凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
再び足を踏み入れようとして、その一歩を進めるのにひどく時間が掛かった。
ナイトラクサに抱く拒絶感はそれほど大きいものだった。
だが、入らなければならない理由がある。
リッカのため――リッカのためだ。
「二人とも、行けそうですか? 安心してください、僕が守りますよ」
クイールの言葉は、同じ勇者に向けたものではなかった。
当然だ。絶対的に実力に差がある。そして、クイールはそういう性格のようだから。
今はそれに頼るしかない。悔しいが……僕たちではあのヴァンパイアの少女たちに勝てないのだから。
「……リッカ、大丈夫。僕から離れないで」
「……ん」
それでも、せめてリッカをこの街のシステムからは守れるように。
渡された首輪を手に取る。
最上位の価値を持つ者にして、リッカの“所有者”である証。
認識すればするほどに気持ち悪いその首輪に目を向けないようにして、街に踏み込む。
視界は一気に、作られた明るさの散らばる夜へと切り替わる。
祭りや市場などとは違う、欲に満ちた活気。この街においては正しい喧噪。今日も今日とて、この街の何処かで誰かが成り上がり、また違う誰かが落ちぶれる。
何故、そうまでして何かを得たいと思えるのだろう。
分からなかった。僕にこの街は、一生かかっても理解できる気がしなかった。
「あー……首輪。そういうのもありましたね」
「え?」
僕の手元を何気なく見て、呟かれたクイールの言葉。
喧噪にすぐに消えていく筈が、それは不気味なほどに鮮明に周囲に聞こえたらしい。
こちらに――クイールに向けられた視線は、一つや二つではない。
まさか、という危機感が生まれた。それを今ここで指摘するのはよくない。ヴァンパイアたちがいるであろう教会に急がないと――
「――おい、嬢ちゃん。あんた、首輪は?」
「失くしちゃいました。これ取った時、その辺りの持ち物は全部どっか行っちゃったんですよね」
それよりも早く、歩み寄ってきた男性の問いに、クイールはあまりにも正直に答えた。
聖剣の試練において、持ち物が全部失われたという話は聞いていた。
それを念頭に置いておかなければならなかったのだ。
ルメリーシャが言うには、この首輪を失くした者もまた、この街における最下層となる。
であれば、どうなるかなど。想像したくなくとも明白だ。
「そっちの嬢ちゃんもか? おいおい、首輪無しがどういう意味なのか、分かってて戻ってきたのかよ?」
「やむを得なかったんですよねぇ……どうしましょうか?」
その危機感を抱いているのは、こちらだけらしい。
……仕方ないと、息を呑む。嫌悪感に込み上げてくるものを堪えて、その言葉を口にする。
「…………僕のだ」
「へ?」
「僕が、この二人の所有者だ。今から、教会のヴァンパイアたちに会いに行く。手出しはさせない」
「……チッ、上流等級サマかよ。せっかくまともな首輪無しだってのに……」
この街を出ていく時、リッカを守った方法と同じもの。
安全を保障するためだ。首輪を見せれば、周囲に露骨な落胆や舌打ちが広がっていく。
悪態をついて去っていく男。それぞれの興味は尽きたようで、視線は少しずつ減っていった。
「――いやあ、助かりました。流石に人相手に力尽くでどうこう、ってのは好ましくないので」
「……ごめん。咄嗟のこととはいえ……」
「いいですよ。ちゃんと意図は分かってますから」
その回避方法をさして気にしていないらしいクイールは、先導するようにすたすたと歩いていく。
良い印象は持っていないようだったが、この街自体にさほど興味がないのだろうか。
不思議に思っていれば、リッカが消え入るような声で問いを投げた。
「……なんで」
「ん? リッカちゃん、どうしました?」
「なんでそんな、危機感無くいられるの? どうしてそれで、まともに勇者として、やっていられるの?」
心底からの疑問のようだった。
尋常ではないほどに、常に気を張って、どんな魔族だろうと警戒を消さないリッカ。
その警戒にいつも頼ってしまっている僕ですら疑問だったのだ。リッカにとって、“それ”で一人の旅が上手く行っていたことがあり得ないのかもしれない。
んん、と指を顎に当てて、クイールは少しだけ考え込む素振りを見せる。
やはりそれもまた、彼女にとっては疑問の対象ではないらしい。
「なんででしょうね? 何があっても諦めるもんかーって考えてたら、割と諦めなくてもなんとかなったっていうか。あまり深く考えたことはないです。だって、頭痛くなっちゃいますもん」
「……それだけの……理由、で……?」
「はい。勇者の使命と、大切な誰かのこと。その二つを背負うだけでいっぱいいっぱいです。だから、後はまあ、なるようになれ精神で」
……お気楽、という訳ではないのだろう。
それがクイールなりの、精神面の余裕を保つ選択なのだ。
