奥様はシンボリルドルフ   作:くまも

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貴方を追いかけて

 

ぐらりと揺れた衝撃で、ようやく僕は目を覚ます。

これが夢であって欲しいと願う一方で、頭の下に添えられたそれは、柔らかいながらも明らかに枕とは違う感触。もっと温かみがあって、弾力に富んでいる。

うっすらと目蓋を上げれば、目に映るのは灰色をした車の天井で、ああやはり、これはどうしようもない現実だった。

 

「おや……瀬奈くん起きてしまいましたよ、タキオンさん。どうなっているんですか……?」

 

「ええ!?おかしいねぇ……あと三時間は意識が無くなっている筈なんだけどねぇ。調合を間違えたか……いや、それはあり得ない。きっと、母親から遺伝した薬毒耐性が邪魔をしたんだろう」

 

「あるいは、貴女の運転が乱暴すぎたか……ですね」

 

「仕方ないだろう?いつもはモルモット君が運転してくれるんだから。それに、これでもゴールド免許なんだよ私は」

 

「ペーパーの、でしょう」

 

膝枕しているカフェさんは僕の頭を撫でながら、運転席でハンドルを握るタキオンさんと軽快に言葉を交わしている。

一応、拉致という形になっているというのに、拘束したりあるいは力ずくで抑えつけようという気配はない。走行中の車内であり、加えてウマ娘が二人も同乗している以上、どう足掻いても逃げられないと高を括っているのだろう。

実際、それは疑いようもない事実であり、今の僕に自力での脱出は望めない。唯一の打開策は恥も外聞も捨てて外部に助けを求めることだが、通信機器の持ち合わせもなかった。

 

「それで、僕をどうするつもりですか」

 

脱出は諦めて、代わりにこのような蛮行に及んだ意図を問い質す。

身代金目当てというわけでもあるまい。売れっ子女優に新進気鋭の研究者。おまけにどちらもかつてG1を複数勝ち獲った優駿となれば、一生遊べるだけの蓄えはある筈だ。仮に散財していたとして、こんなハイリスクローリターンな手段に打って出るような短絡的なウマ娘ではない。

 

「そう怯えなくても大丈夫ですよ。貴方には少し、私のお仕事のお手伝いをしてもらいたいだけ……です」

 

「テレビに出る……ってこと?」

 

「はい。本人であるお母様が本命だったのですが、都合がつかず……ですが、流石に親子なだけあって、貴女なら代役が務まりそうです」

 

代役。本人が母ということは、つまり僕にシンボリルドルフを演じろと言いたいのか。

勝負服でいるところに目をつけてきたのも……それが理由か。

 

「無理ですってば。だって、性別も違うし、そもそも種族からして……」

 

「その為に、今日はもう一人連れてきたんですよ……タキオンさん。ちゃんと薬は持ってきてくれましたか」

 

「勿論、あるにはあるが……しかし、麻酔の効きの弱さからして、もしかすると配分に見直しが必要かもしれない。いずれにせよ、一度本格的に改める必要がある」

 

「しっかりしてください。半分ヒトで、半分ウマ娘なんてことになったら、目も当てられませんから」

 

「善処するよ」

 

長年の付き合いということもあって、二人は気安く言葉を交わしている。しかしその穏やかな雰囲気に反して、会話の中身は物騒そのもの。

 

恐らくは、ヒトをウマ娘へと反転させる……ないしはそれに似た効果をもたらす薬。タキオンさんはそのデータが欲しくて、用が済んだあと、カフェさんが僕を有効に活用するといった段取りなのだろう。

そこに僕自身の意志は介在しない。到底受け入れられる話ではなかったが、しかし僕には自衛すらままならない。

 

「ああ、どんな結果が出るか楽しみだねぇ。先程の予定外の覚醒についてもそうだ。やはりヒト同士の間に生まれた男子と、ヒトとウマ娘の間に生まれた男子とでは、同じ種族であっても確かな違いがあるということか!!」

 

「む~~~!!!」

 

「ほら、暴れないでください……」

 

とっさに上体を跳ね起こし、抗議の声を上げた瞬間、口を塞がれ後ろから抱き締めるように拘束される。痛くはなく、しかし絶対に振りほどけないと分かる見事な力加減。

 

せめて連れ去られる瞬間を、誰か目撃していないだろうか。あるいは気紛れに窓から外を覗いた瞬間、たまたまこの車内を見咎めていたりはしないだろうか。

そんな蜘蛛の糸ほどもない、妄想とほとんど変わらない可能性に自身の全てを賭けて、後ろの窓から後方の景色を覗き込んだ。

 

「………むぅ?」

 

