ほらいぞん 仮   作:ろいやるみるくてぃー

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第十二章 三河の親子

      ●

 

 こちらの言葉が終わらぬまま発動された蜻蛉切。

 予想していた攻撃に、宗茂は、予め考えていた対処を迷わず行った。

 宗茂が行ったのは、前に踏み出し攻撃に踏み切ることではない。

 それは、

 ・・・私の“速度”は、どこまで通じるでしょうか。

 旧派式一般聖術(クラッシカフィルマ)が発動し、足裏に術式が展開する。

 神格武装である蜻蛉切の起動システムは、蜻蛉切の刃に対象が映ることで名を取得し、割断がなされる。有効射程距離は約三十メートル。

 ならば宗茂が選択するのは、

 ・・・蜻蛉切の刃に映らぬ位置、またはその距離まで一瞬で退避すればいい!

 そして、身体をその通りに動かす。

 動く。

 一瞬で三十メートル先まで移動し、宗茂が退避の成功を確信した瞬間、

「――!?」

 視界に少年が見えた。

 笑みを湛えた赤い瞳と目が合う。

 今し方自己紹介をしたばかりの少年の名を、信じられない思いで叫ぶ。

「式・“問題児”・A・・・!?」

「嬉しいねえ、その字名(アーバンネーム)武蔵では流行ってなくてさ!」

 どういうことです、という言葉は出なかった。

 横。大気の乱れが生じる。

 式が、右脚をアウトコーナー気味に弧を描く音。蹴りのための初動だ。やや身体ごと宗茂の背後に回り込むようにして狙うのは、

 ・・・背部の・・・!!

 式の狙いを確信し、それを防ぐため、

「――!!」

 宗茂も動いた。

 

      ●

 

 鹿角は、目の前、距離三十メートルの位置で攻防を繰り広げる宗茂と式を見ていた。

 両者共、今、先ほどまで忠勝の背後と隣にいて、片方は割断の力を受けた筈だ。

 しかし、宗茂は、真っ二つにされていなかった。あろうことか、ここから三十メートル先で、式の回し蹴りに対して、彼の狙い先である背部への攻撃を、式と向き合う形になって避けている。

 ・・・これは――。

「どういうことでしょうか」

 疑問は、解消された。

「速度だな」

 忠勝は、宗茂と、彼が振り上げた“悲嘆の怠惰”のブレードを受け流してアッパーを繰り出す式から視線を外さない。ゆえに鹿角も、忠勝に視線は向けず、身を寄せてささやいた。

「先ほど式様が防いだのは、飛来した弾丸のような力場だった思われます。あれは一体――」

「大罪武装“悲嘆の怠惰”の超過駆動ってやつだ。――にしても、」

 忠勝が、改めて意識を少年達に向けたのに合わせ、鹿角もそちらへ視線を向ける。

「式のやつ、やっぱ恐ろしいくらいに成長してんな。ボウズがやった蜻蛉切の有効射程範囲からの高速退避。――術式込みのあれに、身体能力だけで追いつきやがった」

「おや、師匠の身でありながら、十年越しの式様の成長を実感されていなかったのですか。貴方それでも師匠ですか」

「・・・お前、いくら二代とまとめて世話して剣の稽古していくら可愛がってたからって、我への風当たり強くねえか」

「申し訳御座いません、何か言う相手が忠勝様しかいないものでして」

「・・・」

 と、

「――ぅおっ!」

 式が、“悲嘆の怠惰”に弾き飛ばされてこちらの隣に戻ってきた。

 

      ●

 

 一息つこうと考えたのか、“悲嘆の怠惰”で弾いたというよりは、弾かれる反動で後ろに下がった式を見ながら、宗茂は膝をついた。

 荒れた息を一つつき、一つの推論を導き出す。

「・・・私が速度を使うと解った上で、蜻蛉切の割断を回避することまで予測したのですか」

 言うと、式がこちらを見た。なんとなしに頭を掻いて、

「“東国無双”に並ぶ“西国無双”立花・宗茂のことは、昔から興味あってな。

 蜻蛉切は、三征西班牙に渡された大罪武装、“悲嘆の怠惰”と“嫌気の怠惰”の試作品。なら、蜻蛉切の有効射程とかの情報持っててもおかしくないし、知ってなくても大体の目安はつくだろ」

「それはそうですが・・・」

「あんたがあんな一瞬で背後に回ったことには驚いたが、そんくらいあれば年寄りの不意打ち避けるなんて造作も無い筈だ。性格からして、忠勝さんがあんな大人気ないことすんのは目に見えてるしよ」

 ・・・あの一瞬でそこまで・・・!

 つまり式は、宗茂が“蜻蛉切の割断を避けれるほどの速度を持っている”実力を持っているととりあえず見積もった上で、宗茂の速度に追い付いてみせたのだ。

 その事実に対し、抱く評価は一つ。

 ・・・恐ろしい相手だ。

 敵の実力を見積もり、信じ、その上で凌駕する。

 単なる戦闘センスの問題では無い。これは、

 ・・・度量だ。

 いわば、式の人格、懐の深さ。

 相手の次の動作をほぼ勘で先読みし、行動範囲を最大限まで見積もり、その勘を頼りに、実際の相手の動作に合わせて動く。

 更に、狙いが的確だ。

 宗茂の速度は聖術による加速を、身体で制御する方法だ。

 聖術は、基本的に、聖堂で得る術式契約書を使うことによって行使される。

 旧派に対する献身行為や拝気の献納と交換して手に入れる術式契約書は、書かれた承認印を押すことで発動し、そして消える。旧派の契約書は使い捨てだが、その分、効果は高く、使用時に術者が拝気を消費しない利点がある。

