凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
甲高い叫びと共に迫る触手の群れ。その一つ一つの動きを見ている暇はなかった。
最初の触手を蹴ってその場を離れ、前方に展開した液体を緩衝材にして続けざまに叩き付けてくる一本を受け止める。
横薙ぎを潜って躱し、振り下ろされたものを避けるために後退を余儀なくされるまで、殆ど考えている時間はなく、直感だけで動いていた。
それまでの余裕を持って避けられていたものとはまるで別。
比較にならない速度と威力、そして殺意と憎悪。
外敵に対する凄まじい敵意は、ローパーという無機質な魔族が放つものとは到底思えない域にあった。
それが、かつての勇者が抱いたという憎悪。
この勇者というシステムに逆らうことは出来ない。
一度選ばれればその運命からは逃れられず、ゆえにこの感情を抱くしかなかった者なのだろう。
やがてその憎悪はリーテリヴィアによって封じられた。
だからこそ、何よりもかつての勇者は、この聖都を守る騎士を怨む。
彼と共に近付く者がいるならば、それもまた敵と見なす。
「相変わらずの殺意だ。まったく色あせないのだから、その執念、恐れ入る」
左右から迫る二本の触手を液体で受け止め、動きが鈍ったところで前に出る。
しかしそこは、更なる激戦区。
つまりはリーテリヴィアが立つ場所であった。
ぽつりと呟く騎士は剣すら持たない。いや――あれだけの枷だ。もしかすると持つことも許されていないのかもしれない。
どうして聖都を守るという使命があるにも関わらず、あれだけ制約を課せられなければならないのかは分からない。
だが、リーテリヴィアはそれでもこの戦場に立った。
まだ会ったのはこれを含め二度だけだが、その表情は初対面の時と変わりない。
自分というものを疑わない、絶対的な存在感が、そこにある。
「ならば俺も、変わらず“今度こそ”と言わせてもらおう。不思議なことに、キミとの悪縁も、終わらせられそうな気がしている」
憎悪。怒り。それ以外に何があるかも分からない暴虐の化身。
リーテリヴィアはそれとまるで会話しているように言葉を結びながら、最小限の動きで触手を躱し、自由な左手を振るう。
「っと――!」
「すまないな。それも躱してくれ」
空間を裂いて現れ、別方向から迫る触手を三本切断して地面に突き刺さった、光で形作られた剣。
僕の着地点の数歩前を貫いたそれは、一足早くそこに辿り着いていれば間違いなく死んでいたという確信を持てるもの。
ギリギリで足にブレーキを命じれば、光の剣は形を変えて辺りを走り回り、追撃に対処していく。
「これって……」
「俺の魔法だ。毎度、『勇蝕写本』を相手取る時は厳しいのだが、此度は剣を持つことすら許されなかったのでな」
四天王には色々と制約があるとは聞いていたが……これを相手にする時まで、こうも縛られるものなのだろうか。
強力な魔法であることは分かるが、それさえ威力が封じられているように思える。
もしもそれさえなければ、もっとずっと昔にこの巨大ローパーは討伐されていたのではないか。その憶測は、殆ど確信だった。
「無駄話をしている暇はない。先に行くぞ」
ほんの僅かな愚痴を零したリーテリヴィアは、今度は左手を前へ。
光の剣は変幻自在に走り、無数の障害を切り裂いていく。
それに守られながら、少しずつ前進。
恐らくは彼の目的もまた、中心の核だ。見ているだけという訳にもいくまい。
「リッカ」
「うん。もう大丈夫――全力で行って、ユーリ」
リーテリヴィアが来た、この状態ならば倒しきれる。
リッカも同意見だった。出し惜しみなし、ありったけの魔力のぶつけ時だと。
『ファイナライズ! アクセプション!』
一つ一つを躱し、対処していてはいつまで経っても核には辿り着けない。
リーテリヴィアが拓いた道をさらに広げるように、必殺技を叩き込む。
