奥様はシンボリルドルフ   作:くまも

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負けられない戦い

 

引き渡された以上、放っておくわけにもいかず。

ボク達一家は小さくなったママのお世話をすることとなった。予めの根回しのおかげか、お仕事には差し障りもなく、タキオンも一週間という確約をくれたけど。でも、それでなにかが変わったわけじゃない。

今後の予定とか、ママの健康状態とか、あと相手をする上での注意点とかをあれこれボクに指示したあと、タキオンはさっさと帰ってしまった。

一刻も早く解決の手立てを見つけて欲しいので、こちらとしても引き留めるわけにはいかないのだ。

 

さて、こうなると結構困ったことになる。

今日は、午前中は定期検診があったから、病院から帰ったあと家でゆっくりしてたんだけど、この調子だと午後からの授業にも顔を出せそうにない。

最悪、学校との調整は、パパに頼めばどうとでもなるとして……問題は、全く人手が足りないということだ。肝心の大人がいない。

パパはお仕事だし、ママはあの有り様。

家にはもう一人、弟のセナがいるけど、パパとママの仕事中にそのお世話をしてくれるお手伝いさんも、今は買い出しで街に降りてしまっている。

 

……やっぱり、タキオンを帰らせちゃったのは失敗だったかなぁ。

スカーレットだって育ててるんだから、せいぜいたまにセナの面倒を見る程度のボクより間違いなく経験値があるんだから、せめてお手伝いさんが帰ってくるまでは家に置いておくべきだったかも。

 

まぁ、過ぎたことをいつまでもぐちぐち言ってても仕方ないか。

とにもかくにも、今やるべきことはまずママの確保。それから今後を見越して、上下関係をはっきりとさせておくこと。

ボク達姉弟の枠に組み込むとするなら、リーダーは一番歳上であるボクだ。その決まりには、ママといえども従ってもらうからね。

 

「ママ~、どこぉ~……?」

 

応接間から廊下に出て、とりあえずまずは一階を探してみる。

ママのフットワークが恐ろしく軽くて、勝手に山の方までどんどん入っていってしまったとかでもない限り、これだけ声を上げればウマ娘の耳なら間違いなく届く。だけど、いつまで待っても反応は返ってこなかった。

 

駄目かぁ……ああ、ひょっとしたら、呼び方がまずかったのかも。

中身も子供に戻ってると、タキオンだって言っていた。なら、ボクについての記憶もまるごとごっそり、頭から抜け落ちちゃってるはず。

ようするに、今のママにはボク達の母親だって自覚も、パパの奥さんだっていう自覚すらないのだ。早い話、ボク達のことを家族として認識していない。寂しくはあるけれど、そんな感傷に浸ってる場合ではない。

 

「ママ……じゃない。ええっと、なんて呼べばいいんだろ」

 

ルドルフ……さん?いやいや、母親とかどうこう抜きにしても、自分とそう大して歳も変わらない子にいくらなんでも他人行儀すぎるでしょ。

やっぱりルドルフだろうか。シービー先生だって三者面談でそう呼んでたし、あとはマルゼンおばさんとか、シリウスだって。ツヨシもセナも下で呼び捨ててることを考えれば、これが一番しっくりくるかもしれない。初対面でなんとも偉そうだが、長女は偉ぶってなんぼなのだ。

ただ、それはそれでいいとして、もっと他に良さそうな名前があった気がする。お祖母ちゃんとか、あとフレンドおばさんが常々そうやって呼んでたような……。そう、『ルナ』。たしか、パパも二人きりだとママのことをそう呼んでいた。

 

うん……いいじゃん。ルナ。

響きも可愛いし、なにより短いから噛みにくくて呼びやすい。だいたい、あんなちびっこいウマ娘に皇帝のフルネームなんて勿体ないもんね。

 

「ルナちゃ~ん!!どこにいったの~!!ねぇ!?」

 

ここまで声を張り上げて出てこないとなると、やっぱり無視されているだけか。そもそもファーストコンタクトからして友好的とは言い難かったから、このぐらいでは別に落ち込まない。

