凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
その場の誰もが油断なく見つめていたその体が起き上がったのは突然のことだった。
まるで、人形が糸で吊り上げられるかのように、“生”を感じさせない動き。
それでも――アリスアドラは生きている。まだ倒れられない、まだ諦められないと、怨念じみた執着が彼女を動かしている。
外装の損傷の内にまで、ダメージは響いていた。いや……それ以上に、何かが彼女を変質させている。
砕けた翼から零れていた、泥のような魔力。
それがより明確な形を持って、真正の泥のように、彼女の体から零れ落ちている。
皮膜のない翼はもう広げることもできず、床に落ちて引き摺られていた。
「――――――――」
僅かに傾いた頭。
彼女の常の表情だった眠そうな顔の面影など微塵もない。
なんの感情も浮かばない、泥塗れの無表情の中で、見開かれた目だけが爛々と光っている。
「アリスアドラ、様……」
その、異様な姿に思わず言葉を零したラフィーナ。
返答はなかった。瞳の焦点はそちらに向けられず、僅かに揺れるだけ。
「……なにが、違うの」
ようやく紡がれた言葉はラフィーナに向けたものではなかった。
リッカに――いや、そもそも、誰かに向けられていたのだろうか。
単なる独り言なのかもしれない。それほどまでに、無機質で冷たく――同時に、灼けるような熱を持っていた。
「私とあなた、同じ、バルハラから生まれた欠陥品……なのに、私は狂うしかできなくて、あなたはそれだけの仲間に恵まれて、ハッピーエンドに、辿り着こうとしている……一体なにが、私と違うの?」
溢れては滴り落ちて、足元に広がっていく黒い泥は、アリスアドラの疑問と違和感そのもののようだった。
何が自分と違うのか。どうして自分は受け入れられないのか。そういう感情が形になったような、彼女の衝動が出力されたもの。
サキュバスとしても正常な反応ではあるまい。
それは――彼女が自認しているように、狂った欠陥品であるがゆえの、彼女だけが起こし得る特異性なのかもしれない。
「転生者だから? 転生者ってだけで、そこまで違うの? どうして、あなただけが、幸せの向こうに……」
「……“転生者だから”って言ったら、満足する? ……そんな訳ないか。なんとなく分かる。あなたも、私たちと同じくらい、諦めが悪いって」
「……そうみたい。私だって、安らぎが欲しい。あなたが至ろうとするハッピーエンドを、共感したい。それさえ、できないのなら……」
広がっていく泥は――僕たちが触れてはいけないもの、というだけではない。
触れた場所に空いていく未定義領域。泥を通じて、未定義というものが感染し、広がっていく。
彼女は、何をしようとしているのだろう――何かをしている自覚があるのだろうか。
「せめて……もっと……“共感できない世界”であってほしい。できるはずでしょ――あなたが、リッカちゃんが……バルハラとは違う理を、この世界に創れたのなら――」
「ッ」
誰もに共感してしまうからこその、理想の世界。アリスアドラが願った、誰もが幸せになれる世界。
その計画は頓挫した。実現が再びあるとしても果てしない時間が必要である上に、その理想は決して理想にはなり得ないと、僕たちが否定した。
ならば――アリスアドラに残っているのはなんなのか。
彼女が願う
「始まりの混沌……理が輝く星空。根源の苗床。……空の向こうにあるらしいわ。誰も理解できない場所が。誰にも――理解できないはずだった世界が」
答えを、黒い泥は構築した。彼女の可能性をバルハラが肯定していなくとも――自分自身で、その道を創り出した。
その材料は、僕たちの旅が始まる前からアリスアドラに存在していた。
彼女の配下の中で、最も異常な価値観を有していた一人。