 宗茂の術式には、二つの内容がある。

 一つは、肉体の速度を上げるもの。

 もう一つは、

 ・・・足裏に、足場を同時多重展開する。

 走るために地面を踏んだとき、その足場を同時に幾つも踏んだことにする。

 展開が五つ同時ならば、速度は五倍に。十個同時ならば速度が十倍になる。

 どちらも本来ならば協力な術式なので、数万書などという単位で所有出来るものではない。だが、宗茂は、それを襲名した生業で得た資産と、術の加工によって可能としていた。

 術の設定を、反動を考慮しないものにしているのだ。

 反動軽減を入れれば術は高価になり、出力が低く、複雑になる。

 だからそれを入れないことで単価を下げる。

 そして発動時間を短く、瞬間加速用にすることで、更に単価を安くして量を稼いだ。

 そうすることで安価に、一瞬で多量の加速を重ねて高速に至ることが出来る術式契約書は、切手大に圧縮され、数万書という量で背部放熱機の下にカートリッジで納められている。

 式は、そのカートリッジを狙って蹴りを放ったのだ。

 納得は出来ないが、理屈は理解出来る。

 宗茂が術式を発動させたとき、消費型である術式契約書は、カートリッジの排出部から使用済みのものとして光の散り屑を散らす。

 ・・・そこを叩くことで、術式の使用を制限しにきたのですね。

 武装を奪われ、戦科クラスの無い武蔵で、最強を謳われる由縁の鱗片を、垣間見た気がした。

 だが、警戒すべきは、実力未知数の式だけではない。

 ・・・“東国無双”、本多・忠勝。

 宗茂はゆっくりと立ち上がり、こう言った。

「投降を御願い致します。そして、地脈炉の暴走停止に御協力を」

「おう、Jud.Jud.」

 式があっさり忠勝の元を離れ、宗茂の側に来て忠勝と向き合った。

 自分の横に立つ式へ、宗茂が視線を向ける。

「・・・宜しいのですか?」

「俺は事態に関与してるわけじゃねえから、投降とはいかねえけどな」

 式は笑って、

「こうして敵対の立場を明確にしときゃ、あんたもやりやすいだろ? 忠勝さん」

「まあな。しかし――」

 と、忠勝は、相対する若者二人を見た。

 それに応えるように鹿角が頷き、口を開いた。

「――将来ある若者二人に新品蜻蛉切が付いてるようなものですね。しかし忠勝様、老けてるだけの出世打ち止め親父でも、“百戦錬磨”という隠れ蓑でまだメンツを保てていることは出来ています。今後はトチって敵を増やすことの無いようにして頂けると幸いです」

「お前、悲観的過ぎて腹立つやつであるなあ」

 忠勝は二人を見つつ、

「“悲嘆の怠惰”には三つの機能があるわな。一つは普通の剣砲としての機能。もう一つは、通常駆動として、蜻蛉切と同じように名を刃に載せた相手を削ぐ機能。そして最後が大規模破壊武装としての、超過駆動」

 それは、

「“悲嘆の怠惰”の超過駆動は、刃に映り憶えた射程距離上のものを削ぎ落とすんだっけか」

「ええ、発動させたら悲嘆を示す“掻き毟り”が走ります。――その試作品である蜻蛉切は、通常駆動では名を結ぶことによって対象を割断し、上位駆動では物体ではなく、事象を結び割るそうですね。・・・この反乱が始まる前、山側の番屋が警備していたのになにも気づかず攻略されたと聞きましたが、あれは――“警備”という事象を割断したのですね」

 宗茂が蜻蛉切を見た。蜻蛉切の刃の基部、蜻蛉型の燃料メーターには、赤の色が半分ほどしか残っていない。

 忠勝もそれを見て、

「ボウズ。そっちは、使えるのはどのくらいだよ」

「Tes.(テスタメント)、私の適応力では、一度に五十パーセント前後が限界です」

「その出力での超過駆動だと、約三キロが有効射程か。見たところあと一発。それだけ溜めるのに随分と使ったろ?」

「エナレスの流体槽エルタンギュにて、一ヶ月を」

「後一発。どう使うか教えてやれ、式」

 言った忠勝に、式が「何で俺?」とぼやきながらも、右と左、北と南を顎で示す。

「ここからだと、北西と南東の地脈炉がぎりぎりで射程距離に入る。だから、残り一発でどちらかを破壊する。破壊によって、地脈の大規模な乱れは生じるかもしれねえけど――」

「――Tes.、三基の地脈炉が抽出した流体は逃げ場を得て、爆発は回避されます。三河は当分、流体の飽和による怪異の多発現場となりますが、それでも爆発によって三河が失われるよりいい、私はそう思います」

「だよなあ」

 忠勝が笑った。

「だがよ」

 彼は言う。宗茂の背後を顎で示し、

「――見ろよ、二人共」

 ・・・え?

