迫っていたその存在に気付くことはできず、そしてその凶行を止めることもまた、できなかった。
「……ぁ……か、ふ……ッ」
――魔王アズの胸元から飛び出した真っ赤な手。
跳ねた血が外装を濡らす。ピリピリと外装に伝わるその刺激は、生身で触れていたら危険だったかもしれないとさえ思わせる。
それを直に浴びた玉座が溶けて、散っていく。玉座を貫き、彼女の体を貫いた存在の、極めて退屈そうな表情が視界に映る。
「千年の果て……いいえ。リッカちゃんの繰り返しも含めて六千年の果てがこれじゃあ、報われるものも報われないじゃない。ねえ、ユーリくんも、そう思わない……?」
「――――アリスアドラ……!」
外装に触れただけで熱さを感じるその血をべっとりと手に浴びながらも平然とするその魔族。
皮膜のない翼が広げられる。眠気に揺れる様子が常であったその目は、ひどい失望に染まっていた。
サキュバスたちの長――火の四天王、アリスアドラ。
かつて倒した筈の彼女は、何でもないような佇まいで、決定的に事態を動かした。