ほらいぞん 仮   作:ろいやるみるくてぃー

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拾壱、

 

夜の空、月が二つ浮かぶ空に船が停まっている。

 

極東、武蔵アリアダスト教導院の紋をつけた航空艦。西へ向かっていた先行艦だ。艦首に一門の大砲を得ただけの艦は、停止信号の術式照明を艦の両舷に置き、空に停まっている。

 

艦尾側に存在する艦橋には、灯りが点っていた。

 

艦橋中央の作業台には航路図が広げられ、艦長を含めた数人が話し合っている。

 

その中に、一人の少女がいた。髪を頭の後ろで結んでいる彼女に対し、艦長が、

 

「二代様、――どうなさいますか?先行して堺まで行くか、それとも戻るか。三河は現在、聖連からの通神に拠れば非常事態となっているそうです。地脈炉が暴走を開始し、その原因を突き止めようとした聖連に対し、自動人形が反抗を行っているのだと」

 

成程、と二代は腕を組みながら頷いた。

 

今、自分達がどうすべきか、判断を下したいが、聖連が関わると簡単には動けない。政治的知識に優れ、判断力のある者が欲しいと、そう思い、

 

……正純がいればな……。

 

かなわぬ話だと、二代はかつての級友を思う。武蔵で副会長をやっているなら、相変わらずの知識と判断力で頑張って御座ろうな、と。

 

同じく、こんな状況で間違い無く頼りになるだろう師を、兄弟子を思い浮かべる。

 

……師匠なら……。

 

思案しかけ、それを慌てて振り払う。

 

式も正純も、今、ここにはいないのだ。

 

ならば、と二代は言った。父や鹿角、師匠のことは気になるが、表には出さず、

 

「大事なのは、拙者達がどう動くのが極東にとって良いのか、で御座ろう。しかし拙者はそのあたりに疎い。誰か言える者はおられるか?」

 

二代の問いかけに、艦長が皆を見る。そして警護隊の副隊長に視線を停めて、

 

「総隊長の補佐役として、何か御意見は?」

 

問いかけに、体格の大きな副隊長が会釈した。

 

「地脈炉の暴走というものが三河の意図に拠るものであれば、三河が消えずとも、三河は聖連から極東代表の地位を奪われることになるかと」

 

「だとすれば――」

 

「Jud.、三河は極東から失われて聖連支配下となり、いずれ武蔵までもが支配され、極東が実質として無くなってしまう可能性があるかと……」

 

彼の窺うような視線と言葉に、皆が顔を見合わせた。そして視界に入る全ての表情を見て、誰もが同じことを考えていたのだと二代は悟る。だから彼女は確認をとるように、

 

「……今の情勢において、聖連が極東や武蔵の支配を行う利点は?」

 

「多くあります」

 

副隊長は、まずそう前置きした。

 

「重奏領域とそうではない場所における場所における極東と各国の人々の棲み分けの解決。他に、金融や、完全支配による極東の人々の農奴化。または武蔵の貿易能力やその技術力の奪取など、……支配のレベルにも依りますが、私達にとって最悪のケースが向こうにとっては最良となります」

 

だとすれば、と二代は言った。

 

「ならば今、武蔵と聖連の間に入れるのが拙者達か。――三河者ではあるが、ゆえに武蔵と馴れ合ってはおらず、意見の後ろ盾としての武力も持っている」

 

「では」

 

と艦長が言った。通神長に目配せして、

 

「聖連に打診しておけ、有事の際には我々を使用して欲しいと。聖連も、もし武蔵に何かをするとしても、他国の人間をいきなり乗り込ませる愚は犯したくないだろう」

 

「――Jud.」

 

と、通神長が通神器の方へと向かう。そして艦長が、

 

「では本艦は待機。聖連の応答待ちとします。が、二代様、場合によっては、本心に背くことになるかと思われますが――」

 

Jud.、と二代は頷き、笑みを作った。自分でも無理に感じる笑みを。その上で、

 

