ほらいぞん 仮   作:ろいやるみるくてぃー

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第九章 資格の剥奪者

      ●

 

「――というわけで」

 と、若い声が、二つの月を見上げる橋の上で一つ響いた。

 武蔵アリアダスト教導院の看板を持つ橋の上、教導院の昇降口に至る場所だ。

 夜で、明かりは橋や校庭上の灯籠という中、一人立っているシロジロは、周りを囲むように座っている皆に対し、

「まずトーリが来てないが、間違い無く無駄金使って仕込んでる。だからまあ、こちらとしてはその意を汲んで、“幽霊探し”に行く前に怪談などしておこう。――無料で」

「シロ君、何だか場を盛り上げるのか事務的なのかよく解らないんだけど……」

 ハイディが眉尻下げて言う横、浅間が手を挙げた。シロジロが会釈で促すと、浅間が頷き、

「ええとね? 皆、怪談じゃなくて最近多発の怪異におけるここだけの話なんだけど――」

 直後、浅間の後ろにいた喜美が、両手を振り上げた。

「ここから浅間によるスーパーエロ話タ――イム!!」

「えええ? ちょ、喜美ってば勝手に何を――、というか男衆も正座しないっ。あのですね、喜美はどうしていつもいつもそういうことを――」

「だって私、エロの神様を奉じてるもの。正確には芸能ウズメ系のサダ派ね」

 う、と浅間が息を詰めた。対し、喜美が笑顔で浅間の肩を叩いて、

「神が命じていることを否定する巫女が、ひょっとしてここにいるの?」

「え? いや、別にそういうわけじゃあ……。だってうちの祭神の一柱ですし」

「フフフ馬鹿ねグレイト、アンタんとこで代理契約したもんね、私のときは。あのとき、女しか儀式関われないからアンタが手伝いで来て、裏の滝で二人で脱いで――」

「おぅわあ――!!」

 浅間が大声で喜美の発言をぶった切った。そのあとで皆に振り向き、あたふたと、

「へ、変なことあったわけじゃないですよ!? ですよ!? ぎ、儀式は基本的に機密なので、口外は神様の個人情報をバラすというか――」

「解らないこと多いから、マニュアル片手に、器具使って三度もしたのよねえ」

「た、玉串を器具とか言わないっ。あと片手で握って上下に振ったりもしないっ、二度ミスったのは喜美が変な偽名書類に書いてたせいでしょっ。――ってか皆も録音とかしないっ」

 からかわれてるって気付けよ、と皆がつぶやく先、シロジロが、

「葵姉、単に怖い話が苦手なだけで浅間をからかうな」

「そ、そうですよねっ、そうですよねっ、駄目ですよね! 喜美ったらホラー能楽観ると椅子に座った時点で気絶してるようなヘタレなのに、そういうのエロ話で誤魔化そうとして! 式君が帰ってこなくて寂しいからって、そういうの私をからかって誤魔化そうとして!」

「ああ。第一考えてもみろ。浅間だって同じ思いしているのに、何か言える立場でもないから我慢しているんだぞ。――あと浅間、そういうエロ話や嫉妬の心情はちゃんと私に売れ。五倍にするから」

「さ、最悪――! いろいろ最悪――!」

 まあまあ、とハイディが仲裁に入る。その上で彼女は、

「はいはいアサマチー、さっきの話の続きしよっか。一体、ここだけの話って何なの?」

「う、うん、それはね……」

 というタイミングで喜美がまた何か言おうとするのを、ハイディが笑顔で睨んで止めた。

 そして浅間が、周囲が沈黙したのを確認した後で、ゆっくりと告げる。

「実は、……結構あるんですよね」

 その言葉に、喜美が、これ? これ? と何故か自分の胸を笑顔で下から寄せ上げてくるのを、ハイディが笑顔で睨んで再び鎮め、

「あっち、背景だと思って気にしないでいいかんね?格闘ゲームの観客と同じで、派手に動いてても気にすること無いから」

「う、うん、……あ、これ、式君にも聞いてもらいたいんですが、通神、三河に繋がりますかね?」

 言葉に反応したのはシロジロだ。彼は返事も聞かずに表示枠を展開して、

「金は掛からないんだろうな。……うむ、大丈夫のようだ。ククク、これで式に一つ恩を売ることになるな……!」

「お前最悪だな!」

「やかましい。あいつに関わっておけば、貸しを作っていても損が無いんだ」

 やり取りの合間に、通神が繋がったらしい。音声設定のみのために、姿こそ見えないが、ノイズ交じりに声が聞こえてきた。

『――シロ?どうしたんだ?』

 

