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放課後を迎える教導院に辿り着いた式が見たのは、その橋の上や下の校庭に生徒が集まっている光景だった。
特に正面橋架、正門側に降りていく階段上には、見慣れた同級生の面々が揃っている。
下校するために正門を通ろうとする生徒は、式に気付いて横を通り過ぎると同時に頭を下げていく。
式も軽く会釈しながら、人々の間を縫って木の橋上へ歩を進める。
上からの視点というのもあるだろうが、やはり私服姿は目立つのか、橋の上の一人がすぐに式に気付いたように声を上げた。
「お、式じゃねーか! こんな時間に登校かよ! サボりは駄目だろ――!?」
「朝エロゲ買うために授業サボった総長が言うことか!?」
他人への呼び声すら皆にツッコミを入れられる少年の名を、式は笑いながら呼ぶ。
「ははは……トーリ、お前はまた朝からそんな馬鹿やってたのか?」
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階段を上ってきた式は、周りを見回してここにいる面々を確認する。
「喜美にトーリ、シロジロ、ハイディ、ネシンバラ、ウルキアガ、……ああ、あと点蔵か。ほとんど生徒会と総長連合のメンバーだな。会議でもやってんのか?」
「な、何で自分だけ思い出したような感じに言ったので御座る!? 自分が地味だから!? 地味だからで御座るか式殿!!」
忍者帽子を目深に被った少年、点蔵・クロスユナイトが式に詰め寄ろうとするが、その前に喜美が式の腕に自分の腕を絡ませ、
「フフフ地味忍者、何私より先に式に触ろうとしてんのかしら? そんな風に身の程をわきまえないから恋愛事で愉快な失敗談ばかりが増えていくのよこの負け組め!」
「何だ何だ? よく分かんねえが点蔵、お前恋愛事になると失敗しかしねえのか? 難儀だなあ」
「ダ、ダブルパンチ! 中傷と同情のコンボで御座るよ!! しかも事情をよく知らないリア充からの同情!!」
「で、叫んでる点蔵は無視していいのか?」
「本人を前にしてよくそんな確認出来るで御座るな!」
「フフフ、ナチュラルにドライな辺りが素敵よ式! でも、何でまだここにいるのかしら? 私を置いて三河に行っちゃったんじゃなかったの?」
「語弊のある言い方やめろ。そして誰か最初の質問に答えてくれ」
「どうせマトモな答えよこす人いないだろうから、僕が説明するよ」
式の言葉に応じたのは、宙に表示した鳥居型の鍵盤を叩き続けているネシンバラだった。
「おう。お前にもそこまでマトモな答え期待してる訳じゃねーけど頼むわ、ネシンバラ」
「その辛口評価には激しく抗議したいところだけどね……、話題自体がマトモじゃないからどうしようもないか。
今、“葵君の告白を成功させるゾ”っていう議題で臨時生徒会兼総長連合会議をしてるんだよ」
言葉に、式は目を丸くし、
「……マジで、するんだな?」
「マジでするんだよ」
トーリは、笑って親指をグッと立てる。
それに「そうか」とだけ返し、式の口元が三日月形に緩む。このやり取りは二度目だったが、だからだろうか、心は幾分凪いでいた。
「頑張れよ」
「おう! 式が応援してくれんなら百人力だぜ! こりゃ明日のコクりは絶対成功するな!」
「いやいや、そこまで俺万能じゃねえし。過ぎた思い込みは身を滅ぼすぞ」
「おおそうか! さっすが式!良い教訓になったぜ! じゃあ式、お前の成功談聞かせてくれよ! そこのテンゾーと違って、姉ちゃんオトした式の言うことならバリバリ参考に出来るからよ!」
「うん、話がループするから黙ってろ」
「フフフ式、愚弟はほっといて、あんたも会議に参加しなさいな。今愚弟のオパーイ耐性について詮議してる最中なのよ」
「姉ちゃん! 姉ちゃん! 俺を除け者にして俺の話するって斬新なハブり方だな!」
「フフフ愚弟、賢姉は常に時代の最先端を独走してるものよ」
で、話を戻すわよ?
