凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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『壊時』/五十点の勇者

 

 

 ――あまり、良い状況とは言えなかった。

 ノクトールの森。その目の前まで辿り着いたのはいい。

 だが、何があるかも分からないこの場所を強気に進めるかと問われれば、否だ。

 僕自身は、あの街を離れて少し経ったからか、ほんの少しだけ心の余裕が出来た。あの不快感を、少なくとも今は呑み込むことが出来ていた。

 リッカは違う。明らかに無理をしている。

 カルラの杖が奪われたこと。人々に襲われかけたこと。そのどちらもが、どうしようもないほどリッカに負担を掛けていた。

 

「……リッカ。入る前に、少し休もう。このまま踏み込むと危険だよ」

「駄目――早くしないと。杖を、取り戻さないと」

 

 あの杖に、リッカは安心を託していた。あの杖に、リッカは強く依存していた。

 だからこそ、一刻も早く取り戻すべきだ。それは当然だが、このままでは駄目だ。

 あの魔族たちに崖を飛び降りろと命じられたら即座に実行してしまいそうな、そんな危うさが今のリッカにはある。

 

「行こう、ユーリ」

「っ、待ってってば!」

 

 躊躇いなく森に足を踏み入れようとするリッカの腕を掴んで引き留める。

 その震えから、不安が伝わってきた。リッカが限界寸前であることが、伝わってきた。

 今のリッカを放っておける訳がない。

 あの街のことは考えるな。リッカを安堵させるためにも、今はリッカを先走らせないことを優先するのだ。

 

「一旦落ち着いて、リッカ。魔力は大丈夫?」

「ッ……ん、大丈夫」

「なら、一緒に行こう。魔法をお願い」

 

 一番良くないのは、二人とも平常心でいられないこと。

 リッカの分まで、僕がしっかりしないといけない。

 

「……ごめん、ユーリ」

『トランスコード! アクセプション!』

「うん。絶対に杖は取り返そう。そのためにも……慎重に、確実に」

『U-リッカ――リヴィアッ!』

 

 防御重視のこの形態は、水辺があると確信できないこの森で真価を発揮できるとは限らないが、最も安全であることは確かだ。

 『バラーズフューリー』によって使役できる虫たちに斥候させることも選択肢としては存在する。

 だが、あの形態は“本体”の防御力が他の形態に比べて低い。

 虫たちを一ヶ所に集めることによる局所的な防壁を瞬時に展開する判断が出来なければ、一気に危うくなるだろう。

 慎重に……慎重に、だ。何があるか分からない以上、焦ることは禁物。

 体が防御力を有した液体に包まれたことを確認し、森に踏み入る。

 

 ――暗い。

 ナイトラクサほどではない。だが、背の高い木の隙間から零れてくる日差しが明らかに少ない。

 もしかすると、天然の魔力が作用しているのかもしれない。

 視界に不備はないが、不気味さを煽る。

 

「……気配がしない。魔族とか、棲んでいないのかな」

 

 これだけ自然豊かな森の中ならば、魔族とはいかずとも小動物くらい見掛けてもいい。

 だが、辺りを見渡しても、野ウサギの影一つない。

 何も気配を感じないし、聞こえてくるのは風による木々の騒めきだけ。

 とてもではないが、この先に聖剣なるものが存在するとは思えない。

 

「ユーリ――あの岩と右側の木の間、通って」

 

 十分ほど歩いただろうか。

 変わらない景色の中をひたすら警戒して歩く沈黙を、リッカが破った。

 

「何かあるの?」

「迷いの術式。正しいルートで上手く解いていかないと、面倒なことになりそう」

 

 ……魔族の住む場所には迷いの魔法が罠として仕掛けられている可能性がある。

 そんなことを、リッカが前に教えてくれた。

 前に進んでいるつもりでも、その魔法に引っかかっているといつまでも同じところを回り続けるような、侵入者を阻むための妨害魔法。

 この変わらない景色も、もしかするとそれが作用していたのかもしれない。

 リッカの言う通り、岩と木の間を意識して通る。それで体感で何が変わった訳ではないが、先に進むための大事な一歩になっただろう。

 

「ありがとう、リッカ」

「うん……こっちも。少し落ち着いた。今はこの場所を、どうにかしないと」

 

 僅かに調子を取り戻したらしい。その言葉の通り、リッカの声色にも、落ち着きが戻っていた。

 安堵する。やはり、リッカと同じ歩幅、同じ目的を共有できた方が、ずっと心強い。

 少々……情けないとも思うが、事実としてこれが、僕が最も強く一歩を踏みしめられる心境なのだ。

 大丈夫――いける。

 

「聖剣ってのは、リッカも聞き覚えない?」

「ない。正直、胡散臭い。魔王がそんなものを用意していたとして、バカにしているとしか感じない」

 

