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朝日の差し込む和室がある。
居住区から離れ、林に隠れるようにひっそりと建つ、平屋の一軒家の一室だ。
一つの家というより小さな小屋と言ったが似つかわしいその家の主は、部屋の中で布団にくるまっていたが、
「式、起きてる?起きてないわよね、今から目覚ましと朝の挨拶を兼ねた愛のビンタを叩き込んでやるからそのままの姿勢で五分待機ね!」
「おはようございます喜美さん!」
玄関(言う程大きくもないが)の引き戸が開く音と女の声が同時に聞こえるや否や、式・Aは早朝から元気良く挨拶をしながら意識を覚醒させた。
布団から飛び出して部屋の襖を開け放つと、家主の許可なく家に上がり込んで今まさにこの部屋に入ろうとしていたといった様子の女と視線がかち合った。
「あら、起きたの。せっかく恋人がズカズカ寝床に入ろうとしてたというのに、アンタには男のロマンが無いのかしら?超が付く位残念だわ。失望していい?」
「泣いていい?」
「駄目よ。そんな暇あったらさっさと髪整えて着替えてちょうだい」
「へーい」
大人しく返事をすると、僅かに柔らかくなった笑みと共に襖が閉まった。
式は気分屋な恋人に苦笑しつつ、
「――おはよう、喜美」
「遅いわよ。・・・・おはよ」
鴨居に引っ掛けたハンガーから、着物を抜き取った。
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「ふぁ~あ・・・・」
寝癖だらけの黒髪をきちんと櫛で整えて襖を開けると、食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐった。
自分の寝室に面している見慣れた部屋の光景と共に、真ん中に置かれた卓袱台に並べられた朝食が目に飛び込んできた。
すぐそばに備え付けられている勝手場に目をやると、彼女はエプロンを脱ぐところだった。
「ちょっと、何ボーッとしてんの。早く食べなさいよ。このベルフローレ・葵の作った出来立てのホカホカご飯が食べられないっていうの?」
「ちげーよ。お前の飯はほぼ毎日食ってんだし、今更んな事言う訳ねーだろ。てか誰だベルフローレ。お前は葵・喜美だろ」
朝八時からツッコませんな、とぼやきつつ式は卓袱台の前に胡座をかいて座る。
「いいじゃない、私の勝手よ」
「まあ、そうだけどよ」
この女がコロコロ違う名前を自称するのは珍しくないが、やはりいつもの調子でツッコんでしまう。
「いただきま――」
「大体嫌よ、あんな“青い黄身”みたいでどんな餌食って尻から出したか解らないような名前」
「てめえ心地良い食事の場で何てこと言いやがる!!
持っていた箸を卓袱台に割れない程度に叩きつけながら、式は叫んだ。
「寝起き早々テンション高いわねぇ」
「お、お前にだけは言われたくねえな! そもそも上げさせてんのは誰だよ! 何だ今の! 食欲激減したぞ!」
五月蝿い男ねえ、と激高する式をスルーしながら、喜美は式の向かいに用意した自分の朝食を食べ始める。
「いちいち細かいのよ。箸を手に取らないのなら、もっと食欲無くすような会話繰り広げるわよ」
「・・・・いただきます」
手を合わせ、先の言葉を思い出さないように式は無言且つ無心で箸を持った。
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「味が分からないって寂しい・・・・」
「フフフ、この私の作る料理をほぼ毎日貪っておきながらそんな台詞吐くなんて何様のつもりかしら?」
全てを胃に詰め込んで卓袱台に突っ伏す式の耳に、喜美が食器を片付ける音が入ってくる。
いつもは美味い喜美の朝食が作った本人のせいで台無しにされるとは、流石の式でも予想外だった。
「まあ、今のアンタの気分はどうでもいいけど。・・・・今日、何かあるの? 羽織がいつもより微妙に違うお出掛け仕様だけど」
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食器を流しに置きながら、喜美は振り返って式の服装を見つめた。
式は、自分と同じ学生でありながら制服を着ない。
いつも気楽な着流しを好んでおり、サボリがちの教導院に登校する時もコレである。純粋な校則違反者として教師間でのブラックリストの天辺を独走しているのは本人も理解している筈だが、直す気は無いらしい。
「ああ、俺も事情は全く解んねえんだが、三河に着き次第、学長について三河の地に降りることになってる。今回はサボリじゃねーから、先生に言っといてくれるか?」
「ふふふ、しょうがないわねぇ。心配しなくてもこの寛大な私がちゃんと言っとくわよ」
「お、珍しく素直じゃねえか。じゃ、よろしく頼むぜ」
「ええ。式・Aは、今日は三河観光という授業なんかより大事な用事があるからどうしても授業に出れないと言っとけばいいのよね。流石私! 完璧だわ!」
「やっぱ自分で連絡するからいいです!!」
