ほらいぞん 仮   作:ろいやるみるくてぃー

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第十三章 城前の出藍者

      ●

 

「やれるもんならやってみやがれ……!!」

 突き出された槍を、身を捻ってかわした式は、

「――立花・宗茂。あんたには地脈炉を頼みたい」

「……いいのですか?」

 問うた宗茂に、忠勝から距離を取った式は視線を合わせないまま頷いた。

「ああ。……何かこっち、やる気満々らしいし」

「お前もだろーが。殺気すげえぞ」

 忠勝の言葉に、宗茂は内心で同意した。

 重心を低くし、無手のまま構えた式の瞳は、爛々と輝いている。

 しかし、宗茂は、こうとも思う。

 ……あんな話の後で溜まった、行き場の無い激情を持て余しているようにも見えますね。

 自分は、この場では部外者だ。解った口振りをきけるほど無神経で無いので、今の見解は内心で吐露するしかない。

 ……あれだけ啖呵切りつつ自分が新名古屋城に行かないのは、実際のところ、父親である元信公をどうしてしまうか解らない、というのもあるからでしょうか。

 勿論、式の内心は推し量れないが、自分にそちらを任せるということは、つまりそういうことだろう。

「では、そうしましょう。得物的にも、その役目は私の方が向いてそうですし。……あと、“宗茂”でいいですよ、式さん。どうやら同い年のようですし」

「同い年でさん付けしてるあんたが言うなよ。――せめて“君”付けにしな、宗茂君」

「Tes.。では式君、御武運を」

「Jud.、あんたもな。三河の自動人形家臣団は強いぜ」

 その言葉を皮切りに、宗茂が背を向けて新名古屋城へと向かい、

「武蔵アリアダスト教導院一般生徒、式・アリアダスト。――本多・忠勝、今日を以て、あんたを超える!!」

 式は一歩を踏み込んだ。

 

      ●

 

 そこでぶつかり合う二人の武者は、かつての師と弟子だった。

 足が地面を踏む音、息を放つ音に交じり、幾度も空を切り裂く鋭い音が聞こえるが、それは剣戟(ケンゲキ)の金属音ではない。

 槍を持つ師匠の攻撃をを無手の弟子が上手くいなし、繰り出す徒手空拳を師匠が防ぐ、肉弾戦の音だ。

 それらの音は、通神を通し、各地へ、世界へと響いていた。

『――!』

 共に奏でる戦闘の響きは、互いの高鳴りを放送に乗せ、あらゆる場所へとそれを届ける。

 音は動きとして、流れとして、経過として、全てを伝えて止まらない。

 聞く者達、放送の先にいる人々の中、誰かが言った。

「どうなるんだ……」

 結果によって、三河は、そして末世を後に控える世界はどうなるのか。そして、

「どっちが勝つんだ……?」

 だが、誰一人として、言わなかった言葉がある。

 どうにかしてくれ、と。救いを請うような言葉だけは誰も言えない。

 その言葉は、今戦っている少年が一番叫びたい言葉でもあるということを、放送を聞く全ての者が理解していることもあるが、何よりこの戦いは、何かの救いになるものではない。

 その理由は一つ。元信の声が、こう言ったのだ。

『そう。この戦いが終わっても、もはや、それだけではどうにかなるものではないんだ。この戦いが終わったら後、世界に対し、もはや誰もが、どうにかしなければいけなくなる』

 だから、

『この戦いが、始まりだ。――行け、本多・忠勝。人々が、末世という課題をどうにかせざるをえないように……!』

 言葉が響いた。

『――お前の忠義は偏差値どのくらいか、全国レベルで見せてみろ!!』

 

      ●

 

「応……!」

 忠勝が応え、吠えるのを、式は聞いた。

 ……大した忠義だよ、全く!

 素早く背後に回り込み、甲冑の防備を崩さんと拳が放たれる。

 しかし間髪入れず、後ろ手に蜻蛉切が振り抜かれた。

 ……流石、俺の師匠やってただけあるな。背後の敵に振り向きもしねえとか、動き完全に読まれてやがる……!

