凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
その存在に呑まれていた空気は、ヴァージニアが声を放ってなおも傷付かなかった。
沈んでしまいそうなほどの深さ。潰れてしまいそうなほどの圧。
それでいて独特すぎる軽さは破ろうにも破れない。
――そのように感じていたこと自体が、未熟の証とでも言うように、満ち満ちた空気を粉砕して見せた。
「……それで、あなたは?」
額に手を当てて、軽く頭を揺らしつつもクイールはその存在に問う。
まるで今の感覚を、少し目眩がしただけのように片付け、振り払った。
問いに女性はゆっくりと首を傾げる。傾げて、傾げて、ようやく止まったところで微笑んだ。
「本当に、生きてたのねぇ。勇者……クイールちゃん」
「まあ、見ての通りですけど。それで、あなたは?」
「時忘れの迷宮、人間が突破できるなんて。あの聖剣、人間が使えるんだぁ」
「何とかの迷宮は知りませんが、そうみたいですね。それで、あなたは?」
「……限界、超え過ぎないことをおすすめするわぁ。あなたは向いていないみたいだから――」
「……よく分かりませんが、覚えておきます。それで、あなたは?」
「お姉ちゃん……馬鹿なの?」
ルメリーシャが呆れを超えて、真顔になっていた。
クイールがひたすら言葉を受けては返しているだけの、会話のようなもの。
通算四度目の問いかけから数秒。折れ曲がりそうなほどに傾いていた首を元に戻し、長い欠伸を一回。そして、ようやく。
「くぁぁ――……私は、『狂宴』。四天王……火のアリスアドラ。よろしく、お願いするわぁ、勇者の二人」
マイペースのままに、その強大な魔族は名乗った。
リーテリヴィアと同様の圧倒的な存在感を持つのは当然だ。彼と同じ、四天王なのだから。
「……四天王。なるほど。良かった、ちょうど聞きたいことがあったんですよ」
「あら、なぁに?」
「あ、会話通じた……えっと、百代目としてユーリくんが選ばれた訳ですけど、僕どうなるんですかね? まだ勇者でいいんです?」
四天王アリスアドラ。魔王に最も近い、最高幹部の一人。
彼女ならば答えが出せるだろうと、クイールは尋ねる。
二人の勇者が同時に存在する。今の状況は紛れもなく未曾有の事態。
もしも……勇者は一人であるべしと答えが出されたならば、切り捨てられるのは、どちらなのだろう。
考えるまでもない。ただの一人も成し遂げられなかった偉業を果たした彼女の方が、よほど人間の代表たる存在だ。
「別にいい、らしいわよ。まあ、私も同感。だって……楽しくなりそうじゃない」
「それなら良かったんですが……楽しくなりそうが基準なんですね」
「元々……勇者のシステムなんてそんなものよぉ。今回は面白くなるわ……聖剣持ち帰った九十九代目に、狂気に屈さない百代目。どっちにも、頑張ってほしいわね」
ゆらゆらと揺れる瞳は、僕とクイールを交互に捉えている。
……寝ぼけているのだろうか。もしかすると、それは幸運なのかもしれない。
あの瞳は良くない。見られているだけで“おかしく”なりそうな、そんな予感がある。
アリスアドラの激励は本心とは思えない軽さだった。
その評価にもまた、疑問がある。
「自覚、してない? 勇者、ユーリくん」
「っ!? ……なんの、話?」
「……フフ。なら、いいわぁ。私の狂気を分けてあげたオークやセイレーンに負けないあなたは頑張っているって話よぉ」
――理性を失ったような、凶暴なオークがいた。
――自分の愛に狂った、恐ろしいセイレーンがいた。
それぞれ、その種、その個体の性質だと片付けていたが。
もしかして、あれは唆されたものだったのだろうか。
格下の相手を容易く操る――それを可能にしてしまいそうな悍ましさが、あの瞳にはある。
