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白の空の下で“武蔵”達と一旦別れた式は午前半ばの流れを終えつつある武蔵の町並みを気ままに歩いていた。
今頃、教導院では授業をやっている頃だろう。それでも、式は堂々と道を歩く。
と、道脇にある見慣れた店から、見慣れた自動人形が出てきた。
“青雷亭”という看板のついたパン屋と兼業の軽食屋の店員であるエプロン姿の自動人形は、自分に気付いた様子もなく、店前、扉横の水道に手を向ける。
自動人形特有の力、重力制御で水道の下にあった手桶が動き出す。
自動人形が、差し出した手の向こうで手桶に水を入れ、引き寄せる。
持った。
「よお。精が出るな、P-01s」
頃合いを見て声をかけると、P-01sと呼ばれた自動人形が振り返る。
柄杓で通りに水を撒こうとした手を止め、P-01sは律儀に体勢ごと式に向き直った。
「式様。何か御用でしょうか」
「ははっ、相変わらず無愛想だなあ」
「・・・感想を吐露致します。無愛想という言葉は、自動人形には無意味な言葉かと」
「ま、そうかもな。けど人間の視点から見れば、お前ら自動人形ってのは、無愛想って表現が今んとこ適切なんだよ」
「Jud.、理解しました。ですが、他種族からの自動人形の形容の意味を、P-01sは理解出来ません」
淡々と受け答えするP-01sに、式も「確かに・・・」と腕を組む。しかし、すぐに会話自体が不毛だと気付き、頭を掻いた。
・・・危ねえ危ねえ。自動人形だからってつい“武蔵”さん達と同じ扱いになっちまうんだよなあ。
「あ、水撒きの邪魔しちまったな。引き止めて悪ぃ、続けてくれ」
Jud.、とP-01sは短く応え、今度こそ柄杓で通りに水を撒いていく。
式は、無表情に水撒きをするP-01sの横顔を見ながら、水が地面に当たる音を聞いていた。
と、
『おみず』
声が聞こえた。地面、道の端の方から、小さな黒い丸いものが盛り上がり、
『おみず ほしいの』
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式とP-01sは一度顔を見合わせ、声のする方に近づいた。
そこは店の敷地の角地。道路端の側溝だ。下水に繋がるため、木の蓋はいつもは閉じているが、それを持ち上げ、下から黒く丸い五センチほどのものがはみ出ている。
黒いものの姿は、泥水に湿った毛の固まりのように見えるが、
・・・藻らしいな。自称。
藻は、獣のように、球体の底を側溝の縁に掛け、感覚器で辺りを見回すと、
『ばれてない? いけてる?』
「おう、完璧だ。いけてるぜ」
まず式が答えると、続いてP-01sにも、
『ばれてない? いけてる?』
「ばれておりません。いけております」
頷く二人の目の前にいる黒の藻、黒藻の獣は、武蔵や多くの都市で下水処理役として働く意志共通生物だ。彼らは光合成をするように、“汚れ”を食って“汚れてない”に浄化する。ゆえに各国は黒藻の獣の集合意志と契約を結び、食料供給と下水処理の取引を行っている。
そんな黒藻の獣だが、汚水に浸かっている際は、汚水にまみれた状態だ。こぼした汚水は黒藻の獣から漏れる成分で分解出来るが、臭いはそうもいかない。
彼らは、下水、側溝から表に出てくれば、自分達が嫌われることも解っている。
だが、彼らはここに来る。その理由は、
『おみず』
「また、淀みましたか?」
《うん した ちょっと つまり ぎゅっ だから ながすの みず ちょっと いけそう》
「・・・なあ、解るか?」
「Jud.、彼らの身体は少し乾き気味です。水が足りていないのだと判断します」
「ああ、この辺は下水管が歪むからな。武蔵はどの艦も巨大だから、内部構造は外殻の歪みを内部でどう吸収するかの勝負になっているが・・・」
途切れた言葉を、P-01sが引き継ぐ。
「一番しわ寄せが来るのは中央部、更に言えば最も支えのない表層部です」
今、黒藻の獣は、食事である汚水が欲しい。だけど下水の流れが悪くなっていて、淀み、詰まっているために、淀みと詰まりを押し出すブラシの役を誰かが行うことになる。
本来ならば役所の管理人に頼むべきだが、
『いないの ほか たいへん たぶん』
「お前らも大変だよな。・・・頼めるか?」
指先で黒藻の身体をツンツンつつきながらP-01sを見ると、