「要約すると、愚弟が告白する相手のオパーイは堅めらしいから、その子に近似のオパーイオーナーに頼んで揉ませてもらえばって私が提案してたのよ」
喜美の言葉と同時に、橋の上及び下の校庭においても、元々半径三十メートル外にいた人々が更に三十メートル程退避した。女子はもとより、男子も胸を隠していそいそと内股で去っていく。
静かになった橋の上、式は喜美を見て、
「……今、色んな犠牲を厭わないお前の発案とやらに戦慄したんだが」
「ちなみに、候補としてはアデーレとか鈴とか三要先生あたりを考えてるわ」
「謝れ、今すぐ名指しされた人達に謝れ」
「姉ちゃん! 姉ちゃん! 名指しの上に教師も巻き込むなんて見境無しかよ!」
「フフフ愚弟、姉は手段を選ばない人間よ。目的も選ばないけど、今は揉むことだけ考えなさい! オンリーモミング! 他にそういうのというと……」
「あら、こんなとこに座り込んで何してるんですの?」
喜美の言葉に割り込むように、校舎側から声がした。
振り向くと、校舎の入り口から、二つの影かがやってくる。一つは、猫背の、
「酒井学長……」
皆の呼ぶ声に、よう、と酒井が手を挙げる。そしてもう一人、酒井の横を歩いているのは、背丈ほどもある革製バッグを左右の肩に担いだ少女だ。やや長身のトップに、銀色の大振りな前髪と、黄色の鋭い瞳を持つ娘。そして、円を巻いた後ろ髪の大きな束を揺らす彼女の名を、喜美が呼んだ。
「ミトツダイラ。酒井学長と式と一緒に三河に降りるの?」
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その問いかけに、彼女、ネイト・ミトツダイラは首を小さく横に振った。鋭い目を細め、
「松平分家を預かる騎士の私が、P.A.ODAへの献上物を作る三河に行くわけがないでしょうに。ただ、分家としての権利などの関係で、降りる酒井学長と式に証書などが必要でしたので」
まあそういうことだね、言った酒井にトーリが笑みを向ける。
「二人共、三河の中央、名古屋にまで行くのかよ? よく許可出たな」
「昔の仲間の呼び出しでね。――十年ぶりだ。大きく変わってるだろうし、酒飲んだら帰ってくるよ。最近の三河は鎖国状態で悪い噂ある上に式が同伴だから、長居してもしなくても聖連に睨まれるしねえ」
と酒井がそこまで言ったときだ。シロジロが手を挙げた。
「酒井学長、駄賃は払うので三河の流通を見てきてくれませんか。――今年の三河ですが、何故かこちらからほとんど物資を買わず、売りに徹してます。入港前に更に大量の売り込み提示がなされたため、現在は輸入業者が倉庫の取り合いをしている案配で」
「そういえば、武蔵のステルス航行が解除された時、殿先生が演説で“花火”とか言ってたよね。それと関係あんのかね」
どうでしょう、とシロジロが言って、皆が首を傾げて唸った。
と、式が、
「……スマン、話について行けないんだが。殿先生の演説って何だ? 俺が昼寝してる間になんかあったのか?」
「ああ、話に加わらないと思ったらついて行けてなかっただけなのね」
酒井は笑いながら、実はねえ……と昼頃の出来事を語り出した。
「ほら、十年前に殿先生がP.A.ODAとの暫定同盟を正式同盟とした際、中立の立場の証として、移動要塞ともなりうる武蔵に乗り込むことを聖連に禁じられたから船で武蔵を迎えることにしたでしょ?