 内心だけで舌を巻きながらこれを回避。敢えて忠勝の前に身を晒し、忠勝の身体を蜻蛉切の死角にして割断の力を使われないようにし、反撃を繰り返す。

 攻撃して避けて攻撃して避ける。

 基本的な戦闘の流れは、これだけだ。

 今も、顔面狙いで容赦なくぶち込まれる蜻蛉切を、腰を落とすことで回避する。

 蜻蛉切が頭上を通り過ぎる頃には、既に忠勝の顎へ右足で蹴りを繰り出していた。

 やや下段気味から繰り出したそれを、忠勝は素早い足捌きで斜め後ろに身を振ると同時に蜻蛉切を叩き込んでくる。

 攻撃は届かず、顔横を蜻蛉切が通り過ぎる。

 その脇を抜け、再び背後を取って攻撃を仕掛ける。

 対する忠勝が行うのは、やはり足捌きによる回避だ。

 ……これは――。

 回避の手段となる忠勝の直線運動の目的は、リーチの確保だ。

 腕や脚のリーチと槍のリーチは違う。間合いを零距離まで詰められる此方に対し、蜻蛉切は伸縮機構で短くしても限度がある。

 しかし、リーチを長くすることならあちらに分がある。

 ならば、

 ……当たって砕けろって言うよなあ! 砕けたら終いだけど!

 踏み込む。

「!」

 蜻蛉切と忠勝の腕の下をくぐるようにして距離を詰め、右拳を握り、

「おお……!」

 放った。

 

      ●

 

 忠勝は視界の下で、式が拳をこちらの脇腹に当てようとするのを見た。

 甲冑で包まれた身に何をしようというのか。更にこちらは防護術式は仕込んであり、忠勝はこれを無視するのは当然の判断ともいえた。

 だが、

「……!?」

 次の瞬間、脇腹に灼熱が走った。同時に、口の中に鉄の味を感じる。

「――!」

 ……防護術式を生身で破れんのかよ!?

 更に、忠勝は見た。自身の甲冑が、式の攻撃に合わせて歪み、罅(ヒビ)を入れ、割れるのを。

 式は最初から、甲冑を破壊することを前提に攻撃を放っていたのだ。

 そして思い出す。普段こそすかしているが、目の前の弟子は至ってシンプル且つ豪快に攻めることを得意とすること。

 型に嵌まらないを通り越して最早雑な戦い方は、喧嘩師としか呼べないようなものであるということを。

「こんの……!」

 咄嗟に、忠勝は蜻蛉切を振るった。それをヒラリとかわされ、式は三度忠勝の背後を取る。

「……!」

 即座にバックハンドで蜻蛉切を突き込む。これを更にかわす式の動きを、忠勝は長年の経験による勘と短い記憶から予測する。

 ……年寄りナメんな……!

 蜻蛉切の角度を一瞬で微調整。果たして式が現れた場に向かって、

「――結べ!」

 

      ●

 

 式は、内心で驚嘆と賞賛の言葉を流した。

 ……このオヤジ、後ろに目でもあんのかよ!?

 完全に動きを読まれた。

 それは、実力だけでは決して補えない、東国無双の経験量による完璧な予測。

 蜻蛉切は既に発動しており、この状況下で式がとれる行動は回避のみ。

「――!」

 だからそうした。

 そうしてできたのは、忠勝との距離三十メートル。

 脇腹から赤い液体をこぼしながら、忠勝が唸った。

「……強く、それから速くもなったなあ。術式無しとか化け物かお前」

「こんな序の口で音を上げてんじゃねえよ。若者と違って成長出来ない年寄りにはキツ過ぎたか?」

「このガキ……」

 忠勝が口をひくつかせたときだ。

 式は、背中に軽く載るような感覚と、続いて体温を感じた。

 ……初対面相手に、これは気を許し過ぎじゃね?

 内心で苦笑を得ながら、自分に背中を預けた人物へと声を掛ける。

「よう宗茂君。――どうだい、ウチの、ってか三河の自動人形統括は」

「Tes.、強いですね」

 背後で、吐息交じりに宗茂が溢した。

「鹿角様、でしたか。――まさか、地脈炉への足止めを食らうとは」

「抜け目の無い人だからな」

 Jud.、と応じたのは、瓦礫を固めて作った双剣を脇に浮かせた鹿角だ。

「西国無双には些か役者不足ですが、御相手願います」

「いえいえ、こちらこそ御願い致します」

 言った瞬間、若者二人が消え、

「――!」

 それぞれの相手へと挑み込んだ。

 

      ●

 

 ……これは――?