「忠義とは、――その行為にこそ意味があるもので御座るよ」

 

言った台詞に、ややあってから艦長が頷いた。他、航海士や、警護隊の副隊長も会釈を返してくれる。

 

……良かった。

 

少なくとも、間違ったことを言わなかったという、その事実に二代は安堵する。

 

……師匠が聞いていたら、褒めてくれたで御座ろうか。

 

出来れば褒めて欲しい、と思う。昔と変わらない、兄貴面しようとしてしっかりできていた笑顔で、『よく言ったな』と、頭を撫でて欲しいと。

 

そのときだ。

 

通神長が、傍受した通神の内容を、こちらへと叫んだ。

 

「――三征西班牙の先陣が三河で迎撃を受け、陸上部隊、武神ともに戦闘不能!!」

 

一息。

 

「向こうの予測に拠れば、……地脈炉の暴走確定まであと八分!」

 

 

夜の町が、光と闇に彩られている。

 

その中で、一体の自動人形と、一体の武神が、神々の時代から環境神群によって守られてきた名古屋の街道上で激突していた。

 

上空に、流体の乱れが嵐のように巻いているせいで満足に飛べない三征西班牙の重武神に、鹿角が地上戦を挑むことで新名古屋城への接近を阻んでいるのだ。

 

そして、その決着が今、つくところだった。

 

武神が長銃で放ち、重力制御によって受け止められ、鹿角によって再利用された一発の弾丸が、武神の腹部に直撃したのだ。

 

傍目から見ても解る深刻なダメージ。

 

もう戦えない。

 

だが、赤と白の武神、a1は叫んでいた。

 

放たれる言葉は、

 

《撃て……!!》

 

声と同時。武神の背後に現れたものがあった。

 

a1に後続していたもう一機の武神、a2だ。

 

a2が、膝をついた武神の背の陰から、立ち上がるようにして長銃を構えた。

 

背後には、総勢七十一名、身体強化用の旧派聖術を用いた陸上部隊も後続している。

 

そして、a2は引き金を絞る。自動射撃機構の補助が入っているが、自分の動きを意識し、絞る。

 

と、そのときだ。

 

a2の聴覚素子へ警告音が来た。視界の右に警告表示がある。

 

ADVERTENCIA(警告)!!

 

……何!?

 

a2は、どういう意味か解らず困惑した。先陣を切っていたa1を始め、流体光の外の上空からは、a3という機体が援護射撃をしているお陰で、この鹿角以外の敵は全て掃討済みだ。

 

……新手か!?

 

そして、思った通りの、しかし予想もしなかった敵が、家屋の影が飛び出してきた。

 

それは着流し一枚の、黒髪の少年だった。

 

武神相手に無手で向かってくるその少年は、他国にも名の知れた、しかし、武蔵からは出ることを許されない存在だった筈だ。

 

《何故、こんな所に……》

 

拳を引いて構える少年の名を、a2は疑問を以て叫んだ。

 

《――式・Aがいる!?》

 

答えは返ってこなかった。

 

代わりに、跳躍による初速を利用した拳が、トリガーを絞ろうとする手に迫る。

 

……武神に生身で接近!?こいつ正気か!?

 

思うが、現に相手はそうしている。銃口の先にいない敵に対して弾は撃てない。ゆえにa2は、

 

《――邪魔だ!》

 

長銃を持った腕を、横薙ぎに振るった。

 

しかし、

 

……!?

 

何かが当たったような手応えがしない。

 

それはつまり、避けられたということで、

 

……どこだ――。

 

直後に、その答えがやって来た。

 

『上がお留守だぜ!』

 

聴覚素子が少年の声を拾い、

 

『――っ!!』

 

次の瞬間。a2の長銃のが、引き金に掛けた右手ごと式の踵落としで破壊された。

 

 

……っし!

