奥様はシンボリルドルフ   作:くまも

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ライホウシャ

 

「ドッペルゲンガー?」

 

久方ぶりの来訪、それも職場にまで押し掛けたマンハッタンカフェが開口一番切り出したその単語を、私は思わず復唱する。

 

「ええ……もう一人の自分が現れるという、怪奇現象です。ご存知ですか……ルドルフさん」

 

「あ、ああ……人並みの範疇なら、だが。直接対峙すると死んでしまうとか」

 

「有名な怪異ですから、そのぶん派生も多いのですが……ええ、概ね、そのような認識で大丈夫です」

 

珈琲のカップを皿に置いて、ほうと彼女はため息をついた。

マンハッタンカフェがこの執務室に来ること自体はおかしな話でもないし、それこそ一時期はかなりの頻度で顔を会わせていたものだ。彼女専用のティーセットを棚に常備しておくぐらいには。

ただしそれは、URA理事シンボリルドルフと女優マンハッタンカフェとしての立場での会合。主にレース振興の宣伝に絡む、すなわち仕事の依頼と打ち合わせであった。彼女もまたURAにおける私の活動を支える人脈の一つである。

 

だからこそ、今日もまた同じような用件だろうと踏んでいたのだが……まさか、そんな話題が持ち込まれるなどとは夢にも思わなかった。

なにも彼女との交流が厭わしいわけではないけども、しかし今は時間が時間だ。

 

「わざわざ足を運んでもらったところ、申し訳ないのだが……マンハッタンカフェ、私は仕事中なんだよ」

 

「ええ、分かっています。そして私もお仕事の最中です」

 

「それは、女優としての仕事だろうか」

 

「いいえ。祓い屋マンハッタンカフェとしてのお仕事ですよ」

 

「……そうか」

 

女優、喫茶店店長、登山家、作家、猟師、ウマチューバー等々等。多種多様な彼女の肩書きに、また一つ新しいものが加わったらしい。まだぎりぎり、両手の指に収まる範疇だろうか。

果たしてそれを、職業と言ってしまって良いのかは不明だが。一応、実力の上で不足はないのだろうけども。

 

「どうですか、ルドルフさん。私を雇ってはみませんか?」

 

「なるほど。その私のドッペルゲンガーとやらを、君が祓ってくれるわけだな」

 

「ええ、綺麗さっぱり成仏させて差し上げます」

 

「ふむ」

 

そのドッペルゲンガーとやらの真偽について、私が確認する術はない。なにせ言い伝えが本当だとすると、出会った時点で私は死んでしまうのだから。

それでもある程度真に受けるのは、マンハッタンカフェの実力と人格を信頼しているからに他ならない。怪異の性質にかこつけて、ありもしない危険をでっち上げるウマ娘ではないのだ。なによりそんなことをした結果、嘘が真に裏返りでもしたら最悪である。

 

「遺憾ながら、ご期待には沿えそうにないな。この学園は営業お断りなんだ。悪いがお引き取り願おうか」

 

「本当に良いんですか?死んでしまっても……ルドルフさんにも、家族がいるでしょう?」

 

「初手で脅迫か。こんなセールスを貰ったのは初めてだな……」

 

もはや積極的とかいう域を越えている。残念だが、彼女の肩書きにセールスレディーは加われそうになかった。

 

「見間違いというのが妥当なところじゃないかな。世の中、三人はそっくりさんがいるとかよく聞くだろう」

 

「そっくり云々の前に……そもそもはっきりと顔を確認した、容姿を確かめたという目撃者はいません」

 

「ならますます信憑性には欠けるな。それとも誰か、私のドッペルゲンガーと話をしたという者でもいるのかい」

 

「……いません」

 

「まぁ、仮にいたとして、件の偽物が私の名前を自称したとしても、ただのなりすましの可能性の方が遥かに高いわけだが」

 

自分で言うのもなんだが、私もかなりの有名人。誰かがふざけて名を騙ったとしても不思議ではない。

私はなにもオカルト否定派というわけではないが、怪異よりも悪意をもった人間が正体という方が余程恐ろしかった。それこそ家族にも直接危険が及びかねない。大人の旦那君や、幼くともウマ娘であるテイオーやツヨシであれば自衛もできるだろうが、問題は瀬奈だった。

男の子とはいえまだ子供。ウマ娘はおろか、ヒトの大人が相手だとしてもひと溜まりもない。こうなると、ただの与太話のように思えたドッペルゲンガーも、俄然真剣味を帯びてくる。

 

だとしても、相談する相手は祓い屋を名乗る彼女ではなく、警視庁か学園のセキュリティ部門になるのだけれども。

 

「だいたい、君の話はあまりにも漠然としているじゃないか。言葉を交わさない、顔も分からない。それでどうやって私と認識するんだ」

 

「……根拠はいくつかあると聞きました。いずれも状況から推察したに過ぎず、私自身、目撃者から間接的にお話を伺っただけですが」

 