 と思った宗茂は、背後の新名古屋城を見る。

 一直線の街道の先。新名古屋城の西側門が見えた。

 大きな門だ。開いている。幅二十メートルほどの、神木(シンボク)を使った一枚板の扉の左右遣り戸が、完全に開き切っていた。

 そしてその向こう。新名古屋城の西側外殻に正面口も開いていた。

 光はそこから生まれていた。

 新名古屋城が、内部の光を見せているのだ。

 

      ●

 

 開口した西側正面口は、奥に存在する多重の隔壁扉も全開にされていた。

 一直線に、数キロに渡って開かれた穴の向こうにあるのは、光と、

「・・・地脈統括炉」

 鹿角の声が示すものは、数キロ先の新名古屋城中心に存在する壁のような木壁塊だ。

 直径一キロほどの、金属内殻と、木製外殻に覆われた統括炉は、

「既に四方の抽出炉の暴走が完成して、流体を蓄積中・・・」

 鹿角の言う通り、統括炉の木製外殻は、鼓動に合わせて外殻材の隙間から光を放ち、また、時折わずかに膨張し、震えさえ生んでいる。

 それだけではない。

 

 既に統括炉の周辺には、流体が光の霧状に変異し、天球図を描くように線円の無数列を重ねて作って回っている。

 その巨大な光の天球図の中央、新名古屋城の中心からは、空に向かって緩やかに光の塔が立ちつつあった。

 放つ光を、下は広く、上は細く重ねて、逆漏斗(ロウト)状の光塔が起立していく。

 塔は鼓動と共に高くなりながら、しかし崩れてもいた。

 上部。重なって高くなっていく最上部が、ゆっくりと内側にこぼれ落ちているのだ。

 その落下は、段々と速くなり、塔の積み重ねの速度を上回ろうとしていた。

「――あの光の塔が全部内側に落ちたとき、統括炉ですらも許容出来なくなった流体がオーバーロードを起こす、ってわけだな」

 すると、忠勝の声に答える言葉があった。それは、新名古屋城の外部拡声器からの声で、

『その通りその通り。何とかここまで来たよ。止めるならあと五分くらいじゃないか? 一体、そこの少年達はどうするつもりかな? 時間は有効に使っていかないとな』

 声の持ち主を、式は無意識に、かつて自分が呼んでいた呼び方で呟いた。

「親父・・・」

 横、宗茂が、信じられないものを見るようにこちらを見るが、気づく余裕も、気にする余裕も無かった。

 式の目は、意識は、全てがその人物に集中しており、

『おや、まだそう呼んでくれるのかな? 孝行者の息子を持てて、元親父としては嬉しい限りだよ』

 と、応じる姿は、統括炉の前に立っていた。

 松平家当主、元信だ。

 学帽付きの彼は衣服の上に白衣を纏い、小指を立てた右手でマイクを握っている。

 そして彼は、マイクに対して口を開くと、

『ようし、じゃあ全国の皆! こんばんはあ――!』

 息をつき、指を鳴らす。すると彼の横、撮影機材を持った自動人形が現れる。

 元信は、前に回った撮影の自動人形に対し、マイクを口元に当ててポーズを取り、

『この放送! 共通通神帯(ネット)で全国に放送中だからね! よい子の皆、ちゃんと先生の一挙一投足を油断せずに見ていなければいけないよ! ではチャンネルはそのままで!』

 息を吸い、

『今日、先生は、地脈炉がいい感じに暴走しつつある三河に来ていまあ――す!!』

 

      ●

 

 武蔵の艦上、花火目当てに集まった皆は、宙に出現した表示枠から、元信の嬉しそうな顔と声を見て聞いていた。

『おやおや! 特等席は豪華だねえ! 武蔵の秘蔵戦力として名高い式・A君に、立花・宗茂君までいるじゃないか! 遠路はるばる見学かい!?』

『見学と、言いますと・・・』

『ああ、――地脈炉の暴走による三河の消滅だよ』

 皆の注視先、元信は、しれっとこう言った。

『どうだい? 課外授業として最高だろう?』

 

      ●

 

 世界の各地、人々は、身分などに関係なく、神肖筐体(モニタ)や神啓筐体(レディオ)から、元信の言動を見聞きしていた。彼は光に満ちた地脈統括炉を背景に笑顔を作ると、

『どうだい地脈炉暴走、さあ、三河の消滅を見てみたい人は元気良く手を挙げなさい』

 その自分のセリフに対し、元信は一回軽くジャンプして左手を挙げ、こう叫んだ。

『・・・は――い!! ぼぉく見たいで――す!』

 

      ●

 

 現場では、元信の動きに、誰も反応出来なかった。

 彼を見る者。宗茂も、式も、忠勝も、鹿角も、全く動きがとれない。

 だが、彼ら以外に動ける者達が、新しくその場に加わってきた。

 それは新名古屋城内部にいる者達。入り口から元信に至る無数の隔壁扉の左右陰から、右手を挙げた自動人形がぞろりと現れたのだ。

 はっとした宗茂が、浅く身構えながら、

「あれは――」

 姿を見せたのは、数百を超える侍女服姿の自動人形。

 彼女達は、それぞれ通路の左右に現れるが、ずっと右手を挙手したままだ。

 そして上げられた手群の間を、元信がこちらへと身をシェイクさせつつ歩き出す。

 さあ、と小指を振る彼の姿は逆光だ。顔の造作は解るが、表情は解らない。

 だが、

『――さあ、さあさあ!』

 歩いてくる元信の背後。彼を見送った侍女達が、その背後に並んでいく。

 聞こえるのは、大地の鼓動と、連なっていく足音だ。

 だが、右手を挙げて左右に並ぶ侍女達は、元信の背後に続くと、それぞれの持ち物を構えた。

 それは、楽器だった。笙(ショウ)、横笛に、琵琶、そして太鼓に三ノ鼓(ツヅミ)に箏(ソウ)に和琴、他、吹き物弾き物打ち物における幾つもの種類の楽器が、それぞれの加圧器(アンプ)と共に構えられ、

「――――」

 銅鑼の打ち音が、一つやかましく鳴った。

 直後。楽器を構えていた侍女達が、それを深く己の身に寄せ、

『――!』

 調律を行う。

 多重の音色と音圧は、中央に立って歩く元信の上げた左手に沿っていた。彼の手がゆっくりと弧を描くのに合わせて調律の音色はてきに高く、ときには巻くように低くなり、やがて手が握られる動きに合わせて小さくなり、