『リヴィア・エクスタシー!』
可能性の飛躍的に高まった液体の奔流は渦を形作り、触手の束を吹き飛ばしていく。
そして近付こうとしたところに、必殺技発動の隙を縫うように一撃。
「っ……!」
一つを受け止めるために足を止めれば、なだれ込むように次々と迫ってくる。
そしてもしも捕えられるようなことがあれば、最早逃れることも叶わない。
追撃を防ぐために、自身の周囲を液体で包み込む。衝撃を和らげ、内まで触手を伸ばさせないことは出来ているが、たちまち開けていた視界は黒に埋め尽くされた。
再度の必殺技を使用。包み込んだ液体を操作して水の刃をまき散らし、包囲する触手を切り刻む。
さらに液体の硬度を操作し、足場にして前に跳ぶ。リーテリヴィアに追いつき、前から迫る一本を弾き返せば、隣からほう、と感心の声が零された。
「やるな」
「まだまだ……!」
光の剣は複数扱える様子はない。維持できるのも、彼の周囲のみのようだ。制約を受けた今のリーテリヴィアの限界なのだろうか。
自身に迫る触手への対処は問題なく行えているが、一気に前方を“掘り進む”ことは出来ないでいる。
ならば、自然と役割は決定される。
「では、前はキミが」
「――周りは任せるよ」
それが最善であると、彼と同時に理解した。
どちらも十全にこなせる前提で、互いに役割を押し付ける。
オズマフューリーに移行。矢継ぎ早に必殺技を発動し、前方から迫る群れと同じ色の奔流を放つ。
『オズマ・エクスタシー!』
見た目は同じでも、魔力の総量で劣っていても、攻撃手段として特化されている以上威力はこちらが勝る。
こちらの触手が突き進み、開いたトンネルを駆け抜ける。再生して迫ってくるものは、光の剣が全て切り飛ばしていく。
最早周囲は全てが黒で覆われている。びちゃり、びちゃりと水気のある音が響く、不快な空間。
今踏みしめている地面だけを信用できる空間は、背後が完全に閉じられており、もう逃げることも出来ない。
こうなれば後は最終目標を達成するしか、生きて出られる手段はあるまい。
「もう一度!」
二度、三度と必殺技を連発していく。
全方位から脅威が迫るという緊張感の中で、制御を誤らないよう、集中力を可能な限り高める。
恐らくもう、館の中には入っていると思う。
後は、この魔族の核が一体どこにあるのか。
感覚がおかしくなりそうなほどに魔力がひしめいており、どこが中心地であるのか僕では判断が付けられない。
その判断を任せるしかない相手は、次の必殺技で掘り進んだ先に降り立ったところで断言した。
「あれだな」
「ユーリ、右前方。あそこにある部屋」
今いる場所が館の廊下であり、リーテリヴィアとリッカが指した先に部屋があることすら、知らなかった。
だが、より意識してみれば、ごちゃごちゃとした魔力の中でひときわ大きな塊があることが確認できる。
討つべきものを特定し、より妨害の激しくなった触手が取り払われたところで、再度大きな魔力を込める。
触手の壁をぶち抜いていく奔流は部屋の入り口を砕いて広げ――ついにそこに、脈動する巨大な塊を視認した。
やはりそこが部屋であるとは分からない。
塊を中心に四方八方に伸びている触手は壁をやりたい放題に破壊し尽くしている。
あれが触手を動かしている核であり、あれを討てば恐らく、全ての動きが止まる。
これ以上戦いを引き延ばす必要もない。
あと一撃で終わらせようと構え――突如として強く震えた核から伸びた新たな触手への反応が遅れた。
「ッ!」
それを防いだのは、盾の如く前に展開された光の剣。
そしてその横を通り抜けるように、リーテリヴィアが進んでいく。
「判断を誤るな。あと一歩だ」
伸びてきた触手を裂くように彼に追従し、光が核に突き刺さる。
瞬間、上がった悲鳴に共振するかのように辺りが軋んだ。
核は確かに弱点ではあるが、それゆえに守るため、この巨大生物は最後の抵抗に打って出た。