「――Jud.、了解いたしました」
P-01sは頷いて、手桶の水を黒藻の獣に掛けた。
黒藻の獣は、感覚器の目を細め、充分に水をしみ込ませると、
『ありがと』
側溝の下に回る。と、次の一匹が出てきた。
『わんもあ ぷりーず』
P-01sは再度頷き、水を掛ける。
すると次が来て、また次が来て、連続して、
『さいご』
七匹目が水を浴びた。七匹目はしかし、礼を言って側溝の下に潜ろうとして、
『いいの?』
「いいの、とは?」
『におうよね?』
問われ、P-01sは首を傾げた。式は苦笑した。自分も、その昔聞かれたことである。やり取りを見学する。
黒藻の言うとおり、臭いはある。下水の臭いだ。側溝の下からわずかに身体を出しているので気付いているのは二人だけだが、黒藻の獣が完全に出てきたら周囲の店々が気付くはずだ。
P-01sは言った。
「Jud.、正直に申しまして、臭います」
『どうして?』
臭うのにどうして相手をするのかと、黒藻の獣は問うてきている。
『いつもたすけてくれるの しき いっしょ でも ほかのひと いままで おこまりとか だめ なぜ?』
問いに、P-01sは即答した。
「貴方の匂いは、貴方が誰かに害を為そうとして生んだものではありません。元はP-01s達が生んだ臭いです。そして貴方は側溝から完全に身を出さず、臭いが広まらないようにもしています。ゆえに率直に申しまして、――P-01sが貴方を否定する理由はどこにもありません」
おお、と、式は心の中でP-01sに拍手を送った。
だったら、と黒藻の獣は言った。
『ともだち?』
「Jud.、認め合っている両者の関係をそう言うのであるならば」
P-01sの言葉に、わずかな時間、黒藻の獣は黙っていた。しかし数秒の後に、
『おなまえ ぷりーず』
「――P-01sと申します」
『ありがと いつも』
そう言って、黒藻の獣は、今度は式の方に身体を向けた。
『ともだちの ともだち しき ともだち いっしょ?』
しばし、式は言葉の意味を咀嚼する。ややあって、口を開いたのはP-01sだった。
「――Jud.、式様と貴方が、貴方と私の関係と同じ関係を築いているのであれば、貴方の友達である式様と私は、友達ということになります」
「・・・驚いたな、お前からそう言うなんて。それも本の知識か?」
「Jud.、率直に申しまして引用でしかない言葉です。ですが、それを引用することで、今まで曖昧だったと判断出来る私と式様の関係が形を持てたかと」
「おいおい・・・、俺、今までそんな風に思われてたのかよ。初耳だぜ」
式は大袈裟に肩を竦めてみせたが、やがて横目で黒藻の獣を見やる。
「・・・とまあ、こいつはこう言ってるが?」
『ともだち なれた うれしい』
どうやら気に入ってもらえたようだ。
と、頷くように、黒藻の獣は身を沈め、
『て あらって おねがい』
「Jud.Jud.。またな」
獣が立ち去り、側溝の蓋が閉まった。
式とP-01sは、落とし気味にしていた腰を上げた。黒藻の獣が言ったように、余った水で順番に手をすすぐ。P-01sは周囲に汚れがないかを確認するが、黒藻の獣は落ちた汚水も吸収していた。
式が立ち上がる。
「・・・じゃ、そろそろ昼だし、俺も戻るとすっか。話し相手になってくれてありがとな」
Jud.、という短い返答を確認し、式はP-01sに背を向ける形で歩き始めた。
●
音が聞こえる。
幼い兄妹が二人、仲良さげに戯れていた。
二人が座っているのは花畑だろうか。妹は花畑の中に座り、一生懸命に何かを作っている。
兄が、少女の中で形作られていく何かを熱心に見ている。
しばらくして、どうやら完成したらしい。妹は嬉しそうにそれを掲げ、立ち上がって兄の頭の上に乗せた。
拙い作りの、小さな花冠だった。
予想以上に小さな花冠が兄の頭にちょこんと置かれている様は、どこか思い描いていた理想図と違ったらしく、妹は納得がいかない様子で首を捻っている。
兄は、自分に似合わない可愛らしい花冠に手を当て、しばらく眉をひそめていたが、やがて恥ずかしそうに妹の頭を乱暴に撫で回した。
花冠自体に喜んでいるわけではないが、妹の頑張りを評しているのだ。
そのことを理解した妹の顔がパッと明るくなり、満面の笑みを浮かべて――
●
『おい起きろ』
「――――」