それと同じ――見開かれた瞳に宿った星を、僕は知っていた。未知の向こうを視認し得る瞳を、僕もまた、持っていた。
無表情だったその顔に、笑みが浮かぶ。真一文字だった口が、弧を描いていく。
「いいわぁ……私の理解できない星が、きらめく世界にしてあげる。
「まさか……っ!」
彼女の願いは叶わないものだった。自身がどうあれ、それを観測するすべを持っていたとしても、他者はそれを認識できないのだから。
だが――それ以上の権限で、そこに在るものをこの世界に招きたいと……“この世界そのものを未定義領域と同一化したい”と願う者が現れたとしたら。
「どれだけいてくれるのかしら――私が共感できない、だれかが。バルハラ以上の混沌が!」
「ッ、アリスアドラ……!」
魔王の力を得たアリスアドラの目的は、そこに着地した。
かつてそのサキュバス、ネリネが願った、自身の光景が共有された世界。その、考え得る限り最悪の実現。
理解できないもので満ちた場所に、この世界そのものを溶かすことで――共感の埒外を、当たり前のものにする。
そうすることで、ようやく自身は、“普通”になれるのだと。
「そんなことしたら、この世界が――」
「ええ! 滅茶苦茶になってしまえばいいのよ! 私が共感してしまう生き物がみんな消えるのなら、これ以上嬉しいことなんてないんだから!」
癇癪と呼ぶには、あまりにも破滅的だった。
それまでの望みすべてを投げ捨てて至った結論は、この状況においても、救われたいという強い想いの発露だった。
アリスアドラの願いは、そうでもしないと叶わない。そうでもしないと、僕たちの否定を、越えられない。
――だが、それでも。
「…………」
――絶句から立ち直る。その、自殺にも等しい願いを、理解できるものだと受け入れる。
彼女の最後の願いを踏み越えて、僕たちは前に進む。
――――彼女の願う世界で、僕たちの願いが叶わないというのなら。
「なんだか、複雑。ここにきて急に、“らしく”なるなんて」
「いいじゃないですか、リッカちゃん。まあ、僕たちが誘導した感は否めませんけど……すっごく勇者っぽいって思いませんか?」
「……そうかも」
動機なんて変わらない。
僕たちは、僕たちのハッピーエンドのために戦った。今からの最後の戦いだって、そうだ。
そこに、アリスアドラが自ら、もう一つ理由を付けただけ。
今から彼女は在るべき世界を否定すると。共感を放棄して、単一になれる世界を望むと。
それを否定するために戦うというのなら――この上なく、“勇者らしい”のではないだろうか。
「アリスアドラ、キミの自暴自棄には付き合えない。世界は壊させないし……僕たちは、幸せになりたいから」
「させない――だって、その幸せには、私がいないんだものッ!」
喉が張り裂けんばかりの絶叫が返ってくる。
アリスアドラの望みは理解した。僕たちの望みは、これ以上ないほどに伝えきった。
ならば、リッカの言う通り――あとはそれを奪い合うだけ。
「リッカ、クイール――――世界を守ろう」
「うん――!」
「はい――!」
まるでおとぎ話の勇者のような宣言の直後――クイールと共に、強く踏み出す。
魔剣と聖剣、二つの斬撃を、アリスアドラはノイズの走る泥で受け止めた。
「させない……させないさせないさせないっ! 世界を守らせてなんてあげないっ! 私が救われない世界なんて、いらないのよっ!」
泥を押し退けるように踏み込んできたアリスアドラの拳が、外装に響く。
その威力以上に――彼女の強い拒絶が、僕たちを弾いた。
誰の感情にも当たり前のように溶けることのできる、共感に特化した存在。
それが、自己を否定して拒絶の側に動いた結果の、あまりにも強い他者に対する否定の概念。
駄々をこねる少女の望みに近付くように、魔王としての権限が、その拒絶に力を与えている――!
