凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
魔力を通すことで淡く色のついた結晶樹による装飾品によって、外側以上に煌びやかな内装だった。
太陽でも火でも、発光用の魔道具でもない、結晶樹の輝きによって照らされた大聖堂。その奥にある大きな部屋。
幻想的、とはこのことを言うのだろう。芸術に触れたことなんて殆どない僕には、ただ綺麗だということしか分からない。
カーペットや石畳すらも輝いているように錯覚するその光景は、試練の舞台だと知ってはいても――感動を覚えたという意味で、忘れることはないだろう。
「ゆ、勇者ユーリ殿を、お、お連れしたのでありますっ!」
そんな大聖堂に入場し、周囲からの視線を意識しないようにしている間に、ルークが大声を響き渡らせる。
恐らくそこまで大声を上げなくとも、伝わると思う。
この大聖堂に相応しいのかもしれない静寂を破るのに、腹から声を出す必要もあるまい。
というかそもそも、それを報告すべき相手は、そこまで離れてもいない。
前方。正装に身を包んだエルフたちが整列するその先に、“圧倒的な存在”がいる。
「――ご苦労だった、ルーク。門衛に戻るがいい」
「は、は、はいっ! 失礼するであります!」
恐縮したように背を伸ばしきったルークは、最早悲鳴の如く叫んで、がしゃこんがしゃこんと鎧を打ち鳴らしながら去っていく。
そして、彼が多少なり空気を緩くしていたことを知る。
彼が間に立たないことでより如実に感じられる、その存在の力。
「よく来た、勇者ユーリ。この聖都に無事、勇者が辿り着くのは実に久しぶりだ」
ルークよりも大きく重厚な鎧を纏い、一切違和感を覚えさせない体躯。
金の刺繍が入った青い外套も浮くことなく、より存在感を際立たせている。
先の二人のような金の髪と青い瞳、白い肌は誰もが空想する騎士というものに最も近い存在なのではないかと思わせる美貌を形作り、豪奢な装束に一歩たりとも劣っていない。
腰に提げる剣も僕のように“お飾り”ではなく、尋常ではない代物であると確信できる。
少なくともその存在は、僕の知る中で、何よりも“完璧”であった。
「我が名はリーテリヴィア。魔王に仕えし四天王、水の座を守っている」
前に並ぶ誰もが霞む。彼の傍に立つ、勝てないと感じたオリヴィエさえ、彼にはまるで及んでいない。
実際に目にして、初めて“四天王”というものを理解する。
最高峰の魔族とは、ここまで違うものなのだと。
「聞くまでもないが、キミは『世界門』を開くべく、水の試練を求めて聖都に来た。間違いないか?」
「――うん」
しかし、それを感じてなお、諦めるという選択肢が浮かんでこないのは、隣にリッカがいるからだ。
始まる前から何もかもを投げ出すほど、今の絶望は大きなものではない。
「俺には他の者たちのように遊び心がない。ゆえに水の試練は、俺自身がキミを相手取る」
問題はその試練とやらがなんなのか。
単純に四天王を倒せばいい、という訳ではないことは薄々分かっていた。
イリスティーラに聞いた話によれば先代はこの水の試練を突破しており、しかしこうして四天王リーテリヴィアは健在なのだから。
「オリヴィエ、あれを」
「はい」
リーテリヴィアの傍から離れ、此方に歩み寄ってくる、この場で唯一知っている顔。
どうにも感情の読めない笑みを浮かべ、相変わらず目を閉じたエルフの騎士は、その手に持っていた魔道具を手渡してくる。
結晶樹を加工した、透明な砂時計を吊るした首飾り。
中の砂粒は淡い青に輝き、手に取った瞬間、“僕の内”の何かと繋がった。
「その魔道具の中にある砂は、聖都内におけるキミの戦闘行為に反応し、時間と共に数を減らす。その砂全てが消えるまでに、勇者たるキミが、俺に一撃、決めてみせろ」
そして、厳かに言い放たれた試練の内容を頭の中で繰り返し、怪訝に思う。
続きを求めるも、彼はそれ以上を口にする様子はなかった。
「――? ……それ、だけ?」
「それだけだ。そう外に出られる身でもないが、いつ俺に不意打ちを仕掛けても構わないし、決闘を申し込んでくれてもいい。手を貸してくれる者もいるだろう。使えるものを全て使い、魔族に打ち勝つ人の可能性――それを俺は裁定する」