 それらしい文言を使った罠だとしても。自身に抵抗する手立てを少しでも増やすためだとしても。

 どちらにしてもリッカとしては気に入らないらしい。

 胡散臭いというのは……同感だ。

 本当に、魔王に抗うに足る聖剣があったとして、信用できるかと言われればそれは否。たとえリッカの魔法を超える凄まじい力があったとしても、僕にはこちらのほうがずっと信用できる。

 聖剣に命は託せないがリッカには命を託せる。この違いは大きい。

 見つけたとしてもまともに使うことなど無いだろうと考えながらも、リッカの指示通りに進む。

 

 同じ景色が延々と続いているように見えて、迷いの魔法をちゃんと抜けるように進むのであれば道のりは複雑だ。

 誰一人、戻ってきた勇者はいないという森。リッカがいれば、迷いの仕掛けは怖くない。

 であれば恐ろしいのは、それ以外の何か。

 

 まさかこの魔法だけが障害ではあるまい。

 ルメリーシャの言葉が正しいならば、過去にもこの森に挑んだ勇者がいたという。

 それらは、この仕掛けに敗れたのだろうか。或いはその先に待つ何かの前に倒れたのだろうか。

 僕たちはその後を追う訳にはいかない。戻った者がいないというなら、僕たちはその最初の例になってみせる。

 

「……ユーリ」

「ん?」

「聞かないの……? あの魔族の、言ってたこと」

 

 ――もしかすると、僕の答え如何によっては、リッカは話してくれたのかもしれない。

 リッカにとって何より打ち明けたくない秘密。気にならないと言えば、嘘になる。

 

「……一年前から、リッカは変になった。前から変だったけど、もっと。それがきっと関係してるんだろうなってところは分かる」

「……」

「でも、リッカがリッカなのは変わらない。運命がぐちゃぐちゃなら、僕のそれを使えばいいし、魂がぼろぼろなら、少しでも楽になるよう寄り掛かってくれていい。僕だけじゃなくて、カルラだってそう思ってる」

 

 過去に僕の知らない何かがあったとして、それを変えることなんて出来ない。

 だから、僕がリッカのために提示できるのは未来だ。

 互いに迷惑かけて、かけられてを、何百回繰り返したか分からない。それが僕とリッカとカルラの関係だ。

 これからだって変わらない。今、この場にカルラがいないなら、全部寄り掛かってくれたっていい。

 僕だってリッカに山ほど助けられている。お互いさまだ。頼りにならないことは自覚があるが、少しだけ頼ってくれれば、リッカが楽になれる。

 

「あんな言葉、気にしなくていい。何を言われても、僕たちは二人で魔王を倒して、二人でカルラのところに帰る。でしょ?」

「――――うん」

「……今の、少しだけ勇者っぽかったかな」

「……五十点くらい」

「えぇー……」

 

 自分で言っていて、少しだけ気恥ずかしくなる。

 冗談めかしたオチを付ければ、返ってきたのはいつも通りのリッカの言葉。

 だいぶ、リッカらしさが戻ってきたことが嬉しかった。あとは、杖さえ取り戻せば、完全に元通りだ。

 聖剣とやらが過程になるという状況はなんだかおかしいが、それもまた、僕たちらしいと言えるだろう。

 

 

 

 どうやらすっかり夜であるらしい。

 僅かな陽光も零れてこなくなった薄闇をひたすら歩いて、僕たちはようやくそこに辿り着く。

「……ここ、森の真ん中?」

「ん……そうみたい」

 

 不自然に開けた、それまでより幾分か明るい空間。

 ここまで来るにも数えきれないくらいの術式が仕掛けられていた。

 リッカの案内がなければ、永遠に進めないと確信できるほどの迷路。

 それを抜けて、ようやく辿り着いたその場所は、思った以上に寂しい場所だった。

 

 聖剣のある場所に、どういう想像をしていた、という訳ではないが。

 そもそもその聖剣らしいものさえ見当たらない。

 だが、結局偽りだったと言い切れるかと言えばそうでもなく、その広場の中心には石造りの台座が鎮座していた。

 

 台座は箱のようになっており、蓋が開け放たれて中が見えるようになっている。

 その中は、やはり空っぽ。随分とその状態で時間が経っているようで、開かれた蓋も台座の中も、表面を苔が覆っている。

 

「まさか、もう誰かが持ち出した後とか?」

「かもしれない、けど……ちょっと待って……ユーリ、その台座、ちょっと触ってみて」

 

 リッカの言う通り、台座に触れてみれば、刻まれていたらしい術式が光り出す。

 同時に何か、胸の内が騒めくような感覚――それはすぐになくなって、術式の輝きも消えていった。

 

「……勇者じゃないと開けられない封印と、内部の保護、それから……」

 

