ほらいぞん 仮   作:ろいやるみるくてぃー

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第八章 狭間の疑問者

      ●

 

 空が、午後から夕の空へと傾き始めた。

 この時間、空の青の色は彩度を緩く失い、水色とも黄色ともとれない色になる。

 そんな空の下。広大な平面を中央に抱えた町がある。

 町の中、叩き伏せられたように広がる木造の平面は、四方の壁や周囲に、“NEW CASTLE of NAGOYA ATELIER on MATSUDAIRA.”という表示を見せている。

 新名古屋城。三河の市街の大部分を占める巨大な工房だ。

 だが、各地にある工房の入り口や、貨物の搬入門には警備用の武装状態の自動人形が立ち、動かない。周囲はどこもかしこも機械ばかりだ。

 逆に、人の姿はどこにもない。

 濠(ホリ)を挟んで存在する町側にも、通りを警備や掃除する自動人形の姿はあるが、町の大部分に人の姿は無い。家屋の多くも、雨戸や入り口を閉じている。

 そして今、家屋の影の長く落ちる通りを、三つの人影が歩いていた。

 式と酒井、そして榊原だ。

 先を行くのは榊原だが、主に喋っているのは後から着いてくる親子の内、養父の方だ。

「――で、うちの教導院にも名前にあやかるのか、直政とか、お前の姓から木の字抜いてネシンバラってのがいてさ。

 ……と、この先がお前さんの新居か?いつもこんなとこまで来ないで、関所側で仕事済ませてたからなあ。随分変わったねここらも。ほら、夏休みに暑い暑い言ってるお前さんを皆で投げ込んだ濠、ここらだっけ」

「あんた友達に何やってんだ」

「あの濠は新名古屋城の建設のために埋められました。ええ、率先して指揮を執りました」

「じゃあここらがそうか。お前さん、思い出踏むなよ。酷い男だね」

 言った酒井は、榊原が肩を怒らせて足早になって後ろの式が呆れた眼差しをこちらに向けるのも構わず、口笛付きっ辺りを見回す。

 そして見渡す視線の先、自動人形が通りの壁や、地面の整備をしているが、そのどれもが、

「……単純に掃除かと思ったら、これ、怪異による血文字とか、かなりあるな?向こうのやつなんか、地面に開いてる穴、あれ、爪痕だろ」

「過去の記録にあったようなものだけでなく、多くのものが出ますよ、ここには。今年に入ってから一気に量と種類が増えました。夜には百鬼夜行の一種か、黒い人影が列になって町中を練り歩いたり、首のない馬車や、足音だけのものとかが、ね。……血文字が壁や地面に浮くなど、今年は毎日です。だから私も夜に出ない。本多君は違うようですが」

「ダっちゃん相変わらずそういうの好きか。――でも、町の防護は?」

「熱田神社の結界は、家屋程度なら今でも有効です。要級のものが必要ですがね」

 城用じゃないか、と酒井は肩をすくめる。対する榊原も同じ動きを見せ、

「まあ、熱田系は戦闘が専門ですからな」

 彼はそう言って、不意に空を見上げた。色の薄くなった空、西の方角に船の影がある。

 長方の形を有した黒の船に対し、榊原は、

「……先に来た教皇総長の船に続き、三征西班牙の船が来ましたな。本多君の娘の先行艦と入れ替わりで港に降りるつもりでしょう。あれは――」

「三征西班牙のクラーケン級審問艦だな。実質は対妖物などもこなす三征西班牙特殊部隊。地竜クラスを流体分解出来る“刑場”を輸送し、見せつけることで、力を誇示する寸法だろ。P.A.Odaの力の及ぶ範囲であろうと、有事あれば容赦はしないと」

 逆光に黒く映えた艦影は、その艦首下部に巨大な懸架を持っている。

 それを見ていた酒井は、溜息付きで、

「あれには大罪武装の使い手も乗っている筈だな。三征西班牙の大罪武装の使い手である八大竜王が一人、立花・宗茂は異端審問団の副団長だったからな。教皇総長の護衛のつもりかね。やだやだ、――竜王が二人も来るなんて紛争地域じゃねえかよまるで」

「まあ、郊外の一般用陸港しか今は動いておりませんから、彼らはこちらには来ませんよ。おそらく、教皇総長に押しつけの忠誠を示しつつ、牽制しにきたのでしょう。強国である三征西班牙が、没落復帰を狙うK.P.A.Italiaに新しい大罪武装を与える気はないでしょうし」

