凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
薄暗い部屋にいた。
何をしていたのだろう、宿に泊まっただろうかという疑問は、ぼやけて消えていく。
つまりそれは、気にしなくても良いということ。
体を起こしてから、横になっていたことに気付く。眠っていたらしい。
うん――いつも通り、町に滞在していたようだ。細かいことを考えられないが、その部屋の内装は“らしい”ものがある。
カーテンを開き、窓の外を確かめるまでもなく、深夜であると分かる。
……頭が働かない。
まだ夜明けは遠いようだし、爽やかな目覚めとならないのも当然だ。
寝直そうとしたところで、“それ”に気付く。
「っ……ぁ……」
くぐもった声。
声を上げるまいと必死に堪えて、しかし思わず吐息に乗せてしまった、短い悲鳴。
それは、反対側のベッドから。
毛布に包まる、誰よりも知る少女が零した声だった。
「ふ、ぅ……んっ……」
小さく膨らんだ毛布が、熱を帯びた声と共にもぞもぞと動く。
ただ、それだけであれば覚えがない訳でもない。いつか――彼女が“変わる”前に、いつもより少し度を超えて暴走した彼女たちが、そういう悪戯を起こしたことがある。
その“見せかけ”は僕どころか、大人たちにまで聞こえていて、下らないことをするなと、何故か僕も含めてこっ酷く叱られた。
あの時のような、悪ふざけではない。
今の彼女が、そうした悪戯をすることはない。
「――、ぁ……ん、く――ッ!」
身じろぎに合わせて、ぴちゃり、ぴちゃりと聞こえてくる水音。
苦しげな、恐怖を誤魔化すような、切ない嬌声。
それらはあの行為が真実であると確信付けるに十分なものだった。
「あっ……ゆぅ、り……っ、ユーリ……!」
はっきりと聞こえた自身の名が、べたついた、重い思考の中にしみ込んでいく。
またふざけているのか、と呆れた言葉を投げることが出来れば、どんなに楽だっただろう。
聞こえてくる声は、か細く、弱々しい。まるで独り残された迷い子のように。
それでいて、込められた感情はあまりに強かった。
声を掛けてはいけない。本来は、そうなのだろう。
見ていない振りを、聞こえない振りをして、目を閉じ、耳を閉じ、眠りについて、全て忘れてしまうのが正しいのだろう。
冷静に考えればそうだと分かる。彼女は僕が起きているとは思っていないだろうから。
「――リッカ……?」
――だからこそ、無意識のうちに名前を呼んでから、後悔した。
気にしないでいれば良かったものを、関係を壊してしまうような選択を、安易にしてしまった。
零れた言葉は戻らない。当たり前のように呼んだ名前は本人に届き、びくりと毛布が跳ねた。
「ッ……! っ、ぁ……――」
――恐怖が伝わってきた。
くちゅ、と音を立てて、毛布に包まっていた体が起き上がる。
暗がりにいるとは思えないほど、中から出てきたその姿ははっきりと見えた。
顔を俯かせ、肩で息をするリッカの白すぎる肌が、普段では考えられない程に熱を持っているのが分かる。
性別の違いを自覚するようになってからは出来るだけ見ないようにしてきた素肌を、リッカは当たり前のように晒していた。
「……ユーリ」
「り……リッカ、ごめん、僕なにも――」
「きて」
「え――?」
「こっち、来て」
有無を言わせないその様子に、動かざるを得なかった。
思考が纏まらないまま、ふらふらと歩いていけば――溶けるほどに甘たるい匂いが、鼻腔をくすぐる。
「……リッ、カ……」
「さっきから、おかしいの。からだ、あつくて、きもちわるくて……っ」
震えて途切れる言葉を少しずつ紡いでいくリッカ。
気付かないことこそ正しい“秘め事”を見てしまった後悔は、すぐに忘れた。
リッカが普通の状態ではないことは明らかで、他でもない、リッカ自身が何よりもその状況に混乱している。
あの時、アリスアドラに何かされたのだろうか。それ以外に、思い当たることがなかった。
「おねがい、ユーリ。いっしょにいて。ふるえ、とめて」
「……うん」
迷うことはなかった。
リッカのその状態が得体の知れない恐怖に由来しているものだというのなら。僕が傍にいることで、それが緩和されるならば。
ベッドの傍に腰を下ろせば、リッカが体を預けてくる。
伝わってくる、リッカとは思えない熱さ。
荒い吐息は止まらない。少しでも安心感を与えようと、その背に手を回す。
「っあ――!」
「ご、ごめんリッカ! 僕……っ」
「いい、から……いいから」
背中に指が触れると同時に、リッカは短く悲鳴を零した。
出来る限り刺激を与えないように、再度、ゆっくりとリッカに触れる。
そうして、暫く。声を堪えながらも、リッカは幾度も身を捩らせる。その度に滑らかな水音が響き、思考を更に解していく。
「っ……ぁ……ユー、リ」
そのか細い声には、懇願が含まれていた。
何を――何を求められているかは、分かる。知識だけではあるが、どういうことをするかは、ある程度。
「……」
だが、その段階で、僕は立ち止まった。
果たして、それでいいのかと。
外的な要因によって、リッカは抑えが利かない状態だ。どうあれ、それを望んでこの状態になっている訳ではない。
だというのに、僕まで流されてしまえば、きっと後悔は先の比ではなくなる。
この状況は果たして、リッカが本当に、心底から望んでいるものか。そんな筈がない。魔族の干渉など、リッカが何より嫌うことではないか。
それに、アリスアドラという存在を抜きにしても。
