凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
パキン、と。
この世界において破られてはいけない大切な何かが、あまりにも呆気なく、軽い音を立てて壊れた気がした。
それがどうして大切な何かだと分かったかなんて、そんなこと私も知らない。
ただ、そう直感したのだ。
今ここに近付いてきているものは、この世界に在ってはならないものだと。
その、聞き覚えのあるような、ないような、微妙な甲高い声は遥か空から。
アリスアドラ様もまた、思わず魔力の充填を中断して、それを見上げて――
『天衣無縫以下略ストラアアァァァァァァァァァァァァァァァッイク!』
たったそれだけで、頭が痛くなるほど耳に入れたくない妄言に聞こえる、訳の分からない名詞を叫びながら、それは一粒の流星の如くかっ飛んでくる。
……訂正。流れ星はこんなに自己主張が激しくなければ喧しくもない。
七色の輝きを伴ったそれは矢のように、或いは砲弾のように真っ直ぐと――アリスアドラ様に突っ込んだ。
「くっ……!」
その激突で、異様に重い音が広がる。
さらに、派手な光と爆発を巻き起こし、こちらの目と耳にダメージを与えつつも、アリスアドラ様に防御姿勢を取らせる。
痛打にはならない。しかし、意識の外からの全力の不意打ちにより、注目を一身に浴びながらその存在は降り立った。
……なんだあれ。
推定人型の、虹色のナニカだ。あんな魔族、私は知らない……というか、まあ、この世界の常識に囚われた存在ではないのだろうけど。
『っしゃあ! 祝・管理人公認クロスオーバーッ! いえーいスレ民見ってるー!?』
『リッカ。真面目な場なんだから変なもん呼ぶのやめなさいよ』
「……私も少し後悔してる」
多分別の世界のものなのだろう、意味不明な言語で喚き、どことも知れない方向に向けてポーズを取る、リッカが呼んだ存在。
もちろん、それに意味がないとは言わない。この場でリッカが頼るのに相応しい、起死回生の一手なのだろう。
だが、それはそれとして、その言動はあまりにもこの場に不相応であった。
「……なるほど。そういえば、いたわねぇ。あれを意識から外していたのは、私の落ち度ね」
そんな、できれば認識したくない存在に対して、体勢を立て直したアリスアドラ様は僅かな呆れを滲ませながら呟いた。
何故、アリスアドラ様はあれを知っているのだろう。
リッカの個人的な知己だと思っていたが、そうではないのだろうか。
「手札の削り合いに使うような業じゃなかったんだけど……他に余計なことをされるよりはマシなのかしら」
虹色のナニカにさして興味を向けることはなく、一つの障害という認識。
それ以上の存在として“視ない”ように意識しているようなアリスアドラ様は、感情を高ぶらせることもなく、もう一度翼を広げて飛び上がった。
……用心していれば止められただろうに、あの劇物は未だ何もない方向に向かって煽りとも取れる言葉を延々と吐き続けている。
一体何が見えているのだろう――というか、リッカは何がどうなってあんなんと知り合ったのか。
多分、繰り返しの中でのつながりというよりは、転生の方のつながりだとは思うが……。
『ちょっと! そこの虹色! 何かやるんなら真面目にやりなさいよ!』
『前々から思ってたけど、ラフィーナちゃんってワイの秘書に叱り方とかそっくりなのよね。自然と背筋が伸びるっていうか』
『どうでもいいわよ!?』
今後一切必要としないだろう情報を押し付けられつつも、さっさと行けと促す。
なんかこう、このまま喋らせていると永遠に終わらず、気付いたら手遅れな状況になっていそうだった。
『りょ。んじゃイッチ、行ってくるわ。別に、アレを倒してしまっても――』
「早く行って」
『はい』
もしかしてあの『イッチ』ってリッカのことか?