それは彼との決戦ではなく、あくまでも勇者の力を試すためのもの。
人間が“勝てない”とされる魔族にその手を届かせること、それが勇者の前提条件。
そしてあのエルフは――自信があるのだろう。たとえ聖都の全てが敵に回ったとしても、己が勇者への試練として通用するという自信が。
「キミには……連れもいるようだから、キミたちには、か。聖都にいる間、宿の部屋を貸し出そう。街は自由に散策してくれて構わないし、滞在の期限もない。もちろん、キミたちに試練をこなす意気込みがある限りだが」
舞台はこの街全て。どこで仕掛けようと構わない。
散策の自由もまた、勇者の計画に選択の幅を広げるためだろうか。
しかし、考え付いたもの全てを片っ端から試していけるかといえば、それは否だ。
誰かの協力を得たとして、試練の達成には僕が攻撃を行わなければならない。それが戦闘態勢と判断される以上、制限時間が存在する。
「……この砂が全部なくなるまでの時間は、どのくらい?」
「きっかり一時間。どう使うかはキミ次第だ」
決してそれは時間としては多くない。
一時間戦い続けろとなれば、長く感じることだろう。
だが、その一時間を条件の一つとして作戦を組み立てるとなれば、失敗すればするほどに選択肢は狭まっていく。
寧ろ最大の猶予がある今の状態で、この配分を決めておくべきなのかもしれない。
「説明は以上だ。基本的に私はこの大聖堂周辺にいるから、そのつもりで。オリヴィエ、案内を」
「はい。それでは二人とも、こちらへ」
――この瞬間、試練は始まった。
最短を狙うのであれば、今この場で動くのが正しいのだろう。
「……」
リッカに目を向ければ、彼女は首を横に振った。
真正面から何をしたところで、どうにもならないことは共通の認識のようだ。
ならば、今は何もしない。
忘れてはいけない。僕たちらしく、だ。先代が成し遂げたように、不可能な試練という訳では、決してないのだ。
――オリヴィエに案内されたのは、大聖堂からそう離れていない石造りの宿。
そもそも宿を利用する者など旅する魔族か商人くらいであり、それだけで食べていけるようなものでもないため、大抵副業で経営しているものだが、曰く聖都のそれは公営――つまりリーテリヴィアの出資によって経営されているらしい。
割り当てられたのは、直前まで宿泊していたカルエテの町のそれとは比べ物にならないほど広く豪奢な一室だった。
果たしてそれは、本当に貸し出すために用意された部屋なのだろうか。身分の高い魔族でも住んでいるのではないかと思うほど、調度品の一つ一つまでに拘りが見て取れる。
……はっきり言って、休んだ気になれそうにない。というか落ち着かない。
「それでは、私はこれで。聖都は広い、情報収集がてら、観光するのもよろしいでしょう」
そう残して、部屋を出ていくオリヴィエ。
扉が閉められると同時、リッカは内から鍵を掛け、魔除けの結界を用意し始めた。
――宿に泊まる時も、これを決して忘れないのがリッカだ。
何が起きても対応できるよう、準備を整え、襲撃に備えて外への脱出手段すら確立させる。
もう、やりすぎとは思わない。そこまでやってようやくリッカが安心できるなら、“そこまでやるべき”だ。
「――ひとまずは、ここまでお疲れ、リッカ」
「……ユーリも。正念場はここからだけど……まずは、ここまで無事に来られた」
安全で呑気な旅、とはいかなかった。
ここまでで幾つ命の危険があっただろう。
リッカの魔法で切り抜けた危険のうち、僕一人でどうにか出来たものがどれだけあったか。
聖都まで来ただけ、これだけの僅かな旅路で、勇者の使命がどれほど無理難題なのかは痛感できた。
それでもどうにか生き残って、ようやく最初の試練が始まった。
「一時間、か。いけると思う?」
首から下げた砂時計を手の中で転がす。
リッカの表情は変わらない。いつも通り――余裕の色は、どこにもない。
「単純に戦おうとするなら、無理。けど、本当に“使えるもの”を何でも使っていいなら、思いつくことはある」
