凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――アルラウネ、カルラ。
冥界での戦いの末に、その主の座を母から引き継ぐかたちで、一時別れることになった、僕たちの幼馴染。
絆はずっと、僕たちの内にあった。別れてなお、背中を押してくれることもあった。
そんな彼女を、この最後の最後で呼ぶべきだと思ったこと――これもまた、運命なのかもしれない。
その張り切りようは、すごいものだ。
だって、絆の喚起、それだけの筈が――冥界から路を拓いて、自ら生身でこの場所に踏み込んできたのだから。
「というか失礼では? なんにしたって、そっちはお願いする立場なんですから。床におでこを付けて誠心誠意わたしのご機嫌を取るべきなんですよ。ほら、その立派な外装で土下座してみてください。すごく滑稽ですよ、きっと」
「ユーリ。少し見ないうちにカルラが陰気になってる。あんな子に育てた覚えないのに」
「食べ物が合わなかったのかな。ほら、カルラは村の料理を全然覚えようとしなかったから。独り立ちした時に困るってずっと言ってたのにね」
「言われてませんが? なにわたしをダシに夫婦みたいな会話繰り広げてんですか。え? わたしを差し置いて正妻気取りですか、いいご身分になったものですねリッカ?」
「……………………そういうのじゃないから」
「いくらなんでもわたしの幼馴染ザコ過ぎでは?」
そんな運命たる幼馴染は、従者のスフィンクスから手を離すや否や、こちらに仇敵一歩手前の眼差しを向けてくる。
げしげしとこちらの脛に素足で蹴りを入れてくるが、やめてほしい。当たりどころ次第では、カルラの方が怪我をするだろうし。
こちらはそんな風に侮っているのを察してか、カルラは不良のように舌打ちをしてきた。
「せっかく助けに来てこの態度だと、わたしもやる気が出ないかもしれません。これにてバッドエンド。ユーリとリッカのせいです。あーあ」
「三人とも、冥界の力を貸してほしいんだ。いいかな?」
「娘をここまで育ててくれた者どもの頼みとあらば、応じぬわけにもいくまいよ。ネルガルの座は退いたが、まだ余に残る権能も無いでもない。そなたたちの役には立てようさ。のう、ナルラト?」
「先代様が命じられるならば。お嬢様も襟を正す端緒になりましょう。ノゥム、こちらへ」
「 ―――――――― 」
「ちょっと、三人とも」
ナルラトとノゥム、そしてネルガル――カルラにその座を譲った以上、もうその名は不相応なのかもしれないが――とりあえず、他の三人は協力してくれる意思があるようで、ひとまず安心する。
呆れ顔のラフィーナたち。とはいえ、冥界での僕たちのやり取りを知っている以上、いつも通りのもの、とは思っていたようだ。
「わかった、わかりましたからっ。ユーリとリッカが死ぬほど素直になれないひねくれ者だってことは理解しました! 本当に仕方ないので、幼馴染として助けてあげます!」
「うん、お願いカルラ」
「ユーリ、将来DV気質になりそうですよね」
わけのわからないことを言い始めるカルラの情緒を少し心配しつつ、もう一度アリスアドラに向き合う。
彼女が広げていた、世界の在り方を否定する泥。彼女が望む、新たな世界を創るための泥。
その泥が、少しずつ白くなっていく。霜が包むように――埒外の冷たさに、凍てついていくように。
周囲の
如何にアリスアドラが世界を変えようとしても、同じ位階の理が二つ否定してしまえば、それは許されないものになる。
ここにリッカが、そしてカルラがいる限り――アリスアドラは、世界を壊そうという望みさえ叶えることができない。
「…………あ……あぁ……」
きっと、それを理解したのだろう。
自分の望みが、完全に“凍結”したことを悟ったアリスアドラは、見開いた目から泥と同じ、黒い涙を零した。
そこにはもう、世界の否定の性質は宿っていない。
ただ単純な、感情の発露というだけのものだった。
