凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
エヴァネスが消えていったその場所を、アリスアドラはしばらくの間、見つめていた。
自身に心酔していると思っていた、側近たる存在の謀反。
彼女がそこに感じているものは、間違っても、悲しみなどではない。
「――あ、は――――」
喜びでもあり、怒りでもある。憎しみでもあり、愉しさでもある。
一体自分が、何を考えているかさえ、判然としていないような、混沌とした感情の向き。
いや……少し、違う。違和感を持って、つながりを意識してみれば、より分かる。
そもそも――誰かに感情を向けているのではなく、どこにおいても、彼女から同じものが在る。極めて曖昧な、自他の境界――
――ほんの一瞬、深く、広いナニカに沈みそうになって、慌てて意識を引き上げる。
いつの間にか目の前にまで迫っていたアリスアドラを、クイールが弾いていた。
すぐさま集中を取り戻し、クイールの聖剣に合わせて魔剣を振るう。
同時に叩きつけられた二振りを受けて、ふらつきながらも、アリスアドラは倒れない。
「本当に……本当に、みんな、愚かなんだから。仲間とか、つながりとか……そういうもので、自分の欲望から目を逸らして」
「……僕たちは、目を逸らしている訳じゃない。キミの押し付けてくるものなんていらないって言ってるんだ」
「宴? 祝勝会? たった一晩で覚めてしまう夢さえ、私が齎す理想に勝るの?」
その瞬間の会話は成立しなかった。
無貌の面の向こうの表情はわからない。何を思っているかさえ判然としない。
「ベガも、エヴァネスも、私の方が先に知っていた。私の方が多くを知っていた。バルハラに造られた生命ならざる姉妹。最初から破綻していた自己愛の化生。私でないと……相互理解なんてできない存在だった――いいえ、いいえ」
しかし……たった一つ分かることは。
「――あなたたちだって、そうだった。誰にも理解されない、破綻した生命だったはず――いいえ、いいえ」
否定されて、否定されて。否定を繰り返されて。
共感を剥がされた先に見えた、それが――彼女の本質だということ。
「この世界のすべては、つながっていないの。誰もがみんな、自分だけの世界で生きている。自分だけのクオリアを抱いて生きている。なのに、どうして――他のだれかを理解できるの?」
純粋な疑問だった。その言葉を零した時のアリスアドラは、どこか、無邪気でさえあった。
僕たちの解釈を求めてはいない。どんな言葉にされようとも、それを認識さえできないから。
他者とのつながりなんて存在しない。感じ取れないのではなく――最初から、彼女の世界には、そんなものはない。
「狂気の淵には誰もいなかった。狂気の底には何も見えなかった。私そのものが狂気になって……ようやく私は、“アリス”になれた。初めて、私は外の世界の見方を知った。みんな、同じはずでしょう? なんでそんなに簡単に、誰かの世界とつながれるの?」
「……いえ……そもそも、誰かの世界とかないんですよ。世界はみんなのものです。だから僕たちは、同じ未来に歩いて行こうとしているんです。誰かを好きになるとか、嫌いになるとかって……そういうものなんです」
「だったら――どうしてその“みんなの世界”に、私だけがいないのよ!」
クイールの回答は、少なくとも、アリスアドラの望む回答ではなかった。
僕にも、リッカにも――この場の誰にも、彼女が満たされる答えなど、出せないのだと思う。
僕たちとは物の解釈の仕方が違うとか、他者との関わり方が違うとかではなくて。
「あなたたちのいる世界は“これ”なのかしら!? あなたたちは私と同じものを視て、感じているの!? ――そんな筈ないでしょう!? だからあなたたちは、そんな風に輝いていられるんじゃないの!」
「キミは――――」
「世界の中で自分はどこまでが自分なのかって、考えたことはある!? 私はあるわ! 考えないと、私が私である理由さえなくなってしまうんだもの!」
そう――アリスアドラにとって、そもそも世界とは、そういうものなのだ。
当たり前に他者がいるものではない。他者の考えがあるものではない。自己と他者の境界さえ定かではない。
自ら定義をしていなければ、自分が自分であるという意識さえ持つことができない。はじめから、彼女はそういう存在だった。
世界が大きな海なのだとすれば、アリスアドラはそこに流し込まれた一杯の水――それよりも“薄い”、たまたま自分というラベルを貼られただけの、まったく同じ海水――。
「……それが、キミの共感の正体」
「ええそうよ! 誰かの希望が叶ってほしい! 誰かの絶望が叶ってほしい! 誰もの理想が叶ってくれないと気が済まない! しょうがないじゃない――共感してしまうんだもの!
