凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――金はいらねえさ。代わりに用心棒をやってくれ。つまり、やべえ魔族が来た時にどうにかしてくれってこった。
海に面したシートレイアの町。大陸の向こうとの交易や漁業を担う重要な土地。
次なる試練のために船を頼ろうとしたところ、船長だという男性はそう言って乗船を許可してくれた。
交易のためチェリスの町に向かうのだという船は、数日をかけて海を渡る。
船乗りが何より恐れる海魔の代表たるクラーケンの襲撃すら凌いだ逸話を持つ船らしいが、かといってその時は度重なる幸運に助けられただけで魔族に太刀打ちできる訳ではない。
人間が航行を許されたその海路において、魔族に襲われることは不幸な事故のようなもの。
数こそ少ないがそのしきたり、常識を知らない魔族による被害は往々にして存在する。
ゆえに、それがもしもあればどうにかしてほしいというのが船長からの要求であった。
教会を通して、勇者が一つ目の試練を突破したことは各地に伝わっているらしい。
そのためだろうか。船に乗ることはあっさりと許可された。
期待とは違う。未だ勇者と知られれば、僕たちに向けられる目には諦めや同情が多い。
それでも、“戦える者”という証明にはなっているようだ。
……水上、ないし水中での戦闘経験なんてないし、そもそも海すら見るのは初めてなのだが。
知識として持っているのと、実際に見るのとでは印象が違う。それを、この旅を始めて何度思っただろう。
どこまでも遠く、目に映る限界まで広がる青。
本当にその先に違う大陸などあるのだろうかという疑問さえ浮かぶ景色がそこにある。
吹いてくる独特の潮の匂いを持った風も新鮮だ。べたつくのが気になったのか、リッカが僕を含めて早々に保護魔法で防いでしまったが。
そして、船に揺られて暫く。
空を飛んだ時とはまた違う、地面に立っていない感覚にようやく少しだけ慣れてきた。
休息のため船倉の隅を使ってもいいとのことだが、あくまで僕たちは“用心棒”を頼まれている立場。
それが建前であるとしても、少なくとも日が高いうちは何が起きてもすぐ対処できるようにしておいた方が良い。
そんな思いで、辺りを見渡していたのだが。
「……リッカ。あれ、魔族だよね?」
「ん……そこまで強いやつじゃないけど、注意はしておいて。なんならもう退治してもいい」
ふと空を見て、“それ”と目が合った。
船に付き添うように飛んでいる、一体の魔族。
人のような上半身、鳥のような青白い羽毛に包まれた下半身、そして腕の代わりに伸びた翼。
羽毛と同じ青白い髪をなびかせて飛び、こちらをじっと見下ろしている魔族の少女は、かといって他に何をしてくる訳でもない。
警戒するのは当然として、何者なのだろうか。
海の魔族のことならば詳しい話が聞けるだろうかと、船長に問う。
「船長。あの魔族って……?」
「魔族……? ん、ああ……あれなぁ。今日も出てきやがったか」
遠見と拡大の効果を持った魔道具を覗き、その姿を検めた船長は至極微妙な表情になる。
追い払う対象なのだろうか。つまり、船長の言っていた“やべえ魔族”に該当するかどうか。
何もせずに上空を飛んでいる以上、航行において都合の良い存在であるという可能性も否めない。
「正直、俺らも分からねえんだわ。セイレーンっつう魔族でな。歌で人を惑わせて攫っちまうんだと。あの個体はここ最近よく見るようになったが、何もしてこねえのよ」
種族としては、危険な種に当たるらしい。
リッカと目配せし、すぐに魔法を発動できる態勢を整える。
ところがその間も――そのセイレーンは何もせず、じっとこちらを見ていた。
「気付いたらいなくなってるし、放っといても港まで着く。他の船が見つけた時もそうらしい。何もしてこねえが、こっちも何も出来ねえし、怖いっつうか不気味な奴だわ」
「特に何も対策とかはしないの?」
「港町の必需品っつうことで耳栓は持ってるがな」
そういえば、教会で渡された。セイレーンの歌には耳栓、ということだろうか。
単純な気がするが、教会の魔族が渡してきたということは実際に有効なのだろう。