「……どうして……どう、して、私の願いを、否定するの……」
「――何度も言っているよ。僕たちは、幸せになりたいだけだって」
その疑問の声は、か細かった。まだ何も知らない、少女のようだった。
無邪気に抱いた唯一の望みを否定された、幼い子供のようだった。
「しあわせ……? しあわせって、なんなの? どうしてそれを、私が……私だけが、理解できないの……?」
「……そう造られたから、だろうね。それだけはかわいそうだと思う――けど、キミの願いのために、たくさんの勇者が苦しんできた。何度も何度もリッカが苦しんできた。キミを否定する理由としては、十分だよ」
「それ、でも……っ」
だが――その同情も、共感も、揺れ動いてはいけないものだ。
すべての望みが断たれて、縋るように見つめてくるその瞳の奥にあるものは、決して僕たちにとっての救いではない。
そうである以上、アリスアドラは、僕たちが否定しなければならない敵だ。
「その何億倍も……、私は、苦しんできたの。十億の絶望を……百億の苦痛を、感じてきたの。それでも、私は救われないの……? どうして――あなたたちは、私のこの苦しみに……共感してくれないの……っ?」
千年……いや、それ以上。
アリスアドラが一体どのくらい、その性質に苦しんできたかは分からない。
誰かの希望を……その何倍もの絶望を感じ続けてきた。他人事だと片付けることができず、蚊帳の外から認識し続けてきた。
それは、もしかしたら――大女神アズと似ているのかもしれない。
数多の失敗、数多の絶望を許容できず、それを可能な限り減らすための機構を創造したという大女神アズ。その力を使い、この世界のあまねく幸福を実現させようとしたアリスアドラ。
個々の過ちに悲しんだ大女神アズと、自身の痛みとして感じざるを得なかったアリスアドラという違いはあっても、はじまりの感情は同じだった。
膨大な共感の中で、何も感じなくなるほどに狂い果てることもできない。何故ならば、彼女は最初から、狂っていたから。狂気は彼女にとって、生まれ持ったものでしかなかったから。
だから救いを求めた。誰もが幸福な世界を。もう、絶望を感じなくても良い世界を。
その孤独に、僕たちは寄り添えない。共感できる、はずがなかった。
「――十億の絶望、百億の苦痛。そんなもの、僕たちが共感できるわけがないよ。僕たちは、個人でしかないんだから」
「手が届く範囲のことを感じるだけで精一杯ですからね……だから僕たちは、僕たちのハッピーエンドを目指してるんじゃないですか」
僕は誰かとのつながりを感じることができても、そのすべてに、一度に手は伸ばせない。
そもそも、まったく知らない誰かとの間には、つながりなんてものも存在しない。
僕の世界というものがあるのだとしたら、それは僕の見てきた世界でしかない――その外に手を伸ばそうとしたって、そんなことは無理だ。
人間も魔族も変わらない。それが一つの生命の限界。
きっと僕たちには、アリスアドラの価値観も、彼女が抱いている苦しみの真髄も、一生理解できないことなのだ。
「なんで……? ユーリくんは、私ともつながってくれるでしょう……? クイールちゃんは、人の限界だって、越えられるでしょう……? リッカ、ちゃん……リッカちゃんは――私を――」
「――どれだけ泣いても、縋っても、変わらない」
震えた手を伸ばしてこようとするアリスアドラに、リッカは冷たく言い放つ。
結局のところ、僕たちと彼女の道は、同じにならないのだと。
「絶望のどん底で声を上げても何も起きないことを、私はよく知ってる。振り返ったり、立ち止まったりする誰かがいたとしても――引き込まれると分かっているそこに手を伸ばすほど、その誰かは愚かじゃない」
繰り返されるその果てに、リッカがここにいるのは、どうあれ繰り返しという例外があったから。
そして、アリスアドラにはそれがない。繰り返しがこの世界に必要だった理由そのものが、もう存在しない。
であれば、そのどん底から這い上がれる手段は――どこにもない。