ただ在るだけで、誰かを感じてしまう。世界のすべてが、自分と同じなのだから。
あるいは――自己そのものさえ、誰かが感じる自分の集合体でしかないのかもしれない。
であれば、その動機はどこにあるか。彼女自身の願いはどこにあるか。
決まりきったことだ――自分がいる大海すべての理想が叶うことで、ようやく彼女は自分の中の違和感が消える。
「だから私は叶えるの! みんなの理想の世界を――ほかでもない、私自身のためにッ!」
そうでなければ、アリスアドラが救われることはない。
世界のすべてが狂わなければ、狂いきった自分自身が正常になることがない。
他者の願いは、彼女にとって自分自身の願いも同然なのだ。
共感が否定される謂れはない。何故ならばそれ以外に、他者を感じる機能が彼女にはないのだから。
――それが、あるいは。
アリスアドラと分かり合うことができる、唯一の手掛かりだったのかもしれない。
もしかするとそれは、僕たちが歩んできたものとはまったく違う、もう一つの希望の道だったのかもしれない。
「…………御託が長い。けど……分かりやすくはなった。結局、あなたが救われたいだけっていうのなら――私と同じ」
けれど、その結末は訪れない。僕たちは彼女を受け入れられない。
彼女の叫びはようやく、僕たちの理解に少しだけ近付いてきた。
「……同じ、ですって……?」
「さっきあなたが言った通り、自分の目的のために相手を否定する。お互い……もう楽になりたいから、邪魔者を排除する。最後の戦いに、これほど相応しいものもない」
そうでなければならないと、リッカの微笑みが、僕にも伝わってくる。
はるか高みの視座にいた者が――ようやくここまで堕ちてきたと。
「ようやく、私が求めていたあなたになった。ねえ――今にも悲願が潰えそうな気分はどう?」
あんまりな物言いに、クイールもまた、苦笑を零した。ラフィーナたちの呆れも、背後から伝わってくる。
けれど、否定はしない。僕たちはその在り方を、リッカの成し遂げたいものを肯定したのだから。
「っ……こんな、気持ち……リッカちゃん、なんかに――」
「私は五千回もそれを味わった。でも、安心して……あなたが“今度こそ”の痛みを知ることなんてない」
その立場の逆転に、きっと、アリスアドラは気付いていないのだろう。
僕たちの誰もが気付いているそれに、アリスアドラだけは、どうしても気付けないのだろう。
それが、彼女の限界だった。
「教えない。この痛みも――だからこそ、これから先に手に入れられる幸せも。あなたにだけは絶対に、共感させない」
――同じ場所に堕ちてきたアリスアドラに、リッカは共感を示した。
ようやく同じ目に遭った相手に同情し、そしてそれを否定する立場に立った。
結局これが、アリスアドラと僕たちの違いだ。
バッドエンドに取り残される彼女と、ハッピーエンドの向こう側へと辿り着こうという僕たち。
交わることはなく、僕たちも振り返らず、先へ先へと進んでいく。僕たちだけの、想いを抱きながら――!
「――――――――ふざけないでよ――――ッ!」
「クイールッ!」
「はいっ!」
外装の内で爆発的に高まった魔力が、外へと放出される。
それを、誰よりも速く接近したクイールが、聖剣を薙ぐことで相殺し、空白となったそこへと僕たちも踏み込む。
突き出した魔剣の引き金を引いて――直撃した魔弾は、なおもその外装を貫くことはない。
しかし、重い一撃ではあったのだろう。ついに中心に罅が入り、魔力を火花のように散らしながら、解れ始めた。
「こんなところで、終わる訳がないでしょ!? 私の……私の願いが――!」
「――隙ありです!」
「ッ!?」
『――――オーバー・エクストリームッ!』
次の行動を、クイールは許さなかった。
大きく広がった、外装の片翼。一方だけ残った全能の証を、聖剣が放った強烈な輝きが粉砕する。
その聖剣の輝きの奥底には――どこか、フミナに近い気配を感じた。
もしかすると、クイールもどこかで、彼の力を借りていたのかもしれない。
「ぅ、あ……!」
「今ですっ! ユーリくん! リッカちゃん!」
既に砕けていた左の大翼と同じように、右の翼の根本からも、泥のような魔力が零れ落ちる。
二つの翼を砕かれて、既にその力の制御ができていないようだった。
どうあれ、また一つ決定的な力を奪った。今ならば、あの外装を完全に破壊することも、恐らくできる。
全力を超えた全力。僕たちだけでは引き出せない力があれば、不可能の先へ飛び出せる――!
