凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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勇気の卵との接し方

 

 

 イリスティーラの工房に初めて訪れた、さらに翌日。

 僕は不思議な光景を目にしていた。

 

「……なるほど。そういうこともあるのか。まさかリッカくんにとって、あの子が認められる存在だとは」

「……うん。少し、意外だ。その……失礼だけど、魔族が含まれているのに」

「真実だし、その程度で目くじら立てないさ。寧ろ、リッカくんのお墨付きを得られたことで私は安心感を覚えているよ」

 

 イリスティーラと共に見ているのは、別のソファに座るリッカとホープ。

 その外見の魔族の要素を持つホープは、リッカにとって他の魔族同様、嫌悪の対象になると思っていた。

 浅慮であったその認識に恥じるばかりだ。

 

「――そう。魔力を正しく通せば大半の術式は起動して、魔法を発動させる。だから術式には罠を仕込んだり、起動順を複雑にして他人に利用されないことが――」

 

 貼り付けたような、少し不自然なものではあるが、かすかな笑みを浮かべたリッカ。

 リッカの膝に座り、うんうん頷きながら触角を揺らすホープ。

 正直、今も半分信じられないほどの光景だ。

 

 昨日、イリスティーラの工房を後にした僕たちは、情報収集のため聖都を回り、その中で図書館に立ち寄った。

 多くの魔族、多くの行商人が訪れることから世界各地の書物が集うというこの図書館は、情報を得るにしてもはっきり言って僕たちの手に余るものだった。

 精々が魔族の特性が纏められた本が、今後の役に立てばというくらいである。

 だが、リッカはその中から一冊を借り入れた。

 それは僕たちの村にもあったような、魔法の入門書。

 僕はともかくリッカは既に学び終えたような本であり、復習にしても今更といえる内容だ。

 

 リッカはそれを自分だけで読むのではなく、再びイリスティーラの工房に訪れ、この本をきっかけとして歩み寄ったのだ。

 ホープの方も最初は警戒していたが、硬い表情で接してくるリッカの不器用さが逆に親しみに繋がったらしい。

 驚きの速度で距離は詰まり、リッカはホープが膝に乗ることさえ許可している。

 つまり“魔族である部分”が直に触れている状態だが、リッカに拒絶する様子は見られない。

 

「まあ、魔法を教えるのは時期尚早だとは思うがね。まだホープは十歳にもなっていないんだぞ。せめて二十……いや三十を超えてもう少し魔力の扱いを自然に学んでから……」

「リッカ、五歳くらいには魔法学び始めてたよ」

「それ人間基準でも早すぎないか? まだ魔力と活力の違いも分かっていない年齢だろうに」

 

 実際のところ、大人たちも早いと言っていた。

 三十とはいかないまでも、成人を機にする者が多いとか。

 生成される魔力が増え始め、体内で循環することで体が魔力の扱いを覚え、取っ付きやすくなるためだ。

 体が勝手に覚えるか、自分の意思で覚えるかの違いである。リッカは物心ついた瞬間に後者を選んだのだ。

 

 僕はあまり魔法には触れていない。

 この旅である程度のレベルの魔道具までは構成を把握して動かすことが出来るようになっているが、新しく魔法を構築するまでには至っていない。

 奥深いものだということは分かるものの、その深みまで学ぶことは、僕には向いていないのだと思う。

 ここが恐らく、魔法使いと呼ばれる域に達することが出来るかどうかの差なのだろう。

 その辺り、ホープは将来有望だと、リッカは判断したのかもしれない。

 術式の扱いについて丁寧に教えるリッカと、好奇心の色をありありと浮かべたホープは、まるで姉妹のようだった。

 

「そういうところは本当に慎重なんだ」

「もしかして勝手に薬打ち込んだこと、根に持っているね?」

「素材を聞いた身としては全然安心できないからね」

「まともな薬だって大半の者には雑草と大差ない草花を使っているだろうに。私はその視野を広げたんだ。スライムも妖精も、成分だけ抜き取れば草花と変わらない」

「……その薬、副作用は?」

「使い過ぎると妖精の気にあてられる。“お花畑状態”というか……躁状態に近い活動気質になるということさ」

 

 ――それ、とんでもなく危険じゃないだろうか。

 妖精の恐ろしさを体感した身としては、とてもではないが笑って受け入れられるものではない。

 自分があの状態になると思うと、恐怖とはまた違う寒気を覚える。

 

「ふふ、これを“ヤバい”と思える危機感があれば問題ないさ。罷り間違ってキミがあれを求めれば処方するが。その辺の回復薬や治癒魔法よりよっぽど効くことは確かだよ」

「いや、いらない」

「常識人だねえ、キミは。人間らしくはあるがやはり勇者らしくはない、ここはもっと身を張って……殺気の向け方が器用だね、リッカくん」

「名前を呼ばないで。宗教勧誘なら他所でやって」

「宗教……? まあ、冗談だ、冗談。……聞いてもいいかな? どうしてホープに魔法を教えようと思ったか」

 

 軽い笑みを浮かべたままに、イリスティーラは真剣な問いを投げた。

 視線を本に向けていたリッカが、顔を上げる。

 

「教えられる技術が、魔法しかないから」

「聞き方が悪かったね。どうして、ホープに何かを教えようとしたんだい?」

「――この子と仲良くなりたかった。何か悪い?」

「……悪くはないが、意外だね。キミの価値観を私なりに解釈した上での推測では、てっきりその子も魔族と見なすと思っていたのだが」

「……」

 

 リッカは――ホープの存在を受け入れていた。

 僕もイリスティーラも詳しい話をリッカに聞かせた訳ではない。

 しかしリッカは自分なりにイリスティーラの腐れ縁というのが人間であることを理解し、その子であるホープは許容できる存在だと結論付けたのだ。

 