 僅かな時間で、今の術式を読み取ったらしい。

 リッカはぽつりぽつりと、その術式が紡ぐ魔法を紐解いていく。

 

「中身を持ち出した者の、強制転移……?」

「取った瞬間、どこかに飛ばされるってこと?」

「多分。それがどこかは、分からないけど」

 

 内部の保護が掛かっていたという情報から、大事な何かが存在していたことは確かだ。

 それが存在しないということは、既に誰かが手に取って、強制転移とやらが発動したのだろう。

 問題はどこに行ったのかと、誰がそれに掛かったのか。

 今の段階で、この中に聖剣があったならば、その魔法に掛かったのは僕たちだということになるが……。

 

「ッ――!?」

 

 その時、突如として空気が揺れ、痛いほどの魔力が体中を抜けていった。

 半ば吹き飛ばされるように大きく後退し、無理やり体勢を立て直す。

 いきなり何が起きたのか。とにかくそれを把握しようと、台座の方に目を向ければ、視界に入ってきたのはこの広場を狭いと思わせるほどの巨体。

 

 筋張った細い足から、長い尾、長い首の先にある髑髏が如き頭部に至るまで、全身をびっしりと覆う半透明の鱗。

 剥き出しになった赤い瞳はぎょろぎょろと動き、やがてこちらを捉えた。

 無数の細い歯の奥から零れる、鉄を引っ掻くような甲高い呻き声。

 とてもではないが、それを異形の大トカゲと判断することなど出来ない。

 最強の種族は何かと問われれば、誰もが口を揃えて名前を出すだろう、富と力の象徴。

 

「ドラゴン……!?」

「 ―――――――― 」

 

 岩をも容易く砕く怪力と、魔法さえ操る確かな智慧、そして鱗の一つ一つにまで込められた莫大な魔力。

 強さの証明となる何もかもを持つ種族の一個体が唐突に、その場に現れた。

 どこからか近付いてきたということはない。予兆といえば、先の凄まじい魔力だけだ。

 あの台座の魔法が影響したのだろうか……などと、考えている場合ではない。

 

「 ―――――――― 」

「ぐ、う……っ!」

 

 こちらを外敵と認識したらしい。

 離れていた距離をたった数歩で詰めて伸ばしてきた爪を、液体で受け止め、貫かれる前に受け流して退避する。

 爪と同時にのしかかってきた重みは、山道のオークさえ可愛げのある域だった。

 

「リッカ、一旦逃げるよ」

「っ……うん、そうした方がいい」

 

 聖剣について、もう少し調べたいところだったが、それどころではなくなった。

 一体どこから現れたかは重要ではない。今の僕たちが最優先に理解すべきは、このドラゴンがあまりにも強く、突破の難しい脅威であること。

 この巨体からして、森の木々の間を走り抜けられはしない。

 それらを粉砕しながら追ってきた時、迷いの魔法がどう作用するかは分からないが、とにかく僕たちはこの場を逃げるべきだ。

 方針をリッカとも共有し、行動に出る。

 ドラゴンに背を向けないまま、後退して広場から離れようとして――それを待たずして、僕たちとドラゴンの間の空間が強く光る。

 

「こ、今度は何!?」

 

 次から次へと起こる謎の事象。

 あまりに立て続けの予想外は、遠慮なしに僕たちを更なる混乱に陥れた。

 

「何かの転移……さっきのドラゴンより、はっきりした……」

 

 ――その光が収まる前に、邪魔だとばかりにドラゴンが迫る。

 光を踏み潰してでもこちらに突っ込んで来ようとする巨体に、回避が遅れた。

 取れる手段は防御のみ。とにかく直撃だけは避けようと液体による防壁を展開し――

 

「 ――――――――!? 」

「え……」

 

 弾き飛ばされるように、ドラゴンが仰け反った。

 光そのものが障壁となっていた訳ではない。その光の中に“いた”者が、ドラゴンの突進を対処したのだ。

 リッカ曰く転移。あの台座のように、“ここ”から“どこか”へ、ではない。“どこか”から“ここ”へやってきた誰か。

 

 転移の光が収まる。収まってなお、自らが眩い輝きを放つ、存在感の塊。

 何もかもが違うと、瞬時に理解できた。存在を構成している全てが、僕とは違う域にある。

 黄金だ。長い髪も、瞳の色も、放つ魔力も、他の色では決して届かない高みの輝きを持っていた。

 片手に持つ剣の黄金は担い手の存在すら当たり前に霞めてしまうものだというのに、僕たちとそう変わらない年代に見えるその少女は、剣の存在感と対等にあり、互いを高め合ってすらいる。

 彼女のためにその剣はあると、初めて見るのに確信させる違和感のなさ。

 

 ――聖剣を手にした、“百点満点”の勇者の姿が、そこにあった。


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