ナイトラクサの――あの街において価値がないと告げられ、あの街のルールによって、尊厳も、その体も、何もかもが奪われかけたあの時。
その先を恐れ、非力ながらも抵抗していた、あの姿を思い出す。
リッカの望みとは異なる形で、こんななし崩しの形で、リッカに手を出すことと、あの時の何が違うというのか。
「……っ」
きっと、そこから僕が動こうとしないからか。
ゆっくりと、リッカが顔を上げる。頬を紅潮させ、目を潤ませて、こちらを見上げてくる。
息を呑んだ。僕の知っているリッカとはまるで違う顔が、そこにあった。
リッカの全てが、目を、耳を、鼻を通して、何もかもを溶かそうとしてくる。沸き上がる感情が、その悉くを手に入れたいと訴える。
ああ……欲しい。悪いことじゃない。きっとリッカは、許してくれる。
――違う――駄目だ。
しっかりしろ、ユーリ。この衝動に身を委ねることは、僕までもがリッカに、癒えない傷を与えることに繋がるのだ。
「……リッカ。僕には、出来ない」
「……どう、して……なら、任せてくれて、いいから。ユーリも、満足、させるから。もう、がまん、できないの……っ!」
「駄目、だよ。男らしくなくて、ごめん。けど――」
リッカを知りたい。リッカを守りたい。リッカを助けたい。
これまで歩んできた一歩一歩を、これから進むべき道を、そんな欲求で否定するなど、何よりリッカに示しがつかない。
僕はリッカと“そういう関係”になりたくて、リッカを知ろうとしているんじゃない。
ふらつくリッカの支えになりたい。それが、偽りのない僕の本心なのだ。
「……僕、こんな形で、リッカとしたくない」
固まった意思をリッカに告げる。
その涙も、その声も、その匂いも、その熱も、全て否定して、拒絶する。
これは間違いだ。まだ正せる間違いだ。手遅れにはなっていないから、いくらでも取り返せる。
僕はリッカを傷つけたくない。他の何もかもがリッカの敵になったとしても、僕だけは。
「――あら……抜け出しちゃった」
ふわりと聞こえてきた第三者の声に意識が向いた瞬間、それまでとは違う場所にいた。
どこかは判然としない。薄暗さだけは先と同じ、ゆらゆらと揺れる空間。
理解できることは一つだけ。その声の主は、眠たげな目を少しだけ広げて、意外そうにしていた。
「……アリス、アドラ」
「よく会うわねぇ、ユーリくん。ちょっとだけ、驚いたわ」
それまでの出来事が嘘のように、リッカの感覚は何一つ残っていない。
周囲にはアリスアドラだけ。リッカの姿も見えず、一対一の状態だと分かる。
「今のは、もしかして……」
「ええ、そう……夢よ。普通は疑問すら持たずに流されてしまうのに。フフ、本当に、面白い」
夢を操るサキュバスの力に、思い至る。彼女ならば当然、それは児戯の如く可能だろう。
感心したように、アリスアドラは微笑む。その笑みが、無性に癇に障った。
先の光景をただの夢だと断じられたことに対して、ではない。
僕に対してのその夢に、リッカを使ったこと。リッカを遊びの道具にされたようで、この上なく腹立たしかった。
「――趣味が悪いよ。今すぐ……今すぐに、ここから出ていって」
「怒ってる……? ……変なの。人間って分からないわぁ」
「試練はちゃんとやる。だから僕たちに関わらないで。僕はこんなこと、望んでない。こんな夢に、流されるもんか」
苛立ちをそのまま言葉にしてぶつける。
如何に格上の魔族であろうとも、この悪ふざけは容認できない。
「……ああ……そういうこと。そういうことなのね」
その怒りを、どう受け止めたのだろうか。
アリスアドラは何か合点がいったように頷く。
そして、翼を揺らしながらゆっくりと近付いてきた。
「本当に流されないのかしら、ユーリくん。そう言い切れる? この世界にどんな快楽があるのか、知らないのに?」
後退ろうとして、腕を掴まれる。
気付かないうちに眼前にまで迫っていたアリスアドラの妖しい笑み。揺れる瞳を追っているだけで、先と同じように、考えが解れていく。
「ユーリくん。人間が受け入れられる快楽ってね、すっごく、小さいの」
「何、を……」
「私もね、昔……まだ『狂宴』じゃなかった頃、初めて人間から精気を吸った時は、驚いたわぁ。まだ吸い切ってないのに、気付いたら死んじゃってたの。精気が残っているだけの、入れ物になっちゃってたの」
その甘たるい匂いに、ひどく覚えがあった。先の夢、それそのものにアリスアドラの干渉があったことの何よりの証明だった。
このまま溶かされてはいけないと、頭を振ってその香を払う。
これが夢であるならば、何もかもがまやかしだ。
溺れてしまえば戻れないが、確たる意思を持っていれば、きっと耐えられる。そう信じる。
「まあ、それで終わったら、少しつまらないし……ここでユーリくんにそれをするって訳じゃあないけど……ただ、一端を教えてあげることは、できるわぁ」
逃れようとした体に絡みついてくる、長い尾。
そんな抵抗さえ、可愛いものだとでもいうように、アリスアドラは僅かに笑みを深めた。
「生きたまま味わえる、至上の快楽。それで、試してみましょうか……? ユーリくんが、まだ勇者を――リッカちゃんを想うユーリくんを、保っていられるか」
「……やめて。必要ないから、出て行って」
「つれないわねぇ……一回知れば、何もかもどうでも良くなるのに。他でもないあなたが、何度も何度も証明してきたのに」
その、不気味な言葉が、脳に染みていく。
目を細めるアリスアドラは、まだ、僕を解放するつもりはないようだった。