『・・・!』

 元信が歩きながら、握った左手を振り下ろした。

 直後、楽器を構えていた自動人形はそれぞれの動作を行い、無手の者達は口を開き、

『――――』

 奏で唄った。

 それは拍子を変え、鼓を効かせた。

『――通りませ――』

 通し道歌だ。

 

「通りませ――」

 

 歌が始まり、終わる。だが元信の歩みは終わらない。新名古屋城内部は広く、入り口に至るまでに数分は掛かる。しかし音楽は伴奏状態で続き、声は、あ、のコーラスを響かせ続ける。

 地下から響く鼓動すらも、今や音の一つでしかない。

 そして声が響く。元信の、マイクに向かって開かれた口が、

『ハイいいですかあ!? この歌、これから末世を掛けた全てのテストに出ます(配点:世界の命運)。じゃあ皆さん。先生に何か質問はありますかー?』

 その問いかけに、声が応じた。 それは新名古屋城の外、大罪武装を持って元信を見る若者の声だ。

「元信公・・・!」

 立花・宗茂。彼は息を吸い、

「一体、何のために、地脈の暴走と三河の消滅を行い、極東を危機に陥れるのです!?」

『三征西班牙、アルカラ・デ・エナレスの宗茂君。質問のときには手を挙げましょう』

 言われ、宗茂は“悲嘆の怠惰”を右上段に掲げて構えることで返答した。既に彼の視線は式から外れ、元信を見つめている。

 だが、対する元信は、ただ静かに、よろしい、とただ一言を告げた。

『では宗茂君。いい質問だったので、先生は逆に一つ問います』

 元信は、こう問うた。

『危機って、面白いよね?』

 

      ●

 

 元信は、言う。

『先生、よく言うよね? 考えることは面白いって。じゃあ、やっぱり、どう考えたって、――危機って、面白いよね?』

 だって、

『考えないと、死んじゃったり、滅びちゃったりするんだもんなあ。――すっごくすっごく考えないと解決出来ないと思うんだけど、それってつまり、――最大級の面白さだよね?』

「――――」

 元信の言葉に、宗茂が息を飲み、何も言えない。

 だが、元信は片手でマイクを握り、空いた手で頭を掻きつつ、言葉を繋げた。

『危機ってのはとても面白いものだ。だけど、もっと面白いものがあるよね? ハイ、じゃあそこの宗茂君。もっともっと考える必要があるもの、答えて御覧?』

 直後、宗茂が、大きな声でこう答えた。

「――解りません! いきなり時間稼ぎの問答ですか!?」

『うん、いい答えだ』

 元信は、宗茂の拒絶とも言える回答に、そう言った。

『解らない。そうだよな、解らない。その通りだ。――何故か? 答えは簡単だよ宗茂君。君は考えなかったんだ。危機より恐ろしいものがあるのかと、君は考えるのを避けた。人間として当然の行為だよな。悪いことなんざ考えたくないんだから』

 だが、

『今の君は危機より恐ろしいものを前にしたとき、目を背けて死ぬ人間だ』

「――――」

『嫌だったら考えなさい。恐怖を克服するとはそういうことだ。そして本多君。危機より恐ろしい、もっともっと考えなければいけないものとは何ですか? さあ、本多君?』

「はーい、我は解りませえ――ん」

『ハイ、じゃあ罰として自動人形になじられながら街道に立ってろ』

「おいおい先生、扱い違い過ぎねえかよ!?」

 先生は無視した。そして、

『――ハイ、じゃあ最後の一人、式君!』

 元信が、宗茂の隣、ずっとこちらを睨んでいる式へと視線を向ける。

『武蔵、武蔵アリアダスト教導院の式君? 既に自分の中で最悪の恐怖を味わったことがあるお前なら解るはずだ。少なくとも世界にとって、危機より恐ろしいもの。それは何だい?』

 

      ●

 

 忠勝は、元信の言葉を受けて尚、元信を睨み続けて何も答えない式を横目で見た。

 元信が姿を現した今でも、式が動く気配はまだない。今動けば、忠勝は即座に蜻蛉切を振るうつもりだ。

 しかし、ずっと動かないわけではないだろう、と忠勝は確信する。

 ・・・こいつ今、眼力で人殺せそうだよなあ。

 式が今、何を考えているのかは解らない。元信と親子でいることをやめた彼が、何を思って、今更父親に会いに来たのだろうか。

 地脈炉について聞きに来ただけ、ではないだろう。

 相も変わらず、元信の考えも解らない。自分にとってはそれで充分だろうが、

 ・・・こいつは、どうしたいんだろうな。

 と、思ったときだ。

「――クソが」

 ・・・あ、喋った。

「一つ、ある。・・・世界にとって、極東の危機なんかより恐ろしいものは、たった一つ」

 式は、こう言った。

「末世だ」

『せいかあ――い!!』

 元信が歓声を上げ、左右の自動人形が楽器で応える。

『そう、末世。――この世の滅び。それは全世界の生徒に対する最高のエンターテインメントだ』

 

      ●

 

 宗茂は、元信の言葉に息を飲んだ。

 ・・・エンターテインメント・・・!?

 末世の話はいろいろな方面から聞いている。それがどうやら本当に起きることであり、対策など何も打てていないことを。だが、

「面白いとは、不謹慎な・・・!」

『宗茂君、先生は真面目な話をしているんだよ。も、すっごく真面目、先生は』

 声が来た。歩き、鼓動の音と、音楽に合わせた声が、

『末世という、この莫大な終業の時間は、放課後を持たない。そこの君達は現役の学生だからこう言うべきか。・・・この“卒業”は、以後の未来を持たない、と』

 解るかい?