間近で聞こえた声に、式は目を開けた。
横たえていた身を起こして伸びを一つし、
「スイカ」
声と共に、首元のハードポイントから一つの影が飛び出す。それは二本の角が生えた二頭身の少女だった。赤光を帯びたその身体は透けている。
スイカは、浅間神社経由で式と契約している鬼型走狗だ。
「――んだよ・・・、せっかく人が昼寝してたっつーのに。起こしやがって」
『武蔵のステルス飛行が解除される頃に、教導院で酒井と落ち合うから起こせっつったのはテメエだろ。言うなりベンチ占拠して寝やがって。お前、今日だらけ過ぎだろ』
この走狗はよく喋る。また、長い付き合いのためか人格が持ち主に反映されており、走狗とは思えないほど口が悪い。実はバグってんじゃないのかと疑った時期もあったが、浅間に見せた所そんな訳ではなかったので、こうして解約することなく今に至っている。
「っせえなあ・・・。寝たい時に寝る。だらけたい時にだらける。それが俺だ」
『言っとくけど少しも決まってないからな』
「黙れ。用が済んだらとっとと引っ込め」
牽制出来るように擬似干渉設定の付いた一言多い走狗を掴み、ハードポイント内に押し込んで強制退場させ、式は立ち上がった。
彼が今いるのは、中央後艦奥多摩にある“後悔通り”と言われる右舷中央通り。更に言うとその森の中、休憩所の小屋の中である。
十数メートル四方の公園が隣接しているため、そこで遊ぶ子供達の声が建物越しに聞こえるが、建物自体に入る人は少ない。
気持ちを切り替える意味でもう一度伸びをすると、窓から日の光が入っているのに気付いた。
ステルス航行が解除され、青い空が見えていた。
休憩所から出た式は、ふと、休憩所の壁に貼られたプレートに目を留めた。金属の刻印が示すのは、
「“御霊平庵”一六一八年・・・」
鎮魂のためのものだ。特にこの周辺には、こういった鎮魂のものが多い。
後悔通りから教導院への道をしばらく行き、入り口に差し掛かったところで、式は自分から見て左の路肩に佇んでいる小さな石碑の前で足を止めた。
この石碑も、そう。
――一六三八年少女ホライゾン・Aの冥福を祈って武蔵住人一同
「――お前が死んで、明日で十年になるのか」
石碑に彫られた字を眺めながら、朧気に蘇るのは十年前のあの日まで、彼女と過ごしてきた日々の記憶。
そして記憶の中の妹に被るように、脳裏に浮かぶ、“彼女”の姿。
「――明日は、花でも供えに来てやるよ。その辺のタンポポでも引き抜いただけのものでも、別にいいか?」
・・・もっとも、んなことしたら怒るかな。優しいお前のことだから、採るならせめて根っこごと、とか言いそうだ。
座り込み、大分古くなった石碑の表面を撫でながら、おもむろに式は息を吸い、
「――通りませ――」
消えそうなか細い声で紡ぐのは、童謡の歌詞。
歌詞が続いていく。
と、
「「――我が中こわきの――」」
・・・っ!?
不意に重なった旋律に、式は勢い良く振り返った。
目の前の自動人形は構わず、
「――通しかな――」
一人で最後を歌いきると、伏せていた目を開ける。
目が合う。
何か言うべきか。迷って、それでも答えを出せない式を見ながら、先に口を開いたのは、
「P-01sがここに来た命題の説明が必要だと判断します」
Jud.・・・、と、式はかろうじて喉から声を絞り出した。
P-01sは頷き、袖から何か取り出す。式に向かって渡されたのは、
「式様が去られた時、店前で落とされた物です。店主様にお訊きしたところ、『この時間なら“後悔通り”辺りで昼寝してるんじゃない?』と言われましたので捜していましたらドンピシャでした」
「あ、ああ・・・、有り難う、な。さっき、見当たらなくて困ってたんだ」
立ち上がり、いつも持ち歩いている予備の髪紐を受け取る。
そのまま、何となく視線を下に向け、P-01sが立ち去るのを待つ。が、P-01sは不動のまま、
「先程は、申し訳御座いません」
「?」
思わず、顔を上げた。
「歌です。式様が歌い終わるのをお待ちしていたのですが、何故か合わせてしまいました。自分でも、理解出来ないと判断します」
「・・・、・・・そっ、か」
それだけ返すのが、精一杯だった。
気持ちを落ち着けるためにゆっくり深呼吸して、調子を平常時に戻す。そして、
「いっつも朝と夕方に歌ってるから、お前でも解るだろうが、俺、音痴だったろ? 音感が無くてさ、絶対音が外れるんだ。特にこの――」