『ヒーローリンク! アクセプション!』
『サンダーリンク! アクセプション!』
二つの絆を喚起する。
一つは、もはやかすかな情動。冷たい安らぎの中にあるものだった。
それでも――伸ばした両手は、どちらも握られた。片方は喜びをもって。もう片方は、痛いほどに力強く。
「待たせたな、ユーリ! あたしの力が必要なら――喜んで貸してやるっ!」
「……まったく、本当に無粋な勇者だこと。静かな眠りから叩き起こしてまで、外の理に関わらせるなんて」
僕たちよりも小さな体と、僕たちよりもはるかに大きな体。
星空から降る光が、その翼で陰る。その翼から放たれる雷が、別の輝きで場を支配する。
小さな炎と大きな雷――二つの力は、それでも僕たちと同じ方向を向いている。
「まあ……それも一興か。我らの山を侵した理、その終に爪痕を刻めば、また違った幸福も生まれるだろうし」
「おお、でっか……! お前も一緒にやるのか? よろしくな!」
「――お前いつぞやの訳の分からん妖精どもか!?」
絆の一つは、キャプテン・フレア。
旅する妖精たちの劇団――
かつて、共にハローネの町で公演をして、その返礼として、ゼクセリオンを貰った。
自身の夢見た光景を演じ、他者を楽しませることを至上とする変わり者だが……彼女たちの一夜の夢は、アリスアドラが齎す理想よりも、きっと熱く輝いている。
絆の一つは、セラ・テオトル。
風の試練で訪れたムルゼ霊山。そこで戦った、サンダーバードを宿すミツカイたちの長。
彼女が募らせたバラルバラーズへの憎悪は、僕たちが手を取り合えるものではなかった――その復讐のための道が、ただの一瞬交わっただけ。
それでも、彼女は今、ここにいる。山を侵したすべての元凶にさえ、その雷の爪痕を残すために。
「力を借りるよ――二人とも!」
「おう! こりゃ、手を抜いてられないな! 全力をぶちかましてやる!」
「ふん……まあいいわ。邪魔はしないことね――私はお前たちを慮るつもりなど、毛頭ないのだから!」
『ファイナライズ! イグニッション!』
弾けた雷が辺りを包む。魔力の枯渇した空間であろうとも、喚起した相手の最高の状態を、この指輪は実現させる。
雷雲と小さな太陽、その間で、僕たちもまた全力を引き出す。
「そんな、纏まりのない力に、私が負けるとでも――!」
『ファイナライズ! アクセス!』
泥の魔力を弾けさせ、アリスアドラが反撃の姿勢を整える。
クイールはただ――退避した。僕たちが劣る筈がないと、信じてくれているから。
『オール・エクスタシー!』
纏まりのない力。そう見えるのかもしれない。それでも僕たちは、絆というつながりの中にある。
ならば、ここで負けるなんて、あり得ない――!
「先に行くぞ、外の民! 仰ぎ見るべき星の尾を、今宵ばかりは追わせてやるわ――!」
「必殺! 超・超・極熱バーニングフレアストライク――――ッ!」
『オール・エクストライク!』
外装に宿るすべての属性を束ねて、空間を歪めるほどにまで集中した力を両足に込める。
炎と雷、二つの力とともに、流星となる。
アリスアドラが振り抜いてきた拳との激突は――ほんの一瞬。
「――――――――――――――――ッ!」
巻き起こった爆発の中で、外装を構成していた輝きが散っていく。
左右から消えていく二つの気配を感じながら、罅だらけの床に着地する。
――不思議と、それが決着という確信はなかった。
解かれた外装から投げ出されて、力なく倒れるアリスアドラには――まだ、悲願に縋りつく、執念があった。