 そうかい、と酒井は言った。そして遠く、新名古屋城の平たい影を見ると、

「これだけ各国にモテてる三河は、しかし各国はおろか武蔵に対しても交流不許可、か。怪異も多く人払いで人もいない。――大丈夫なのか?」

「大丈夫、と言いますと?」

「――隠れて怪しいことやってんじゃないか、って言ってんだよ」

 一息。

「うちの生徒が言ってたんだが、確かに、三河からの貨物の流れが変だ。“形見分けでもしているようだ”って、な。――一体、今の三河はどうなっちまってんだよ?何考えてる」

 酒井が、いつの間にか止まっていた足を動かし、問いかけた。同じように足を止めていた榊原の肩を叩き、歩きを促すと、

「井伊はどうした? あいつ、国政や開発担当だったろ?あいつの答えを聞きたいが――」

「神隠しですよ」

 唐突に、しかし彼は、静かにこう言った。

「その神隠しを起こしたとされる者、――“公主”というのを、知ってますかね?」

 

      ●

 

 日の傾き始めた空の下、道を歩きつつ、式は榊原に問い返していた。

「直政さんの神隠しに、……公主?」

「聞いたことがありますか? 三十年くらい前から言われるようになった存在。当時、子供達の間に都市伝説として広まって、また最近、少し広まっているようですが」

「当時も今も、子供の世代じゃ管轄外なんだがね」

 言いつつ、酒井は苦笑した。

「公主とは、中国における王家の娘のことだよな。……そして、公主隠しってんなら知ってるよ。最近でも、うちの正純や浅間ってのが関わってるからね。正純が武蔵に転入してくるとき、母が公主隠しにあっているし、浅間がたまに話してくれる怪異にも、それはあるさ」

「Jud.、成程、それなら話は早いです」

 すると、榊原の咳払いが響いた。

「先に一つ言いましょう。三河は現在、――君達がいた頃と大きく違っています」

 そして、

「公主を、追って見て下さい。全てを知るために」

「公主を……?」

「Jud.、それは、このところの怪異で神隠しや血文字のメッセージなどを残している者のことです。誰が名付けたか知りませんが、それを“公主”または“公主達”と呼ぶのです。まあ、噂に寄れば、正体は王侯の隠し子だとか、公主・達という本名だとか、いろいろで」

「――待てよ」

 町の中、吹き始めた風を浴びつつ、酒井は問う。先を歩き始めた榊原の背に向かって、

「何でそんなのがいるって知ってる? 公主隠しは神隠しの一種じゃないか?」

「井伊君が行方不明になったとき、彼がいたはずの書斎に、あったのですよ」

 言葉と共に、榊原が首だけで振り向くのを酒井は見た。

 だが、榊原の表情は見えない。山側、陽の逆光で影になっている。

 そして影のままの声が聞こえた。

「井伊君が消えた書斎の襖には“もう遊べない”――、という意味の血文字がありました。彼が先ほどまで使っていたであろう硯も筆もそのままで。開いた便箋は無地のままで」

「……犯人は? 犯人がいたなら、衛士の自動人形が見ていただろう?」

「私達にとって、自動人形の警備を抜けることなど苦労ないことでしょう?それに井伊君の書斎は邸宅敷地内にある離れでして。――庭を巡回する自動人形にも死角は存在します」

 苦笑。

「殿は言って言っていましたよ。“井伊は甘いところがあったからなあ”と。今になってみれば、私も確かにそう思います」

 と、不意に榊原が足を止めた。

 しかし音がする。それは足下。榊原が草履靴の爪先で、砂に模様を描く音だ。

 書かれるのは、円と、それを横断する一直線の横棒。

 ……喜美が見たら、書き損じのエロマークとか言いそうだな。

「――二境紋と名付けられたものです。円に拠る境界線と、それを貫く境界線の二重境界線。公主達が現れたとき、必ず残す印です。井伊君の書斎にもありましてね」

 一息。榊原は前に顔を戻す。また歩き出す。式達には彼の背姿だけが再び見えるが、

「公主達は実在します。正直、私も信じていなかったのですが、神隠しや怪異を追っている人々ならば、その存在に気づいている筈です。怪異の際に、必ず残される印に」

 知ってますか?と榊原が言った。

「井伊君が教えてくれたんですよ。公主達は、人を攫うことで世を救おうとし、世に対して警告を行う、と。そしてその際、――印を好んで落とす」

 言われ、式は気づいた。先ほど酒井が指摘した通り、町のそこかしこで自動人形達が拭き落としていた血文字の群があったが、

 ……あの中にも、公主って奴らが書いたものがあったのか?

 怪異は、明確な意志を持たないし、連続性を持つことが少ない。だが、公主隠しにその性質があり、更には榊原の言う“公主達”が関与しているならば、

 ……組織?