――“通し道歌”は。
●
極東に生きているならば誰だって知っている、メジャーな童謡だ。
聖譜記述に拠れば通し道歌の本歌は一六〇〇年代に歌われ始めるものだが、それが聖譜で告知された百年前に、多くの場所で原盤となるものが試作されていった。
その試作が、通し道歌だ。
これは、各国の暫定支配が確立した当時において、極東の人々を結びつける歌となった。
三十年ほど前から、歌の形がまとまってきており、今は子供の寝かしつけに用いられたり、子供達が歌い、歌に合わせた“通しかな”という遊びを遊ぶためのものとなっている。
式もよく、遊んだ記憶がある。
そして、酷い旋律しか紡げない自分の代わりに、よく歌ってもらっていた歌だった。
浸っていると、目の前から声がした。
「どうかなさいましたか、式様」
「え? あ・・・」
完全に無意識だった。
下がっていた両腕。内一本が上がり、手が、P-01sの頭を撫でていた。
「おわっ!? ちょっ、わ、すまな――」
かった、と続く言葉が、P-01sに乗っかった頭から引っ剥がした手と共に止まった。
P-01sが、式の手をガッチリ掴んでいた。
「・・・」
「・・・」
b手を抜こうと力を込めて引くが、P-01sも手に力を入れて抵抗する。
「・・・」
「・・・」
もう一度。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
手を頭に戻すと、しばらくして離れないことを確認してから、P-01sも手を放した。
手首にクッキリ指の形が残っているのを見て、背筋を冷や汗が垂れる。
・・・これ、喜美に見せない方がいいだろうな。心霊現象と勘違いされたら困るし。
思いながら、P-01sの頭を撫でていると、さっき式の手を掴まなかった方の腕の小脇に一冊の本が抱えられているのが目に入った。
「・・・それ、『指導者言行録』だろ?
対するP-01sは視線だけこちらに向け、
「Jud.、先程めでたくお友達になりました正純様からお借りしました。歴史の指導者など、いろいろなパターンが理解出来、現在の社会の仕組みが解る優れものだと判断します」
ほう、正純とも仲良いのか、と内心思いつつ、
「そうそう。あと、誰も彼もすぐ突撃したり捕縛されたり屈辱したりと奥が深くてな」
「Jud.、P-01sも大体そんな視点で読んでおります。P-01sと式様は、結構趣味が合うのですね、と判断出来ます」
「はは、・・・そう、だな」
Jud.、と、P-01sが今度は顔を上げて、親指を上げた握り拳を向けてきたので、式も笑顔で応じた。
と、連続した鐘が、存外大きく聞こえてきた。
それに、式は今後の予定を思い出す。
「・・・っと、やべ。そろそろ行かねーと間に合わねえや」
慌ててP-01sを見ると、彼女は式の言わんとしていることを察したように、今度は普通の力で頭の手を放す。
「状況的に見て、お急ぎと判断出来ます」
「Jud.、ごめんな。――えっと、また、撫でてやるから」
何も言わずに去るのもアレかと思い、そう言うと、
「Jud.、近頃P-01sの働くパン屋兼軽食屋“青雷亭”にて、P-01sのオリジナル朝食を研究中ですので、試食のついでに頭を撫でくり回して頂ければ幸いです」
「商魂逞しいな」
二人で親指を上げた。
それを会釈として、式は後悔通りの出口へ突っ走っていった。
着物の裾が翻り、遠ざかる後ろ姿を、P-01sは見えなくなるまで見ていた。
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日差しが、昼から午後へと動き始める空の下。
三河北部の山肌、“各務原”と植樹で書かれた谷へと、武蔵は降下した。
武蔵が沈むように入っていく武蔵専用陸港の南西には、山を整地した平地が地続きで広がり、そこには他国の航空船が降りる平地型の一般用陸港がある。
そして、武蔵の入った陸港の南、一般用陸港の東、そこに、郊外集落と田園を周囲に有した広大な都市があった。
三河だ。武蔵の持ち主、聖連に対する極東の代表でありながら、欧州に対するオスマンを飲んだ織田家と正式同盟を組む、松平家の土地だ。
そして、己の納まる場所へと身を沈めた武蔵が、八艦同時に警笛を鳴らした。
武蔵の停泊を告げる響きだった。