 人工頭脳で思考しながら、鹿角は目の前の相手に瓦礫の弾丸を八方からぶち込んだ。

 いくつかは避けられ、いくつかは砕かれる。

 接近した相手に対し、両手側の双剣で応戦。

 攻撃をいなし、反撃を叩き込みながら、鹿角は眼前の相手に疑問の声をぶつけた。

「何故、式様が私のお相手をなさるのですか?」

 

      ●

 

 拳をぶつけ、砕いては一瞬で復活する双剣相手に立ち回りながら、式はこう言った。

「選手交代、ってやつだよ。宗茂君が忠勝さんの足止めをして、俺が鹿角さん、あんたを倒す。その後、また交代して俺が忠勝さんを食い止める間に、宗茂君が地脈炉を壊す」

「いつの間にそのような……」

「別に話し合ったわけじゃねえよ。ただ、お互いの戦いがすぐに決着つかねえようだったから、一度交代した方がいいんじゃねえのかと思ってな。何気に宗茂君、忠勝さんとやりたそうだったし」

「Jud.、理解致しました」

 言って鹿角は、

「お相手いただけますこと、至極光栄です」

 剣をもう二振り精製した。

 両脇からの攻撃に手数が増え、先の倍の拳を振るう。

「――!」

 剣を砕く。同時に鹿角自身へも攻撃を仕掛けるが、散った瓦礫の破片は重力制御によって盾と化し、式の攻撃力を受け流す。

 更に、鹿角は人工頭脳を駆使する自動人形だ。瓦礫を盾とする位置は全て正確で、このままでは攻め倦(アグ)ねる状況が続くだろう。

 ならば、

 ……どうしたもんか。

 動くしかない。

 

      ●

 

 不意に式は、今まで保っていた間合いを、自ら踏み込むことで詰めた。

「!」

 警戒か、鹿角はその分後退する。

 元に戻った間合いを詰めようとした瞬間、瓦礫の剣群が割り込んできた。

「貫きます」

 鹿角の両脇から、四剣が槍のように勢いよく突っ込んでくる。

 四振りの刺突が直撃すれば、無事で済まないどころか命すら危うい。

 十年振りに再会し、昼には和やかな会話を繰り広げた相手に向ける剣筋には寸分の狂いもなく、敵に狙いを定める瞳や表情には、一切の迷いも無い。

 ……当たり前か。

 ただ一人を除き、自動人形に感情は無いのだ。

 ……まあ、そこがいいんだけどな。

 だから、

「鹿角さん」

 式は動き、

「じゃあな」

 次の瞬間。背後からの一閃が、鹿角の胴を薙いだ。

 

      ●

 

 下半身は倒れるに任せ、吹き飛んだ上半身を、式は左腕で抱き留めた。

「……」

 鹿角の目が閉じているのを確認し、下半身の傍に横たえる。

 鹿角の前には、瓦礫の山ができていた。

 四剣が標的を見失って互いの刃を交え、貫き、主を失ったために瓦礫に戻った、その残骸だ。

 あのとき、式は即座に後退して四剣の間合いから離れ、一瞬で鹿角の背後に回ってみせたのだ。

 それを実現してみせた脚には今、流体でできた双葉葵(フタバアオイ)の葉が絡み付いている。

 それらが光を失い、大気と同化して消えるのを見届けてから、

「……さて、と」

 式は、ここから数十メートル離れた位置で展開する戦場を見た。

 忠勝相手に立ち回る宗茂は、今や左脚のみで動いていた。何があったかは解らないが、右脚を捨てるほどの負担を、この一戦で強いたということには違いない。

 ……やるねえ、宗茂君。

 だが、忠勝は更にその上をいっていた。

 背後の宗茂へと、振り向きもしない石突きの攻撃が放たれる。

 宗茂が身を捻って沈めようとするが、右脚が動かずに身体を完全に下げられなかった。

 石突きは、宗茂の額に直撃コースだ。

 だが、宗茂は避けた。

「――左足加速!!」

 クラウチングスタートの姿勢から、左足で身を前に飛ばし、斜め前上から突き込まれた石突きの下を潜る。

 左耳上部を抉られたが、宗茂は忠勝の半身に対して、その懐に飛び込んだ。

 構えるのは“悲嘆の怠惰”の切っ先。一気に忠勝の腹を貫く姿勢だ。

「!」

 そのとき、忠勝が虚空に向けて蜻蛉切の刃を見せるのを見た。

 何もない空間へ向けて、しかし蜻蛉切は発動しようとしている。

「――結び割れ」

 その技には、朧気にだが見覚えがあった。

“方角”という事象を割断する上位駆動。

 ……させるか!