 現実の世界における組織とは、教譜か、教導院だ。酒井の話からするに、中国、または極東の関係だろうが、欧州には公国というのも存在するため、そこの主である公位者を公主とすると、幅は一気に広がる。だから問うべきは国ではなく、

「一体、……誰なんだそいつらは。どこの教導院や、教譜の連中だ? そしてそいつらと、三河の現状の、何が関係ある!?」

「その資料を、お渡ししようと」

 榊原の足が止まった。その正面。邸宅が一軒ある。竹で作った垣根に囲まれた屋敷だ。

 榊原は、小さな門の前で、軽く右手を挙げ、

「そちら、茶屋があります。私の地区の管轄の自動人形がやっている店でしてね。そちらに八時半までには資料を持って行かせますので。少し待っていて下さい」

「おいおいお前の家で待たせろよ」

「――本多君の家の近所ですよ? 私の家。本多君は井伊君の件について、君達に話したくないようですけどね。……彼、君達に心配掛けたくないんでしょう」

「じゃ、お前は、俺達に心配を掛けさせたいわけか……。気持ち悪い男だな」

 その言葉に、榊原はすぐに答えなかった。数瞬を黙り、やがて小さく笑って顔を上げ、

「四天王で仲間外れは、無しにしたいもので」

「……俺、四天王でも何でも無いんだが」

 怪訝そうな口調で話に割って入ったのは、式だ。

 酒井の前に出て榊原を見据える式に、榊原は小さな笑みをたたえたまま、

「ではこうしましょう。――馴染みの間で、隠し事は無しです」

「――は、」

 なんだそりゃ、と続けようとして、式の動きが止まった。

 制止のつもりか違う意味のつもりか、榊原の手が、軽く式の肩に置かれた。

「……な、なんだよ」

「本当は頭に置くつもりだったんですが、もう届きませんね」

「そりゃあ、……成長期だし、十年も経てば、届かなくなるよ」

「解っていますとも。式君、――大きくなりましたね」

 脈絡の無い榊原の言葉に、式は戸惑うしかない。

 ただ、今この手を照れ隠しに振り払うのは駄目な気がすると思い、

「――なんで」

「どうかしましたか」

「なんで……、直政さんだったんだろうな」

 言って、内心自重する。

 ……もちっと、マシな話題もあるだろうに。

 しかし、榊原は気分を害したような素振りもせず、

「……解りません。彼に甘いところがあったから、というのが、殿の言葉でしたが」

「それ、本当に関係あんのかよ」

 茶化すように笑うと、それも解りません、と榊原も微笑んだ。

 しかし次に、彼はふと表情から笑みを消し、

「式君、――私達はこれから君に、喜ばしいことと辛いことを、同時に沢山押し付けることになるでしょう」

「あ?」

 どういうことか、と問う前に、肩に置かれた手が離れていく。引き止めようと手を動かそうとして、何故だか動かなかった。

 代わりに、

「おい、――康政さん!」

 邸宅の門扉をくぐろうとした榊原の足が止まる。

 何事もなかったかのように、榊原が振り返る。

「どうかしましたか? 式君……」

 その眼前に差し出したのは、実は予め準備していたまっさらな色紙。後ろの酒井の「どっから取り出したの」という声が聞こえるが無視する。

「……これは?」

「サイン。さっき話に出たネシンバラ、うちの書記があんたのファンなんだよ。あいつに高値で売りつけてやるから、くれ」

「また君は人の使い方も成長したようで……」

「どういう意味だコラ」

 それには応えず、榊原は二つ返事で色紙を受け取り、一瞬で一緒に渡した筆を紙面に走らせる。

「……やっぱ駄目だ、この俺でも目で追い付けねえ。文章系の神を信仰してるとはいえ、あんたの文章作成速度はどうなってんだ」

「こいつの字名(アーバンネーム)は“檄文(ゲキブン)”だからねえ」

 苦笑混じりに言う酒井を尻目に、式は色紙を受け取って、呼び出したスイカに渡す。

 と、

「そうそう」

 榊原が言った。話を変えるように、口調も明るくして、

「これが、式君によって良い知らせであればよいのですが……、先ほど質問にあったP-01s、――あれ、君の思う通りですよ」

「だったら――」

 息を吸い、身を堅くした式に、榊原が軽く手を振る。気が早い、と前置きして、

「理由は今夜、殿が話すでしょう。それを待って……」

「待たない」

 式が榊原に背を向ける。

 あ、と声を発する間に、酒井に一言かけることもせず、式が地を蹴れば、羽織を伴っていとも簡単に浮き上がった身体が、向かいの家屋の屋根に着地した。

