凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――ホープ。それが、あなたの名前です。どうか、僕の希望になってください。
――そしてごめんなさい。僕はあなたの傍にはいられない。勇者として、まだ立ち止まれない。
――大丈夫、イリスは僕の大親友ですから。文句文句また文句、罵詈雑言の嵐だったし、たくさんひっ叩かれたけど……あなたを育ててくれるって。
――いつか必ず、戻ってきます。イリスをママと見ていてもいいですし、そうじゃなければ……帰ってきた僕を、ママだと認めてくれるなら。
――その時は少しくらい、ホープにママらしいことをしたいなぁ、なんて。
わたしのはじまりの記憶は、そんな声。それは、わたしとずっと一緒だったイリスとは違う声。
イリスから最初に聞いたのは、いつだったっけ。
それは、わたしのママ。
わたしを産んだ人間で、魔王を倒すために旅に出た、勇者。
ママはこの聖都でわたしを産んで、暫くしてまた旅に出たらしい。
代わりにずっとわたしを育ててくれているイリスは、わたしが聞くとママについて話してくれる。
すごく元気で、すごく強くて、“勇者らしかった”って。
ママについて話すイリスはいつもイライラしている。たくさん世話したし、たくさん困らされたし、死ぬほど心配させられているって、イライラしながら嬉しそうに、寂しそうに話してくれる。
イリスはママが嫌いなのかなとも思ったけど、聞いてみればそうではないと返ってきた。
結局、イリスはママのことをどう思っているんだろう。
いつか帰ってくるとママは言っていたけど、イリスはそう思っていないみたい。
けれど、ママのことを信じていない訳でもないみたいだからよく分からない。
帰ってきたら一発ぶん殴ってやらないと気が済まないとも、よく言っているし。イリスは乱暴だ。
ママが帰ってこないから、わたしはイリスと二人で暮らしてきた。
イリスはたくさん本やおもちゃを持ってきてくれるから、退屈だなと思ったことはない。
それに、外に出たい、とも。
時々イリスを訪ねて人間の子供がやってくるけど、わたしは会いたいとも思わなかった。
一目見るだけで、その子供たちとわたしは違うというのは分かって、なんとなく、怖く感じたから。
この右腕とか両足とか、翅や触角がないからという話ではなく、もっと根本的なこと。
人間と魔族のハーフっていうのは殆ど生まれることがないらしい。
この聖都には少ないけれど、人間とエルフの子がいるって、イリスから聞いた。けれどそれは、人間とエルフが種族的に近いから、成立しやすいとか。
わたしの場合は、人間と虫型魔族の子。
虫型魔族っていう区分がそもそも曖昧みたいで、中には人間とのハーフを作れる種族もいる。
そういう種族がパパになったのだろう……初めてイリスにパパについて聞いた時、ママのことを話すよりイライラしながら、イリスは教えてくれた。
わたしは半分以上は人間だけど、そうじゃないところもある。
触角も翅も飾りじゃない。触角は手で触るよりも“もの”が分かるし、翅もまだ難しいけど少しだけ飛ぶことができる。
あとは、走るのも得意だ。時々庭に出たら思いっきり走ってみるけど、端っこから端っこまであっという間に辿り着けるのはちょっとだけ自慢。
そういう、体の特徴以外にも違ったのが、体の中に見える魔力の色。
これを見られるのは魔族の中にもあまりいないらしい。よく分からないけど、魔力が持つ“属性”を“視覚化”する感覚に優れているとか。
見ようと思えば見られるそれで、たまに窓の外に見える人間を覗いている。
赤、緑、黄、青。この四つの色のどれかは必ずあって、たまに他の色が混じっている感じ。
イリスは四つの色もあるけど、混ざり合っていてめちゃくちゃ。“色々やった”せいでこうなったんだって。
私の色は緑……そして、もう一色。
その色はわたしが特別な証で、勇者の色なんだって、イリスは言っていた。
だからわたしは、その日やってきた、同じ色をほんの少しだけ持った人間が勇者なんだとわかった。
見た目が男の子に見えたから、ずっとママだと思っていたのが勘違いなんだと思ったけど、そもそもこの人間はママとは別の勇者らしい。
赤色と、すごく小さな勇者の色。
自分でも気づいていなさそうなほど小さかったけれど、それは確かにわたしと同じ色だった。
そしてもう一人。
黄色と、二つ目の色なのに黄色を包んでしまうくらい大きくて、ぐるぐると渦巻く銀色を持った、真っ白な女の子。
そっちは他の人間と違う意味で怖かったけれど、とにかく勇者の色が気になって、やってきた二人に会いに行って。
ぐるぐるの銀色が気にならないくらい優しく話しかけてくれたその女の子……リッカは、わたしの初めての友達になった。
リッカは毎日やってきて、わたしに魔法を教えてくれる。
勇者……えっと、ユーリ? が、“水の試練”を突破するための情報集めが大変みたいだけど、それでも毎日来てくれる。
イリスは魔法はまだ早いって言っていたけど、リッカに教えてもらった通りにやってみたら、魔法を使うことも、簡単な術式を組んでみることもできた。
失敗しても、どこが間違っていたか、優しく教えてくれる。
……イリスとはすごく仲が悪いというか、リッカはイリスのことが嫌いで、怖いみたいだけど。
少し前、庭で風を使った魔法を練習していた時、少しだけ聞いてみた。
「リッカ。リッカは魔族が怖いの?」
「――うん、怖い」
「イリスも怖い?」
「うん」
「わたしは?」
「……少しだけ。けど、あなたは勇者の子。それなら私は、あなたを人間だと思いたい」
別に、自分が魔族とのハーフであることを嫌だと思ったことはない。