「あとは……何だったかしら。……そう、試練ね。あなたたちに与える、火の試練について考えないと――」
「ねえー、話長くない? あたしたち、取り込み中だったんだけどー?」
待ちくたびれたように、ルメリーシャが口を挟んだ。
……今はルメリーシャを優先しないといけない理由がある。なのに、目の前のアリスアドラという存在がそれをさせない。
ルメリーシャに集中するということは、アリスアドラに隙を晒すということ。
四天王相手に、それをして良いのかという迷い。
――そんなものを抱くことなく、クイールはアリスアドラに背を向けた。
「そうでした。今はその杖をなんとか返してもらわないと、ですよね」
「クイール、キミ……」
「ユーリくん、彼女を警戒しても意味ないです。勝てないんで。ならあっちの二人との話を先に付けた方が良いでしょう?」
あっさりとアリスアドラへの注意を捨てたクイール。
アリスアドラには勝てない。それは……理解できる。クイールでさえ、どうにかなるとは思えない存在だと。
だが、だからといってこうも簡単に背中を見せられる切り替えの早さは、分からない。
「……本当、変なの。それで普通、はいそうですかってアレ無視できる?」
この時ばかりは、ルメリーシャの疑問に同意した。
それほどまでに――アリスアドラを警戒するのは、本能の域なのだ。
「昔から、よく普通じゃないって言われます。でも、そのおかげで勇者に選ばれたならいいかなって」
「気に入らないなぁ、人間の増長。元々意味わかんなかったんだよね、勇者とかいう、人間を思い上がらせる“イベント”。『狂宴』様ぁ、こんなくだらない催し、いつまで続けるつもりなの?」
「知らないわぁ。にしても……その杖」
「あげないよ? せっかく面白いおもちゃなんだもん。あ、でもどうしよっかなぁ。『狂宴』様にあげた方が面白くなるかも。どう思う? ヴァージニアぁ」
「……なんなんでしょうね、この誰もかれも我が強すぎる空間は」
……駄目だ。本能なんて、無視しないと。
これ以上、取り返しにくくなる状況には陥らせない。
リッカのため――リッカのためだ。
「……その杖……持ち主に返した方が良いわよ……。その属性は、あなたが従えられるものじゃないわぁ」
「はぁ……? なにそれ、そんな特別な杖なの? へー、そうなんだ……宝物かぁ」
ようやく、アリスアドラを振り切って、ルメリーシャを再度視界に入れた。
彼女は相変わらず、杖を弄びながら、リッカに細めた目を向けている。
「ねえ、ぼろぼろお姉ちゃん、返してほしい?」
「……」
力なく、リッカは頷く。
魔族に対して、下に出るのが、どうしようもなく悔しい。それでも、そうするしかないという葛藤。
それがより、ルメリーシャを良い気にさせていた。
「ならさ、こんなのどう? そっちのお兄ちゃんも、お姉ちゃんも連れないで、ぼろぼろお姉ちゃんだけで外に出てきて」
「――ッ!」
たった今、思いついたかのような提案に、暫し思考が真っ白になる。
「今日いっぱい、逃げ帰って来ちゃ駄目。それが出来たら、明日になったらこの杖を返してあげる」
「だ、駄目だ……そんなの……」
「お兄ちゃんの意見は聞いてないよ。どうするの、ぼろぼろお姉ちゃん。契約は破らないよ。“どんな状態”になっても、戻ってきたらそれでお姉ちゃんの勝ち。わぁ! こんなビッグチャンス二度とないよ!」
これ以上ない妙案。そんな笑顔で、ルメリーシャは言ってのけた。
そんなことをすればどうなるか。嫌というほどに、光景が思い浮かぶ。
この街を出る前に起きたことの、それより先が訪れるのに何分と掛かるまい。
何故、そんな提案をこうもあっさり出来るのか。リッカの何よりも大切なものを、交換条件に出来るのか。
「そ――それなら、リッカに、首輪を渡してからだ。一等級の首輪……渡すって、約束を……」