『今、末世を前にした君達にとっては、そこまでの全てが授業の時間だ。今、この時間も、明日も、明後日も、起きているときも寝ているときも、末世という未来無い卒業に向けた貴重な授業の時間だ。この時間が終わり、末世が来たら、――もう教導院にはもどれず、友達らと話をすることも出来なくなる』

「――――」

『面白いよな。そう、面白いよな? 何しろ、世界が末世という卒業をむかえるのだとしたら、もはや貴重な時間を必死に過ごさなければ損だ。そして末世を迎えたくないのだとしたら、考えて、末世を覆してその先に進まないと駄目だ』

 続けられる元信の言葉に対し、宗茂は口を開いた。

「それは――」

 反抗心のようだと、自分でも思いながら、

「末世を前にした人間は、無力を感じ、自暴自棄になる者も多いと思いますが――」

『いいじゃないか。教導院に来て詰まらない詰まらないと愚痴を言うより、末世を前に家に籠もって布団の中で震えていた方が、“自分は怯えられる人間なんだ”と解る意味がある。少なくとも、末世で死ぬ前に、自分がどんな人間だったかを少しは解るだろうさ。そしてもし君が末世という卒業を前に何もしないなら――』

 言った。

『君は、世界をつまらなくするために力を貸すことが出来る人間だ。言い換えるなら、――世界を面白くしようとする者達は、君を倒そうと必死になるから、君は叫んで戦え。“世界はつまらない”そして“悔しかったら面白くしてみろ”と。――きっと応える誰かがいる。ならば充分、詰まらない人間にも観客としての存在価値があるとも』

 さあ。

『君達はどれだ。世界を揶揄して喜ぶだけの批評家か、それとも、楽しむ者か。それとも、世界を作りに行く者か』

 元信が足を止めた。

 場所は、新名古屋城の内部。中央から入り口までの中盤域だ。

 楽器の侍女を背後に、右手を挙げた侍女の列を左右に置いて、彼はマイクを片手に言う。

『そして答えを考えた者、たいへんよく出来ました的な人には御褒美をあげよう。それは末世を覆せるかもしれないものだ』

 それは、

『――大罪武装だ』

 

      ●

 

 元信は、宗茂の右手にある“悲嘆の怠惰”を見た。

 彼は、宗茂が眉を疑問に歪めるのにも構わず、

『それだけではないが、今のところ、それが最も解りやすい。だからこう言おう。いいですか皆さん、大罪武装を全て手に入れたならば――』

 一息。

『――その者は、末世を左右出来る力を手に入れる』

「訳の解らないことを!」

 宗茂が叫んだ。

「大罪武装を各国に配ったのは貴方です! それが、末世を払うために大罪武装を全て手に入れろと言うのは・・・、大罪武装を与えられた六つの国に戦争を巻き起こす気ですか!?」

『六つの国? 違うよ? 七つだよ?』

 元信の告げた言葉に、宗茂が動きを止めた。彼は眉をひそめ、

「七つ・・・!?」

 宗茂は、首を横に振った。馬鹿な、と前置きして、

「七つの大罪の基礎、八つの想念をモチーフに大罪武装は存在した筈です。それらは六つの国に全て分配されています。七つ目の国があるとしたら――」

『おやおやいいかい宗茂君。大罪武装は八つの想念がモチーフというのは確かだけど、でも、どうなんだろうね?』

「どう・・・、とは?」

 宗茂の声に、元信は笑みを持ってこう答えた。

『その八つの想念にも、原盤とも言えるものがあり、――実は九大罪だったらどうする?』

 

      ●

 

 “栄光丸”艦橋。中央に立つ白の教皇衣は、窓から見える三河の光に目をとめた。

 教皇総長インノケンティウスは、歯を剥き、

「元信! まさか貴様あ――!!」

『八つの想念が七つの大罪にまとまるとき、まず、想念は六つに改変され、そこに新しく“嫉妬”が追加された。ゆえに、“嫉妬”は新参の大罪というイメージが強い』

 だが、

『八つの想念を論じたエウアグリオスは、実は、友人に対する書簡で九つの悪について述べているんだ。八つの想念に含まれていない、その九つ目が“嫉妬”だ』

 どうだろうね? と声が聞こえた。

『エウアグリオスは、何故、嫉妬の大罪を八つの想念に追加しておかなかったのだろう? そして後に、グレゴリウス一世は何故に嫉妬の大罪に数えたのだろう? 解るかい? 知ってるかい? 大罪にはそれぞれ神世の時代の魔獣が当てられているけど――』

 元信が、そこまで言って、耳に手を当てて見せた。まるでこちらの答えを聞きたいように。

 だからというように、インノケンティウスが叫んだ。

「“嫉妬”に当てられた魔獣は、――全竜だ!!」

 叫ぶ先、表示枠の中で、元信が頷く。だが、インノケンティウスは奥歯を噛み、

「――全竜とは、全ての化け物の様相を持つ史上最大の竜! つまり貴様はこう言いたいのだな!? 九つ目、嫉妬の大罪こそが、全ての大罪をまとめたものであり、最高の悪徳なのだと!」

『そうそう、暴食も淫蕩も強欲も悲嘆も憤怒も嫌気も虚栄も驕りも、何かを妬み、何かになりたいと願う思いの行き過ぎや、その反動によるものによるものだよな。――先生が思うに、エウアグリオスは、その大悪の存在を露わにするのを恐れて大罪に含めなかった。そしてグレゴリウス一世は、嫉妬に新参のイメージを与えるように追加することで、その存在を卑小化して伝えようとした。だが、――やはり人々はそこに全竜を見たよね』

「ならば・・・、俺の大罪武装の追加発注が無駄だったとして・・・」

 インノケンティウスが叫んだ。

「その“嫉妬”は、どこにある!」

 表示枠に映る式を睨み、

 ・・・まさか、そいつに持たせているわけではあるまいな!