 

内心でガッツポーズを決めた式は、飛び散る細かな破片やワイヤー、潤滑油の雨を避けながら武神からバックステップで距離を取り、叫んだ。

 

それは自分の後方へ呼び掛ける声で、

 

「――忠勝さん!」

 

応、という返事が聞こえた。次に、

 

「三征西班牙製重武神“猛鷲(エル・アゾゥル)”か。で、向こうには陸上部隊がいる、と。鹿角、式、動くなよ?――結ぶ」

 

忠勝の声に、式は動かずに首だけを振り向かせた。

 

鹿角の背後、そこに、一本の長槍を手にした忠勝が立っている。

 

忠勝が、槍を右に振り抜いた。

 

空を切った、という動きだが、槍の穂先周辺には幾つもの文字を表示する細型表示枠が見えており、

 

「――結べ、蜻蛉切」

 

直後。武神の左腕と左足が割裂した。

 

 

《――!?》

 

鹿角の視界の中、既に膝をついて動かないa1の向こう、式によって腕部等に破損を受けていたa2が倒れていく。

 

a2は、式から受けた破砕とは別に、左肘と左膝を裂き割られていた。それも、正面から半ばまでを一閃という一撃だ。

 

砕かれた方と割られた方、どちらの腕にも力は入らず、腰を落として構えた膝にも支えがない。三征西班牙製重武神特有の細いワイヤーをシリンダーに束ねて通す人工腱はその半分以上が切断され、巻き取りの駆動器が笛のような乾いた音を立てるだけだ。

 

ワイヤーの潤滑油が血のように二肢をこぼれ、地面に粘質の溜まりを作る。

 

倒れる。外部音声素子から漏れる声は、

 

《これは……》

 

解らないと判断出来ます、と鹿角は人工頭脳の思考でそう思った。

 

蜻蛉切。

 

クラスとしては神格武装の業物だ。本多・忠勝が持つと聖譜記述で示された武器で、穂先に止まった蜻蛉が、そのまま二つに割断されたことからその名が付いたとされるが、忠勝の持つ蜻蛉切も同様の能力を持つ。

 

「穂先に載せた名称を、割断する」

 

ありとあらゆるものは、存在と同時に名を持つ。不定名であろうと、無であろうと、それは名前であり、名前を持つ本体を示すものだ。

 

蜻蛉切は、名称を断ち切ることで、本体を割断する。

 

名前を斬るため、斬る名称が本体を直接示すものでない場合や、多人数化すると、効果が減衰する。武神が身体ではなく二肢を割断されたのは、斬ったのが搭乗者の名ではなく武神の名称だったことと、武神としての個体名を確定出来なかったためだろう。

 

……ですが――。

 

鹿角はa2の後ろを見る。

 

道路上、そこに、多くの影が倒れていた。

 

こちらに駆けつけてきた陸上部隊の七十一名だ。

 

誰もが、片方の膝を切り割られている。

 

誰一人として例外はない。

 

同じだ。誰もが膝を抱え、立とうとして立てずにうめき、藻掻くのも、全て同じだ。

 

陸上部隊、という名称を一気に割断した結果だ。

 

背後、忠勝の声が聞こえた。

 

「――ま、こんなもんか。阻止臨界時間まで残り六分、随分と余裕のある状態で終わったな」

 

 

式は、忠勝達の元へ駆け寄った。

 

鹿角が排熱の息を吐き、忠勝に対して遅かったですねなどと言って始まるやり取りが一段落するのを待ち、

 

『……忠勝さん、約束通り、三征西班牙の足止めに協力したぜ』

 

「微々たる援護でよく言えるなあ」

 

『鹿角さんがあそこまで活躍してて、俺がいらなかったとしても、協力は協力だ。――そっちからも、約束は守ってもらう』

 

言った後、鹿角が首を傾げる。ああ、と忠勝が応えて、

 

「こいつ、酒井といなかったろ?その間ずっと一人でいたらしくてな。一人だけ仲間外れなのも可哀想だろ」

 