今年もそんな風にして授業紛いの演説かましてたんだけど、そのとき、夜に三河で“ちょっとした花火”を用意してるっていう知らせがあったんだよ」
「Jud.、成る程な」
式が頷いて理解を示したのを確認し、酒井は、
「まあ、気をつけるだけ気をつけとこうか。――で、何か噂になってんだが、トーリ、お前さんが告白するとか何とか。……そんな危険な行為の及ぶ相手ってのは――」
「ホライゾンだよ」
言った台詞に、皆が沈黙し、酒井はわずかに空を見た。そして酒井が、ややあってから、
「……あれ、お前さんはやっぱ、そう思うのか?」
「学長先生だって、そうだろ? 去年、浅間やネシンバラに相談されて見に行って、そっからコメント避けてんじゃん。……学長先生、大事なことはいつも言わないもんな。式だって、あの時こそ何も言わなかったけど、ちょくちょく様子を見に行ってんだろ?」
「…………」
「まあそうだがね」
応えない式に代わり、酒井はそう前置きしてから、
「彼女が別人、他人のそら似という可能性だってある。いや、そっちの方が強いだろ?」
「解ってるさ。だから一年見てきたんだ。ストーカーのように。何しろ、もしかして俺が、面影だけ追ってたら勘違いストーカーだもんな。それでまあ一年見てみたら……」
「それ勘違いじゃなくて正式ストーカーだろ。……でもまあ、一年見てみたら?」
対するトーリが言った。彼は笑みの顔をそのままに、
「今の顔つきや身体は十年前と違う、別人だ。だから俺が昔を追ってるなら、その差が気になったと思うんだけど、一年見てたら、昔がどうのとかは関係なくなって、いろいろ頑張ってる部分に惹かれちまってさ。……そうなる前、初めはこう思ってたんだよ」
一息。
「もし彼女がホライゾンなら、俺は、“彼女に近づく資格も無い”って。……でも、段々と、“いてくれるならそれだけでいい”と思って、やがて、話をしたいとか、触れてみたいとか、そう思って、今はこう思ってんだ。もし彼女がホライゾンじゃなくても――」
「なくても?」
「何も出来ねえ俺だけど、一緒にいてくれねえかなあ、って」
そうか、と酒井は言った。空に、煙草の煙を吐くような息をつき、そうか、とまた言い、
「いつ、そう思った?」
「一週間くらい前さ。――十年前のこの頃に、ホライゾンがいなくなったんだな、と考えたら、自然と、そう思えたんだよ。いてくれるだけじゃ、嫌だな、って。だから、コクろうって決めたんだ。一方的なコクりかもしれねえけど――」
「けど?」
「明日で十年、それをケジメとして、俺は、もう、ホライゾンを逃げ場にしねえ」
うん、と頷き、
「――彼女、自分が誰だか解ってないんだろ? だから、コクりが上手く行って、もし彼女が望むなら、一緒に調べていこうと思ってる。それによっていろいろあるかもしれねえけど、俺はもうホライゾンを逃げ場にしねえから、――大丈夫だよ」
そうか、と、酒井は視線を落としてきた。苦笑と言える顔。その顎を、彼は懐手でつかむようにすると、
「十年、か。早いね、つまり俺達が来てから、そんなに経ってるってこった」
「……ああ」
吐息のように言葉を洩らす式に、トーリが「でさ」と向き直った。
「もし上手くいったらさ、ダブルデートしようぜ。俺とホライゾン、式と姉ちゃんでさ」
どうやら本気らしいその一言に、式はプッと吹き出した。
「……何だそりゃ。告白が成功すること前提かよ、どんだけ自分に自信あるんだ」
「ひ、ひでえ! まるで俺には誇るべき長所が無いみてえじゃねーか! いいか!? お、俺にだって長所あるんだからな!」
「ほほう、例えば?」
まさか返されるとは思わなかったのか、トーリは笑顔で固まる。ややあって、内股でクネクネしながら頭を掻き、
「……ひ、人前で全裸になれる?」