 次の瞬間、その場の屋根瓦が音を立てて歪み、剥がれ跳ぶ。

 見れば、黒髪をなびかせた背中は、既に新名古屋城の方向へ遠ざかっていた。

 それを黙って眺めていた酒井が口笛と共に、

「人の行動力ってものは凄いもんだねえ」

「熱くなりやすいのは、今も昔も変わっていないようですね。まあ、親がこれでは精神面の成長も期待のしようが無いというものですが」

「お前さんも手厳しいねえ。俺、何かしたっけ?」

 榊原が何か言いたげにこちらを見て何か言う前に、酒井は話を戻すことにした。

「で、さっきのはどういう?今夜っつっても、三河は花火と祭だろ?」

 Jud.、と榊原は頷いた。

「面白い祭になりますよ。――それが始まるまでには帰れるようにしますから、向こうの茶屋で待っていて下さい。資料も、自動人形に持たせましょう」

「じゃあ、……ここでお別れだな」

 酒井が問うと、榊原が笑った。そんな気がした。

 肩を震わせた榊原は、逆光の中で挙げていた手を降ろす。

「お別れも何も。――私達は松平の四天王。井伊君も含め、皆、共にいると信じていますよ」

 

      ●

 

 駆ける。

 跳ぶ。

 再び疾駆して、跳躍する。

 屋根を利用した新名古屋城への道のりを、その繰り返しで進むのは、式だ。

 その頭上、一般用の露天陸港に近い西南の空に、音を伴った木造艦が見える。

 一旦足を止め、望遠設定の表示枠を展開してその方向を写し込むと、武蔵アリアダスト教導院の校章を艦の側面に記した警護隊の木造艦が、西に向かうところだった。

 ……二代か。

 思うと同時、表示枠の視界に黒い影が新しく写った。

「あれは……」

 表示枠の視界を調節して確認出来たのは、三征西班牙のアルカラ・デ・エナレスの校章を国章として記した黒の長方艦だ。

 両艦はそれぞれ右側通行のラインをとり、大きく回る動きでそれぞれの目的地へ行く。

 木造艦は西へ上昇軌道をとり、黒の艦は三河の陸港へと下降軌道をとる。

 高度を落としていく黒の長方艦は、処刑台を前後に折り畳んだような“刑場”を舳先下につけていた。実際に使用するつもりはないだろうが、それを見てつい眉間に力が入る。

 しかしそれも一瞬のことで、――表示枠を消すや否や、式は再び足を動かした。

 前方に、目的地である新名古屋城の平たい側面がある。

 ふと、元信が用意しているという、花火や祭のことが頭に浮かんだ。

 祭は好きだ。だからせめて、十年ぶりにこの三河で過ごす祭の時間が、出来れば楽しく過ごせたらいい、と。

 そう思い、頭を過ぎる疑問を人知れず呟く。

「――全く。誰のための、何のための祝いなんだか」

 

      ●

 

「では、皆様、これより、祭の準備を始めます」

 と、声が、人気の無い町に響いた。

 日の光が朱(アケ)の残光だけとなった町中に、人はいない。いるのは、

「三河所属自動人形。――総員、それぞれの状況を開始しなさい」

 告げる人形は、彼女だった。そして彼女の周囲、気配が動いた。影の中や家屋の向こうで、風を巻いた幾つもの動きが散って、去っていく。

 同時。鹿角の顔面に、鳥居型の表示枠が展開した。写っているのは、

「元信公。――予定通り開始しました。そちら、新名古屋城地脈炉の方は――」

 ああ、と表示枠の中で頷くのは、眼鏡を掛けた学帽つきの黒の長髪の、一人の男だ。

『鹿角、毎度毎度言ってるじゃないか。先生と呼んでくれて結構だって』

 元信はそう言いながら、返事が返ってくるのを待たずに、眼鏡を鼻の上に持ち上げ、

『まあいいさ。――予定通り、祭りがバレるのは八時過ぎになるだろう。それまで頼むよ。忠勝も装備を持って最初の現場に向かったからさ。……でも彼、これでいいのかい?鹿角としては』

「Jud.。――楽しんでおられましたから。十年前と同じように。充分な別れの挨拶かと」

 言って、鹿角は頭を下げた。

「元信公が何を考えているかは私どもには解りませんが、仕える身として、忠勝様共々、守り抜き、最後までお付き合い致します。存分に始め――」

 一息。彼女は頭を上げた。視線の先にあるのは、新名古屋城、四つの地脈炉と一つの統括炉を持つ四角の建物だ。彼女はそちらに会釈して、

「主催としてお楽しみ下さい。これから始まる、……世界を相手にした、御子息様のための三河最後の祭を」

 

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