      ●

 

 真っ先に表示枠に近付いたのは、喜美だ。

「フフフ式、愚弟の為の前夜祭にも来ずに未だにのうのうと三河観光なんて全く良い身分じゃない! 待ちくたびれたから浅間とエロ話してたところよ! 聞きたい? 聞きたいわよね? ハイじゃあ浅間、今度こそスーパーエロ話タイムよ――!!」

「し、しませんからっ! あと式君、喜美の言うことなんて気にしなくていいですからね!? ていうか気にしてませんよね!? ね!? しかも私、別にエロ話なんてしてませんから! 誤解ですから!」

 お前式絡む度に対抗意識燃やすのやめろよ、と皆がつぶやくのを、浅間が「しぃーっ! しぃーっ!」と、口元に人差し指を立てて黙らせる。

 すると、「通神中」の文字が踊る画面から、ノイズに混じって忍び笑いが漏れ聞こえてきた。

『……そっちはそっちで、盛り上がってるみたいだな』

「だ、だからですね……!」

 羞恥と焦りで顔に熱が集中する。式の顔が見れないことを、まさかこんなことで感謝するとは思ってもみなかった。

『……で、どうしたんだ? なんかこの辺、新名古屋城に近いせいかノイズが酷くてさ、用があるなら手短にな。あ、シロ、言っとくが通神代は払わんぞ』

「ふん、俺がそこまで意地汚い人間なわけがないだろう。――チッ、意地汚いのはどっちだか……!」

『お前だよ油断も隙も無い守銭奴め』

 で、何なんだ? という声に、調子を取り戻した浅間が、シロジロの手元から表示枠を奪う。

 コホン、と一つ咳払いをして、

「実は……、ちょっと、皆に気をつけて欲しいんです」

「何を?」

 ハイディの促しに、うん、と浅間が頷いた。

「怪異で、最近、“公主隠し”の神隠しが神社の上の方で危険視されてるの」

 

      ●

 

 浅間の告げた言葉、“公主隠し”に対し、皆が沈黙した。

 だが、ややあってから声を発した者がいる。ネシンバラだ。

「――まあ、基本的には、昔の都市伝説だよね。最近になってまた、復活してるみたいだけど。僕達が小さい頃から三河や武蔵でも幾度かあった、もしくはあったという噂が都市伝説として飛んだものだから、作家志望としてはネタ用に個人的に調べてきたんだけど」

 ウエスト接続型のアームレストを展開して術式鍵盤(キーボード)を叩いているネシンバラは、幾つもの表示枠を宙に作りながら、

「調べてみると意外と昔のメジャーでさ、図書館だと昔の子供向けの本にもあったよ。“公主隠し”じゃないけど、“公主様”ってのが出てくるのが、三十年前くらい前から幾つかあった」

「ネシンバラ、無料で説明出来るか」

 シロジロの促しに、ネシンバラは頷く。

 彼は幾つかの表示枠を反転表示にし、皆に見せるようにして、

「これとか解りやすいかな。――公主様という人影が、子供を攫ったり、町に落書きを残すんだって。そして日刊瓦版なんかの方だと、実例としてあるのは――」

 ネシンバラが皆を見回すと同時、シロジロから浅間の手元に移った表示枠から声がする。

『極東では、最近だと去年に一件起きてるな。……皆も知ってるよな?あ、正純、そこにいんのか?』

「いや、いないよ。……でも、式君の言うとおりだ。本多君が言ってたこと、憶えてるよね? 本多君が武蔵に来たのは、母親が“公主隠し”に遭ったからだって」

 皆が静まる中、喜美があー、あー、とか言っているのを式が『気絶してねーか?』と声掛けたりしている。が、喜美の横に座っていた浅間が、無言で表示枠を小突きながら、

『おい、今の音何だ』

 何事も無かったようにネシンバラの方を見て深く頷いた。

 彼女はハナミを呼び出し、新しく表示枠を宙に浮かべると、

「“公主隠し”は、普通の神隠しとは違います。普通の神隠しは空間を創る流体が乱れ、その裏側に入ってしまうだけだから、消えた人間の存在は消えないんです。術式を使えば、御霊や身体、みにつけていたものの存在から位置を追えます」