『今、全竜は、既に存在している』

 それは、

『噂を聞いたことがないかい?』

「・・・噂?」

 ああ、と元信が頷いた。

『噂とはこういうものだ。――大罪武装は、その材料として、人間を使用している。ゆえに、人間の原罪をモチーフとした能力を使用出来るのだ、と』

 そして、

『それは本当だよ?』

 

      ●

 式は、元信の姿を視界に、その声を外部拡声器越しに聞いていた。

 元信の告げた言葉。昼間には、酒井と正純を交えて話題にものぼったものだ。

 だが、先があった。

 元信の声が、息継ぎの音と共に、こう言ったのだ。

『その噂は、事実だよ。・・・大罪武装は、人間の感情を部品としている』

 それは、

『その人間の名は、ホライゾン・アリアダストという』

「・・・は?」

 思考が止まった。

 ・・・な・・・、え?

 混乱の間にも、元信の言葉は続く。

『ホライゾン。十年前に私が事故に遭わせ、大罪武装と化した子の名だ。そして去年、彼女の魂に嫉妬の感情を込めて九つ目の大罪武装とし、――自動人形の身を与えて武蔵に送った』

 その自動人形は、

『P-01sという名を持って、武蔵の上で生活をしている』

 腹の底、奈落の底に突き落とされるような感覚と共に、式は、

「ホ、ライ、ゾン・・・」

 

      ●

 

 そして、武蔵にいる誰もが、次の言葉を聞いた。

『自動人形、P-01s、その子の魂が、――“嫉妬”の大罪武装“焦がれの全域”そのものだ』

 

      ●

 

 正純は、神肖筐体(モニタ)を見ていた。

 表示枠の中。新名古屋城を見上げたまま、力無く立っている少年を。

 次に、横を見た。

 街道。二つの月の下。風の中に立っている自動人形を。

 彼女は今の放送を聞いていた筈だ。だが彼女、P-01sは無言のままで、まるで事態が解っていないようだった。彼女は、こちらが振り向いたことに対して、

「正純様。式様は、どうなされたのですか?」

 そして、

「今、P-01sの名と、その正体を示すような放送を聞きましたが・・・」

 しかし、首は傾げられている。

 当たり前だ、と正純は思う。彼女には記憶が無い。この放送を聞いて、自分のことだと解っても、実感が無いだろう。

 それでも、

「・・・あのような表情をした式様を、初めて見ました」

 ・・・これは、妹が兄を想っている、ということになるのか?

 自動人形には感情が無い。今の元信の台詞から考えると、彼女は嫉妬の感情を持っていることになるが、

 ・・・ホライゾン・アリアダストという少女の魂が、そうさせているのか。

 言うだけなら簡単だが、それがどれだけ特異なことか、正純には想像が出来ない。自分は、彼に妹がいたことすら、今日知ったのだ。

 それでも、正純は心に一つの言葉を作った。更にはそれを口にすることで、思いを外にこぼした。

 何故。

「どうして、魂ある自動人形を、――大罪武装にした!」

 どうして、

「よりによって、あいつなんだ・・・!」

 だが、答えは来ない。ただ流れる言葉は、

『今日、ホライゾンを見たよ。・・・手を振ってくれていた』

 表示枠の中。式は、動かない。

 

      ●

 

『ホライゾンは、元気なようで、・・・何よりだ』

 聞こえた声に、武蔵上を走り出した者がいた。それは、

「――愚弟!?」

 トーリが、速度としては並程度で、しかし彼としては全力で走り出していたのだ。

 聞こえた事実に誰もが息を飲み、顔を見合わせていた中だった。

 停止と戸惑いの雰囲気を断ち切るように、トーリは走る。学校前の階段を駆け下り、その最中に背後から喜美の声が、

「愚弟! アンタ、どこ行くの!?」

 だがトーリは答えない。ただ走り、息をつき、後悔通りにたどり着く。

 皆が、あ、と声を上げるが、トーリはわずかに迷い、しかし、

「――っ!」

 勢いつけて暗い道へと飛び込んだ。身を大きく振り、速度を出来るだけ上げながら、

「・・・!!」

 その、必死に走っていくトーリの動きに、皆の中から応じる者がいた。出る人影は三つ。ネシンバラとウルキアガ、そしてノリキの三人だ。

 走り出し、一気にトーリに追いついていく三人に、数歩を踏んだ喜美が叫ぶ。

「追って! お願い・・・!」

 

      ●

 

 木々に遮られた月光が、時折木漏れ日のように枝葉の隙間から道を照らしている。

 今日までの十年間、一度も通らなかったこの後悔通りを、トーリは自分の持てる全力で走っていた。

 息を切らしながら思うのは、

 ・・・ごめんな、式。

 この十年間、自分の代わりに、毎日欠かさず後悔通りを通り続けてきた少年。

 ・・・俺、ホライゾンから逃げないとか言っときながら、・・・肝心のお前の苦しみを、ちっとも解ろうとしなかった。

 一年前。

 十年前の思い出と、絶望と、後悔を容易く思い起こさせる容姿をした自動人形に出会い、散々悩んだ末に、彼は今の距離感を保って彼女を見守ることを選択した。

 式がそれを選んだのなら、――それで傷を癒せるのならいいと、思っていた。

 だが違った。

 本当は、

 ・・・あいつは、ずっと一人で苦しんでた!