「うんうん、それも後ね。いいよ、聖剣は持って来たってことにしてあげる。これが終わったらちゃんと首輪も、あの首飾りもあげる。そしたら外で何されても、やり返せるもんね?」
「――――――」
リッカを下から覗き込むルメリーシャの笑みは、結局そこまで至ることはあるまいという確信に満ちていた。
そして同時に、リッカの答えも、分かり切っている。
それほどまでに、あの杖は、リッカにとって――
「……あまりに悪趣味じゃないですか? そういうの、良くないです。この街がどんな街か、キミたちが分からない筈ないですよね?」
「もちろん! 分かってて言ってるに決まってるじゃん! よわーい人間が壊れるまで狂うのがこの街だもん! ネシュアが狂った果てに生まれたのがこの街なんだから! そうでしょ、『狂宴』様?」
「……ネシュア。懐かしいわねぇ……久しぶりに、顔出そうかしら」
「この街の成り立ちは興味ないんですけど……リッカちゃんをそういう目に遭わせるってことなら、僕は勝手に抵抗させてもらいますよ」
「……もしかしてお姉ちゃん、あたしに勝てるって思ってる?」
「勇者ですから」
クイールが聖剣に手を掛けて、ルメリーシャと睨み合う。
その間に一歩踏み出そうとしたリッカの手首を、僕は咄嗟に掴んでいた。
してはいけない覚悟を決めた、今にも壊れそうなその表情。
リッカをそれ以上先に進ませる訳には、いかなかった。
「……杖、返して、何でもする、から」
「リッカ! 駄目だってば!」
「――あっはははははっ! おっかしいの! いいよいいよ、戻ってきたら本当に返してあげる! それまで壊れないといいね! あはは、そんな判断するくらい、もう壊れてるのかもしれないけどっ!」
もっと何か、ある筈だ。
リッカが尋常ではない恐怖とあの杖を天秤に掛けていることくらい分かっている。怖くない訳がない。それでも、取り戻せるならと考えているのだ。
その選択は駄目だ――イヤだ。そこを間違うくらいであれば、もっと別の何かを間違えた方が、ずっと良い。
あの杖を取られること、それ以上の苦しみは――リッカには、いらない。
「リッカちゃん、ストップです。そんなことしなくても大丈夫。僕がなんとかしますから」
「いいの、それが一番、確実……ユーリ、離して……別に、死ぬ訳じゃ、ない」
「リッカ……!」
「――面白いわねぇ、あなたたち」
――――耳元で、何もかもを蕩かす言葉が囁かれた。
瞬間、体の自由の全てが喪失する。立ったままに、動かし方を忘却する。
手は力を無くし、リッカから離れる。まるで、見えない糸に操られたかのように。
「ちょっ……!? 『狂宴』様!?」
「……なんのつもりですか。我々も巻き込むなどと」
「あぁ……ごめんなさい。あまり加減、利かなくて……クイールちゃん、その抵抗、やめてちょうだい? 大丈夫……悪いようにはしないから」
「そういうの、リッカちゃんを離してから言うことですよ……っ」
ふらついた足取りで、前に出てきたアリスアドラ。
ひたひたという冷たい足音は、ひどく不気味だった。
その尾はリッカにゆっくりと巻き付き、持ち上げる。全力で体に動けと命令するが、脳から飛び出す前にその意思は溶けていく。
「っ、離して……! なんのつもり……!?」
「リッカ――! トランスコード……ッ!?」
「駄目よ、それは少し、お預け」
リッカを無理やりにでも取り戻す手段。魔法を起動しようとして、リッカの細い首に指を当てられて言葉が止まる。
術式が動き出し、リッカが魔力に分解されるまでの僅かな時間。
それはあの魔族があと数センチ、指を喰い込ませるには十分すぎる。
クイールも抵抗こそしていれど、この僕たち共通であるらしい、体が動かない状況からは脱することが出来ていない。