「でも、“公主隠し”は、――全部消えてしまい、戻ってこない。魂も身体も、持ち物も、完全に消えてしまう。聖術(テスタメントサイン)や魔術(テクノマギ)にもある消滅系の術式をぶつけたときに似てるよね」

 ええ、と浅間が言った。

「そして、“公主隠し”が起き始めたのは三十年前くらいから。そして年に数件起きているようです。だから今は、社(ヤシロ)の一部ではこう言われているんです。“公主隠し”は、神隠しに見せかけた、組織的な連続殺人じゃないかって」

 一息。浅間は俯き、親指の爪を唇に当てながら、

「“公主隠し”とは、怪異ではなく、何かの組織が、情報が漏れることを恐れ、対象の命も身体も残らない殺し方をしているのが本当なんじゃないかって……」

 そして浅間は、指で橋の路面に図を書いた。円と、それを横に貫く線だ。

「これ、……式君にも画像送りますね。“公主隠し”の現場に必ずある印で、私も何度か見たことがあります。神隠しらしい現場で。上の方が封鎖して、いつも捜査が断ち切られちゃうんですけど」

 

      ●

 

 浅間の言葉に、皆が静まった。

 だがそんな静けさの中、耳を塞いでいた喜美が震えを隠しながら強がり口調で、

「……フ、フフフ、べ、別に、そんなの犯行の印としてエロいマーク描こうとしてたら人が駆けつけてきてし損じただけでしょう?そうよね!? 皆エロマーク大好き! 大好き!」

「そんなマークを仕上げに描こうとする犯罪組織ねえよ!!」

 皆のツッコミに喜美が改めて耳を塞ぐ。丁度いい、という風に浅間が口を開き、

「それでまあ、そういうのが多発してます。他にもいろいろあって、それで神社の上の方が最近出してきているのが、“他言無用”。それも世の不安を煽るタイプのものに対してなんですがさっきの公主達の印がついた“公主隠し”は必ず含まれてます」

 ふんふん、と皆が頷いた。表示枠からも、

『俺もさっき、現地で話を聴いてたんだが、似たような話してたな』

 そうですか、と浅間が相槌を打つ中、皆の中から手が上がる。浅間のすぐ近くにいた直政だ。彼女は膝に乗せた右の義腕に左の頬杖をつき、猫のように身を曲げると、

「あたしゃ元々中国の出でさ。公主って言えば、中国王家に生まれた娘のことじゃないかね」

「じゃあ、“公主隠し”について聞いたことある?」

「関東だと、たまに噂でね。清が中国を制圧していく中で、落ち延びた、明の公主が恨みのある相手を術式で殺してるんじゃないかったって。まあ、噂だろうと思ってたけど……」

 人の消滅はホントに起きてんだよね、と直政は言った。だが、

「腑に落ちないのは、公主って言う割に、清圏以外でも発生してんだろ?アサマチ」

「一番多いのは、多分、三河と京の周辺じゃないかな。だから式君にも言っておこうと思って……」

『……確かに、モロに直撃圏内だな、今。どう気を付けたらいいかなんて知らねえけど、話は頭に入れとくよ。智、気にしてくれてありがとな』

「い、いえっ。あの、ほら、明日を迎える前に消えてちゃ駄目じゃないですかっ。だから、そう、警告ですよ、警告!」

『ああうん、解ってるから。んな力説しなくても解ってるからな?』

「……でも実際、気をつけようにも、どうしようもないですというか。……だって組織か何かの犯行の線があるなら、おそらく奉行係や夜警団が追っていると思いますし、怪異なら大体無差別ですしー……」