 それなのに自分は、“不可能男”は、こんな時でさえも無能で。

 ・・・くそ、情けねえ・・・!

 今、たった一人で三河にいる彼を助けることは出来ない。

 しかし、自分は言ったのだ。高望みだけは忘れないと。

 だから、

 ・・・せめて、おまえの代わりに――。

「――俺が、ホライゾンを・・・!」

 

      ●

 

 喜美は、後悔通りを走り抜けていくトーリ達を、橋の上から見ていた。

 その後ろから浅間が、支えるように、喜美の手を握ってくる。

「・・・喜美。式君は・・・」

 言葉に、喜美が振り返ると、こちらを見る二色の瞳と目が合った。

 ややあって、喜美が表情を緩める。

「フフフ、何よ浅間。愚弟より式が心配?」

「へ、変な言い方しないで下さいよっ」

 慌てて言い返して、だがいつものように説教には変わらず、浅間はそこで言葉を切った。

 喜美のからかいが、場を和ませようとして行ったことは解る。そのことを浅間が察したことを察してか、喜美が笑みを浮かべた。

「フフフ、――式は大丈夫よ。あの人は壊れない。アンタも解ってるでしょ?」

 言って、喜美は宙を見上げる。それに釣られた浅間は、自分の手が強く握り返されたことに気づいた。

 その手が、力を入れ過ぎて白く変色していることにも。

「喜美・・・」

 見ると、彼女の視線は先ほどから動かない。

 だからというように、

「大丈夫、ですよね」

 独り言のように、浅間は祈りめいた言葉を口にした。

「大丈夫ですよ。――式君にはちゃんと、大切なものがあるんですから」

 その、直後だった。

 元信の声が聞こえて、

『さあ、この事実を聞いて、――式・アリアダスト君。お前は妹のために、どうするのかな?』

 

      ●

 

「え・・・?」

 放送を聞く者で、武蔵住民の大半を除く全ての人々が、一様にそんな反応を示す中、

「――――」

 宗茂も、やはり似たような反応を、隣の式に示していた。

 ・・・アリアダスト!?

 その姓の意味を、宗茂とて知らぬ訳ではない。

 更に元信が言う妹について考えれば、それには当然兄がいるわけで、

 ・・・極東当主の正式な嫡男が、何故――!?

 と、次の瞬間。

 ソレが響いた。

「――ふざけんなっ!!」

 

      ●

 

「あんたは・・・、あんたはこの十年、何がしたかった!?」

 式は、慟哭した。

 ありとあらゆる感情がごちゃまぜになり、抑えつけようとしていたのに、元信の言葉で全てが爆発した。

「父親だろうが!! 娘じゃねえか!! あいつから奪って奪って奪って奪って奪った挙げ句の果てに、――残り屑が兵器だと!?」

 暴力のような怒号が、空気を絶えず震わせる。

「どこまで勝手になればんなことが出来るんだ!! あいつが・・・、ホライゾンがどんな思いでお前について行こうとしていたのか、解ってんのか!?」

『・・・』

「答えろよ・・・」

 式は、奥歯を噛み締めた。

「答えてみろよ、松平・元信!!」

 

      ●

 

 元信は、息子の血を吐くような悲痛な叫びを聞きながら、

「答えられるわけないだろう」

 自分に言い聞かせるように、そう言った。

「全部お前の言う通りさ、式。正し過ぎて、何も答えられない程には、お前は正しい」

『だったら・・・』

「でもな」

 元信は、式の声を遮るようにして、言葉を切った。

「何も答えられない私でも、話すことは出来るよ」

 一息。

「話をしようか。……そこに、お前の望む答えがある筈だ」

 

      ●

 

『武蔵にも、知っている人は少ないだろう。――十八年前に生まれた、二人の兄妹の話だ』

 話は、そんな言葉から始まった。

 十八年前。元信と、その内縁の妻との間に生まれた兄妹、式・アリアダストとホライゾン・アリアダスト。

 内縁とはいえ、松平家長男として生まれた式は、成長すれば正式な嫡男として身分を公表され、次期極東君主の第一位継承者として、松平・元信の嫡子である松平・信康の名を襲名することになっていた。

 それが何故、絶縁し、武蔵で生活する今に繋がるのか。

『式・アリアダストは、極東君主が持ってはならないものを持っていた』

 それは、

『――力だ』

 

      ●

 

 ・・・ああ。

 放送を聞いていた正純は、その言葉に、納得のいく感覚を得ていた。

『――幼少の頃より生まれ持った、天性とも言えるべき文武の才能。成長するにつれて顕著になっていく、人を惹きつけてやまない度量。式は、君主として十二分な能力を兼ね備えていた』

 だがそのような才能は、

 ・・・暫定支配を受ける極東にとっては不必要なものであり、聖連にとっては反乱分子になりかねない弊害でしかないからな。

 だから、式の為を思って絶縁をしたのか、と正純が予測をつけたときだった。

『危険視された式は、聖連への反乱意思が無いことを証明するために旧那古野城に軟禁された。――私が、そうしたんだ』

「・・・え?」

 内容を理解するのに数瞬掛かり、

「な・・・!?」

 その意味を悟るのに数秒掛かった。

「な・・・、んで?」

 何故か。理由は最初に説明されたが、納得がいく筈もない。

 しかし、

『・・・この時点で、式を松平家と絶縁させて他国に亡命させるという案もあった。血筋を無価値なものにしてしまえば、式・アリアダストという少年は、喉から手が出るほどに欲しい人材だったからだ』