だから自分を人間だと言い切ったこともなかった。この姿を見れば、誰もがそうではないと思うだろうし。
わたしを人間だと思いたいだなんて――イリスにも言われたことがなかった。
リッカにそう言われて、嬉しい気持ちになることはなかったけれど、それでリッカが少しでも、わたしを怖くないと思えるのであれば、わたしは人間でありたい。
イリス以外で初めて話して、魔法を教わって、色々なことを打ち明けた人だから。
もっと話したいし、もっと教わりたい。友達として、色々なことをしたい。リッカとなら、この家の、庭の外にも出てみたい。
勇者の試練が終わればリッカも聖都を出ていってしまうらしいから、それまでに。
……その勇者の試練さえ終わらなければずっといてくれるだろうかとも思ったけれど、リッカは何より、勇者よりも、その試練を終えたいみたいだから、わたしもそれを応援するのだ。
そのうえで、やっぱり少しでも長くいてくれたらなぁ、なんて。
“――――”
「……?」
少しだけ、“悪い子”な考えが浮かんで、首を振った時。
何か、囁くような声が聞こえた。
見回してみても、当然この家にイリス以外の誰かなんていない。
リッカたちも日が暮れる前に帰ってしまったし、イリスは今、お風呂に入っているはず。
じゃあ、その声は一体誰のものなのか。もしかすると、わたしの聞き間違いかも――
「……こんな本、あったっけ」
いつの間にか、テーブルの上に置かれていた、一冊の分厚い本。
リッカたちが置いていった訳ではない。帰った後、このテーブルでイリスとご飯を食べた時には、こんな本はなかった。
イリスが置いたのだろうか。けれど、イリスは大事な本をこんなところに置くようなことはしない。
本を覗き込む。青黒い表紙には、何も書かれていない。
ただ、開けることが出来ないように、本には鍵の魔法が掛けられていた。
「……? 開けられ、そう?」
本に鍵を掛けて、それを開けるということは、リッカと一緒にやったことがある。
普通はもっと難しい術式を重ねるみたいだけどあくまで練習という形で。
その時の練習とほとんど変わらない、ちょっとだけ複雑な構築は、わたしでも開けることが出来そうだった。
リッカもいない。イリスもいない。
そんな時に魔法を使うのは、いけないことだと思うけど。
――やってみたくなった。リッカに教えられたことを、実践してみたくなった。
指を術式に沿わせて、罠がないかを確かめてから、正しい順序で魔力を注いでいく。
まるでパズルを解いているみたいなわくわく感。この感じは、魔法を楽しく学ぶことができている理由の一つだ。
もちろん一番大きな理由はリッカが教えてくれるから。
教えてくれたことを活かせば簡単にこれも解ける。
中に何が書かれているのか楽しみで、わくわくに急かされるように、指を走らせる。
「上がったよ、ホープ。キミも早めに――――開けるなホープッ!」
「え……?」
ぱちん、という音で、魔法が解ける。
その瞬間、本に目を向けていなかった。部屋に入ってきて突然叫んだイリスに目がいっていた。
いつになく、焦った様子のイリスがすぐに走ってきて、わたしを抱きかかえる。
そのまま地下への階段を飛び降りるイリスの様子を見て、わくわくはたちまち不安へと変わった。
「『勇気喰い』だと……まだ二百年と経っていないぞ、なんで今目覚めた!? そもそも勇者がいる状況で、何故ホープに……」
「い、イリス……? どう、したの? 服、着ないの……?」
「些細な問題だよ! ああくそ、すまないホープ、少し乱暴になるぞ!」
見たことがないほど取り乱すイリスは、いつも弄っている魔道具をどこからか取り出した。
――何かが後ろから近付いてくる。
バチバチという、家中の罠に引っかかる音も一緒に聞こえてくるけれど、その中で確かに何かは追ってくる。
魔道具から飛び出した弾で地下室への扉を吹っ飛ばし、その向こうへ飛び込もうとして。
「っ!」
「ぅぐ……!?」
次の瞬間お腹に痛みが走って、吸った空気が零れ出た。
初めて、イリスに蹴られたのだ。その勢いのまま破られた扉の向こう……“いざという時、隠れる部屋”にわたし一人、放り出される。
そして、見た。
わたしを蹴ったイリスが、後ろから迫ってきた黒い塊に足を掴まれているのを。
「――イリス?」
「そこを出るな! 次に私が開けるまで絶対――」
――自動的に扉が修復されて、イリスの声を遮ってしまう。
その後すぐ、ずん、という重い音が扉に叩きつけられた。
「……」
扉はさっきみたいに、壊れることはない。
念のために、“無理やり壊す方法”をいくつかイリスが用意しているだけで、それ以外に対してはとても頑丈な、避難部屋。
連続で何かが叩きつけられる音が響いて――暫くしてから、軋むような音に変わる。
……部屋が明るくなる。リッカに魔法を教わる時に見せてもらったものより、ずっと大きく、ずっと複雑な、部屋いっぱいの術式が部屋を照らしている。
いくつかの家具と、積まれた箱が、部屋が揺れるたびに少しずつ動く。
外で何が起きているか分からないこと。イリスが外にいること。二つが合わさって、不安は恐怖に変わっていった。
何をしたのかわからないけれど。もしかして。もしかしなくても。絶対わたしは、取り返しのつかないことをしてしまった。
それを、この分からない状況で、独りでいることで、どうしようもなく意識してしまう。
何をしてしまったのだろう。イリスは大丈夫かな。わたしに今、何ができるの。どうすればいいの。
「……たすけて、リッカ」
できることなんて、あるはずもなかった。
今のわたしに縋ることができるのは、たった一人だった。
イリスよりも、ママよりも……これをどうにかしてくれるかもと思えたのは、初めての友達だった。