「 ギ、ィィィィィィィィ、ィ――――ッ! 」
空間が狭まる。その他の全てを放棄して、この場の外敵を押し潰さんと、数千数万がたった一ヶ所を目指してくる。
『ファイナライズ! アクセプション!』
必殺技の実行準備が完了する。
今のリーテリヴィアの一撃では核を討つことはままならず、そしてあの光だけでは全方位を一度に守りきれない。
である以上、数秒後に完全に崩壊するだろう狭い空間を、前に出た彼が核を破壊しきるまで維持するため――周囲に応戦するよう触手を伸ばそうとした時、それにリッカが待ったをかけた。
「駄目っ、ここから核を狙って!」
「っ、それだと……」
このままだとリーテリヴィアを巻き込むこと、そして核を狙えば防御が疎かになること。
それらが生む躊躇いなど持つなと、リッカは叫ぶ。
今までの何よりも必死な声。まるで何かを渇望するように。
リーテリヴィアの言葉の意図を。今のリッカの判断の意図を。躊躇と混乱によって理解する前に、体は勝手に動いた。
「いいから――ッ、ごめん、ユーリッ!」
否、形を変えたスーツによって、動かされた。
思わずの抵抗をものともせず、腕が前に出て、力の方向が指定される。
それ以外を許さないとばかりの、リッカによる強制に混乱は上書きされた。狭まっていく世界で、最後の一押し以外の全ての選択肢が消え去る。
理性よりも本能で、たったそれだけを理解して。
「ッ――!」
『オズマ・エクスタシー!』
前方に放たれた触手の山でリーテリヴィアが見えなくなると同時、全身が黒の海に沈んだ。
――次の瞬間から、緊迫した状況は感じたことのない地獄に変わる。
一瞬でも油断すれば気が狂ってしまいそうな、全身の表面を這い回り、蠢いている感触。
理解の限界を優に超えるような不快感は、体で感じられるもの全てがそれに置き換わってしまったような錯覚を齎した。
必殺技を維持できていたのも、ごく僅か。―――の望む通り核に届いたかもわからない。
いや、それすらどうでもいいと思ってしまうほど、今の状況への恐怖が全てを塗り替えていく。
「 」
思わず叫ぼうとして、しかし声を出すことすら出来なかった。
しようとする抵抗全ての、最適な方法を思い出せない。怖い、気持ち悪いという感覚が、最善に辿り着かせまいと邪魔をする。
思考の全てを埋め尽くし、満たしてしまおうという悪意が、それ以外の何もかもを寄せ付けない。
「ユーリ! ユーリッ! 耐えて! お願いだから、気をしっかり持ってっ!」
誰かが叫んだ、気がした。聴覚に集中しようとすれば、びちゃり、べちゃりという音が耳から内に染み込んでくる。
どこかが締め上げられて痛い、気がした。本当なのかを確かめようという気すら起きない。それをするのは、体中を這い回るものを意識するのも同義だから。
「ッ……! 何をもたもたと……死んでいないのは分かってる! 早く……早く、核を仕留めて!」
逃れられないことが、怖かった。
自分が“怖い”で満ちていくことが、怖かった。
だって、“怖い”で全てが埋め尽くされれば、そこから先はこの地獄をどう感じるのか。何も感じないということはあり得ない。だってこんなに怖いのだから。この“怖い”が当たり前になっても、“怖い”が何かに置き換わることはない。“怖い”の感じ方が変わってしまえば、あとはどうなるのか。知りたくない。感じたくない。そんな感覚は生きていく中で学ぶようなことではない。それをどうして僕は、こんな場所で、たった一人で刻み付けられなければならないのか。いやだ。こんなものをこれ以上、感じていたくはない。
「――言い訳になるが、判断が遅れるのも当然だろう。これは初めての経験だ」
だれか。
「だが、キミたちの仕業であるならば、受け入れたのは俺だ。是非もない」
だれでもいい。