「今ここにいる私たちだって、それほど優しくはないし、自分たちのハッピーエンドのために必死なの。だから――あなたは救われない」
残酷な言葉なのだろう。それでも、リッカは躊躇わない。躊躇う理由がなかった。
どうあれ、ここまでの長い旅路の――復讐の終着点。自分の在り方への決別の瞬間。
それを果たさなければ、自身が救われないと、リッカは自覚しているから。
アリスアドラが感じている絶望は、リッカがそこから先に進むために、なくてはならないものだった。
「……行かせない」
見開いた目が、震えた。泥塗れの赤い髪が、ざわりと揺らめいた。
そのまま沈むことは認められない。どれだけの深淵であろうと這い上がるという執念が、燃え上がった。
「……あなたたちだけ、救わせない」
翼が広げられる。溢れる泥が、全身を衣のように覆う。
彼女の纏う赤はあっという間に沈んで、ただ、目だけが爛々と光る異様な姿へと変わっていく。
辛うじて形を保っているだけの、否定の結晶――あるいは、願いを求めるだけの怪物。
それが、絶望の底に堕ちたアリスアドラの、失意の果てだった。
「ずっと、ここまで苦しんできた……なのに……っ、なにも報われないなんて……――そんなの嫌よッ!」
その呻くような声が叫びへと変わった瞬間、伸びてきた手を、魔剣で受け止める。
凄まじい重さを耐えきった確信と同時、アリスアドラは眼前にまで迫っていた。
「っ、させません!」
クイールがその間に割り込んで、振り抜かれた聖剣は、アリスアドラの胴を真っ二つに切り裂いた。
――しかし、決着には至らない。
血と臓腑の代わりに零れ落ちた泥がたちまち下半身を再構成し、その体から否定に満ちた魔力を解き放つ。
盾へと変形させたバルハリオンがその衝撃を受け止めるが――撒き散らされた泥が、蛆のように蠢いて、僕たちの後方に殺到する。
否定を超えて、排除へと傾いたその力。
僕たちに、それを対処する余裕はなかった。
何より――対処しなくてもいいという確信があった。
「お母さま! ナルラト! ノゥム!」
飛び散った泥が、その傍から分断されて、意味を持たない粒へと変わっていく。
カルラの母が持つ、水晶のように透き通る二振りの剣と、ナルラトが持つ長い片刃の剣。
それらが切断していった泥は、床に落ちると同時に焼き払われていく。
「余は憐憫を抱かぬでもないがな。こうも破滅的になっては命運も尽きるというものよ。そこに手を差し伸べる物好きでもいなければ、都合の良い救いも起きぬ」
「現代の勇者。希望に満ちた者たち。あなたたちのお仲間には、決して泥を届かせません。ゆえに、こちらは気にせず戦いなさい。あなたたちの希望は、お嬢様……ひいては我らが冥界の希望でもあるのですから」
ケルベロスの炎に包まれ、そして冥界の二人に守られるラフィーナたち。
二人の間で、カルラはなぜか腕を組みながら、自信満々な表情だった。
「――みんなは守ります。世界への影響も防ぎます。……だから、勝ってくださいね。ユーリ、リッカ」
「うん――もちろん」
「……ん。言われるまでもない」
先ほどまでの言い合いなんて、大した意味を持たない。
切り替えが必要なら、すぐに切り替えられるのが僕たちだった。
その激励に背中を押される。続いて、カルラの視線はクイールへと移った。
「あの二人だけだと多分、詰めが甘くなるんです。だから、クイール――二人をお願いしますね」
「――はいっ! 任せてください! 僕は勇者で――ハッピーエンド同盟の仲間ですからっ!」
そうしてクイールと頷き合って、同時に踏み出す。
受け止められた拳。泥に曝されて軋む外装を、それでも押し込む。
広げられた泥の翼が、拳のように握り込まれる。僕たちの手数に、対応するように。
望むところだ――お互いに全力を、信念を、執念をぶつけ合う。
「逃がさない……あなたたちだけの、ハッピーエンドなんて、許さない――――!」
「僕たちのハッピーエンドの、邪魔はさせない――――!」