Jud.、と式が頷いた。忠勝を見据え、

 

『――これは、どういうことだ?』

 

 

「どういうこと、なあ」

 

忠勝は頬を掻く仕草をしてから、こう言った。

 

「三つイったから、バランスが傾いてとうとう鼓動が始まった。あと、中央入れて二つがイくまでが耐えどころ、ってところだ」

 

『待て』

 

式は言った。今の忠勝の台詞の中にある数字に対し、

 

『三つとか二つとか、それは……』

 

「大体解ってんだろ?」

 

『……新名古屋城の地脈炉のこと、か?』

 

出来れば当たって欲しくないと思って口に出した推測は、しかし、忠勝の笑みによって事実に変わった。

 

「ああ、――四方の四つと、中央の統括一つ。今、それらを丁寧に暴走させているんだよ」

 

忠勝の言葉に、式は一瞬、思考を停めた。

 

……地脈炉を、暴走させている?

 

やり方は簡単だ。地脈から流体を抽出する機構部分を、規定よりも強く稼働させればいい。そうすれば抽出された流体が貯蓄槽や予備槽に行く前に、炉の中で多量獲得され、炉を内側から浸食する。

 

素の流体は、空間を自由に変異させることが出来るものだ。方向性が無いがゆえに、蓄積を続ければ干渉を始めて周囲を浸食し、やがてお互いに“変換”を開始してしまう。

 

そうなったら最後だ。炉を食い、地脈に逆流した“変換”は高速に広がり、他の空間と混じってその個性を薄められるまで、浸食の作用を広げる。

 

かつて、神州が重奏統合争乱によって制圧される前、重奏神州の露西亜(ルーシ)にて地脈炉が暴走自壊したことがある。同じように、八年前、P.A.Odaの織田・信長は襲名直後に地脈炉の暴走自壊で領内に残るムラサイ反勢力を滅ぼした。彼らが神殿を造った比叡山に追い詰め、それを消滅させたのだ。

 

そのどちらも、

 

『半径数キロが消滅したんだぞ……。それを五つも行ったら名古屋どころか三河が消えるぞ!』

 

「解った上でやってるんだよ」

 

忠勝が笑って告げる。

 

「今、三河には人はいない。自動人形と我達だけだ。だったら、――見てえんだ。我達が現役のときのポンコツとは違う、新型地脈炉暴走の地脈崩壊による三河消滅」

 

『――――』

 

「まあ実際、我も何も知らないんだがな。榊原が消える前に、色々聞いとけば、お前にも説明出来たんだが……」

 

『消えた!?』

 

「酒井から連絡無かったか?榊原、公主隠しに遭ったんだとよ」

 

『なっ――』

 

公主隠し。三河で多発していると聞いてはいたが、

 

……いきなり過ぎんだろ、康政さんよ……!

 

拳を握り締め、その間にも、忠勝の言葉は続く。

 

「我はな?ただ、殿の命令で動いてるだけだ。井伊や榊原は何か知っていたようだが、我は真相も何も、ほとんど知らん。ただ殿から聞いているのは、これが――」

 

一息。

 

「これが、創世計画の始まりだってことだ」

 

 

気づかなかったか?と忠勝が言った。

 

「創世計画は、P.A.Odaが打ち出したものだ。だけどな?三河はP.A.Odaと同盟しているんだぜ?そしてP.A.Odaは創世計画の詳細を表に出さない。どうしてか?答えは簡単だろ?」

 

『――創世計画は、三河がP.A.Odaに持ちかけた計画ってわけか!』

 

「ようやく、一つは解ったか。まあ、我も知ってるくらいのネタだがな」

 

そうだ。

 

「殿はまだ、P.A.Odaにも全容を明かしていない。我達にも。ただ我が聞いているのは、――それによって、全てが救えるかもしれない、というだけだ」

 

忠勝の言葉に、式は動いた。前に一歩を踏み、

 

「やめとけ。――結ぶぞ」

 