「フフフそうよ無駄よ! どうしようもないのよ! いいこと言ったわねアデーレ!」

 喜美がいきなり立ち上がった。アハ、と彼女は笑い、

「無駄! モテない男が何やっても駄目なように都市伝説なんて対処考えても無駄よ無駄! フフフこの男どもめ!! お前だ! そこのお前も!」

「こ、こら喜美! テンゾーとウルキアガを指さすのはやめなさいっ! 大体指さすのは縁起悪いんだから口で言いなさいっ。あと、二人とも好きでモテないわけじゃないわ! 努力したところで見た感じ素質なんだから仕方ないじゃない! 追い打ちするのは止めなさい! ――ちょっと、どさくさに紛れて表示枠取らないでくださいよ!」

 点蔵とウルキアガが横に倒れて泣き始めたのをよそに、喜美と浅間が表示枠を奪い合いながら言い合いをヒートアップさせていく。

 画面の向こうが騒がしくなってきたのを気にしてか、表示枠から、ノイズの酷くなった声が上がる。

『おいおい、何やってんのか全然分かんねえけど、あんま揺らすなって。スイカに調整させてるからあんま影響無ぇけど、このあたり本当にノイズ酷いんだから。お陰でこいつ今不機嫌でよ……。あーあ、帰ったら高級酒だな』

「ったりめーよ! 潰れるまで飲め! けど少しでもテンション下げたら拝気減らすからな!」

 一緒に聞こえるのは、スイカの声だ。

「? テンション下げてお酒飲むと、何で拝気失っちゃうんですかー?」

 アデーレの疑問に浅間が苦笑して、

「式君が奉じているのは、酒の神であるオオヤマツミですからね。奉納品であるお酒を、神奏者が自分でお酒を飲むことで奉納とされます。つまり、お酒を飲む神奏者の感情がダイレクトに神様に伝わる訳です。

 オオヤマツミ自身が、誰かの祝い事の度に祝いの酒を造ったことから、誰かと一緒に飲んだり、楽しい気分の時に飲むほど奉納品としての価値が上がっていくんです。その逆もまた然り、ってわけで……」

「成程ー。だから、気分が沈んでいる時にうっかり自棄酒とか、出来ないんですねー」

 見たことありませんもん、と言ったアデーレの言葉に、式の苦笑が重なる。

『そういうこった。常時加護として酔うことが無いから便利なんだが、気分に拘るところから評判落として、今じゃ奏者は俺しかいねえんじゃねえかな』

「テメッ、神様に何てこと言いやがる! それ、結構気にしてんだかんな!」

『気にしてんのかよ! 結構繊細なんだな!』

 お前らはいつも軽快だな、と皆が呟いていると、おもむろに鈴が、

「あ、あのっ……、えと、式、君?」

 

      ●

 

『ん? その声は、……鈴か? どうした?』

 先のツッコミから一転、表示枠から、幾ばくか柔らかな声が聞こえてくる。

 ちゃんと自分に気付いてくれたことにほっとしながら、鈴は、先ほどからずっと感じていた疑問を口にした。

「さっき、から……、あのっ、機っ、械音? みたい、な……、の、してるよ、ね?」

 え? 皆が言ったのを尻目に、

「式君、いま……、何、やってっ、るの?」

 

      ●

 

 式は、己の顔に、苦笑と冷や汗が浮かぶのを感じた。

 ……全く、末恐ろしい聴力だぜ。

「いやあ……、参ったね」

 式がいるのは、新名古屋城に程近い道路上。

 辺りには、先ほど町中でよく見かけた自動人形の群。

 侍女服に包んだその数、約五十以上。

 所々巻き込まれて半壊している家屋に交じって、既に破壊されているものも多々ある。

 顔横の表示枠を、横目で見やり、

 「確かに今、ちょっと忙しくてさ」

 モテる男って大変、とつぶやくと、男衆の怒声が聞こえてきた。

 地獄耳だな、と笑いながら無視することにして、

「――あのさ、先謝っとくわ」

 バックステップを踏み、頭上から降ってきた家屋の屋根の一部を避ける。

 巨大な質量が地面にめり込み、破片が飛び散る。

 右腕を顔前に翳す前に、瓦礫となったソレをぶち抜いて、白い手袋に包まれた拳が突き出された。

 ……瓦礫はカモフラージュか!