誰かいる。ちょうど、カフェさんに遭遇した時と同じような距離感。そしてこれまた同じように、こちらへ向かってきていた。

その場で立ち止まった僕とは違って、この車は同じ進行方向で走行しているから、簡単にはその距離は埋まらない。それでもシミのような点から徐々に輪郭が見えてきて、それは確実に僕達へと迫りつつある。車を上回る速度を安定的に発揮できているあたり、ウマ娘とみて間違いない。

 

「……誰でしょうか?瀬奈くん、分かりますか?」

 

「んーん」

 

尋問するわけでもなく、純粋に疑問を投げ掛けてくるカフェさん。口を塞がれたまま、首だけを振って否定する。

ついでに放してくれとジェスチャーで抗議してみると、カフェさんは一瞬悩んだあと、問題なしと判断したのか解放してくれた。

 

目を凝らすと、辛うじてそのフォームというか、走り方の癖が見えてくる。

普段から見慣れた、すなわちレースで速く走ることに特化した競技ウマ娘のそれとは全く異なる走法。腕の振り幅、肘と膝の角度、アスファルトへの接地面積いずれも異質だった。全体的に動きが小さく、特に膝から下は極めて安定していて、徹底的に脚に負担をかけない走り方。

実際に見ることは殆どないが、知識としては知っていた。部署は違うらしいが、かつて警察にいたというカストルから手本を披露されたことがある。

 

「……警察、ですかね」

 

「おや、よく勉強してますね。ええ、私も……同じ意見です」

 

警察の騎バ隊。その名の通り、実働部隊の全員がウマ娘で構成されていて、主に交通警らや追跡の任務にあたっている。

パトカーやバイクよりも小回りが利き、その機動力は現場で広く重宝されているらしい。その一方で、硬いアスファルトの上を長時間駆け回ることから、とにかく脚の負担が大きい仕事でもある。それこそ競技ウマ娘のような走法に頼っていては、半年も経てば一生立ち上がれなくなる羽目にもなりかねない。

なのであのような、多少速度を犠牲にしてでも極限まで脚部への負荷を減らす、独自のノウハウを確立させているのだとか。

 

なんであれ、この状況では最も頼もしい助けである。後でここに至るまでの経緯をとことんほじくり返されるだろうし、そのあと母達にも知られて大目玉を喰らうだろうけども、とにかく今はなにをおいてもこの絶望的状況から脱出することが先決だった。

 

追手が一人だけというのが、少々気がかりだが。

僕の記憶が正しければ、騎バ隊のウマ娘達は常に二人組で行動している筈。もう一人は応援でも迎えにいったのか、あるいは別の道で先回りを狙っているのか、そもそも深夜は出動体制が違うのか。

それにキャップやヘルメットの類いも装着していない。夜道で自分の存在を知らせるための緑の蛍光ライトを提げているものの、警察で使用されているそれは、確か赤色だった気がする。

 

「………違う」

 

彼女もまた、同じ違和感に辿り着いたのだろうか。カフェさんはぼそりと呟くと、強い力で僕の肩を抱き寄せる。

そのまま運転席のシートを軽く小突いて、もっと速度を上げるようタキオンさんに指示を出した。

 

「え、カフェさん……?」

 

「ところで瀬奈くん……私は趣味で山によく登るんですよ。日本だけでなく、海外の色んな山にも。最近はそっちの仕事も請けています」

 

「え、ええ。知っています。大晦日でも特集が組まれていましたよね。東京大賞典の裏枠で」

 

「最後が余計です。……とにかく、長いこと山を登っていると、危ない目に遭ったことも、それなりにあるのですよ。急な荒天、滑落、雪崩、落石、あるいは……野生動物。特に熊」

 

「熊?」

 

「ヒトのみならず、私達ウマ娘にとっても脅威となる生き物です。だから、様々な言い伝えがある……ご存知ですか?山で小熊を見かけた場合………」

 

 

 

「……その近くには必ず、親熊がいるのだと」

 

 

 

その時、雲の切れ目から覗いた満月が、白く眩しい光を惜しげなく地面に降り注ぐ。

夜の帳が切り裂かれ、ついに全貌を現した追手の前髪には……それに負けじと、一筋の三日月が揺らめいていた。

 

それが契機だった。

きっと、母もここでようやく、僕達の姿を認めたのだろう。明らかに本腰を入れ始めた。

 

「タキオンさん。もっとスピード出せないんですか……」

 

「無理だよ。既にアクセルベタ踏みなのだから。マルゼンスキー君の愛車ならまだしも、こんなワンボックスカーではこれが限界さ」

 

「使えませんね……」

 

「仕方ないさ。そもそもこれは運搬を想定した設計なんだから」

 

対する母の姿は、どういうわけか万全に準備を済ませている。蹄鉄をつけたランニングシューズに、長袖のスポーツウェア。着の身着の儘追いかけてきたのではなく、予めこの展開に備えていたということか。