眼前に、蜻蛉切の先端が突きつけられた。

 

同時に、忠勝の隣にいる鹿角が、。

 

「申し訳御座いません、若様。事前に自動人形を差し向け足止めとしていたのですが、予定より随分早く突破されたようで」

 

『あんたら自動人形は記憶の更新をしろよな……、もうそんな呼ばれ方される身分じゃねえだろ、俺』

 

「お前にとっちゃそうでも、俺達にとっちゃ、お前は殿の息子であり、若殿だからな」

 

忠勝が言った。

 

「せめて、大人しく三河を出てくれりゃ、手は出さねえよ」

 

『そいつは無理だ』

 

即答した式が、腰を落として構えた。

 

『……自動人形、P-01s。そいつの正体を知っちまった。なら俺は、あいつに会って、直接話をしなきゃならねえ』

 

「そうか。残念だ」

 

言葉とは裏腹に、忠勝は笑っていた。

 

「――じゃあ掛かって来い、小僧。もう、昔みてえな手加減は無しだ」

 

『――――』

 

式は、息を詰めた。ややあって息を吐こうとして、

 

『……はッ』

 

笑いが洩れた。

 

それは、確かにタイミング的にもピッタリだが、

 

……ここでいきなり、師を超えていけ展開かよ。

 

『いきなり強要する奴があるかっての』

 

目の前にいるのだから始末が悪い。

 

『まあ、駄目人間のダっちゃんだし、仕方ねえか』

 

「このガキ……」

 

忠勝が口端を引きつらせ、思い出したように隣の鹿角を見た。

 

「おい鹿角。お前、なんで式には何もねえんだよ」

 

「若様は、私達三河自動人形の中で元信様に次ぐ優先順位に位置するお方です。それに今のは愚弄ではなく事実です。いきなり無茶ぶりする駄目師匠がどこにいるのですか」

 

「どこって……」

 

忠勝は頭を掻き、ややあって、

 

「ここにいるじゃねえか」

 

「……全く理解出来ない思考です。忠勝様、本当に人間ですか貴方?実は自動人形では?」

 

「うるせえよ。お前本当、我の家についてるくせにあまり言うこと聞かんよなあ」

 

「忠勝様の言うことを聞いておりましたら自動人形の身が磨り減ります。片づけはしない。洗濯はしない。余計な武具や本や夕食の予定のない肉とか買ってくるしすぐに犬とか猫とか拾ってきて“可哀想だろ!?今日からこの子はうちの子だ!”とか駄目人間炸裂されますし」

 

「だって可哀想じゃねえかよ!お前は鬼か!?」

 

「ハイハイJud.Jud.。――今の、忠勝様が私によう行う返答ですが、どうでしょうか?」

 

「この女は……」

 

『あんた、昔っから相当だったんだな』

 

お前もうるせえよ、と忠勝が言って、

 

「見てみろよ」

 

と、彼が辺りを見回す動きを見せ、式も目を動かして周囲を確認する。

 

辺り全域。今、鼓動の音は強くなっている。地面の隆起は限界値を迎え、盛り上がるよりも裂け目に地表部が落ちていく頃合いだ。

 

忠勝が、鼓動の音と各地の建物が崩落していく音をバックに、

 

「三河も、知らない間に随分と明るい町になったと思わねえか?」

 

『Jud.、――三河の町は久しぶりに見たが、初めて気づいたよ。この地脈の鼓動音とかも、よく聞くとトランス系でお得みてえだし』

 

「も少し捻れよお前」

 

忠勝の言葉の後、間が空く。

 

……このやり取りも、久しぶりだってのに、もう終わっちまうのか。

 

一瞬だけ思いを馳せる。だが、すぐに意識を忠勝へ向けた瞬間。

 

『――!!』

 

背を向けた。

 

 

「!?」

 

忠勝は、眼前にて、連続して起こった出来事を見ていた。

 

