凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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果てしなき未来へ/3

 

 

 エヴァネスが消えていったその場所を、アリスアドラはしばらくの間、見つめていた。

 自身に心酔していると思っていた、側近たる存在の謀反。

 彼女がそこに感じているものは、間違っても、悲しみなどではない。

 

「――あ、は――――」

 

 喜びでもあり、怒りでもある。憎しみでもあり、愉しさでもある。

 一体自分が、何を考えているかさえ、判然としていないような、混沌とした感情の向き。

 いや……少し、違う。違和感を持って、つながりを意識してみれば、より分かる。

 そもそも――誰かに感情を向けているのではなく、どこにおいても、彼女から同じものが在る。極めて曖昧な、自他の境界――

 

 ――ほんの一瞬、深く、広いナニカに沈みそうになって、慌てて意識を引き上げる。

 

 いつの間にか目の前にまで迫っていたアリスアドラを、クイールが弾いていた。

 すぐさま集中を取り戻し、クイールの聖剣に合わせて魔剣を振るう。

 同時に叩きつけられた二振りを受けて、ふらつきながらも、アリスアドラは倒れない。

 

「本当に……本当に、みんな、愚かなんだから。仲間とか、つながりとか……そういうもので、自分の欲望から目を逸らして」

「……僕たちは、目を逸らしている訳じゃない。キミの押し付けてくるものなんていらないって言ってるんだ」

「宴? 祝勝会? たった一晩で覚めてしまう夢さえ、私が齎す理想に勝るの?」

 

 その瞬間の会話は成立しなかった。

 無貌の面の向こうの表情はわからない。何を思っているかさえ判然としない。

 

「ベガも、エヴァネスも、私の方が先に知っていた。私の方が多くを知っていた。バルハラに造られた生命ならざる姉妹。最初から破綻していた自己愛の化生。私でないと……相互理解なんてできない存在だった――いいえ、いいえ」

 

 しかし……たった一つ分かることは。

 

「――あなたたちだって、そうだった。誰にも理解されない、破綻した生命だったはず――いいえ、いいえ」

 

 否定されて、否定されて。否定を繰り返されて。

 共感を剥がされた先に見えた、それが――彼女の本質だということ。

 

「この世界のすべては、つながっていないの。誰もがみんな、自分だけの世界で生きている。自分だけのクオリアを抱いて生きている。なのに、どうして――他のだれかを理解できるの?」

 

 純粋な疑問だった。その言葉を零した時のアリスアドラは、どこか、無邪気でさえあった。

 僕たちの解釈を求めてはいない。どんな言葉にされようとも、それを認識さえできないから。

 他者とのつながりなんて存在しない。感じ取れないのではなく――最初から、彼女の世界には、そんなものはない。

 

「狂気の淵には誰もいなかった。狂気の底には何も見えなかった。私そのものが狂気になって……ようやく私は、“アリス”になれた。初めて、私は外の世界の見方を知った。みんな、同じはずでしょう? なんでそんなに簡単に、誰かの世界とつながれるの?」

「……いえ……そもそも、誰かの世界とかないんですよ。世界はみんなのものです。だから僕たちは、同じ未来に歩いて行こうとしているんです。誰かを好きになるとか、嫌いになるとかって……そういうものなんです」

「だったら――どうしてその“みんなの世界”に、私だけがいないのよ!」

 

 クイールの回答は、少なくとも、アリスアドラの望む回答ではなかった。

 僕にも、リッカにも――この場の誰にも、彼女が満たされる答えなど、出せないのだと思う。

 僕たちとは物の解釈の仕方が違うとか、他者との関わり方が違うとかではなくて。

 

「あなたたちのいる世界は“これ”なのかしら!? あなたたちは私と同じものを視て、感じているの!? ――そんな筈ないでしょう!? だからあなたたちは、そんな風に輝いていられるんじゃないの!」

「キミは――――」

「世界の中で自分はどこまでが自分なのかって、考えたことはある!? 私はあるわ! 考えないと、私が私である理由さえなくなってしまうんだもの!」

 

 そう――アリスアドラにとって、そもそも世界とは、そういうものなのだ。

 当たり前に他者がいるものではない。他者の考えがあるものではない。自己と他者の境界さえ定かではない。

 自ら定義をしていなければ、自分が自分であるという意識さえ持つことができない。はじめから、彼女はそういう存在だった。

 世界が大きな海なのだとすれば、アリスアドラはそこに流し込まれた一杯の水――それよりも“薄い”、たまたま自分というラベルを貼られただけの、まったく同じ海水――。

 