「気持ち悪い動きで短所言うなよ!」
皆にツッコまれ、トーリは「んだよー」と内股をやめる。
式はやり取りに苦笑しながら、
「いや、悪い悪い、ちょっとからかっただけだ」
付け足すように、一言。
「……ま、そん時を楽しみにしとくよ」
トーリがガッツポーズを決めた。
「フフフ愚弟に式、賢姉を差し置いて男だけで話決めてんじゃないわよ」
「んだよ、お前は反対なのか? ダブルデート」
「勿論賛成に決まってるじゃない。でも愚弟、やっぱりその前準備を忘れてはいい女は釣れないものよ。賢姉のありがたーいお言葉を頭に刻んどきなさい」
やがて彼女は、ふう、と一息ついて、
「しかし馬鹿ね愚弟。さっき言ってた手紙作戦では、手紙にそれを書けばいいのよ。まあ、ちょっとクドいから簡潔にした方がいいと思うんだけど。そ・れ・に」
「それに?」
ええ、と喜美は頷いた。
「まだ、問題が一つ解決してなかったわね。――アンタが堅めでいけるかどうかの」
「堅め?」
と眉をひそめたのは、酒井の横で話を聞いていたミトツダイラだった。
ミトツダイラは腕を浅く組んだ上で首を傾げ、細めた目で喜美を見る。
「何か、総長に問題があるんですの? まあ、いつも問題ある方ですが、今回は何を?」
「ええ、解りやすく言うわ」
喜美は、こう言った。
「ミトツダイラ。――今、トーリが抱えている困難に対し、ミトツダイラは適格者なの」
●
喜美の言葉に、ミトツダイラは軽く首を傾げた。
当たり前だと思うが事情が解らずに考え込んでいる様子のミトツダイラを見て、式は喜美を軽くつついた。
小声で抗議する。
「……おい、本気でやるのかよ!? いいだろ別に確認しなくったって! 堅かったらそれはそうとして受け入れていけばいいだろ!? 広い心持てよ!」
「フフフこの博愛主義者め。それは余裕のあるモテ男だけが口に出来る言葉よ。もっと周りの愚衆を見て、考えてから物言いなさい」
「お前もだよ!!」
男性陣が涙を流しながら叫ぶが、喜美は気にしない。
「いやそこはどうでもいいから、マジでやめとけって!いくらトーリがボケ術式のお陰で怪我の心配ないからって、死んだら元も子もねえんだぞ!!」
「おいおいおい、俺死ぬこと前提かよ! 式ってば心配性だなあ!」
「予言してんだよ馬鹿! ただでさえ明日コクるっつーありふれた死亡フラグ立ててんだから少しは慎重になれ!」
と、思考をまとめたのか諦めたのか、ミトツダイラが顔を上げてトーリと喜美を交互に見た。
「本気で何だかよく解りませんけど、困難とか適格などと、大袈裟ですわね」
「大袈裟? 馬鹿ねミトツダイラ、――うちの愚弟にとって一生の大事なのよ? 何しろ、明日のコクりの重大案件なんだから」
告げた台詞に、ミトツダイラは眉を動かした。
「総長の明日の告白の件で?」
問いかけに、ええそう、と頷かれ、ミトツダイラは片頬に手を当てる。
「……まあ、松平分家を預かる騎士のミトツダイラには解り得ないことかしら?」
喜美に挑発紛いに言われたことで、ミトツダイラの顔がわずかに引きつった。
「……確かに私は、水戸松平の暫定襲名を受けるために派遣された騎士で、六護式仏蘭西から極東側へと封地された当家としては、確かに結婚などは国や親、そして聖譜の歴史再現が決めることであって、自由恋愛の告白など庶民の風習には無縁ですわ」
だけど、とミトツダイラは言った。
「私とて、いずれは極東を背負う一翼となる人間、――庶民の風習に理解がないわけでは御座いませんのよ?」
「だとしたら――」
ええ、とミトツダイラは言った。自分の胸を軽く右の平手で叩いて張って、
「庶民の困難を救わぬ騎士はおりません。如何なる困難であろうとも解決出来るよう、この私、ネイト・ミトツダイラが尽力しますわ。さあ、総長、何が望みですの?」