きっとそれは、リッカでしか考え付かないようなことなんだと思う。
怖がりで、魔族に絶対的な敵意を持っているリッカだからこそ選択肢に上がるもの。
――試練を成し遂げることが出来たとしても、後味は良くないものなのだろう。
「……これは最終手段。あまりユーリにはやらせたくないから、まずは別の方法を考える」
「リッカ――」
「残り時間が一分切るまでは、言わない。少なくとも、この試練だけは“勇者らしさ”があった方が、都合がいい」
人目に付くから、ということだろうか。
場所も判然としないから後回しとしている火の試練を除いて、土と風の試練はどちらも人通りのある場所ではないという。
たった一体の魔族によって滅ぼされたという国の跡地、人が登頂したという記録のない大いなる山。
それらに対し、この聖都だけは当たり前に人が住み、魔族たちも共生して平穏が築きあげられている。
他はともかく聖都の試練では、取るべき手段は慎重にする。それがリッカの判断らしい。
勇者らしさを重視するつもりはない。だが、僕たちを見る人々には、その側面こそが映るのだ。
そういう者たちからは――この聖都でさらに協力者を得るというのは、どう見られるだろうか。
手を貸してくれる者もいるだろう、というリーテリヴィアの発言から、もしかすると他の騎士たちは勇者に依頼された際の助力を命じられているのかもしれない。
とはいえ、試練の相手の配下であるかれらに頼みごとをするのを、リッカは認めまい。
出来ることを増やすのに、誰かの助力を得るのが悪手でないならば、まずこの聖都で思い浮かぶのは一人。共闘の経験のある相手だ。
「リッカ。魔族の力を借りるのは反対?」
「……誰のこと?」
「イリスティーラ――オークの時に力を借りたエルフだよ。先代の勇者と仲が良かったんだって。話を聞けないかな」
リッカの表情が、みるみるうちに不機嫌なものに変わっていった。
あの時の共闘はあくまで、僕が彼女を巻き込んだから成立したことだ。
はみ出し者だろうと何だろうと、この聖都の民であるイリスティーラが協力してくれるかは分からない。
だが――“魔王に仕える四天王”の試練ならば或いは、と思わせるところがあったのもまた事実。
「…………ユーリは、あの魔族を信じられる?」
「信用は、しきらないつもり。けど、二人だと難しいなら、まず訪ねてみるべきは、彼女だと思う」
「……」
二つあるベッドの一つに腰を下ろし、リッカは暫し考え込む。
それに続くようにもう片方のベッドに座り――沈み込むような感覚に思わず立ち上がった。
「……? どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない……」
ここまで“もの”が違うベッドも、初めてだ。なんでリッカ、何も思わず座っていられるんだ。
そういうものと理解した上で、再度座る。
その違和感にここにいる間世話になるのだと、自分に言い聞かせている内に、リッカは答えを出したらしい。……どうにも、申し訳ない気分になった。
「あの魔族を探してみるのはいい。ただ、信用するのは――」
「うん、気を付ける」
「……違う。そうじゃなくて……ユーリは、どっちかにして。一切信用しないか、心から信用するか」
――ゼロか、百かにしろと、リッカは言ってきた。
リッカには迷いがあった。僕にその選択を与えるかではなくて――それを話すべきか、というような。
「信じないならそれでいい。信じるっていうなら、その魔族への警戒は私だけでする。ユーリが、信じていいと思えるなら、そうするのがきっと正しい」
「心からって……カルラみたいに?」
「……そう。カルラみたいに」
「……そのレベルだと、難しいかな」
カルラを百とするなら、出会って間もない魔族をそこまで信用するなど不可能に決まっている。
提案しているようで実質一択しかない、リッカらしい考えに思わず笑う。
そういう相手が、信じられる魔族がいてくれれば頼もしいに違いない。
だが、いたとしても僕は必ず、リッカのことを考える。
カルラと同じくらい信じられる魔族が出来ることは、これから先もあり得ないだろう。