 

ウマ娘と自動車、どちらが速いかは時と場合によるとしか言えないが、少なくとも今この状況下においては、少しだけ母の速度が上回っている。あちらも走法の点でフルスペックは出せないが、準備の差と、タキオンさんの言う通り車種のハンデによるところが大きい。

じわじわと、お互いの距離が削られていく。シルエットでしかなかった母は、いつの間にかその表情が見え隠れする距離にまで詰め寄っていた。

 

「うわ……」

 

怖い。久々の追いかけるという行為に、ウマ娘としての闘争心が刺激されたのだろうか。ぎりぎりと此方を睨み付ける双眸は暴力的な闘志に満ち満ちていて、窓ガラスを挟んでなお心臓が暴れ狂う。

現役時代、その追い込みでトラウマを患ったという同世代の気持ちが、今ようやく実感として理解できた。一応、僕を助けに来てくれたのだと思われるのに、本能的に足が逃げたがっていた。車の運転を妨害しようという機転も発揮できない。

 

「そうだ。彼女はウマ娘専用レーンを走っている。大通りから外れさえすれば振り切れるんじゃないかい!?」

 

「……裏路地ですか?狭くて入り組んでいて……どう考えても、機動力の差で磨り潰されますよ。それに、ルドルフさん……先程から思いっきりレーンの軌道を無視していますが」

 

「なら警察だ!!道路交通法違反でしょっぴいてもらうとしよう!!」

 

「その前に私達が、未成年略取誘拐で捕まりますけどね……はぁ」

 

焦るタキオンさんと、あくまで冷静なカフェさん。ここまで追い詰められてもなお、どこまでも対照的な二人。

 

「……よく考えれば、最初から車なんて使わなければ良かったです。かえって小回りが利かなくなるだけでした。……スタート地点ほど距離があれば、私とタキオンさんならあるいは振りきれたかも」

 

「ならどうするカフェ?今さら車を捨てるわけにもいくまい。もうとっくに手遅れなんだよ」

 

「なにを今更……そもそも手遅れというなら、最初の最初から破綻していたんですよ。発見が早すぎる……ハメられた、あるいは釣られたんです。私も、タキオンさんも、そして……瀬奈くんも、ここにいる三人全員」

 

「家を出た時から、尾行されてたってことですか」

 

「はい。まぁ……元を辿れば、私がきっかけでしょうが」

 

あれこれ後悔したところで時間は戻らない。

そうこうしている間に、みるみる大きくなっていく母の影。追走劇も長引かないと判断したか、そのフォームが見慣れたものに変化していく。

スピードに特化した、競技ウマ娘の走法へと。一段と速度を増した彼女を前にして、こちらの取り得る手段はなく、容赦なく溶けていく距離をただ見守るのみ。

 

そしてついに追い付かれた。

バックドアにぴったりと肉薄したために、その姿の大半が見えなくなる。だが、確実にそこにいた。

 

「捕まりましたよ……タキオンさん」

 

「いや、まだだ!!大丈夫。こちらには瀬奈くんがいる。その子を考えればいくら会長とて無茶は出来まい!!心配はいらない」

 

「……ならいいのですが」

 

それは分析というべきか、それともただの希望的観測というべきか。

 

そんな二人を嘲笑うかのように、突然ドアが軋みを上げた。

 

ガチャガチャ

ガチャガチャ、と

 

乱暴に取っ手を揺さぶる音は、やがてメキメキと破滅的な断末魔に飲み込まれていった。

しっかりと扉を下ろし、鍵をかけていることなどまるで意に介さず、真冬の冷たい夜風が車内をかき回す。

歪みで生まれた隙間から、ぎょろりと、血走った紫の瞳がこちらを覗き込む。その視線は座席の一つ一つを滑っていって……そしてついに、肩を震わせる僕を睨み付けた。

 

「ひっ……」

 

果たしてそれは、私達三人の誰が漏らした悲鳴だろうか。

 

遂に限界を迎えたバックドアは、一度だけ不自然に大きくしなると、繋ぎの部品ごとまとめて引き千切られる。間髪いれず、ただの金属製の板と化したそれは、剥き出しになった車内に捩じ込まれた。

返す刀で、僕の手首ががっしりと捕まえられる。そのまま恐ろしい力で引っ張られ、前のめりに体勢を崩したところを見逃さず、肩に脇腹にとあっという間に全身を絡めとられる。

 

「たっ、助けて……!!」

 

「ああ。助けにきたよ。瀬奈」

 

そうか、そうだった。

そう言えばこのウマ娘、これでも僕を助けにきてくれたウマ娘だったんだ……。

 

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