「……それが、キミの共感の正体」

「ええそうよ! 誰かの希望が叶ってほしい! 誰かの絶望が叶ってほしい! 誰もの理想が叶ってくれないと気が済まない! しょうがないじゃない――共感してしまうんだもの! この手段(共感)でしか、私は誰かを感じられないんだもの!」

 

 ただ在るだけで、誰かを感じてしまう。世界のすべてが、自分と同じなのだから。

 あるいは――自己そのものさえ、誰かが感じる自分の集合体でしかないのかもしれない。

 であれば、その動機はどこにあるか。彼女自身の願いはどこにあるか。

 決まりきったことだ――自分がいる大海すべての理想が叶うことで、ようやく彼女は自分の中の違和感が消える。

 

「だから私は叶えるの! みんなの理想の世界を――ほかでもない、私自身のためにッ!」

 

 そうでなければ、アリスアドラが救われることはない。

 世界のすべてが狂わなければ、狂いきった自分自身が正常になることがない。

 他者の願いは、彼女にとって自分自身の願いも同然なのだ。

 共感が否定される謂れはない。何故ならばそれ以外に、他者を感じる機能が彼女にはないのだから。

 

 ――それが、あるいは。

 アリスアドラと分かり合うことができる、唯一の手掛かりだったのかもしれない。

 もしかするとそれは、僕たちが歩んできたものとはまったく違う、もう一つの希望の道だったのかもしれない。

 

「…………御託が長い。けど……分かりやすくはなった。結局、あなたが救われたいだけっていうのなら――私と同じ」

 

 けれど、その結末は訪れない。僕たちは彼女を受け入れられない。

 彼女の叫びはようやく、僕たちの理解に少しだけ近付いてきた。

 

「……同じ、ですって……?」

「さっきあなたが言った通り、自分の目的のために相手を否定する。お互い……もう楽になりたいから、邪魔者を排除する。最後の戦いに、これほど相応しいものもない」

 

 そうでなければならないと、リッカの微笑みが、僕にも伝わってくる。

 はるか高みの視座にいた者が――ようやくここまで堕ちてきたと。

 

「ようやく、私が求めていたあなたになった。ねえ――今にも悲願が潰えそうな気分はどう?」

 

 あんまりな物言いに、クイールもまた、苦笑を零した。ラフィーナたちの呆れも、背後から伝わってくる。

 けれど、否定はしない。僕たちはその在り方を、リッカの成し遂げたいものを肯定したのだから。

 

「っ……こんな、気持ち……リッカちゃん、なんかに――」

「私は五千回もそれを味わった。でも、安心して……あなたが“今度こそ”の痛みを知ることなんてない」

 

 その立場の逆転に、きっと、アリスアドラは気付いていないのだろう。

 僕たちの誰もが気付いているそれに、アリスアドラだけは、どうしても気付けないのだろう。

 それが、彼女の限界だった。

 

「教えない。この痛みも――だからこそ、これから先に手に入れられる幸せも。あなたにだけは絶対に、共感させない」

 

 ――同じ場所に堕ちてきたアリスアドラに、リッカは共感を示した。

 ようやく同じ目に遭った相手に同情し、そしてそれを否定する立場に立った。

 結局これが、アリスアドラと僕たちの違いだ。

 バッドエンドに取り残される彼女と、ハッピーエンドの向こう側へと辿り着こうという僕たち。

 交わることはなく、僕たちも振り返らず、先へ先へと進んでいく。僕たちだけの、想いを抱きながら――!

 

「――――――――ふざけないでよ――――ッ!」

「クイールッ!」

「はいっ!」

 

 外装の内で爆発的に高まった魔力が、外へと放出される。

 それを、誰よりも速く接近したクイールが、聖剣を薙ぐことで相殺し、空白となったそこへと僕たちも踏み込む。

 突き出した魔剣の引き金を引いて――直撃した魔弾は、なおもその外装を貫くことはない。

 しかし、重い一撃ではあったのだろう。ついに中心に罅が入り、魔力を火花のように散らしながら、解れ始めた。

 

「こんなところで、終わる訳がないでしょ!? 私の……私の願いが――!」

「――隙ありです!」

「ッ!?」

 

『――――オーバー・エクストリームッ!』

 

 次の行動を、クイールは許さなかった。

 大きく広がった、外装の片翼。一方だけ残った全能の証を、聖剣が放った強烈な輝きが粉砕する。

 その聖剣の輝きの奥底には――どこか、フミナに近い気配を感じた。

 もしかすると、クイールもどこかで、彼の力を借りていたのかもしれない。

 

「ぅ、あ……!」

「今ですっ! ユーリくん! リッカちゃん!」

 

 既に砕けていた左の大翼と同じように、右の翼の根本からも、泥のような魔力が零れ落ちる。

 二つの翼を砕かれて、既にその力の制御ができていないようだった。

 どうあれ、また一つ決定的な力を奪った。今ならば、あの外装を完全に破壊することも、恐らくできる。

 全力を超えた全力。僕たちだけでは引き出せない力があれば、不可能の先へ飛び出せる――!