息子が絡んで、無意識に語気の強くなった私を前にしても、変わらず淡々と言葉を繋げるマンハッタンカフェ。

ただ、その仕草から読み取れる限り、どうやら彼女自身にも腑に落ちないところがあると見える。

 

「理由は主に三つ。まず一つ目……これは場所です」

 

彼女は自身のスマホで地図アプリを立ち上げると、一ヶ所に赤いピン止めをして私に見せてきた。

粗い衛星画像。しかしパッと見ただけもすぐに分かった。なにせ、毎朝毎晩目にしている景色なのだから。

 

「山道から街道にかけて。この道を上っていくと、貴女達の家がありますよね。日常的にここを行き来するのは……ルドルフさんのご家族だけでしょう」

 

「ああ……そうだな」

 

「二つ目ですが……これは時間です。目撃証言は複数ありますが、いずれも日を跨ぐあたり。……どう考えても、子供の出歩く時間ではありません」

 

「まいったな。それでは候補が二つに絞られてしまうじゃないか。私にとっては、既に確定したようなものだが」

 

「先に断っておきますが、ルドルフさんのトレーナーさんではありませんよ。なにせそのドッペルゲンガーは、貴女の現役時代の勝負服を着ていたらしいですから。それが……最後にして最大の理由です」

 

「……………」

 

私の勝負服。あれはあれで、かなり特徴的なシルエットをしている。

史上唯一の無敗の三冠ウマ娘かつ七冠ウマ娘。その功績のせいか、どうやら競技ウマ娘の間で私は過剰に神格化されているらしく、私の勝負服に似たデザインは採用しないというのが半ば習慣化していた。それはまさに先日、テイオーによって破られたばかり。

要するに、マントに肩章、飾り紐という衣装はそのままシンボリルドルフを表す符号となっているのだ。その知識さえあれば、夜中でも私だと識別することは確かに可能だろう。

 

そして言わずもながな、私には全く心当たりがない。

 

「……まぁ、気が向いたらまた連絡してください。私はあくまで、心配だから提案したまでです。タキオンさんも同じく気を揉んでいましたよ……主に瀬奈くんに対して」

 

「私の目が黒いうちは、息子に手は出させないからな……そしてその割りには、君は妙に執着しているようじゃないか。そのドッペルゲンガーに」

 

「ええ……。ひょっとしたら、私の本業にも……役立ってくれるかもしれませんから」

 

「ああ……ドラマの話か」

 

マンハッタンカフェの本業といえば女優業の話で、ついこの間、それについて話をしたばかりである。

 

単純な出演交渉だ。十数年前のトレセン学園を舞台に据えた、ノンフィクションドラマだという。年代的には、ちょうど私が生徒会長を務めていた末期と一致している。

故に、あくまで脇役としてではあるが描写もあるようで、その配役を打診されていた。本職ではなくあえて本人である私に話を持ち込んだのは、ひとえに話題性を狙ってのことらしい。

 

上手く波に乗れば、レース競技隆盛の柱にもなり得る。吝かではなかったが、結果としては断らざるを得なかった。

意気揚々と応諾してみたはいいものの、悲しいかな、現役時代の服が着れなかったのだ。あの頃は既に本格化も終えてウマ娘として成熟しており、背丈も変わっていないからと完全に油断していた。

丈とウエストについては問題ない。だが、それ以外の二つの部位が、誤魔化しようもない程に規格を逸脱してしまっている。悲しいかな、腹周りとは違って、そちらは自在に盛ることも絞ることもできないのだ。

制服なら取り急ぎ採寸を測ればなんとかなるかもしれないが、問題は勝負服。文字通り一点ものであるから、もう一から作り直すだけでも手間がかかるし、それを主演でもない一回のドラマのために用意するのも割りが合わない。費用については、最悪マンハッタンカフェが自分でどうにかするとも言っていたが、それ以上に時間が足りない。

 

かくして泣く泣く、私は出演を取り消すことになったのだった。脚本を再構築して、どうにかシンボリルドルフという配役を抹消する方向で方向が定まったと、風の噂で聞いていたのだが。

しかしそもそもの話、件の脚本を手掛けたのも彼女だ。ドッペルゲンガーなどにすがり始めたあたり、なにがなんでも私を出演させたくて堪らないらしい。このまま放っておけば、しまいには余計な肉を削ぎ落とせとでも言い出しかねない。

 

「ま、好きにすればいいさ」

 

とにもかくにも、今はこの危険な女を追い返すことが先決だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……あったあった」

 

夕食も済ませ、子供達がすっかり寝静まった真夜中。昼の出来事が心に引っ掛かっていた私は、自然とそれを探して求めていた。

気を抜けば千切れてしまいそうな程にか細い記憶の糸を慎重に手繰り寄せ、辛うじて辿り着いた先は、一階の階段裏に設けた備蓄倉庫。いざという時の備えだが、幸い今のところ災害も起きていないので、年に数回物資の入れ換えに立ち入るかどうかといったところか。