集中に集中を重ねなければならない場の空気をとことんまで乱して、虹色はようやくアリスアドラ様に向き合った。
こんなことをしている間に、高まったアリスアドラ様の魔力は、今にも解き放たれようとしている。
いわば、私たちにとってのゲームオーバー。
けれど――けれど、もう先ほどのような絶望感はなかった。
むしろ、これでどうにも出来なかったら、この劇物を死ぬほど恨んでやるという、なんとも理不尽な苛立ちがあるのみ。
鳴り物入りで出てきたのだから、この状況を覆してもらわないと困る。
「……何をどうしたら、そんな風にふざけたものができるのかしらねぇ」
『よく寝て、よく食べて、よく働くだけやで。人間、長生きすると遊びたくなるんよ』
「まあ……そうなのかもしれないわね。人だからこそ、狂気の赴くままに振る舞うしかなくなる。真理だわぁ」
何をする様子もなく、その虹色は、アリスアドラ様が手元に蓄える魔力が極まるまで、それを見上げ続けた。
「それじゃあ、防いでみなさい。この夢を、否定したいのなら」
そう言って、アリスアドラ様が魔力を握り潰し――何もかもを夢へと堕とす粒子が散らばっていく。
あれに包まれれば、リッカも私たちも揃って、偽りのハッピーエンドの中に沈む。
こうして見上げているだけでもわかる、膨大な魔力。
淫気ではなく、狂気――ユーリに発現したそれとも異なる性質の、私にとって“当たり前”になったもの。
それでも、あれだけの量を浴びてしまえば、私にだって抵抗しきれない。
だからもう、リッカが選んだ切り札を信じるしかなかった。
『こちとら理想とか希望とか、そういうの否定したくなる逆張り転生者なんでね――はい地球全体バリア!』
なんて?
結局ずっとバカみたいに光っているせいで細部が分からないが、何かを懐から取り出して――ポチッと気の抜ける音が聞こえた。
瞬間、周囲に魔力ではない何かが広がっていく。
アリスアドラ様の粒子が消える訳ではない。だが……それがリッカたちに触れても、夢に侵される様子はなくなっていた。
「……何をしたのかしら」
『弊社の傑作的な? 催眠アプリが氾濫しすぎた大催眠時代において健全に青春を生き抜くためのアンチ催眠アプリよ。アンチ・アンチ催眠アプリとアンチ・アンチ・アンチ催眠アプリもよろしく』
「言っている意味は分からないけれど、マッチポンプを感じるわねぇ」
……防いだ、のだろうか。
リッカだけでなく、イリスティーラやナディアも眠りに堕ちる様子は見られない。
虹色の意味不明な物言いにアリスアドラ様も呆れているが……どうやら、私たちが粒子の影響を受けることはなくなったらしい。
『この領域が展開されている間は如何なる催眠も無効化されるのぜ。イッチを倒したかったら正々堂々、パワーで倒すが良い』
「ああ、そう……こうも簡単に、私たちのアイデンティティを封じられるのも複雑だわ」
『思ってもいないこと言うもんじゃねーぞ』
アリスアドラ様の憂いを込めた呟きにそう吐き捨てて、その虹色の姿は薄れていく。
私たちの“詰み”を解消するだけが、あの指輪で叶う奇跡の限界――いいや、それでも、私たちの常識の外にある理不尽を、アレは実現させた。
なるほど――転生者。リッカと同類の、本来決して世界には馴染めないはぐれ者。
私たち以外の、リッカにとっての“拠り所”だったというわけだ。
『っつーわけで、バステは封じたぜイッチ。こっから先は配信で観てるんで』
「……全部終わらせていくのかと思った」
『いやそこまで空気読めないわけじゃないし……こちとら最終回っぽい決め方を見たいっつーか……』
自由奔放でありながら、妙に律儀なところもあるらしい。
この戦いを終わらせるのは、ここにいる面々だと――少なくとも、アレはそう考えているようだ。