 だが、と元信は続けた。

 画面に、ではない。カメラ目線より少し下を向くような位置で視線を固定し、

『私達は、・・・いや私は、お前を手放したくなどなかった』

「――――」

 正純は、言葉を失った。

 黙考の末、

 ・・・違う。そんなのは――。

『これを聞いている人は、大半が今、こう思っていることだろう』

 ややあって、その通りの言葉が来た。

『――“そんなのは詭弁だ”と』

 当たり前だ、と正純は思った。いくら情による行動でも、やったことは到底許されることではない。

『詭弁。そう、これは私の我が儘でしかない。そしてこの一つの我が儘に、私は更に娘を巻き込んだ』

 一息。

『そう、ホライゾンのことだ。――彼女は、式の自由を取り戻すために望んで嫡女になったんだ』

 

      ●

 

 語られる過去に、式は瞑目していた。

 微かにだが記憶に残っている、座敷牢の暗さ。

 格子越しに触れた、小さな手の温もり。

 そのとき、誓ったのだ。彼女を守りたいと。――側にいて、守ると。

 しかし、

『しかし、ホライゾンの存在が公表される前に彼女は死に、――“式を嫡子にすることは絶対にしない”という彼女との約束の下、私は式と絶縁し、武蔵へと送り、接触を断った』

「・・・」

『これが、――ひとまずの経緯(イキサツ)といったところか』

 そうして話にひとまず区切りがついた所で、元信は式に、こう問うた。

『さあ式、質問だ。・・・君の望む答えは、見つかったかい?』

 

      ●

 

 そして人々は、元信の問い掛けの答えを聞いた。

「――」

 短い舌打ちの後、憤慨を滲ませた声で、

「ダラダラ長話始めたと思ったら、――下らねえ」

 

      ●

 

 ・・・ふざけやがって。

 式は、募っていく苛立ちを吐き出すように、声を上げる。

 それは静かな声で、だからこそ、純粋な怒りに満ちていた。

 いいか? と前置きまでして、

「俺とあんたが同じだと? 一緒にすんじゃねえよ。あんたはただ、世の中を引っ掻き回したいだけだろうが」

 俺は違う。

「教えてやるよ、俺の望み。親父と同じでも、誰とも違う俺の望み、それは――」

 言った。

「――贖罪だ」

 

      ●

 

 言葉を受けて、喜美は静かに目を伏せた。

「・・・やっぱり、そうなのね」

 肩を浅く抱いて、

「喜美・・・」

「もういいのに・・・」

 ・・・どうしてアンタはそう、罰を受けたがるの。

 彼はいつもそうだ。

 ホライゾンが死んだ日、元信と絶縁して武蔵にやって来た日、酒井の邸宅でも人々で賑わう居住区でもなく孤独な小屋に住み始めた日、後悔通りを毎日通うことを決めた日、――その全てにおいて、彼はどうして、

「望んで傷付こうとするのよ・・・、馬鹿」

 

      ●

 

「そうか」

 言葉を受けた元信は、自分の口元に笑みが浮かぶのを自覚した。

 息子の答えは、贖罪だと言う。それが元信と異なるとは、自分は贖罪すらしない非道な父親ということになる。

 ・・・随分嫌われたなあ。まあ、当然なんだろうが。

 嗚呼そうだ、と思う。

 自分は子供に何もしてやれない、駄目で非道な父親だ。

 他でもない息子がそう思っているのならば、自覚を持つ父親に否定する権利などないだろう。

 だから、

「そうかあ・・・、バレちゃ仕方無いな」

 元信がそう言うと、式の顔が解り易く歪んだ。

『てめッ・・・』

 息を吸って、今度は声を張り上げて、

『それが、全てを犠牲にして、十年もかける価値があるとでも思ってんのか! ホライゾンを利用して大罪武装を作り、感情をバラバラにしてまで各国に火種として仕込むことが!?』

「別にそれだけじゃないよ。目の前にあるものだけで人を判断しちゃいかんな。何しろ十年、世界に多くの教材を送ることが出来たんだ。あとは君ら次第だ。君ら次第では――」

 一息。

「世界大戦が起きるかもしれんし、責任所在の問題で、今度こそ極東は完全支配かもな。そしてもしそうなったら、手引きは先生のせいにされるんだろうなあ」

 後ろに光を置き、元信は世界に届く声をこう作った。

「だが、見たいよなあ。――史上初の、聖譜記述にも無い世界大戦ってのを」

『俺は御免だ!!』

 式が一喝した。

「おや、どうしてだい? これは授業なんだよ、式。末世を止める大事な――」

『ホライゾンの犠牲を踏み台にして守る世界になんぞ、価値があるわけねえだろ! そんな世界なら滅んじまえばいい!!』

 おや、と元信は思った。

 これはまた大胆な学級崩壊宣言だ、とも。

 いや、

「・・・随分と、大胆な学校崩壊宣言だなあ、おい。いいのかい? 私達の教材配布を拒否するということは、ホライゾンの感情を拒否することに繋がるんだよ?」

『なわけねえだろ!』

 式が吼えた。続く言葉は、

『そんな不愉快な教材は作り直させる! 地脈炉ぶっ壊してあんたをとっつかまえて、・・・ホライゾンの目の前で公開処刑だ!』

 そっか、と元信は言った。

「そんな過激なDVはちょっと嫌だなあ。息子が父親にそんな口聞いても駄目じゃないか。これは説教が必要だな。・・・だからおい、そこの副長、ちょっと一発くれてやりなさい」

 直後。式は風を感じた。威圧の、押すような風を。その発生源は、

「忠勝さん・・・!!」

「おうよ。仕切り直しと行こうぜ」

 隣に自動人形を置いた武者が、一直線にこちらに突っ込んできた。

 逆光の中、忠勝が口を笑みの形に開き、

「止めるぜ学校崩壊!!」

 

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