入り口を開けてコの字に据え置かれた棚をざっと見渡すと、予想以上にあっさりと桐の箱は見つかった。そっと蓋に指を滑らせてみたところ、埃は全く積もっていない。この前の大掃除で、テイオー達が面倒を見てくれたのだろう。

 

「おおっと……」

 

抱えて持ち上げた瞬間、不安定に蓋がぐらつく。おかしいな。かなり頑丈な造りのはずなのだけど。経年劣化だろうか。

 

ひとまず床に下ろし、中から取り出した深緑のジャケットを広げて眺める。

最後にこうして対面したのは、もう何年前になるだろうか。競技ウマ娘にとって魂にも例えられる勝負服だが、それでも服は服なので、着られなくなるととたんに用がなくなってしまう。しかし捨てるわけにもいかないので、いつの間にか物置の隅に埋もれてしまっていた。

今度、トルソーでも見繕ってこようか。いつまでも箱に閉じ込めたままというのも可哀想だ。私はあまり飾り立てるのを好まず、トロフィーや賞状の類いはまとめて実家に送り付けたものだけど、それでも皐月賞からドリームトロフィーまで共に駆け抜けたこの衣装にだけは、並々ならぬ愛着があった。

 

さて、感慨に耽るのもこれぐらいにしよう。夜な夜なこれを着て街を闊歩しているという、私のドッペルゲンガーの正体を特定しなければ。

冷静になってみれば、そもそも勝負服が本物だという証拠はどこにもない。むしろ通販かなにかで、コスプレ目的の模造品でも入手したと考える方が、よほど理にかなっている。

ただそうなると、あえて私達の家の付近を彷徨いている理由が分からなくなってくる。マンハッタンカフェ曰く、目撃者こそあれどどうやら人目を避けてる立ち回りのようで、私や私の家族に向けた嫌がらせや自己顕示のセンも薄かった。

となると、やはり不審者が夜な夜なこの物置に忍び込んでいるということだろうか。それこそ不合理だが……。

 

 

ものは試しに、裏地に鼻を寄せて匂いを嗅いでみる。

 

「むっ」

 

明らかに異質な匂い。私や旦那君のものとは違って、おまけにまだ真新しい。

数年間ずっと倉庫の肥やしになっていたとはいえ、元はといえば私が現役時代を通して使い倒した衣装。当然私の匂いが一番に染み着いているはずで、それを上書きするなど与太では済まされない。

一度や二度、試しに袖を通してみた程度でこうはなるまい。それこそ直近の数週間、独占して着続けでもしない限りは。

 

そしてその匂いを私はよく知っている。

 

…………一見難解に思えた犯人探しは、たった一つの動作で完結してしまった。

 

「瀬奈…………お前…………」

 

……教育を間違えたか?

それとも、あのぐらいの男の子なら、これぐらいのやんちゃが普通なのだろうか?

 

いや、仮に普通だとしてもだ。親とはいえ他人の、それも異性の服を勝手に着た挙げ句に深夜徘徊など、到底見逃されるべき行いではない。

無条件に信用していた。というより最初から、家族を疑う選という発想そのものが私の中に存在しなかった。与えられた情報が全て真だと仮定した場合、いの一番に浮上するのは内部犯が妥当だろうに。

こうして無警戒に匂いを残していくのも、嗅覚がさほど鋭くないヒトならではのやらかしに他ならない。

 

「はぁ…………」

 

ああ、息子よ。お母さんは悲しい。

この場合どう躾れば良いのだろうな。私とて教育者の端くれ。指導には意志疎通が不可欠だと理解してはいるが、しかしながら彼の趣味嗜好に共感できそうにない。

 

そうして頭を抱えること数分。

私はふと、皆が幸せになれる、素晴らしいお灸の据えかたを思いついた。

 

そのためにはまず、餌を巻かないとな。

私はきちんと服を畳むと、動かしたことが分からないよう元通りの場所と角度で木箱を設置する。今日は金曜日。明日は寝坊できるから、まず間違いなく行動に起こすはず。

 

紐を引っ張って電気を落とし、鍵はかけないまま扉を閉めた。さて、短針が天を仰ぐまであと数時間。準備だけは済ませておこう。

 

 

「むぅ……」

 

それはそうと、一つだけ腑に落ちないことがある。

そもそもどうして私は、あんな場所に勝負服をしまったのだろう。

普段誰も近寄らない物置には、防災用の備蓄しか置いておかなかった筈なのに……。

 






一時期を境に(前作も含めて)低評価投げつつ同時にお気に入りにも加えてくれる読者さんわりと見るのですが、誰か動機について推察つく方いらっしゃいますか?
モチベ云々ではなく、単純に理解不能で無茶苦茶怖いんですよ……
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