 

一階の探索をあらかた終えて、最後にママの部屋を覗いておく。最初は二階にあったらしいけど、ボクが産まれたのを切っ掛けに一階に変えたらしい。

産まれてしばらくはママと同じ部屋で過ごすからだ。ウマ娘であるボクやツヨシは産まれてすぐに立てるようになる以上、勝手に階段を降りようとするかもしれない。いくら頑丈なウマ娘といえども、途中で踏み外しでもしたら目も当てられないことになる。

まぁ、今使ってるのはセナだけどね。ボクの大声にも知らぬ存ぜぬといった様子で、丸まったまま呑気に眠りこけている。この子はずっとこんな調子だ。マイペースで、いまいち行動が読めないでいる。

無意識に引き寄せられてはいないかと期待したが、ママはここにもいないようだった。

 

「……あれ」

 

と、よく部屋の中を見たら、庭まで続く大窓が開放されている。セナがいるのに窓を開けっぱなしなんてあり得ないから、つまりたった今、誰かが外に出たばかりだということ。

外の石畳を見ると、やっぱりサンダルが無くなっている。

 

 

すぐに玄関を出て、建物をぐるっと回って庭のターフに出ると、ちょうどスタートラインのあたりでママが一人背中を向けて立ち尽くしていた。

幼いとはいえウマ娘。後ろから駆け寄ってくるボクの気配にも気が付いているだろうに、振り返るどころかこちらに耳を向けることすらしない。ボクのことなんて、目にすら入らないとでも言いたいかのように。

 

……ムカつく。マックイーンにすら、こんなぞんざいに扱われたことなんてなかったのに。

 

「ねぇ、ちょっと。さっきからこのテイオー様が何度も呼んでるじゃんか。挨拶の一つでもしたらどうなのさ」

 

「……………」

 

「ふん。あくまでもだんまりってワケ?」

 

小さいママはボクには目もくれず、ゆらゆらとした足取りで歩き出した。特に目的地があるようでもなく、単純に芝の感触を確かめているような動き。

意地を張っているようでもなく、本当にごく自然にこちらを無視する振る舞い。勿論そんな対応をされて、黙っていられるほどボクは良い子じゃない。

 

「生意気。ボクの目が黒いうちは、ここで好き勝手なんて許さないから」

 

ああ、耳が絞られていくのが自分でも分かる。別に隠す必要もないか。

勝手な子には、やっぱり上下関係から教えてやらなくちゃならない。ボクはずんずんと大股でママの背中に追い付くと、その肩に指をかける。

 

 

 

 

 

その瞬間。

視界が上下反転した。

 

 

 

 

「……え」

 

ボクの目に映っているのは、今にも落ちてきそうな青空。

うっすらと浮かんだ鰯雲の向こう側に、真昼の太陽が揺らめいている。その目映さに目が眩むと同時に、衝撃が背中からお腹まで貫いた。

 

うなじにちくちくと触れるのは、整えられた芝の先端。右の上腕のがじんじんと痛み、空気の絞り出された肺を懸命に膨らませる。

事ここに至って、ようやく自分がママに腕を掴まれ、投げ飛ばされて地面に叩きつけられたという事実を理解した。やっとボクを見た彼女は、ぞっとするほど冷たい顔のまま真っ直ぐこっちまで向かってくる。

 

そのまま、ボクの脇腹にサンダルの先っぽを差し込むと、まるで亀でもひっくり返すかのようにうつ伏せに転がせる。そして地面に抱き着くようになったボクの背中に、どっかりとその腰を下ろした。

 

「……おい、お前」

 

「えっ、え……?」

 

「低い」

 

かと思えば、不機嫌にそうぼそりと呟いて、無理やり四つん這いの格好をとらせてくる。それで満足したのか、尻尾で容赦なく椅子(・・)の顔をひっぱたきながら、足を組んでくつろぎ始めた。

 