ミトツダイラの問いに、トーリが、どうすりゃいい?と言いたげな視線を式に向ける。
なので式も再び小声で、
「おいどーすんだよ! 喜美が変に焚き付けるからネイトの奴、やる気になっちまったじゃねーか!」
「フフフ大丈夫よ式。愚弟ったら、今日はエロゲの最初の分岐点行くまでは死なないらしいから」
「バリバリの死亡フラグじゃねーか! OP始まる前に死んじゃうぞ!」
喜美にツッコミを入れてから一息。
式が、自分で何とかしろ! という意味を込めてトーリに目配せすると、理解出来なかったであろうトーリは、何故かこちらに親指をグッと立てて爽やかな笑顔を向け、ネイトに向き直った。彼は腕を組んで首を傾げ、
「式がケチるから自分で頑張って考えてみるとよー……うーん……、やっぱ、さすがに言いにくいな、これ」
……あ、やっぱり通じてなかった。
式は諦めた。
「ハッキリしない男ですわね。――私が手助けしようというのだからもっと堂々となさい」
「いや、ハッキリ言うと怒る。堂々と言うと、――殺されるな俺は」
は? と前に首を傾げたミトツダイラは、辺りを見回した。階段上、いる面々も、喜美を抜かして皆が今の言葉に頷き、唯一頼れそうと思ったのか式に視線が行くが、式はとりあえずすまなそうな顔をすることしか出来ない。
事が少しばかり良くない内容、ということに気付いたのか、ミトツダイラの顔が僅かに引きつる。
「Jud.――では安全のために先に検証しましょう。私に一体、何を望むんですの?」
「それはまあ……」
トーリが、わずかに視線を逸らして頭を掻いた。その上で彼は、
「ちょっと、練習というか、稽古の相手をして欲しいわけでさ」
その言葉に、横の酒井が首を前に傾げた。
「稽古っていうと、そりゃつまり、告白の稽古だよな? そりゃまた……」
無茶な、という酒井の横目がミトツダイラに向かう。出来るかねえ、とでも言いたげな。
するとミトツダイラは何を思ったのか咳払いし、仰々しく肩をすくめ、
「総長? ……それはつまり、私を、告白相手の代用にするということですのね?」
一息。ミトツダイラは腰に手を当て、彼の顔をのぞき込み、
「……確かに、そのようなこと、一人の女性としてのプライドを考えたら怒られて当然ですわ。告白相手よりも価値が無いけど似てるから利用したいというわけですものね」
「うーん、価値が無いかどうかも解らなくて、見定めたいというかさあ」
「Jud.、まあ、よく解りませんが、貴方には借りがありますし……」
ミトツダイラは頷いた。眉に力を入れ、胸を張り、
「宜しいですわ。このネイト・ミトツダイラ、貴方に稽古をつけるために――」
ミトツダイラは数秒考えると自分の胸を軽く手指で叩き、それを告げた。
「ええ、私が、――この胸を貸しましょう」
言った瞬間。皆のどよめきが、ミトツダイラに浴びせられた。
「マジで……!?」
……俺は知らない。マジで知らない。
ええ!? という驚きの声に四方から聞こえ、式は目を瞑って耳を塞いだ。
「あ、あの、私、総長の告白の稽古のためにこの胸を貸そうと言っただけで……」
「二度言った!二度言ったぞ!」
「やべえ、騎士はやっぱ思い切りが凄いわ……」
「まさに立場的にも硬度的にも人間の盾……!」
……知らなーい。俺、何も知らなーい。
式は内心何度も呟きながら、横、同じように意味の解っていない酒井へ声をかける。
「ジジイ、三河行くぞ。行きましょう。行かせて下さい」
「動揺が隠しきれてないぞ式」
うっせ、とだけ返す式やあたりの反応を訝しみつつ、酒井は、
「ま、頑張れ。……俺達、これから三河だから」
あ、と気づいた皆が挨拶や一礼し、式と酒井は去っていく。酒井は階段を下りる際に、
「正純と合流するけど、何か言うことあるか?」