 「前夜祭には行けなくなりそうだが、」

 足を動かさずに上半身だけ身を引くと、その分拳が追撃し、腕が伸びた。

 間髪入れずに腕を無造作に掴み、引き寄せ、

「後夜祭は行くって、トーリに言っといてくれ!!」

 瓦礫の隙間から垣間見えた女性の顔に、足裏を突き入れた。

 

      ●

 

 破壊音と共に通神の切れた表示枠を喜美と挟んで、浅間は沈黙する。

 ……えっと。

 これを言っていいものか、と一瞬躊躇する間に、

「フフフ、――馬鹿な人」

「あ、」

 と、喜美が、もう通じない表示枠をシロジロに返す。

 彼女は微笑みながら髪をかき上げ、

「成功した後の祝賀会なのか、失敗した後の慰め会なのか……、あの男、酒井学長に似たのか肝心なところ言わないのよね。――まったく、誰かの為に行動するのは大好きなくせに、面と向かう時は逃げ腰になるんだから」

 でも、

「そんな不器用な可愛さが、――ホライゾンにそっくりだわ。今でも、ね」

 

      ●

 

「お前、相も変わらず不器用だなー。きっと今ごろ、皆にネタにされてるぜ」

「うるせえ。つーかお前、もう用無しだから引っ込んでろ。気が散る」

 蹴りつけた自動人形の頭部がひしゃげるのを見届ける前に、蹴り飛ばすことで反動を得て、左側から迫る自動人形の胴体を回し蹴りで吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされた身体が、後ろの数体も巻き込んでいくのを眺めながら、

「――チッ、キリが無いぜ……。新名古屋城の防衛システムだか何だか知らねえが、接近してるだけのしがない学生にこんだけ差し向けるたあ、あちらさんも暇なようだ、……と」

 背後から飛びかかってきた自動人形の喉笛を、裏拳を放って潰す。

「あーあ、何が悲しくて自動人形ぶっ壊さねえといけないんだか。良心が痛むぜ」

 ぼやきながらも、攻撃の手は緩めない。

 ……皆さん美人だが、同じ顔だしなー。

 いくら自動人形でも、個性は大事にしろよ、とも思う。

 百歩譲って、ただ掃除の為の無名のものならまだしも、

 ……なんか、いくつか襲名者いるし。

 先ほど顔面を潰された自動人形の腕には“夏目・吉信(ナツメ・ヨシノブ)”、胴体と一緒に吹っ飛ばされた自動人形の腕には“鳥居・元忠(トリイ・モトタダ)”という名前が書かれた腕章が巻かれていた。

 知らぬ名前ではない。現在、大半が武蔵に身を寄せている人々が奪われたその名は、全員分が頭に入っている。

 その、理由と共に。

「――!!」

 やがて、同時に襲い掛かった自動人形数体をまとめてぶっ飛ばす。

 と、

「――御見事で御座います、若様」

 動ける自動人形が見当たらなくなったところで、物影から声がした。

 式がその方向に目を向けると、 

「その気色悪い呼び方、誰の指図だよ? ……ずっと覗き見していたのはあんたか。……いや、敵情視察って言った方が聞こえが良くて好きか?」

「弁解も否定させていただけないこと、誠に遺憾で御座います」

「正直だな」

「Jud.、【嘘を吐かない】がモットーで評判の自動人形ですので」

「座右の銘ってヤツか? 芯の通った女は好きだぜ」

「お褒めの言葉、誠に光栄で御座います」

 侍女服の自動人形が、指揮者のように両腕を振り上げる。

 同時に、動かなくなった周りの自動人形の腕が、脚が、重力制御で次々と持ち上がった。

「部分的自動人形のハーレムコースはいかがですか? 今ならもれなく五体満足の私めが付いてきますが」

「おいおい、メインはこっち? 俺どんだけ猟奇趣味と思われてんの」

「まあまあ、固いことを仰らずに。――ほんの、余興ですので」

 一礼し、顔を上げて、

「二重襲名者、“本多・正純”並びに“本多・正信”による余興。とくと御覧あれ」

 次の瞬間。

 目を見開いて固まった式に、全方向から襲いかかってきた欠けた群。

 その全てに爆砕術式が展開、起動され、

「まさ――」

 爆発した。

 

      ●

 

 ……え?