あまりにも唐突かつ鮮やかな蛮行に、とっさに従ってしまったボク。

それでも腕の痛みと、背中の痛みと、ぴしゃりぴしゃりと尾を叩きつけられる鼻の先っぽの痛みで、なんとか状況が呑み込めた。この、徹底的にボクの尊厳を破壊する、屈辱極まりない状況が。

 

 

 

「………ぐ……うぅ、ひっく………ぐす………」

 

思えば、ボクはずっと一番だった。

 

レースでも、勉強でも、学校での立ち位置も、そして姉弟間における力関係でも、全部。

対等だったことはあれど、見上げたことなんてない。ましてや、無理やり屈服させられたことなんて。

 

この恥辱は、およそボクのこれまでのバ生において、初めて経験する痛みだった。

 

 

「ひく……えぐ……うわぁぁぁん!!わぁぁぁん!!!」

 

 

「泣くな。うるさい。声も顔も言動も……本当に隅から隅までうるさいの塊だね、お前」

 

初めて経験するのだから、当然耐性なんてあるはずもなく。

ボロボロと涙を溢れさせて泣きじゃくるボクを、しかしママはばっさりと切り捨てる。悪びれもせず、情けもなく、まるで手を緩めることもない、傲岸不遜な態度。それは正しく皇帝……否、暴君そのものだった。

 

ボクの中にあったママの、皇帝シンボリルドルフのイメージが恐ろしい速度で瓦解していく。

確かにボクが模範的なウマ娘であったとは言えないかもしれない。姉の強権を振るったことなど数え切れない。でも、それにしたって、この横暴さと比べたら可愛いものだろう。このままではボクが上下関係を分からされてしまうこととなる。

 

いや、もう分からされたのか。

少なくともママの中ではこれで格付けは済んだつもりのようで、飽きたのか再び立ち上がると、今度は山の方向目指して歩き出した。

そうなると、もうボクのことなんて目もくれない。そこにいないも同然の存在に格下げされた。というより、元に戻ったというべきか。

 

「う”ぅ”~っ!!!!」

 

ボクは唸りで嗚咽を上書きしながら、一目散に家の中へと駆け込んだ。リビングの奥に置いてある、固定電話の受話器を引ったくる。

 

堪忍袋の尾が切れた。

他力本願でもなんでもいいから、とにかく今はアイツをとっちめることこそが、ボクの中で最も優先されるべきことだ。問題は、それを誰に頼むかだった。

 

大本命はお祖母ちゃんだけど、生憎ボクは実家に繋ぐための番号を覚えていない。自分の部屋にあるメモを確かめれば分かるだろうけど、その間に怒りが醒めてしまうのが怖かった。

パパは駄目だ。4歳時とはいえウマ娘が相手だと、いくら大人の男性でも必ずしも力で敵うとは言い切れない。ただでさえボク達は成長が速いんだから。それに、なんかママに甘そうだし。

 

……なんて、あれこれ考えてみたところで、これといった心当たりも出てこなかった。そもそもママの小さい頃の人間関係なんて全く知らないのだから、それも当然かもしれない。

だとしても、もう理性の限界だ。乱暴にキーを叩いて、咄嗟に頭に浮かんだ番号を流し込む。

 

特殊なお仕事だから、都合がつくかは完全に賭けだったけど、今日は運良くワンコールで出てくれた。

 

『……チッ。平日の真っ昼間から私用のお電話か。学園長ってのはそんなに偉いのか?私はお前と違って暇じゃないんだ。かけ直せ』

 

「ねぇ聞いてよシリウス!!ママに投げられたぁ!!」

 

『あ?……あぁ、テイオーか。ハハッ、そうか。私がお前くらいん時は毎日のように虐められてたぜ。……そのくせ、あー……外面はいいから表向き優等生なんだ。悲劇的だよな』

 

「だよね!!……じゃない、そうじゃなくって……」

 

『まぁ……ふぁ………ねむ。ま、ご愁傷さま。次の法事ん時にでも聞かせてくれ……じゃあな』

 

「あ、ちょっと……」

 

ブツリ、ツーツーと単調なビジートーン。

……かくして、無情にも蜘蛛の糸は千切れてしまった。

 

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