 式は駆け出した。

 戦場に乱入し、忠勝、もとい忠勝の持つ蜻蛉切に向けて、

「蜻蛉切!」

「――皆琉神威(ミナルカムイ)」

“斬撃”が放たれた。

 

      ●

 

 斬撃が蜻蛉切の穂先とぶつかった瞬間、空間が弾けた。

「……!?」

 穂先が抉りかけた空間ごと割断の力が両断され、無効化されたのだ。

 忠勝は式を見遣り、その右手の刀に気付いた。

 持ち主の身長は軽く越すであろう、長大な野太刀だ。柄には真紅の布が巻かれ、余った部分が式の右腕に巻き付いて肌を覆っている。手の甲まで覆われている様は、使用者が決して柄を離さぬために拘束しているようにも見えた。

「皆琉神威……、K.P.A.Italiaの大罪武装“淫蕩の御身”の試作品として作られた神格武装だったか。十年ぶりだな」

「Jud.」

 短く応えて、式は皆琉神威を肩に担いだ。

「三河にいた頃、“余った”っつーことであそこの元親父から賜ったんだが……」

 一息。

「御存知の通り、俺は武器を使わないタイプだからな。もらった直後に位相空間に放り込んだまま、十年はほったらかしにしてたようなもんだ。――まさか、こんな形で使うことになるとはなあ」

「そのまま忘れときゃ良かったのによ」

 忠勝が憮然として口を開いた。

「能力は、平たく言えば、刃に触れた術式を無効化させるんだっけか?」

「便利だろ。特に、今みたいな状況にはな」

 式は笑い、

「鹿角さんは倒した。俺はまだ動ける。つまり――」

「――私達の、勝ち、です」

 宗茂が、新名古屋城に向けて“悲嘆の怠惰”を発動した。

 

      ●

 

「これで……」

 宗茂の言葉は尻すぼみになり、やがて止まった。

 振り向けば、宗茂は右手に“悲嘆の怠惰”を構えて地脈炉を見据えている。だが、

「気力の限界だな。まあ、気を失う直前でも狙いを定めて撃ったんだし、流石は“西国無双”ってところか」

“悲嘆の怠惰”が発動したといっても、まず飛び出したのは超過駆動の仮想砲塔だ。

 しかし、それはエネルギーが収束していないというだけの話であり、

「忠勝さん。もう――」

「そう急くなよ、若造が」

 言葉と共に、槍の突きが式を襲った。

 槍の軌道を刀で逸らし、足を踏み出して距離を詰める。

 と、いきなり忠勝の姿が遠のいた。蜻蛉切の伸縮機構が六メートル程の距離を開けるが、式もすぐさま忠勝に追い付く。

「逃げんなよ」

 槍が縮みながら水平にスイングされ、刀身とぶつかって金属音を立てた。

 火花を散らせながら弾き、胴に蹴りを繰り出すが、弾かれた反動で外回りの円周運動を経た蜻蛉切の柄が盾になった。

 気にせず刀で突けば、また槍で薙ぎ払われる。

「逃げてねえよ。我は待っていただけだ」

「何?」

 一瞬で連続する攻防の中で、忠勝の口端が吊り上がった。

「――魂。取ってねえんだろ?」

「!!」

 動揺を感じる暇も無かった。

 だが、不意に斬り上がってきた蜻蛉切の穂先は、後退せんとした式の頬を抉った。

 と、

 ……後ろ!

 対処の前に、右肩に衝撃が刺さった。

「……ッ!!」

 視界の隅では、右肩を、杭のように鋭い先端が貫いていた。自身の血にまみれた杭は、今自分の立つ路面を基礎材料としており、

 ……鹿角さんか!!

 力は重力制御。亜音速で放たれた杭の衝撃は、激痛と灼熱を伴って右腕から全身を麻痺させ、式の身体を前のめりにさせた。

 倒れる。

 眼前では、忠勝が蜻蛉切の穂先を突き下ろしに掛かっていた。

 だが、

「まだだ……!!」

 式は吼え、身体中に双葉葵が絡み付く。

 幾重にも重なった葵葉(キバ)の正体は、式の内燃拝気だ。

 術式というよりは、オオヤマツミとの上位契約で得る常時加護の延長線上に当たるものである。

 酒の神として知られるオオヤマツミは、その名が“大いなる山の神”という意味を持つ他、別名ワタシノオオカミの“ワタ”が海を意味することから山と海を司る大地の国津神とも言われており、軍神としても神奏されている。