 誰かに呼ばれた気がして、正純は後ろを振り返った。

 武蔵の右舷二番艦、多摩の通りにいる正純は、これから三河の花火を見に行くため、一緒に行くと約束したP-01sが勤め、朝にも会話を重ねた女店主が経営する【青雷亭(ブルーサンダー)】へと向かうところだった。

 しかし振り返ったところで、あるのは、閉店の準備をする疎らな人影のみ。

「……気のせいか?」

 つぶやく。応える者は無い。

 ……気のせいだな。

 そう結論付けながら、携帯社務を取り出して確認した今の時刻は、

「八時。……花火がある八時半まで、もう少しあるな」

 携帯社務をしまい、正純はふと、三河の方を見た。

 ……あいつは、もう三河から帰ってきただろうか。

 そんなことが頭に浮かび、苦笑と共に追い出す。

 もし帰ってきていたとしても、彼がその足で向かうのは教導院だ。

 彼にはれっきとした恋人がいる。あっさりした悪友のようにも見えるが、それは、自分を含めた何人にも侵すことの出来ない世界だ。

 解っている。別に彼に恋愛感情を持っているつもりは無いが、それ相応の身分は弁えているつもりだ。

 だから、いつでもいいから。

 ……話がしたい。

 十年前の思い出も、十年間の空白も、彼自身のことも。

 話して、知って、共有して、埋めていきたい。

 そして今度こそ、礼を言おう。

 ……もう、後悔はしたくないからな。

 そう思って、正純は再び歩き始めた。

 

      ●

 

 ……くそっ。

 爆風と爆音と爆撃とで感覚が狂う中、式は己の迂闊さを後悔していた。

 超至近距離の爆砕を全身に受け、錐揉みされたような衝撃を受けたものの、すぐに上方へ飛んだという判断が、式の命を救った。

 爆風により派手に吹っ飛んだ身体が、十メートルほど遠くの家屋の屋根瓦に叩きつけられる。

 受け身は取ったが、

「――っ、……!」

 衝撃で呼吸が止まる。

 しかし、動きは止めない。即座に立ち上がって迎撃の体勢を整える。

 二撃目が来た。

 しかもそれは、先の爆砕術式で千々になった手足の破片の一つ一つに爆砕術式が設置されたもの。

 術式の数は、先の倍に膨れ上がっていた。

 遠く、地上では、両腕を広げてそれらを操る自動人形の姿が見える。

 ……面倒なヤツだ。

「一つが爆砕する度、千切れた二つを爆砕の媒介に出来る、って寸法か!」

 離れた距離で口にした分析の言葉を捉えたのか、“彼女”ははっきり頷いた。

「御名答。爆砕術式は、重力制御の範囲内でしたらどこでも配置可能です。例えば、」

 式の足元が爆発した。

 咄嗟に回避し、自動人形から出来るだけ距離を取る。

 もっとも、こちらが避けてもあちらが近付くので意味はあまり無いのだが。

「余興の割には、随分張り切ってんのな。――今の、直撃してたら足無くなってたぞ」

 つまりはピンポイントで起動可能の地雷だ。見える人形の部品だけでなく地面にも注意を払わねばならないとは。面倒臭い。その内、空気中の塵とかにも気を付けなくてはならないだろうか。

 ……キリが無え!

 こうなったら、本体狙いつつ爆砕術式をどんどん消費させて底をつかせるしかない。いやまあ、その前に本体ぶっ壊すけど。

「言っておきますがこの術式、金と商業の神を祀る稲荷系神社経由で購入しておりまして。十個消費する度に勝手に十個売りつけてきて手元に自動配送してくるので無くなることが御座いません。更に十個同時に消費するともれなく五個が定価の半額になるので、大変お得でして。私の節約術のために若様には多大な御迷惑をお掛けすることになりますが、何卒御了承下さいますよう、お願い申し上げます」

「んなチート戦法御了承出来るかあ――――!!」

 左右同時からの爆砕を避け、

「つーか、“若”ってんのをやめろっつってんだろ! 俺はどっちかというと“元”若様だから! 呼ぶならそっちな!」

「粗悪品か不良品みたいで惨めになりませんか」

「なんか、牛若みたいでカッコイイだろ! ――ポジティブシンキング!」

「後ろ向きなポジティブシンキングもあったものですね」

 屋根を蹴り、自分とつかず離れずの距離を保つ自動人形に飛びかかる。

 すかさず、爆砕術式を背負った部品が十個、二人の間に割り込み、同時に爆発した。

 ……爆煙に乗じるつもりか!