「未熟なまま進むユーリくんだけで、あなたは特に何もないと思っていたけど……もしかすると、あなたの方が面白いかも、リッカちゃん」
「なにが……やめてっ、触るなっ!」
「ユーリくんを“守りたい”、“終わりたい”、でも“守れない”、“終われない”……“たすけて”……“今度こそ”。あなたの狂い方は、私も知らないわぁ。フフ……目が、覚めてしまいそう」
駄目だ……動け、動いてくれ。
こんな状況で何も出来ないなんて、あってはならない。勇者としてどんなに駄目でも、リッカは守れないと駄目なのに。
リッカの背筋をなぞっていくアリスアドラの指。下から上へ、肩、首筋、頬、そして唇――その指は妖しく、掠めるように、リッカに触れていく。
怒りが消えて、リッカの表情は、恐怖だけになった。
からからに乾いた喉が、ギリギリと痛む頭が、体を急かす。それでも、この弱い体はビクともしない。
「これも、何かの縁よぉ。あなたの狂気と、私の狂気、交換しましょうか?」
「やっ――――」
「――――ぁ」
そして、アリスアドラがリッカに何を言っているのか理解する前に、二人の唇は重なった。
ぴちゃり、ぴちゃりと音を立て、絡んだ舌を通して何かが受け渡されていく。
リッカの目が見開き、抵抗を試みて、やがてそれが無くなるまで。その一部始終から、目を離すことを許されなかった。
「――ん、はぁ……決めたわぁ、ユーリくんにクイールちゃん」
「――何を、ですか」
「あなたたちへの、火の試練……この子の希望を絶望より大きくしてあげて」
唇を離し、なおも互いを結ぶ唾液を舐め取ってから、アリスアドラが言ったそれを整理する余裕などない。
目を開けたまま、虚空を見つめるリッカの様子が、明らかに変わっていたから。
混乱が一周回って平常心に戻ったなどではない。
口を小さく動かして、何事かを呟いている。
「ちょっと『狂宴』様ぁ! あたしたちの教会で盛らないでくれる? 早く解いてよこれ!」
「……ユーリ」
「え……?」
ぽつり、と。
苛立つルメリーシャが騒ぎ立てる中で、聞こえる筈のないリッカの声。
小さく呟かれた僕の名前が、嫌にはっきりと耳に届いた。
「……ユーリ、守らないと」
「リッカ……?」
「――――トランスコード」
無機質な声色で紡がれた言葉を、アリスアドラは止めなかった。
『WARNING! WARNING!』
「……本当に面白いわねぇ、リッカちゃんって。いいわぁ――行ってらっしゃい」
『不明なコードが検出されました。デバッグモードで実行します』
「リッカ……? リッカ、リッカッ!」
リッカに浮き上がった術式が、赤に染まる。
いつかのような警告音。それに抱いた焦りは、あの時とはまた違った。
それは絶対に許可してはならないものだと告げるように、警告音は頭の中で反響する。
「未完成の術式実行……? 一体どこまで愚かなことを……」
「あぁ、もう! おーい、ぼろぼろお姉ちゃーん? どうしたの? この杖、いらなくなっちゃった?」
「これは……良くない、かな。色々と……っ、ユーリくん! リッカちゃんっ!」
『――アクセプション――』
「リ……ッ、ぁあああ――!」
魔力へと解れ、アリスアドラの尾から逃れたリッカが、こちらに戻ってくる。
いつものように、安心感を抱くものではない。動けない体を覆っていくそのスーツには、異常なほどの窮屈さがあった。
声は届かない。リッカはまるで無意識であるかのように、その工程を滞りなく進めていく。
全身が覆われ、体中を焼き尽くさんばかりの熱が満たし、顔を鷲掴みにしたような“脅迫感”が脳を縛り付ける。
視界が一度、真っ黒に染まって。赤く滲んだ世界が、戻ってくる。
意識の成立だけが担保されているかのような、目を瞑れない苦痛の中で。
『――U-リッカ――アドラ――』
――リッカの、どうしようもない憎悪に、触れた気がした。