重要なこと以外の全てを、深く考えない。その場その場で対処すればいい。そんな方針が、かえって彼女を助けてきた。
苦笑すら零れそうになる。これもまた、勇者としての才覚というものなのか。
「…………なら……全部、終わらせてくれれば」
「――リッカ」
「分かってる、たらればなんて意味ないし、八つ当たりだってことも分かってる……けど、ユーリより前に、そんな勇者がいたなら――全部終わらせてくれれば、ユーリが勇者になることもなかった。何もかもが、おかしくなることなんて、なかった……っ!」
考えてはいけないことだと、そう思っていた。
クイールも含めた、これまでの九十九人の勇者。その誰かが使命を果たしていれば、こうして、勇者として旅に出ることもなかった。
絶対に口に出すまいと思っていた。クイールの完璧さには、そんな不満すら生まれてこなかった。
――リッカは、そうではなかったのだろう。
「……当然ですよね。それは受け止めないといけない不満です。何処ともしれない場所をほっつき歩いている間に、ユーリくんが選ばれてしまったんですから。憎まれるべきですよ、僕は」
「ッ……」
「だからこれは、背負う三つ目の荷物ですね。僕も過去は変えられませんから。認められるなら、いる筈のない二人目の勇者として。これからやるべきことを全うします。これは、その意気込み、信念の一つに。……ひとまず、そんなところでどうですか?」
対して、クイールは柔らかい笑みを返した。
どうして、こうも輝けるのだろう。自分の状況、向けられた感情を、綺麗に片づけられるのだろう。
リッカは、力なく俯いた。それしか出来なかった。
返す言葉がなくなったのだと分かる。
それ以上を、今のリッカは口に出来る状態ではなかったのだ。
二人目の勇者――それが彼女自身の認識。自分の次が来た以上、二番目であることを彼女は受け入れた。
……言える筈があろうか。“それは重い”、だなんて。
クイールが二番目となる状況で、僕が一番目になるなんて、間違っている。
否定してしまいたい。その信頼を、投げてしまいたい。
抱いてはいけない感情が、自分の中で少しずつ、大きくなっていく。
そんな濁ったものをこの場で吐き出すことは、結局出来なかった。
自信に満ちた、“勇者の足取り”に続いて、教会に辿り着く。
僕たちでは勝てない魔族のいる、簡単に逃げることの出来ない屋内。
そこに踏み入ることすら、何の障害でもないかのように、クイールは扉を開いた。
「どーも、ヴァンパイアのお二人はいらっしゃいますか?」
――少なくとも、この街を支配する魔族を訪ねた第一声ではない呑気な声色。
当然のように、ルメリーシャとヴァージニア……二人のヴァンパイアはそこにいた。
ルメリーシャの片手には、リッカの杖。取り戻さなければならないものが握られている。
「え……は?」
「……馬鹿な。一体どういうことです」
クイールに向けられる、二つの唖然とした表情。
彼女の存在は、二人をして完全に予想外。二度と戻ってこない、そんな確信があったのだろう。
ずかずかとクイールは、教会の中へと入っていく。僕たちがそれに続いている内に、クイールは話を切り出した。
「お久しぶりです。この通り、聖剣を手にしましたので、戻ってきましたよ」
「聖剣、って……待って、なんで生きてるの? ジャバウォックは!?」
「ジャバ……? えっと、なんのことですかね? 正直個々の名前を憶えている余裕がなくて……」
「ドラゴンが! いたでしょ! なんで普通に、十年前と同じ姿で戻ってきてるの! そっちのお兄ちゃんたちまで!」
「あー……ドラゴン。さっき倒しちゃいました。
「……ジャバウォックを倒した? 人間が……?」
あの森にいたドラゴン。あれは、二人の知っている個体であったらしい。
ジャバウォックと呼ばれた、本来では人間が太刀打ちしようのない、魔族の一つの完成形。
当然ながら、二人の想定として勝てるものではなかったようだ。僕とリッカだけでは、この二人の想定通りの結果になっていた可能性もある。
それを打ち破ったクイールは、大事ではないかのように首を傾げた。
「聖剣の試練で戦った魔族たちの方がずっと強かったですよ?」
「……聖剣の、試練……? ああもう、ワケ分かんないっ! 何なのお姉ちゃん! 今回も、前にこの街に来た時も、ちっとも思い通りにならないじゃない!」
「そんなこと言われても……」
苛立ちに任せて地団太を踏むルメリーシャに、クイールは苦笑を返す。
まるで、見た目の通りの年少の我儘に対するかのような反応だった。
「とりあえず、文句は受け付けますけど……先にリッカちゃんの杖を返してあげてください」
ぴたりと動きを止めたルメリーシャ。
暫しの瞬きの後、その目が手に持ったリッカの杖に向けられる。
そこから、表情が“彼女らしい”笑みに変わるまでの沈黙が、嫌になるほど不気味だった。
「――そっか。そっかぁ。これ、そっちのぼろぼろお姉ちゃんのだっけ。どうしよっかなぁ? だって、持ち帰るにしても、ちょっと反則じゃない? それに、返す約束なんてしてないし?」
