奥様はシンボリルドルフ   作:くまも

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名ブリーダーへの道

 

テイオーが瀬奈を追っていくのを見届けながら、私は階段を昇る。

寝る前に、ルドルフを捕まえなくては。それと一応、ツヨシの様子も見ておきたい。一旦自分の部屋に戻り、準備を整えてから出発する。

 

居所の分からないルドルフの捜索よりも、まずはツヨシの方を優先することに決める。

階段から最も離れた、二階の廊下を突き当たって曲がったところにある扉を開けて……我が物顔で居座っていたのは、黒鹿毛ではなく肩で切り揃えた鹿毛を揺らす幼いウマ娘。

 

「ルナ。ツヨシはどこにやった?」

 

「ツヨシ?」

 

「この部屋の本来の主だよ。ここにいた筈だろ」

 

「ああ、それなら勝手に出ていっちゃったよ」

 

「………………」

 

確かに、部屋の中に乱れと呼べるものはない。生活感とみなせる範囲で、多少散らかってるぐらいだろうか。二人ともまだ幼いとはいえ、仮にもウマ娘同士が争えばこんなものでは済まないわけだし。

ただ、ツヨシが好き好んで部屋を明け渡すとも思えないから、やはり力ずくで奪取されたことは間違いないと見える。

 

三人の子供の中で、常にイニシアチブを握っているのは長女のテイオーである。ツヨシは生来の気性も相まって、それに従属的というか……押しに弱い。

もっとも、惨事を避けるという意味では今回はそれが良い方向に働いたとも考えられる。実際、好戦的なテイオーは案の定ルドルフと揉めて、返り討ちに遭っているのだから。

 

「君の部屋はここじゃない」

 

「へぇ。でも知らない。次からちゃんと名前でも書いておけば」

 

「考えておくよ。とにかく今やるべきことは、正しい部屋割りを復帰させることだな」

 

ルドルフの言葉をいなしながら、迅速にルドルフの後背へと回り込み、その両脇の下からすっぽりと抱え上げる。

ウマ娘とて体重はヒトのそれと変わりなく、体の構造上にしても同じ。下手に手を引っ張って力に訴えるよりも、こうして抱き上げてしまった方が安全かつ確実である。

 

「ちょっと……!?放してよ!!」

 

「こら、暴れるな」

 

それでもなお諦めず、私の腕の中でもがくルドルフ。やんちゃな大型犬でも抱えているかのような気分。

分かってはいたが、やはりその身体能力は凄まじい。筋力のみならず体幹にも優れ、そもそもの体の使い方がとても上手かった。まぁ、それをこんなところで活かされても困るのだが。

 

「わぶっ!?」

 

そのまま速やかに私の部屋まで連れ込むと、うつ伏せの形でベッドまで投げ込む。

初手から力でこちらの言うことを従わせる、というテイオーのとった方針は間違いではない。

なにが不味かったのかといえばそれは、対話から入ったということ。私の記憶が正しければ、幼きルドルフ相手を言葉で絆そうなどとは無謀に過ぎる。まずは畳み掛けて制圧、強引にでも隙を作るほかないのだから。

 

ついさっき私室から引っ張り出してきた、対ウマ娘用の結束バンドで手早くルドルフの両手脚を縛り上げる。

その昔……それこそ十年以上前のこと。トレーナーに向けた実技研修でウマ娘相手の護身術を受講した際に貰ったもので、ついでに使い方も習っている。

自衛が必要な程差し迫った局面ではなんの役にも立たないだろうと考え、道運びにもかさ張るのでずっとクローゼットの奥に放置してあったのだが、まさかこんな形で役立つ日が来るとは思わなかった。

 

出来ればこのまま簀巻きにでもしてしまいたいところだが、そうなると後が怖いのでやめておく。

 

 

「ちょっと、外してよ!!……外せ!!」

 

「え、こわ……」

 

果たしてこれが、テイオーよりさらに年下のウマ娘が出していい気迫なのだろうか。

ご近所さんはいないものの、騒がしくされても困るので、手近にあったタオルを口に噛ませておく。

 

「む~~!!!」

 

「うーん………」

 

我ながら酷い絵面だ。

思い浮かぶ表現は数あれど、最終的には『犯罪的』というただ一つの単語に行き着く。仮にこれを誰かに見られでもしたら、恐らくもう娑場では生きていけない。

だがしかし、私が私の身を守るにはこうするしかないのだ。元に戻れば彼女も許してくれるだろう、たぶん。

 