「キミたちの可能性は今この瞬間、世の支配の形を変えた。水の解錠が果たされたことを、『王剣』のリーテリヴィアの名において認める」
だれか、助けて。
「では、ここまでだ。新しき希望に託して眠れ、旧き執念」
――不意に、視界が明るくなった。
何が起きているかは、知らない。ただその輝きに驚いている内に、体中の感触が消えていく。
とにかくそれに安堵を覚えた。地獄が終わったという確信で、逆に壊れてしまいそうだった。
そんなぐらつく感情を休めるように、消し飛ぶことすら出来なかった意識が急速に遠のいていく。
キャパシティを超えた混乱から落ち着くためだと理解できて、その他の何を思い出す前に、その眠りに身を任せた。
『ポラリス』
【属性】土
【攻撃力】■■■■■
【防御力】■■■■■■
【素早さ】■■
【魔 力】■■■■■■■■
【精神力】■
【種族】ローパー種
ローパーは無数の触手が絡まったような外見を持つ異形の魔族である。
触手の中心にある核は非常に脆く、成体になったとしてもさほど硬くはならない。
しかしながら成長と共に枝分かれする形で数を増していく触手が複雑に絡まり、優れた再生力を持った肉壁となることで非常に厄介な防御力を実現させるのだ。
高い知能を持つ種族ではなく、接近した生物の魔力や熱を感知して襲い掛かる。
一定の場所に根付かせる手法や、主人を獲物と見なさないための調教はある程度確立されており、使い魔として利用されることもあるが、強大な個体にまで成長するには多くの獲物が必要なため実用性は高いとは言えない。
しかしそれを乗り越えて特別強くなった個体の場合、無数の触手による圧倒的な物量を武器とするためきわめて困難な相手となる。
触手はどれも大差がないように見えて、捕食用や産卵用など明確に用途が分かれている。
捕えた獲物はすべて捕食するのではなく、魔力などを豊富に持った獲物には積極的に卵を産み付ける。
産まれた幼体は母胎から出てきた後、身軽なうちに移動して自分の縄張りを探す。
このように同種のみで完結しない繁殖形態が確立された理由は定かではない。一説には、元より拷問や凌辱を目的として生み出された生物とも。
【『勇蝕写本』ポラリス】
魔王が作り出したという勇者のシステムは、十年ごとに新たな人間を任命するようになっている。
このシステムは無慈悲であり、任命された者は何をもってしても逃れることは出来ない。
選ばれてしまった人間は、そのほぼ全てが無念の死を遂げることになる。これは千年間続いた、生贄のような文化だ。
中には健闘した者もいた。人間の可能性を見せつけた者もいた。そして、運命そのものに歪んだ憎悪を抱いてしまった者もいた。
当たり前だが人間がローパー種に変化したという現象に前例はなく、彼女の後にも確認されていない。
その時に選ばれた勇者は、他の誰とも違う可能性を有していたということだろう。
聖都で暴走したその憎悪は惨劇を繰り広げた果てに四天王リーテリヴィアの奮闘によって鎮圧されたが、“憎悪そのもの”を消滅させることは出来なかった。
そのためその憎悪は一冊の本に封じられ、本自体もきわめて強固な封印が施された。
本自体は聖都の図書館地下、禁書の棚にある。
それから数回、勇者が聖都にやってきて暫くすると、その勇気に反応したのか解放されかけているが、いずれも封印を解き切ることは出来ず重大な事態には至っていない。
魔族を、そして勇者というシステムを憎むその想いは、今や時たま騒ぎとなる程度の記録に過ぎないようだ。
――変貌した勇者が持つ“澱み”は、並の者であれば容易く侵してしまえる狂気は、誰に知られることもなく深まっていた。
【リーテリヴィアの評価】
「勇者を終わらせてこその勇気喰い。銀の剣は“未だ目覚めぬ勇者”か。なるほど、盲点だ」
【イリスティーラの評価】
「……ふ……くく……ぁあ、お互い、見誤ったか。痛み分けだね……っ、リッカく……んっ、く……ッ」