 

『ヒーローリンク! アクセプション!』

 

『サンダーリンク! アクセプション!』

 

 二つの絆を喚起する。

 一つは、もはやかすかな情動。冷たい安らぎの中にあるものだった。

 それでも――伸ばした両手は、どちらも握られた。片方は喜びをもって。もう片方は、痛いほどに力強く。

 

「待たせたな、ユーリ! あたしの力が必要なら――喜んで貸してやるっ!」

「……まったく、本当に無粋な勇者だこと。静かな眠りから叩き起こしてまで、外の理に関わらせるなんて」

 

 僕たちよりも小さな体と、僕たちよりもはるかに大きな体。

 星空から降る光が、その翼で陰る。その翼から放たれる雷が、別の輝きで場を支配する。

 小さな炎と大きな雷――二つの力は、それでも僕たちと同じ方向を向いている。

 

「まあ……それも一興か。我らの山を侵した理、その終に爪痕を刻めば、また違った幸福も生まれるだろうし」

「おお、でっか……! お前も一緒にやるのか? よろしくな!」

「――お前いつぞやの訳の分からん妖精どもか!?」

 

 絆の一つは、キャプテン・フレア。

 旅する妖精たちの劇団――七色妖精戦隊(アイリスバスターズ)を率いる、レッドキャップの少女。

 かつて、共にハローネの町で公演をして、その返礼として、ゼクセリオンを貰った。

 自身の夢見た光景を演じ、他者を楽しませることを至上とする変わり者だが……彼女たちの一夜の夢は、アリスアドラが齎す理想よりも、きっと熱く輝いている。

 

 絆の一つは、セラ・テオトル。

 風の試練で訪れたムルゼ霊山。そこで戦った、サンダーバードを宿すミツカイたちの長。

 彼女が募らせたバラルバラーズへの憎悪は、僕たちが手を取り合えるものではなかった――その復讐のための道が、ただの一瞬交わっただけ。

 それでも、彼女は今、ここにいる。山を侵したすべての元凶にさえ、その雷の爪痕を残すために。

 

「力を借りるよ――二人とも!」

「おう! こりゃ、手を抜いてられないな! 全力をぶちかましてやる!」

「ふん……まあいいわ。邪魔はしないことね――私はお前たちを慮るつもりなど、毛頭ないのだから!」

 

『ファイナライズ! イグニッション!』

 

 弾けた雷が辺りを包む。魔力の枯渇した空間であろうとも、喚起した相手の最高の状態を、この指輪は実現させる。

 雷雲と小さな太陽、その間で、僕たちもまた全力を引き出す。

 

「そんな、纏まりのない力に、私が負けるとでも――!」

 

『ファイナライズ! アクセス!』

 

 泥の魔力を弾けさせ、アリスアドラが反撃の姿勢を整える。

 クイールはただ――退避した。僕たちが劣る筈がないと、信じてくれているから。

 

『オール・エクスタシー!』

 

 纏まりのない力。そう見えるのかもしれない。それでも僕たちは、絆というつながりの中にある。

 ならば、ここで負けるなんて、あり得ない――!

 

「先に行くぞ、外の民! 仰ぎ見るべき星の尾を、今宵ばかりは追わせてやるわ――!」

「必殺! 超・超・極熱バーニングフレアストライク――――ッ!」

『オール・エクストライク!』

 

 外装に宿るすべての属性を束ねて、空間を歪めるほどにまで集中した力を両足に込める。

 炎と雷、二つの力とともに、流星となる。

 

 アリスアドラが振り抜いてきた拳との激突は――ほんの一瞬。

 

「――――――――――――――――ッ!」

 

 巻き起こった爆発の中で、外装を構成していた輝きが散っていく。

 左右から消えていく二つの気配を感じながら、罅だらけの床に着地する。

 

 ――不思議と、それが決着という確信はなかった。

 解かれた外装から投げ出されて、力なく倒れるアリスアドラには――まだ、悲願に縋りつく、執念があった。

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