まず、いきなり式が背を向けたと思ったら、右の手を挙げた。水平に、西の方へと突き出す。

 

瞬間。手を突き出した方向から何かが飛来し、式の右手とぶつかって音を立てた。

 

「――!」

 

ガラスが破砕するような音が、ひび割れの音を間に置いて連続する。

 

「式様!?」

 

見ると、式の右手から肘にかけてに、双葉葵(フタバアオイ)の葉が絡み付いていた。

 

流体光の葵葉(キバ)が揺れ、ひび割れて、破裂して散っていく。

 

「おいお前、それは……」

 

『ん?ああ、術式って呼べるほど、大したもんでも複雑なもんでもねえけどな。俺の内燃拝気を使って、俺に危害を加えようとする飛び道具を防ぐモンなんだが……』

 

にわかに、式の眉間に皺が寄る。

 

『……ただの弾丸じゃねえな、これ。このまま内燃拝気を使い続けても、流体に還元されて消えそうになさそうだし……』

 

弾くか。

 

言うや否や、式の右手に葵の葉が集中する。

 

その花を鷲掴みにするような動作で手を丸め、

 

『失せろ……!』

 

振り払うような動作で、右腕を左へと薙いだ。

 

瞬間。

 

三人の正面、三河の土地が、長大な範囲に渡って無数に削ぎ落とされた。

 

 

削ぎ落としの力は、群で三河を襲った。

 

範囲は長さ三キロ、幅百メートルに渡るもの。その切削の数は多重で持続は数秒。効果としては地殻、地表、市街、水路、大気、夜空と、それらが含む全てのものが、数秒を掛けて等しく削がれ裂けた。

 

彫るように削ぎ、深く切れ込み捻り切る。

 

涼しささえ感じる削ぎの短音と、千切る割音が範囲内の全てから響いた。

 

削ぎ跡は、削がれるものの大きさによって変化した。地殻や地表は大地から数メートルに渡って彫り抜かれ、家屋は柱や壁などにそれぞれの対角線を描く爪痕に似た削ぎ跡が走った。

 

町の全てが、彫り跡の斬撃を受けたような状態だ。

 

大気も同様だった。布を裂くような音と共に、数メートル範囲で空中に白い線が突っ走り、次の瞬間にその線が破裂した。

 

「――!!」

 

鳴り爆ぜる。

 

大気の裂音は拍手にも似て満場を埋め、起こる風群は歓声のように反響した。

 

削ぎ跡は、ありとあらゆるものを襲い、削ぎの欠片は風に巻かれて空を舞った。

 

削られた町の部品は、大気の激突によって更なる破壊を得る。まるで波にぶつけられたかのように、捻り潰され割れ爆ぜて、そして風に揉まれて吹き飛んだ。

 

だがそこで終わらない。

 

弾けた空気は、それぞれがうねりを帯びながらもそれぞれの真空を埋めることを義務とした。

 

真空の周囲の空気が、引き千切られるように伸ばされ、流れ込む。

 

しかしそれも一瞬。動きを伴った空気は冷え、霧にも似た氷の微細をまとい、次の瞬間に、四方に向かって爆発した。

 

轟音が響く。

 

削ぎ落としの空間が、冷気によって白く染まる。

 

白の染まりは風となって四方へと消え、三河西部に薄霧を作った。

 

その足下。霧の漂う町の中に、影があった。

 

未だ風が鳴り、大気が震えている中にある影は四つ。

 

忠勝と鹿角、その隣に立つ式と、彼等に対峙する若者の影だった。

 

 

式達は、空間の削ぎ落としを避けて、新名古屋城の西を流れる庄内川の方へと下がっていた。忠勝は右手に蜻蛉切を携え、隣には式が自然体で構えている。

 

今、それらに相対する者がいる。

 

一人の若者だ。

 

長身に、短い金髪。風になびく衣服には三征西班牙の主教導院であるアルカラ・デ・エナレスの校章が刺繍されている。

 