 通常の奉納品は酒で済ませるが、軍神である所以、オオヤマツミは神奏者の“戦闘の動き”も代演として受け入れる。

 そうして得る内燃拝気で作り出すのは、神奏者の本来の力を最高の状態で保つ加護だ。

 神奏者に蓄積する疲労や負荷、運動で発生する身体の過熱や汗すらもヨゴレと見なし、禊ぐ。

 その加護で式が行うのは、激痛と麻痺の除去。

 そして、蜻蛉切の穂先を自由の利く左手に貫かせながら、刃を掴んだ。

「!?」

 痛覚と自分への負荷を完全に無視した動きで蜻蛉切を抑え、式は皆琉神威を振りかぶる。

 長い刀身が、忠勝の左腕を砕いた。

「く……!」

 切っ先から左腕に突き入れるようにぶっ刺し、内側から肉を抉り、骨を砕く。

 刃の動きは止まらず、突き進み、

「おお……!」

 斬り抜いた。

 

      ●

 

 忠勝は、自分の左腕が戦力外になった瞬間を見た。

 まだ辛うじて繋がっている状態だが、使えないことに変わりはない。それよりも出血量が気になる。

 出血量といえば、目の前の弟子も酷い有り様だ。

 刺さったままの杭を抜いてないせいか、はたまた加護がはたらいているのか出血はさほど酷くないが、無いわけではない。

 加護の力があっても、動く度に広がる傷口からは絶えず血が零れ、杭が肺を傷付けたのか、口端からも血が溢れている。

 ただ、赤い瞳だけが闘志でぎらついていた。

 ……嗚呼。

 忠勝は思った。

“こっち”の勝負は、お前の勝ちでいいや、と。

 式が、皆琉神威を手首の動きで返す。

 それを見て、忠勝は式の左手を貫いたままの刃を、一度だけ強く押し込んだ。

 刃物を物体から抜く前に必要な動作だ。強く押し込むことで刺した物体の穴を広げ、その後で抜く。そうすることで、引き抜く際に刃が曲がったり、刺した物体がついてこないようにする。

 蜻蛉切で反撃するためには、式の左手から刃を抜く必要がある。しかし、肉や骨を貫いたときには、刺した骨肉が緊張で収縮するため、今のは特に必要になる行為だ。

 刃を抜く。が、遅い。

 式は全身を倒して身体を振り、遠くに刃を振っていた。

 狙いはこちらの左胴。正面からの横一閃だ。

 回避は間に合わない。

 だが、忠勝は一つの満足を得ていた。

 十年ぶりに会って、まだ自分は彼の師匠なのか、とらしくもなく接し方に迷いもした。

 心配は一瞬で杞憂に終わった。

 それどころか、真実に打ちのめされても足掻き、老いぼれの我が儘に付き合うためにしなくてもいい怪我をして、救おうとしてくれている。

「ありがとよ、馬鹿弟子」

 ……ちゃんと、師匠を越えてくれたな。

 刃が、忠勝の腹部を薙いだ。

 

      ●

 

 極め付きの斬撃をぶち込んだ。

「うるせえ駄目師匠……!」

 最初の戦いで壊した、鎧で覆われていない部分を捉えた。このまま刃を進めていく。

 と、

「だがな」

「!?」

 腹を裂かれていく。

 それでも、忠勝は不適に笑い、右手を動かした。

「我の忠義は貫かせてもらう」

 自由になっていた蜻蛉切の伸縮機構のソケット部分をグリップし、

「蜻蛉切……!」

 式の背後へと伸ばした。

 式の戦いぶりは、見事の一言に尽きた。

 一度左手で蜻蛉切を封じるだけでなく、忠勝が反撃することも読み、止めまで刺した。

 だが、式は一つだけミスを犯していた。

 いや、ミスと呼ぶまでもない、ある意味では仕方無いとさえ言える僅かな誤算である。

 皆琉神威の能力は、その刃で捉えた術式の無効化だ。

 式は先程、忠勝が宗茂との戦闘で使おうとした蜻蛉切の上位駆動を、発動の直前に無効化した。

 完全に発動される前に無効化されたゆえに、発動されなかった上位駆動を行うだけの燃料を残して。

 それは、蜻蛉切の発動と皆琉神威の発動の間に生じた、僅かなタイミングのズレ。

 しかしその僅かなズレの産物を、忠勝はここで使った。

「――結べ!」

 自分の位置からは見えないが、蜻蛉切は持ち主の声に応じ、“悲嘆の怠惰”の砲口まで届いた刃周辺に細長い表示枠(サインフレーム)が連続で開く。

 同時に、無音が生まれた。

“悲嘆の怠惰”の微かな闇。泣き叫び、掻き毟る直前のうつむいた沈黙だ。

 そこへ、割断の力がぶつかる。

 そして、

「――!!」

  硝子を引っ掻くような音と共に、“悲嘆の怠惰”の砲口から光が散った。

 気を失った宗茂の眼前で、収束していたエネルギーが、仮想砲塔が、消えていく。

 

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