『とにかく! イッチと勇者くんとその他大勢のハッピーエンドが見たいだけで、悪目立ちしたいんじゃないんだからねっ!』
ねっ、ねっ、ねっ……と、今や吹き曝しとなっているこの場の何に反響しているのか分からないが、そんな名残を置いて、虹色の人型は薄れて消えていった。
なんかもう、失礼だとさえ感じない。ともかく、アレにとっては
……アレもまた、ユーリが取り返しのつかない状態だとは信じていない。
「つくづく、変な縁に恵まれているのねぇ、リッカちゃんは。よくわからないけれど、それが転生者っていうものなのかしら」
「……さあ。一般的な転生者がどうなのかなんて知らない。私は他の連中みたく、余裕があった訳じゃないから」
心なしか、放った魔力以上に気疲れしている様子のアリスアドラ様。
それでもその圧倒的な力は変わりない。私たちが抗える状態に戻ったというだけ。
だが、それが何よりも大きい――アリスアドラ様の奥の手を封じたならば、まだ私たちに勝機はある。
「そう……あれが普遍的な転生者だっていうのなら、少しだけ、考えないといけないわねぇ」
「……何を?」
不意に、アリスアドラ様が満天の星空を見上げる。
私たちから意識が逸れた。攻撃が届くような距離ではないからこその余裕の発露か。
いや……違う。
何故だか、それとは違う――妙な寒気を感じた。
「あなたたちとの戦いが終わった後のことよ。この世界のすべてが理想に落ちたら、ちゃんと……かれらも救ってあげないと。せっかく、転生領域……そんな概念のことを知ったのだし」
魔王アズ――転生者たちを管理する存在だという彼女を取り込んだことで、本来知る筈ではないものの多くを知ったのだろう。
アリスアドラ様は得た知識と、あの虹色の転生者とを比較して、何か、自分なりの答えを見出した。
私たちには想像もつかない、あの方なりの答えを。
「破滅、終焉……それもまた、立派な願いだものねぇ。望んでもいない生を強要して世界を救う……ねえ、これって私よりも邪悪な機構じゃないかしら」
転生領域――転生者を使って、危機に瀕した世界を救うための機構。
私はそう聞かされていたが、そこにアリスアドラ様は無視できない歪さを見出した。
リッカも、それを否定することはない。
興味がないのか、あるいはその認識は事実であるのか。
どうあれ、アリスアドラ様はあの虹色に、その奥にいるらしい転生者たちに――。
「いいわ。こんな力を得てしまったのだもの……私の願いを叶えた後で、ついでに、ふざけた機構も終わらせてあげようかしら。仕方ないわよね――共感してしまったのだもの」
見出した転生者たちの願いが、真実なのかは分からない。
だがそれは、転生領域がアリスアドラ様の手に堕ちれば、その機構そのものが終わることを意味している。
果たして、そんなことが可能なのかはともかく――あの方は、この世界の“次”の標的を定めたのだ。
埒外の共感。世界一つに留まらない、底なしの欲。
魔剣になっている筈の体が、震えてしまう気がした。
「……それが叶うことなんてない。そもそも、あなたの願いだって、ここで終わるんだから」
それを――知ったことかと、リッカは吐き捨てる。
今更、そんな荒唐無稽な発言には、付き合っていられないとばかりに。
私たちのハッピーエンドか、アリスアドラ様の狂気が世界の外にさえ手を伸ばすか、二つに一つだ。
「ユーリくんのいないあなたで、どこまでやれるかしらねぇ。いいわ――ここからは小細工も無し。ただ純粋に、あなたの心を折ってあげる」
翼を閉じて降りてきたアリスアドラ様は、悠々とこちらに歩んでくる。
リッカに恐れはない。魔剣を握る手に、ひときわ強い力が入る。
ああ、そうだ――私だって、恐怖なんて感じてはいられない。
リッカが折れていないのだ。私が先に折れるなんて、できる筈がないだろう。