「夜八時にここで騒ぐんだけど、来られるかどうか聞いといてくんね?」
Jud.Jud.と、酒井は軽く手を挙げると、口の端に笑みを作って降りていく。
「何かすんのか?」
「前夜祭だよ。式も、時間があったら来てくんね?」
「Jud.、時間には間に合うようにするよ」
「あ、三河で何かいい感じの化粧品あったらよろしく」
「残念、パシりは点蔵の仕事だから」
喜美の言葉で、額に一瞬青筋が浮かぶが、理性で抑える。点蔵が何か叫んでるが無視だ無視。
気を紛らわせるように、式は足音を立てながら酒井に続いた。
「じゃ……明日、頑張れよ」
Jud.、と元気よく返事をするトーリの声を、式は背中で受け止めた。
●
「……いいのかい?」
「あ?」
酒井の半歩後ろを歩きながら、かけられた声に式は不審そうな顔色を見せる。
「八時に騒ぐって言ってたヤツだよ。“連れて来い”とは言われたけど、どうせ成長ぶりを見たいだけだろうし。何なら早めに引き上げても構わんが」
ようやく、酒井が自分に気を遣っているらしいことに気付き、式は渋い顔でそっぽを向いた。
「……別に、俺は行けなくていい。あいつらと騒ぐのは好きだけど、さすがに十年振りの再会の機会を棒に振ったりしねえよ」
「まあ、お前がそう言うならいいが」
「どうせ深夜に帰ってきても続いてんだろうし、いつ帰っても大丈夫だろ。――ったく、ジジイのくせに変なトコで気なんざ遣いやがって……」
ぶつぶつ言いながら酒井を見やると、何故か口に手を当てて笑っていた。
「……おい、何笑ってんだよ」
「うん? ……いや、こっちの話だ。気にするな」
言いつつ、酒井は笑い続ける。式はそんな、らしくない彼の様子に若干不気味なものを 覚えながら、その背中についていく。
……変なオヤジ。
呟きが、空気中に流れることはなかった。
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……変なオヤジ。
……とか思ってるんだろうねえ、この不良息子は。
酒井は、その口に笑みの形を残したまま、半歩後ろの養い子への思いを巡らす。
養い子といっても、最初はただ都合良く自分に押し付けられただけだった。
十年前、タイミング良く自分が武蔵に左遷されたから、“人払い”でバタバタしていた三河の者の代わりに、厄を被っただけ。
当時は左遷されたことに拗ねていたのもあり、子守はすっかり“武蔵”を主とした艦長達に任せていた。それが、今の式と艦長達の親密さに繋がっていると思えば結果オーライとも取れるが、それは、
……言い訳だよねえ。
更に、式には心の余裕を持つ時間が必要だった。その余裕を持たせる努力を、酒井が作れたかと問われれば答えは明白だ。だが、それを全てひっくるめた上で、酒井は全てが己の怠慢だと思う。
そんな“養父”の姿を見ていたからこそ、今の、武蔵の大黒柱となる式に成長し、一方で 軽薄な振る舞いも目立つ式にもなったのだろう。
その前者は、いい加減な酒井を反面教師にして育った結果であり、後者は、
……子は親に似るってか?笑えないねえ、全く。
気付いたのは、割とつい最近だ。
放任主義を通り越して放置していた養父を、息子は本当の意味で見ていたのだ。
「生意気に育ったよねえ、お前も」
出た言葉が、意識的だったのか無意識だったのかは、酒井には解らなかった。
それでも式はまた、はあ?と酒井の頭に疑問を持つ意味合いで声を洩らし、意図的か無自覚か解らない言葉で応じる。
「あんた、今日本当におかしいな……。……つーかそれ、誰のお陰だと思ってるんだか」
応えに、酒井はまた口端を歪め、
「本当、誰のせいだろうねえ」
……全く、立派になりやがって。この馬鹿息子が。
陽光が、親子の顔を照らす。