 この旅の中で、リッカは他の人に対しても素っ気なかった。

 魔族に向ける敵意や恐怖はないものの、決して自分に近付かせない距離感というか、壁を作っていた感じ。

 そして、同時に警戒だけは魔族にも匹敵するものを向けていた。

 それがホープに対しては存在しない。「リッカは子供に優しいのだろうか」という憶測もちらつくが、それにしては聖都の他の子供たちにはそれがなかったし、やはりホープだけが特別だった。

 

「――ホープ、楽しいかい?」

「うん。魔法、使えるようになりたい」

「……まあ、いいか。念のため言っておくが、その子を試練に巻き込んだりはしないでくれ。場合によっては、止めさせてもらうからね」

「……」

 

 リッカは返事を返さない。

 暫くイリスティーラと視線を交わした後、再び本に向かい、ホープへの“授業”を再開した。

 

「……いいの?」

「私とて彼女を信用した訳じゃないよ。ただ私も、ホープを“人らしく”育てられているとは思っていないからね」

 

 肩を竦めるイリスティーラ。

 その表情には時々、寂しさと憂いが浮かぶ。

 

「あの子の視野を狭めさせて、育ててきた。私は自分に当たり前の育て方が出来るなんて思っていないし、かといって放任主義を貫けるほど愛が無い訳でもない。箱入り娘というやつさ。この館の防衛魔法も、あの子が何をしても発動しないし、見せたくない部屋には入れない。私はあの子が平穏に育つように徹底してきた」

「……生まれてから、ずっと?」

「そうとも。ここを化け物屋敷扱いするいたずらっ子たちが来た時は、この子は顔を出そうとしない。つまり、まあ……キミらが初めてな訳だよ。あの子にとって、外の存在は」

 

 ホープ自身、自分が人とは違うことは分かっていたのかもしれない。

 ゆえに他の子供たちとは距離を置いていた。

 僕たちの前に姿を現したのは……勇者という存在が、自分にとってどういうものなのか、イリスティーラから聞いていたからだろう。

 結果として、僕たちがこの館に訪れたことで、ホープの世界は広がったらしい。

 僕自身は関与していないものの、それは良いことなのだろう。

 そう感じたのは、何より――リッカが楽しそうだから、であるが。

 

「まったく……こうなれば彼女にはホープが初歩を終えるまで責任を持ってほしいが。試練は目途が立っているのかい?」

「いや……いくつか考えてはみたけど。どれも通用する気がしないな」

「そりゃそうだ。普通はそうなんだ。この試練が、人が成し遂げられるように出来ている筈がない」

 

 この聖都に来てからの進歩らしい進歩といえば、それこそリッカとホープの関係くらい。

 そもそもの目的である水の試練については、未だに有効な策を見出せないでいた。

 

 四天王の中でも、最も堅実たるリーテリヴィア。

 小細工という手段を選ばず、エルフでありながら剣を選び、エルフたちに剣という選択肢を生み出した者。

 その強さ、隙の無さを理解した上で少し時間を置いて冷静になれば、彼に叩き込むたった一撃が試練として通用する理由も分かる。

 試さずして気後れするのもどうなのかという思いもあるが、戦える時間は有限だ。

 もしもその時間を使い切ったときどうなるか――彼は口にしなかった。

 最悪を考えれば、この一時間をどう使うかは、ここまでの何より慎重にならないといけない。

 

「私が手を貸すのも構わないんだが、問題は私もリーテリヴィアを出し抜けるビジョンが浮かばない点だな」

「あの時の魔道具は?」

「ああ、これかい? 所詮は因子を借りているだけだからね。リーテリヴィアみたいな規格外には通用しないよ。そもそも私が取って置きのドラゴンブレスを命中させたところで、試練の突破にはならないし」

 

 イリスティーラはどこからともなく、オークとの戦いで使用していた魔道具を取り出した。

 ……本当にどこから取り出したんだろう。収納魔法を使っていた様子もなかったが。

 

「キミにこれで魔族の因子を打ち込んで不意を突ける性質を与えるという方法もあるが、前提が厳しいし彼女の逆鱗に触れる。まあ、これを使うのは諦めたまえ」

「……そもそも、それは何なの?」

「一言で言ってしまえば私自身に植え付けた他種因子の制御デバイスだよ。ブレスは副次的に付加した武器としての機能だ。純粋な人間をやめないと使えないから、間違っても使いたいとは言い出さないでくれよ」

 

 今の端的な説明を聞いて、使いたいと思える者がどれだけいるだろうか。

 人間をやめる気など毛頭ない。というか、そんな危ない代物だとは思わなかった。

 そんなものを当たり前のように使用していたイリスティーラは、即ち自分を――エルフという存在を乱したということ。

 

 ――色々と……我々エルフの価値観的に禁忌とされる実験を繰り返しており、避けられているのでありますよ。

 

 ――つまり、存在の改変と混乱、でありますな。

 

 僕の想像が正しいならば、あの言葉と繋がる。

 どうしてそんな思考に至ったのか分からないが、興味本位だけだとは思えなかった。

 とはいえ、それを追求するほど、イリスティーラと親しい訳ではない。

 疑問は疑問のまま、仕舞い込むことになるのだが。

 

「リッカ。これ、やってみたい」

「――うん、やってみようか。簡単な魔法を組むから、術式に魔力を通してみて」

 

 イリスティーラにも有効な案はないようで、結局どうしようかと。

 纏まりそうもない思考を巡らせながら、僕たちは楽しげなリッカとホープを見守るのだった。


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