ただ、これで残り一週間を乗り切るのは無理があるな。

どうにか時間を早めて欲しい。背後から突き刺さる視線をはあえて無視して、私は手元にある文献を漁る。

幼児期のウマ娘とのつきあい方について。折よく、テイオーとツヨシの育児の際に買い溜めていたストックがあった。

 

 

あらかた頭に入っているそれらを、もう一度頭から読み返すこと数時間。

……結果として落ち着いたのは、それが全く意味のない行為だったという結論だった。

 

 

こういう指南書に挙げられている例は、やはりどうしても体系化されているというか……あくまで一般的、普遍的なウマ娘の幼児を対象としている。

ルドルフの知能、身体能力、気性はいずれも、ウマ娘の平均からは大きく外れているのだから、とにかく当てはめが利かない。猫の飼い方の本を参考に、ライオンを育てるようなものか。

彼女の両親が手を焼いたわけだ。ましてやヒト一人でどうにかしようなどと、最初から無理があったのだろう。

 

せいぜいタキオンでも急かしてやろうと、数時間前の格闘で取り落としたスマホを探して―――

 

「貴方が探してるのは………これ?」

 

ベッドの上で四つん這いになりながら、蛇のように絡みつく唸りを上げるルドルフ。

その手の中で、ぐしゃりと液晶の板が握り潰される。飲み終わったコーヒーの缶を潰すがごとき気安さで、しかし本格化前のウマ娘にしては異次元とすら思える腕力。やはり、規格外ということか。

 

その足元には、無惨にも千切れとんだ拘束バンドの残骸。

……やはり、十年も経てば経年劣化も無視できないということだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクは慌ててベッドから飛び降りると、同じ階にあるパパとママの寝室を目指す。

 

「ね、姉さん!?」

 

引き摺られでもしたか、慌てて後を追ってくるツヨシと、その両腕に抱えられたセナも一緒に。

 

「ちょっと、ツヨシ。静かに」

 

「わ、分かりました……」

 

勿論いきなり部屋の中に突入をかけるつもりはないが、しかしいくら扉越しと言ったって、パパはともかくママ相手だとこちらの存在を察知されかねない。

そもそも慌ただしく飛び出したのはボクが最初なので、この指示も随分とまた一方的なものだ。しかしツヨシは、文句一つ言わずそれに従ってくれた。

 

途中から極力足音を誤魔化して、目的地の扉の前へ。両膝をついて、扉に耳をぴったりとくっつける。

 

うん、確かに人の気配は感じる。それも複数人。それも、ただ単に一緒に寝ているわけではないらしい。

ただ、具体的になにがどうなってるのかについては、やはりこの目で見ないことには掴めそうになかった。とはいうものの、万が一想像が現実のものだったらと考えると、扉を開ける気にはなれなかった。

 

「なにやってんだァ、お前ら」

 

にっちもさっちもいかず、寝室の前でまごついていると、いつの間にやら二階まで上がってきていたシリウスが声をかけてくる。

 

「あ、あのね、シリウス。パパとママが一緒に寝てたらどうしよう!?」

 

「はぁ?夫婦なんだから、そりゃベッドぐらい同じでも……ああ、そういう意味か。この耳年増」

 

「ボクのことはどうだっていいでしょ!!それよりもパパだよパパ。いくら合意だとしても、流石にあれだと……」

 

「まぁ落ち着けよ。てか、仮に合意の上でも今の法律だと許されねぇぞ?」

 

「なおさら駄目じゃん!!」

 

一人慌てるボクと、意味が分からずボクとシリウスを交互に見上げるツヨシ。その腕の中で、ツヨシの少し高めの体温が気持ちいいのか、にこにことご機嫌な顔のセナ。

そのちぐはぐな様子が面白いのか、にやつきながら近付いてきたシリウスは、ボクと同じように扉に耳をつけて……その瞬間、ふっと蝋燭の火が消えるように真顔になった。

 

「シリウス……シリウス。ねぇ、なんとか言ってよ……」

 

そう口では言いながら、ボクは返事も待てないまま再び中の音に耳をそばだてる。

うすれば、確かに聞こえた。聞こえてしまった。パパの苦しげな呻き声と、ギシギシとベッドの足が悲鳴を立てる音。

 

それが限界だった。

居ても立ってもいられず、扉を文字通り蹴破って中に突入する。

 

 

果たして、ボク達の想像通り、パパと幼いママはベッドの上でくんずほぐれずに絡み合っていた。

ママが上で、両足でパパの腰を挟んだ、所謂ウマ乗りと呼ばれる態勢のまま……仰向けになったパパの首を、ありったけの力で締め上げている。

 

 

「ああ………」

 

そう、それはまさしく夜のプロレスだった。

比喩ではなく、本当の意味での。

 

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