遠慮しなくていいのに、と不吉なことを言う喜美に一抹の不安を抱えながら、式は鳥居型表示枠を宙に開いて、担任のオリオトライ・真喜子への通神文(メール)を作成、送信する。
「じゃあ、俺は学長に話聞かなきゃなんねえから、今日の朝の実技も休むつもりだから。家出たら即別行動な」
突然の式の言葉に、喜美が不機嫌そうに眉をひそめる。
「はあ? ちょっと、その三河行き、朝から行くの? 三河行き自体についてもそうだけど、何で昨日の内に連絡入れなかったのよ。今日私が来た意味無かったじゃないの」
「ん? そうか?」
「そうよ」
悪びれる様子のない式に食ってかかるが、本人は、
「んな怒ることねーだろ・・・・。しょうがないだろ。昨日の内とかに言ったら、絶対お前『じゃあ明日は来なくていいのね』とか言って話終わらせるだろ?」
「分かってるじゃない。それが何よ」
「少しは悪びれろよ! ・・・・だからさ、昨日の内に報せちまったら、こうして料理が出来ない俺の為にお前がわざわざ毎日ここに来て作ってくれる飯が食えないだろ? 俺としては、可能な限りは、お前の作る朝飯が食いたい訳だよ」
聞いたこちらが微妙に反応に困る言葉を吐いた。
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「・・・・」
喜美は自分の微妙な動揺を悟らせないようにポーカーフェイスを装いながら、恐らく無意識であろう式の言葉へのリアクションをいくつか考える。
1:スルーしてなかったことにする。
2:「何それ口説き文句?」と茶化してお茶を濁す。
3:それっぽい雰囲気を作って(自主規制)
「・・・・ふーん。アンタにしてはマシな口説き文句じゃない」
2番を応用させた答えを返すと、何故か式はえ? みたいな表情になった。
・・・・え?
「く、口説き? いや、別に俺は、んなつもりなかったんだが・・・・、その、どっちかっつーと、お前と一緒にいたいって俺の都合で振り回したことを怒られるかと思ったから、何か拍子抜けだな」
参った参った、と苦笑いする式に、喜美はしばらく黙っていたが、やがて、
「ぷっ」
小さく――微笑とか嘲笑とかに脱力感とかを混ぜ合わせた感じに――吹き出した。
「な、なんだよ」
「何でもないわよ。アンタも、たまには可愛いこと言うのね」
「はあ!? いきなり気色悪いこと言ってんじゃねえよ!デレか嫌がらせか分かんねえだろ!」
迷うところそこかい、と突っ込みたくなったが何とか呑み込み、喜美は自分から振った話を早々に切り換えた。
「ま、いいわ。愛しい彼から可愛いことも聞けたことだし、さっさと行くわよ」
「何で自分の家で他人に先導されないといけないんだか・・・・」
嘆息交じりに雑音が耳に入るが喜美は気にしない。
その反応も見越した溜め息を再度つき、決して早くはない時間の朝食を終え、式は家の鍵を取り出した。
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空がある。
晴れた、朝の空に青の色には薄白い月が二つ浮かび、澄んだ空気の下には青黒い山渓の波が遠くまで重なっている。
山岳部、緑の多い山々の上に広がる空だった。
空には、柱にも見える区分けが幾つもなされていた。地上から天上の間に、柱のような形をもって区切られた部分があるのだ。広大な、しかし幾つもあるその柱状区分は、空を行く雲や風が見えない壁によって消えることや、地上側の植生差で己の存在を誇示している。
区分けは無数にあるが、位置関係はまばらで、広さもまちまちだった。
そんな風に区分された空は、三つのものを持っている。
一つは風だ。山岳部の気流は絡み合うように立ち上がり、雲を生んでは消えていく。
そしてもう一つは、波だった。空を波が走っている。雲ではなく、波濤の線が幾つも、八の字を書いて空に伸びている。波は水で出来ており、風によって霧に飛沫いていた。
空にあるもの。最後の一つは、雲の間を行き、波を作るものだ。
船だった。
山を越える空、区分けの柱の間を、波音を立てて八つの白い船が行く。
表層部に町や自然公園を乗せた航空都市艦は、それぞれの影を群にして山に落とす。中央に前後二艦、左右に前後三艦を列した艦影群の影は、その先頭から後尾までで、数キロに亘(ワタ)る山渓一つを包むものだった。
船はどれも、艦首側から空に波を作り、波濤の響きをもって高空の位置を進んでいく。
波を砕いて空を進む船は、どれも近くの艦と数十分の太縄で連結していた。時折、艦群がわずかに進路を変えるとき、連結の縄が巻き取られたり引き出されたりしている。
八艦の艦首には、艦名があった。まず、どの艦にも“武蔵”という名が黒の字で書かれている。その次に、それぞれの艦名がやはり黒の字で書かれていた。
右舷一番艦“品川”
右舷二番艦“多摩”
右舷三番艦“高尾”
中央前艦“武蔵野”
中央後艦“奥多摩”
左舷一番艦“浅草”
左舷二番艦“村山”
左舷三番艦“青梅”
これら八艦は、左右三艦を双胴とした中央二艦という構成で空を行く。
準バハムート級航空都市艦・武蔵が、サガルマータ回廊を抜けて南西へ航行しているのだった。