 だが、式は踏み込む足を止めなかった。

 熱を持つ煙と炎の中に、躊躇いも無く腕を突っ込み、

「――甘いんだよ!」

 拳が、その先に見えた自動人形の胸部を貫いた。

 

      ●

 

“彼女”は、自動人形の動力源、核である自分の魂が存在する胸部を、敵の拳が的確に貫いたのを知覚した。

 魂を失った自動人形は、しばらく余力状態で節約動作することが可能だが、基本的に機能は全停止する。

 機能の停止。それは自動人形で言う“死”であり、

『……めえの――、負け、……だ、――動、……形……』

 ……聴覚素子が異常をきたしました。

 仰向けに倒れた自分に、抵抗させないためか、式が馬乗りになり、同じように拳で両腕を破壊する。

 式が何か言っているが、全く解らない。

 地脈の力、流体を吸収利用出来る性質を持ち、それによって駆動系などを動かす魂が壊された今、“彼女”が正常に稼働する筈も無かった。

『そ、……いつらの名前を、勝手……、二重襲……とか、なめ……真似、……って……』

 ノイズと共に、視覚素子も段々おかしくなっていった。

 それでも、ぼやけていく目の前の彼は喋り続ける。

 ……見えません。

 と、

「――いいか、よく聴け」

 いきなり聴覚素子と視覚素子が回復した。

 代わりに、それ以外の一切の機能が停止する。

 最早、自分が何故その二つの機能を回復させたのかすら解らなくなる。

 彼女の状態を知ってか知らずか、煤けた黒髪の彼はまだ言葉を続ける。

「いくらお前が、“本多・正純”と“本多・正信”の二重襲名者になるべくして作られ、お前が、お前の前にそいつらの襲名者がいたことを知らないとしても、俺には何の関係も無え。あいつから目的を奪った“人払い”の産物なんざ、クソ食らえだ」

 視覚素子で見える彼は、元気そうな割に服が焦げていたり破れていたりと服がボロボロだった。

 特に右腕は、何故か袖は肘から先が無く、剥き出しの肌は、明らかに火傷を負っている。

 しかし彼は、もう動かない“彼女”に説教を垂れているかのごとく、

「いいか? もうな、正純も正信もいるんだよ。たとえもう正規の襲名者じゃなくても、二番手襲名者が出張るってんなら、――あいつらが奪われた場所を奪うってんなら、」

 一息。

「俺は何度でも、あんたを殺す」

 だから、と。

 式が“彼女”の上から退き、自分がもぎ取った彼女の左腕から、何かを手に取る。

“本多・正純/正信”の字が書かれた腕章だった。

 それを無造作に破り、

「こんな中古の名前、早く捨てちまえ」

 そこで。

「――――」

“彼女”は停止した。

 

      ●

 

「……完全に止まったか」

 胸部と腕部を破壊された自動人形の停止を確認し、式は、んー、と伸びをした。

 さりげなく周りを確認するが、何かが襲ってくる気配も感じない。

「よし、終わり、っと。……つーかコレ、気に入ってたのによー。焦げてボロボロじゃねえか。こりゃ新しいの買うしかねえな……」

 ぼろ切れ同然の羽織を脱ぎ捨て、着流し一枚だけになる。さほど傷んではいないが、せめてもの処置にと、付いた汚れくらいははたき落とした。ついでに、髪の毛も櫛で無理矢理整える。

 ……喜美がいたらもうちょっと綺麗に出来たかもしんねえが……、まあいっか。

 そして、式はしばらく視線を周囲に巡らせたときだ。

 音が聞こえた。

 低い、何かが爆発したことを知らせる、遠雷のような響きが。

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