そして彼は、右の腕に一つの武器を携えていた。

 

全長一メートル強の、黒と白の金属でできた剣だ。剣の尻側には砲がついており、両者の接合部にあるアナログメータはその針がゼロから五割ほど上の位置を指している。

 

剣が下、砲口が上に構えられていた。

 

だが、一つ、その剣砲には特徴があった。

 

砲口側、上になっている方へと光の線が無数に走り、一つの立体図形を見せているのだ。

 

それは、全長五メートルほどの砲筒だった。

 

砲筒を作る光はゆっくりと薄れていく。

 

若者は、消えゆく光の向こうにある剣砲のメーターを確認すると、わずかに目を伏せ、

 

「…………」

 

彼は剣を右に下げ直し、背後を見た。

 

彼の後ろ、忠勝や鹿角が倒した者達が、撤収部隊とおぼしき者達に担がれ、撤退の流れに乗りつつある。彼らの指揮を執っているのは、背の低い、両腕が義腕の黒髪の少女だ。どちらも、三年次であることを示す学章を身につけている。

 

少女が両腕にそれぞれ武神の乗り手と突撃隊の一人を担いで、若者に会釈した。

 

去っていく彼女に、若者は会釈を返し、改めてこちらを見た。

 

蜻蛉切を構えている忠勝と、いつでも踏み込めるように体勢を整えた式に対し、若者は口を開いた。

 

「お初にお目に掛かります」

 

息を吸い、ハッキリと聞こえる声で、

 

「――三征西班牙所属“神速”ガルシア・デ・セヴァリョスを襲名しました、立花・宗茂、戦種は近接武術師です」

 

告げられた名前。それに対し、忠勝が声を上げた。

 

「西国一の武者と言われた立花・宗茂の襲名者か……!」

 

「Tes.(テスタメント)、――メッセンジャーで名を売った“神速”ガルシアとの二重襲名です。そして――」

 

彼、宗茂は、剣砲の中心、十字状のシールドを持つ柄を眼前に掲げた。

 

その上で、彼は言う。

 

「――三征西班牙に預けられた大罪武装の一つ“悲嘆の怠惰”を預かる者、八大竜王と呼ばれる者の一人でもあります」

 

おお、と忠勝は頷いた。

 

「ノリノリだなお前!!」

 

 

Tes.、と宗茂が忠勝の言葉を否定せずに頷いたのを、式が、

 

『武蔵アリアダスト教導院所属、式・Aだ。――今の、聞き流して良かったからな?年寄りに無理に合わせなくていいんだぜ?』

 

「お前、我にだけ鹿角並みに厳しくねえか」

 

『“忠勝様には厳しく”が鹿角さんの教育方針だったもんで』

 

「……お前、何時の間にそんなの仕込みやがったんだ?弟子がこんなに可愛くねえガキに育っちまったじゃねえかよ」

 

「忠勝様、反面教師という言葉を御存知ですか?」

 

忠勝が鹿角に言い任されている中、宗茂が目を伏せ、

 

「――参じるのが遅れまして申し訳御座いません」

 

彼の言葉に、鹿角から視線を戻した忠勝が口を開く。頬の削ぎ痕から歪みの血をこぼしながら、

 

「申し訳ないと思うならすぐ帰れ、ってわけにゃうかねえか」

 

言った直後だ。二人の背後に、宗茂が立った。

 

一瞬の移動だ。風はある。高速で移動したことを告げる荒れた風だ。足音も、震えに似た低い足音が強く響いていた。

 

それらの風と音をもって、宗茂が言う。

 

「投降を御願いいたしま――」

 

す、という言葉は生まれなかった。

 

宗茂の鼻先に、蜻蛉切の穂先が突き出されていたからだ。

 

既に表示枠を多重展開している蜻蛉切の向こうで、忠勝の声が響いた。

 

「――結べ、蜻蛉切」

 

直後。立花・宗茂へと、割断の力が突っ走った。

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