「まあ、追っ払えるなら追っ払ってもらえると助かるわ。あれに見下ろされてると気になって仕方ねえのよ」
「はぁ……」
理由として適切であるとは言えないが、ともかくそれが船長の決定であった。
周囲の船員たちも鬱陶しく思っているのは確からしい。
リッカと頷き合い、甲板の真ん中に立つ。……待ってましたとばかりの反応であったのは、気付かなかったことにしておこう。
ここは水上。戦うとして、万が一を考えれば、方針は一つだ。
「よし……トランスコード! U-リッカ!」
『トランスコード! アクセプション!』
なんだ、なんだと騒めく船員たちの中で、魔法が起動する。
『U-リッカ――リヴィアッ!』
経験こそないが、この形態は水中での戦闘も可能であるらしい。
ゆえに不測の事態を考慮すれば、これで戦うのが安全策となる。
見上げた先にいるセイレーンはずっとこちらに合わせていた目を見開いている。
不意打ちは気が引けるが……とりあえず狙わない手はないと、水の弾丸を発射する。
この形態は遠距離攻撃が得意な訳ではないが、牽制くらいならば可能だ。
「――!」
しかし、その攻撃で我に返ったらしい。
セイレーンは空中で身を翻すようにして弾丸を躱す。
そして反撃をしてくる訳でもなく、同じ高度を維持したまま微笑みを浮かべていた。
これでは駄目かと思いつつ、再度弾丸を放つ。命中すると考えてはいないが、何か攻略のヒントにならないかと。
「……逸れた?」
舞うような躱し方は変わらない。
だが今度は弾丸の軌道が不自然に変わったような動きであった。
両方の翼を狙った同時の二発、さらにそれに続いて中心への一発。合計三発を同じように逸らし、くるくると回りながら微笑むセイレーン。
……まずい。リッカが苛立っている。
僕の狙いが甘いことに対してか、向こうの反応に対してかは分からないが、とにかく怒っている。
早めにどうにかしなければと思い、こうなれば少しの間安全を捨ててでも接近するかと考えた時、事態は動いた。
突如として羽ばたきを止め、セイレーンが甲板に落下してきたのだ。
「え……え!?」
「ユーリ、離れてっ」
まるで急に飛ぶ力を失ったような落ち方だったが、それは彼女の想定内であるように、甲板に綺麗に着地する。
真上を飛んでいた以上、とりあえず退避しなければ激突していた。
果たしてそれが目的だったのだろうかと訝しんでいれば、着地したセイレーンはこちらに数歩、歩み寄ってきた。
そこに敵意は一切ない。寧ろ、不自然と感じるほどの好感が伝わってくる。
「勇者か?」
「え?」
「勇者なんだな?」
何やら目を輝かせながら寄ってくるセイレーンの勢いに、思わず後退る。
その笑みは、船長の言っていた通りの“不気味さ”があった。
「分かるぞ、勇者だ。魔族に抗うことを強要される勇者。その立場を投げ出さず、試練を一つ達成せしめた強き勇者だ」
「……それが、何?」
「人間を甘く見る輩は多いが我々セイレーンは違う。長らく人間と共にあるがゆえに、我々は人間を好ましく思っている」
童顔に見合わない、妙に古風な口調。
その言葉が偽りではないという独特な証明なのだろうか。セイレーンは翼を広げて胸を張った。
……、……布で隠すなりしてくれないだろうか。
そういう習慣が無いのかは知らないが、“人間と共にある”なら、こう、配慮してほしい。
「それでも我はこう、ピンとくる者がいなかった。やはり強き男が良いが、屈強なだけの男というのも好かん。どうにも己の琴線というものを呪っていたのだが……」
ぶつぶつと、要領の得ない自分語りを続けていたセイレーン。
何を言いたいのかいまいち伝わってこず、それでいて何となく湧いてくる嫌な予感。
それを信じて適当に追い払った方が良いだろうかと手を動かしかけ、最初に攻撃した時と同じようにくわりと目を見開いた彼女を見て思わず止まった。
「お前だ」
「……は?」
「我の好みにぴたりと刺さった。こう、心臓を締め付けられるような感じがした」
頬を染めながらのそんな言葉に、混乱が加速する。
その瞳の奥にある赤色が炎のようにゆらゆらと揺れる――ほのかな狂気を感じた。
「……ちょっと待って。何言ってるか分からない」