「外装なくても、全然強いじゃないですか……!」
「魔王を取り込んだ以上、予想はできていた――だったら、やるべきことは一つだけ……!」
「僕たちの意地を――貫き通す!」
だが、だからといって負ける理由があろうか。
何度も何度も、リッカはその意思を否定されてきた。それでも折れることなく、不屈の果てに、ここにいる。
今更、一つや二つ否定されたところで、僕たちが立ち止まるはずがない。
「邪魔よっ!」
「っ、まだまだぁ!」
アリスアドラが尾を大きく振るい、クイールを弾き飛ばす。
しかし、飛ばされた先の城壁を思い切り蹴り砕いて再接近し、突き出された聖剣が泥へと沈み込んだ。
「ブレダリオンッ!」
クイールの声に応えた聖剣が光を増し、泥を蒸発させんほどの熱を放ち始める。
周囲の否定とぶつかり合い、大きな爆発が巻き起こる。
その衝撃に乗って大きく跳躍したアリスアドラは――星々の光を背負いながらも、自身の魔力に乗せて泥を噴き出した。
「ッ!」
僕たちと、戦いを見守っていたみんなを囲むように、咄嗟に展開した結界がそれを受け止める。
押し潰される感覚はない。溶けていく感覚もない。
ただ、そこに結界があることが間違いであるかのような否定が、結界の在り方を歪めて、解体を試みる。
そしてその結界に、アリスアドラが飛び込んでくる。爪を突き立てて、歯を剥き出して笑うその姿に――かつてのふらついた雰囲気は微塵も感じられない。
自由に……幸福に飢える、獣だった。
「守ってばかりじゃ勝てないわよ! これじゃあ、先に世界が壊れるわねぇ!」
「くっ……!」
血の如く滴る泥が、より膨大な否定となって結界に襲い掛かる。
それだけではない。こうして籠っていれば、広がり続ける泥が世界への影響力を高めていく。
「ああ――紡がれていくわ、リッカちゃんと同じ――私の理が! バルハラから出でて、バルハラとは違う、新しいこの世界の理が!」
「――――――――」
広がっていく自分の力に陶酔するように笑みを深めるアリスアドラ。
その危機の中で、思い浮かぶ一つの手立てに――自分の案ながら、苦笑が零れてしまった。
きっとそれは偶然ではないのだろう。そうでなければ、こんな戦いになるはずがないと。
「ユーリ!」
「ユーリくん!」
二人の声に頷く。きっと考えていることは同じはず。
世界を壊さんとする、世界の在り様を変えるに足るほどの強大な概念。
リッカが至った『第八の冥界』に匹敵する理不尽。そうである以上、アリスアドラの力には、リッカがいて初めて拮抗できるものだ。
であれば――僕たちが対等に戦うことと、世界への浸食を防ぐこと。その両立のためにはどうすればいいか。
――決まっている。
それだけの理不尽が、もう一つあればいい。
その絆は、最初から内にあった。いつだって最前列で、僕たちの旅路を見ていた。
力を貸してほしいなんて、言うまでもない。だって、どんな時も、駆け出す準備は万全なのだから。
向こうから伸ばしてくる手に、来てもいいと許可を出す。
“助けてくれても構わない”と――そのくらいの距離感が、僕たちにはちょうど良い。
『――エンゲージリンク!
次の瞬間、空気が変わった。
一帯を包むように、乾いた冷たさが広がっていく。泥が広がることは止められなくとも、それが世界を侵すという機能が停止する。
自分の領域から離れたとしても、自分たちが維持する世界が壊れることを防ぐという目的ならば――その権限は、十分に効果を発揮する。
空間に起きた変質に、アリスアドラが辺りを見渡す。
その隙に、泥が浸った結界を圧縮し、球状に加工したそれを――彼女に向けて蹴り飛ばした。
「ぐっ、う……!」
結界の炸裂を受けながらも、すぐさま体勢を立て直すアリスアドラ。
しかし、こちらに踏み込んでくることはなかった。
目の前で起きた変化を見て、それを無視して攻撃に移ることなど、不可能だろう。
「ふむ――これが世界の行く末を左右する決戦の舞台か。星空が近いということが、こうも趣深いものとは……我らの領域にも実装してみぬか」
「恐れながら、先代様。『星の領域』はオシリス様の管轄、冥界の色が似通うことは少々問題かと――お嬢様、お手を。足元にお気をつけください」
「 ―――――――― 」
「ええ、ありがとうナルラト、ノゥム」
輝きが、まるで門のように開く。
はじめに、悠々と、白にも虹色にも見える髪を伸ばす魔族が歩み出てきた。
まるで観光でもしているかのように、興味津々に辺りを見渡す彼女に僅かな呆れを見せながらも、背の高いスフィンクスと、巨大なケルベロスが続く。
刀身の長い剣を佩き、片手に杖を持ったスフィンクスは、光りの向こうへと空いた手を伸ばす。
その手を取りながら、小さな――それでいて、大きな力を持ったアルラウネが姿を現した。
「――まったくもう。やっぱり二人は、わたしがいないと駄目なんですから。こちとら忙しいってのに」
「……落ち着いてるふりしてるけど、どうせすぐ近くまでダッシュで来てた」
「うん、正解。なんなら僕たちが呼ばなくても、あと五分もすれば乗り込んできたかも」
「は? なんですか、助けてほしくないんですか。ここまでの旅を全部台無しにしたいって言うんですね?」
いつも通りの空気。それがたまらなく、心地良い。
随分と力の扱い方にも慣れたらしい。
それなりの雰囲気を携えて、一つの冥界を統べる者らしく、供回りまで連れて。
――