それで優位性を取り戻したように、ルメリーシャはリッカに挑発的な視線を向ける。
「ッ」
「あぁっと、動いちゃ駄目だよ。あたし、人間用の杖を持つ“訓練”なんてやってないもん。そんなこわーい顔で近付かれたら、震えて力が入っちゃうかも?」
……たとえ聖剣を持ち帰ったとて、素直に杖が返却されるなんて思っていなかった。
それでも、縋るしかなかった。それしかない程に、リッカは弱っていた。
僕たちに出来る素直でない解決方法など通用せず、奪ったものを返す良心は、向こうにはない。
それではもう、手詰まりではないか。
「僕が戻ってきたタイミングでユーリくんとリッカちゃんがやってきたのは、二人の運命あってこそ。運命で解決したんです。この街らしくないですか?」
「お兄ちゃんだけならそうかもしれないけどね。ぼろぼろお姉ちゃんのぐちゃぐちゃな運命じゃ、何をどうしても良い方向には転がらないよ。その結果がこれ。お姉ちゃんは何かをすればするだけ、悪い方向に狂っていく存在なの」
「そうなんですかね? 僕は二人と会ったこと、悪いとは思ってないですよ? 今までにないことで、面白いじゃないですか」
「それ、まだ“二人の勇者”の運命がぐちゃぐちゃの分で差し引かれて、まだマイナスになってないだけって気付かないかなぁ。ぼろぼろお姉ちゃんがいなければ、二人はもっと良い形で出会ってたんだよ?」
「……それは、ないよ」
思わず、声が出た。
運命の足し引きが実際にどういう結果を巻き起こしているかは分からない。
でも、そこは断言できる。色々なことが分からなくなっている今でも、確信できる。
「なぁに? お兄ちゃん?」
「僕一人で……クイールと出会える可能性なんて、はじめからない。どんなに、キミたちが言うように、リッカの運命がおかしくても……リッカがいるから、ここまで来られたんだ」
“もしも”なんて分からないから、こういうことも言えるけれど。
間違いないと言い切れるのはそれだけ、一人だけの僕が弱いと分かっているから。
リッカがいたから、今の僕がある。
リッカがいなければもっと良かったなどと言うならば、その“もしも”は本当の意味で僕ではないのだ。
「……、……お兄ちゃんって――」
理解し難いといった表情で、何かを言いかけたルメリーシャ。
言葉が止まった理由は、彼女の視線が動いて、ヴァージニアが目を見開いて、クイールが振り返って。
その次にほぼ同時に僕とリッカが気配に気付いて、振り返ってからだった。
「な……何しに来たの……?」
気のせいだろうか、ルメリーシャの声が震えていたのは。
……気のせいかもしれない。今ここに感じている全ての違和感も、錯覚かもしれない。
いつから空気が変わっていたのだろう。これだけの違和感、突然現れたのでもなければ、当たり前に気付く筈だ。
「なにって……ここ、教会よ? 魔王の使徒がここに来るのは、当然じゃないの――」
その声は、軽かった。異様なほど軽かった。
聞くだけで体が浮いているかのような感覚に陥る。脳がゆらゆらと揺れている。
不安定になった思考を優しく包む甘い匂いが、あらゆる感覚を蕩かしていく。
「ユーリ――ユーリっ」
「……、大丈、夫」
「あっぶな……うわ、くらくらする……二人とも、気をしっかり持ってください。多分ですけどこれ、非常事態ですよ」
これは異常だと、全身が警告を発して、脳を奮い立たせる。
ふらつくな。立っていないと駄目だ。そこにいるのは、ただの魔族ではない。
――リーテリヴィアと同じ、圧倒的な存在だ。
「非常事態……確かにその通りね。じゃないと流石に、私がわざわざ来ないわよぉ。そういう訳だから、ちょっとここ、借りるわね」
今も視界がゆらゆらとしていて、はっきりとしない。
それでも、なお視認しようとすれば、そこにいたのは“殆ど”何も纏っていない女性魔族。
唯一、両の手首にあるのは、無意味としか思えない手枷。鎖の千切れたそれには、魔力すら感じられない。その存在を構成する全ての中で、そこだけが“普通”だった。
コウモリのような赤黒い翼には被膜が無く、まるで背中から伸びる二本の手のようだった。
翼と同じ色の尾は彼女を取り巻き、こちらに向いた先端は、顎のない円形の口のように開かれている。
赤い長髪の先端は溶けるように揺らめき、薄いピンクの魔力を炎の如く辺りに舞い散らせる。左右の捻じれた角は長さも、向いている方向も異なり、その存在の不安定さを際立たせている。
半分閉じた目蓋の向こう、黒が混じったピンクの瞳は――注視してはいけないものだと感じた。
「……手短に、用件を済ませたらすぐに帰ってください。この街を『狂宴』に飲み干されるのは、私たちも我慢なりませんので」
「善処するわぁ。まあ……この街の欲、大して美味しくなさそうだし、いらないけど」
ヴァージニアの、人間に向けるものとはまた異なる嫌悪感。
そこに最上位の魔族に対する敬意など、微塵もなかった。