「よかろう、端的に言おう。つがいになってくれ、勇者。お前に惚れた。一目惚れだ。淫魔のいたずらの如く、電撃的に惚れた」
――端的に言われて、より“?”が増えた。
雰囲気からだけではない。言葉で、態度で、初対面の魔族からぶつけられる嘘のない好意。
それを受けて喜ばしいという気持ちになろう筈もない、唐突すぎるカミングアウトに、リッカすら真っ白になっているのが分かる。
唖然としているこちらを面白がるかのようにくすくす笑うセイレーン。
冗談だ、とでも言ってくれればどんなに良かったか。
「華奢で幼さを残し、それでいて強さを持つ者。勇者ならばそれも納得だ。ようやく我の好みが自覚できた。まさしくこれは運命、そう思わないか?」
「い、いや、全然……」
「我だけか……ま、良い。さあ、その無粋な戦装束など脱いでしまえ。可愛らしい顔を見せてくれ、勇者」
「ごめん……近付かないで」
思わず、そんな拒絶の言葉が出た。
液体で身を覆い、防壁にするとセイレーンはまるで鑑賞するかのように周りを歩き始める。
「うむ。魔族を拒絶するのも当然だろう。愛など互いを知り合いながら深めていけば良い。セイレーンとは尽くす種であり、伴侶を満たすのはセイレーンの使命であるゆえに」
ある意味では妖精に勝るほど、どうすれば良いのか分からない相手。
いきなり“つがいになってほしい”と宣う魔族に対する言いようのない恐怖。
その偽りのない強い好意も未知のものでしかなくて、困惑に思考が鈍る。
聞きたくないし、今すぐどこかに飛び去ってほしい。だというのに、体が動こうとしないのは多分、あのセイレーンに負けないほどに、この場にいるもう一人から熱い感情が沸き上がっていたから。
それは好意という形ではなく、セイレーンに向けたとんでもなく強い敵意だったのだが。
「無論夜伽でもお前を満たしてみせよう。いや経験はないのだが。寧ろだ、人間にとってはそちらの方が好ましいと聞いたが、勇者、お前はどうか?」
「そ、そんなの知らないよ!?」
リッカのそれをまるで意に介していないセイレーンの謎の問いに思わず大きな声が出た。
いや、つがいがどうのという話に飛躍している以上、話題としてはあり得るのかもしれないが、そもそも僕にそんな経験はない。
最低限、どういうものかと知っているだけ。
村の大人――あと何故かリッカやカルラ――に半ば押し付けられた知識以上のことなど知らないのだ。話を急に振られても困る。
しかしセイレーンは止まらない。
寧ろ頬はより赤みを増し、息を荒げ、表情は恍惚としたものになっていく。
「そうか。ではお前も経験はないわけだな! うむ、うむ。人間や耳長どもの憧れる“清い交際”というやつではないか! 良いぞ、我が操を捧げる男はお前であり、お前の子種が初めて注がれる胎は我のものだということだな!」
「――――――ユーリ」
「ああ……そそる、そそるぞ勇者! 想像するだけで股が疼く! もう良いか、心の昂るままに一度まぐわってしまおう! なに、我に任せよ、極上の快楽を約束しよう!」
狂気的な大演説に消えゆくほどの小さな声で、リッカがぽつりと名を呼んだ。
低い、低い、もしかするとセイレーンの方が怖くないかもしれない声だった。
「――――――ちょっとごめん」
「え?」
『トランスコード! アクセプション!』
周囲に展開させた液体が消えていく。
それはリッカの判断であり、まさか降伏かと、リッカに限ってあり得ない疑念さえ浮かぶ。
しかし、何も纏っていなかったのは僅かな間。
「おお! 我を受け入れてくれるか勇者! うむうむ! ならば全霊の奉仕でもってお前を――おぉぅ!?」
飛び出してくる無数の虫。
図らずも反撃になったようで飛び退いたセイレーンを尻目に、虫たちはスーツに集まり装甲となっていく。
形態を変えるつもりはなかった。つまりそれは、リッカの意思であるということ。
落ちる可能性を考えなければ、空を自在に飛ぶ者相手に向いた第三の形態。安全を捨ててそれに変わるということは、撃滅の意思の表れ。
『U-リッカ――バラーズッ!』
つまりは、あの時の妖精以上に――セイレーンはリッカを本気で怒らせたということである。